月曜の朝は玉子かけごはん 大きなUFOもやってきた

夕べから、東京は雨。お店の前においてある鉢植えの矢羽根薄や、つわぶきなども、新緑がきれいで
ピカピカと輝いている。5月はいいね。

火起こしで炭をおこし、羽釜でごはんを炊く。いつもは、余った炭を珪藻土七輪に移して、
炭火焙煎。
今日は少し違う。土曜日に「大型UFO」がやってきた。
これまでのUFOは、60グラムの生豆をいれて焙煎できる仕様だった。
朝焙煎したら、朝夕一回づつ二杯分の珈琲が淹れられることを想定していた。
「もうちょっと大きなUFOを・・」との声があちこちから聞こえてきた。

「効率」とか「大量生産」を優先してたら、デジタル仕様の今どきの焙煎機に軍配があがる。
久保さんと試行錯誤しながら、半年・・・・「一度に150g焙煎可能」な大型UFOが完成した。
爆ぜる音も、ポップコーン音がするし、チャフもほとんど飛ばずに焙煎できる。
今朝は、ごはんを炊いて蒸らす30分の間に、ブラジル・コロンビア・ガテマラ・モカを
焙煎できた。

♪馬手(めて)にごはんの炊ける香り 弓手(ゆんで)に珈琲の香り 馬上豊かな美少年(田原坂の替え歌)

能登の珪藻土七輪の「丸和工業」さんは、復興の途上にある。これから珪藻土がまたとれるかどうかにかかって
いるけど、このUFOが、なにか力になれば・・・と思っている今日このごろ。

素敵な「おきな」がおっぱい、もとい、いっぱい。

さっそく、キスを釣りにいく。
いつもは、港でタコを狙っている。地震で驚いたのか?まだ避難所にいるのか?
姿が見えない。海水の温度があがり、西の魚、イサキ(南九州ではイッサキ)などが能登で釣れるようになった。
ある意味「白ギス」も、同じような流れかもなんばん。
「海の貴公子」ともよばれ、砂浜でキラキラと光る姿は、なんとも形容しがたい。
刺身でよし、天ぷらにしてもよし、こちらも筆舌が及ばぬ美味だ。
久保さんの織部の向こうずけに盛ると、天下を取ったような気分になる。

「ちょい投げ」という投げ釣りが流行っている?女子の太公望さんが増えているせいもある。
岸壁とか、整備されたフィッシング公園みたいなところで、♪ちょいなちょいな、よろしく気軽に
できる初心者向けの釣りだ。来月あたりは梅林ガールズたちが、能登の家に泊りがけでやってくる。
息抜きをかねて、タコ釣りセット、ちょい投げセットも用意している。
まだ使っていないそのちょい投げの竿に、あおむし(ゴカイのこと)の疑似餌をつけて、ちょいと投げたみたら、
20Cmくらいの白ギスが釣れた。東京に向かう日だったので、それをリリースして家にもどった。

今回は松本経由で、山梨の農園へいった。
そばの「かえし」をつくる醤油が松本にあるので、年に何度かは立ち寄る場所だ。
山の景色も、街のありようも、今流行りにオーバーツーリスムのとこみたいな、かしましさや、騒音もなく、
いついっても落ち着く場所だ。ときどき立ち寄る「おきな堂」で、ポークステーキをつまみに、クラフトビール。
さすが、1933年からこの地で愛される洋食屋さん。
次の日は中央線の「穴山駅」で、知り合いの農家さん(2月に湯治場で知り合った女性)と待ち合わせ。八ヶ岳に上る山人たちも降りてくる駅。隣が長坂駅。ぼくのそばの師匠が東京から移住して「翁」をやっていた場所でもある。今は弟子が継いでおられる。
穴山氏といって、武田家の親戚筋で、武田の重鎮だった人たちが生き暮らした土地だ。

駅から車で5分ほどで、大きな農園に着いた。農園の主は齢80を超えた翁さん。矍鑠として笑顔がいい。
畑にはレタスがいっぱい収穫を待っていた。
その農園の端に、大きな柚子の木が5本。秋になると、とりきれないくらいたわわになるので、
「勝手にとりにきていいよ」ということになった。
天真庵のそばは「柚子胡椒」をつけている。今までは湯河原あたりの農家さんから買っていたけど、
この2年ばかり気温の関係で、不作で困っていた。2月は味噌つくりで休みをとれない。秋の「柚子胡椒つくり」
で腱鞘炎になった筆子さんの要望ででかけた山梨の湯治場であって、柚子の話をしたら、柚子の木と縁がつながった、
という話である。

土産にレタスを自分でもいできた。畑でなにもつけずに、食べてみた。これまで食べてきたレタスが
「紙みたい」に思えるほど、みずみずしく美味い。柚子の木の横にあった「ふき」も土産にした。
さっと塩をいれた寸胴で湯がき、冷水でしめ、皮を手で向いて、そばつゆに酒を少したして、お浸しにした。
今日の朝飯は、「わらびごはん」。灰であく抜きしたわらびを切って、油揚げを刻み、そばの甘醤油を入れて炊くだけ。
「田舎暮らしは、宝がいっぱい」(そんな本を書いた人も、東京から山梨に移住した人)

桃栗三年柿八年、柚子のばかたれ十八年

桃尻三年胸八年・・・そんなことをいったちょいスケベ翁がいた。森繫久弥さん。
元気な「おきな」がいっぱいであれば、まだまだ日本は大丈夫だ。感謝。

ブリコラージュでキス!

先日の飲み会で、東京から移住してきたMくんが、
「昨日、シロギスを釣りました」と目を丸くして言った。
能登では「キス」というと、メギスのことで、シロギスが
釣れるとは思っていなかった。

「どげな仕掛けで釣ったと?」と質問したら、「家にブラクリ用の竿があったので、
そのブラクリのところに重りをつけ、キス用の針をつけ、アオムシ(能登ではイソメのことをそうゆう)
を餌にして投げたら、20cmくらいのシロギスがきた」とのこと。

北九州で、釣りといえば、折尾にあった中学校のプールで「鮒(ふな)釣り」から始めるのが、ならわしで、
自転車で遠くにいけるようになると、芦屋(芦屋窯という茶釜の里)までいって、投げ釣りでシロギスを
釣る。それから門司港にいってカレイを狙ったり、島にわたったり、長崎や大分あたりまで遠征して大物釣りをする、みたいな
ふうにだんだんエスカレートしていく。途中に色気ついた青年たちは「おか釣り」のほうに道をそらす・・

少し話がずれたばってん、青年のシロギスを釣る道具の話を聞いて、これは「ブリコラージュでシロギスだな~」
と思った。ブリコラージュ・・・・「身の回りにあるものを、工夫しながら使っていく」・・というフランス語を源流にしている。
都会にいると、「シロギスが釣れる」ときくと、すぐに釣具店にいって、「シロギスを釣りたいんだけどボリボリ」で、
お金でシカケを買うことができる。でも田舎に暮らしていると、倉庫に眠っている竿やシカケを組み合わせて、新しい道具に
することに重点をおく。

釣りだけではなく、このブリコラージュという精神は、都会では育ちにくい能力だけど、これからの不透明なブーカ時代
に必要な能力だと思う。
無印の子会社が、未来の小屋みたいな商品をもうすぐ発売するらしい。「無印良品の小屋」で
検索すると、いろいろでてくる。銀座で見れるらしいので、こんど行ってみよう。
寒い地区での冬の暖房が課題らしいが、「七輪」を上手に使えると
大丈夫。すぐに「そんなことすると一酸化中毒になる」という現代人の反発をくらうだろうが・・そこは「直感力」を使う。
トレーラハウスみたいな小さな小屋、コンポストトイレ、ソーラパネルと蓄電池が、セットされている。
まさに、家がどこにでも「移動」できて、ライフラインを自分で活用していくような時代が、すぐそこに
きているような気がする。
明後日は長野の農家さんのところへいき、新しいプロジェクトの打ち合わせをする。
どこにいても、少し頭と手を使うと、ブリコラージュできるモノやコトがいっぱいある!感謝。

営業は19日(日曜日)から。

母の日に思う!

12日は母の日。
お茶のお弟子様であるイルフィオレット(イタリア語で花)の女将に
頼んで、福岡の施設に身を寄せている92歳になる母、同じく関東の施設に
いる筆子さんの母に、花を贈った。センスのいいブーケを毎年お願いしている。
「花ありがとう。少し眠れない日があるけど、元気ばい」と母から電話。
あまりながく話すと、「牛乳石鹸の赤箱で顔洗っとうね?」と口癖のような説教話
になるので、3分ほどで電話を切った

ブーケに似た言葉で、最近のビジネスマンのスキルみたいになっている言葉に「ブーカ」というのが流行っている。
予測不可能で、大分水嶺の真ん中みたいな今の時代を「ブーカの時代」なんていう人もいる。
「ブーカ」とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つのキーワードから頭文字を取った造語で、 「VUCA」。横文字で説明すると、なんやらコンサルやアホな政治家が武器にしそうな材料だけど、
「人間性が生かされる時代」なのだと思う。「自分らしく生きる」という人たちが増えてくると、みんながそれぞれ、自分の
得意なこと好きなことをやることにより、お金ではなく、得意なことをぶつぶつ交換して「調和」ができて、今みたいに「拝金主義」みたいな風潮が時代おくれになるのではないかな。

昨日は被災後はじめて、奥能登にいった。亡くなった塩のじいちゃんの仕事場にいって、手をあわせ、
彼が大好きだった「ほぼブラジル」を、玄関に少し手向けた。
そこから輪島にナビの支持するままに走ったら、海辺の国道ががけ崩れで、不通になっていた。
もう一度珠洲を経由しながら輪島に向かった。崩壊した家を現実に目の当たりにすると、
今回の地震の大きさを実感し、頭の芯が飲みすぎの時のように疼きはじめた。車のCDを、バロック音楽にかえ、
深い呼吸をしてこころを波立たなくして、鎮魂しながら、うねった道を輪島までもどる。
大地震の爪痕は、想像を絶するものだったけど、田んぼに若い稲が光っていたのがよかった。
「やっぱり瑞穂の国、ここから新しい日本が始まる」そんな元気が沸々と体の中から湧き上がってきた。

「酒ブティック奥田」で、被災してラベルなどがはがれ、キャップがいがんでいるような「酒」を選んで
東京におくってもらった。一本は「TOGISO」でその日に若いくんたちの集まりがあるというので、土産にした。
平均年齢が30歳を割る(ぼくと筆子さんをいれて計算すると、30を大きくでる)人たちと、
「今後の能登をどぎゃんする」とかいう話題で盛り上がった。
でも頭痛がおさまらないので、2時間ほどでお暇することにした。夕焼けとは違った「オーロラ」みたいな空が
印象的だった。
小林旭になった気分で「熱き心」を口ずさむ。

♪オーロラの空の下夢追い人 ひとり風の姿に似て熱き心 きみに~

家につき、まだ寝るにははやかったので、アマゾンプライムで「君は放課後インソムニア」を8話ほど見た。
能登半島を舞台にした人気アニメ。被災する前の能登の風景が抒情的に描かれている。
インソムニアとは、不眠症のことだ。日本のアニメはほんとうに芸術レベルやね。おもしろすぎて、眠れなくなった(笑)

やさしいボランティアさんたちがやってくる!

昨日連絡があって「明日の午前中に、濡れた畳、壊れた洗濯機、箪笥・・を取りにうかがいます」。
前回は、畳がぬれたまんまだったので、ひとつが40kくらいになって、雨の日でもあり、大変な作業だった。
今回は、濡れた畳は、乾いたし、2トントラックでくるらしく、慣れたせいもあり、時間待ちに珈琲を焙煎し、
新しい「ほぼぶらじる」(実は昨日の夜に、銀座のカフェから『ホボブラジルがほぼ空になりました』とメールがあり、
急遽、今朝5時に起きて焙煎)を飲みながら、ブログを書いている。音楽はサティーのGymnopedies。

昨日電話で久保さんと「魯山人の器」について、あれこれ一時間ほどしゃべった。
久しぶりに家にあった魯山人の本を探した。美術関係の本は、一階の畑に面した廊下の書棚に
入ってある。二冊あって、同じ場所に太田垣連月の図録を見つけた。2013年に京都の野村美術館で
あった展覧会の時のもの。お茶のお弟子様を連れて上洛して美術館を見たあと、近くの「好日居」
で、煎茶を飲む、を楽しんだ。好日居は、中国茶を中心としたカフェなので、煎茶道具は東京からおくった。
その中に、連月作の急須と、煎茶椀、盃を忍ばせた。あまり形式や作法にこだわらない「小さな茶会」
は、ことのほか楽しくて「これからは、こんな茶会をやろう」なんて自分に誓いながら、10年がたった。

今は「ひとり茶」よろしく、ときどき愛用の急須に茶を淹れて、飲んだりはするけど。
天真庵の二階の廊下には、連月の和歌の短冊を17年飾ってある。ほとんど誰も気づかないけど。
魯山人、連月尼・・・ふたりに共通するのは「家族愛」に恵まれなかった寂しさ、みたいなものを
感じる。孤高な世界に到達するには、必要不可欠な要素ではあるけど。

今、ボランティアさんたちが到着。ブログはここで中断します。感謝。

能登にくると、体内時計がリセットされる・・・

能登で暮らしていると、「今日は何日?何曜日?」と自問すること多しだ。社会と断絶状態みたくなるけど、
思考とかの休みもとれて、脳も体内時計もリセットされる感じ。
都会と田舎の二股暮らしの最大の成果物が、それだと思う。「自然体」に近くなるので、朝飲む茶や珈琲
も、毛細血管の細部にまで染み入る感じ。それが自然のエネジーやと体感できる。

部屋にあるカレンダーは、輪島の亀泉の酒蔵のおばあちゃんに年末にもらった日めくりカレンダー。
毎日めくる週間がないので、4月のままだった。
今朝も海にいったけど船もでていないし、釣り人もいない。「土曜日」(ここの集落では土曜日は海仕事はお休みがお約束)
だとわかって、日めくりカレンダーを一か月ぶんめくると、今日が5月11日(土曜日)だと知る。
財布もリュックの中に入ったまんま。近くにコンビニもないし、徘徊散歩を1時間したって、立ち寄るお店はない。
自動販売機もないので、お金を使う場所がない。

まだ連絡待ちだけど、ボランティアの人たちが、濡れた畳や壊れた冷蔵庫などを運びにきてくれる。
その日までは、片づけの毎日。昨日は車庫の二階にあるプラスティックのゴミを集め、全壊の小屋のずれた
瓦をなおした。ひとりでは、なにもできないけど、いろいろな人に助けられながら、生かされているんだなあ~、
とつくづく思う。ラジオから被災した珠洲焼の重鎮Sさんの声が流れてきた。
「まわりからは、『珠洲は復興が遅れている』とかいう声があがっているけど、たくさんの
ボランティアさんや珠洲焼のファンの人たちに支えられながら、感謝の涙の毎日です。年内には窯を再建して
またみなさんにまた珠洲焼をお届けします」と静かな口調で淡々と語られていた。
珠洲焼も珪藻土の七輪も、大丈夫だと確信できた。

能登はやさしや 土までも!

ボランティアの人がくる日が決まると、来週の一日は、珠洲までいってみようと思う。
珈琲を届けるくらいしか能がないけど・・・
珠洲の珪藻土と出会わなかったら、今の「ほぼぶらじる」の味に到達できなかった。
焙煎機の「UFO」もしかり・・・・ぼくの珈琲の源流。

19日(日曜日)から、また天真庵を開けます。感謝。

水茎の跡

美しい日本語だな~。「みずくきのあと」という。
美しい書・筆跡。「彼女の字が美しいのは、毎日毎日を精進しながらの修行を重ねた水茎のあとである」
みたいに使われる。「書」が単なる「習字」ではなく、の所以で、その境地に続く道を「書道」という。

サンキュー、ぼくが39歳の時だから、もうだいぶ昔日のある日、陶芸家の久保忠廣さんの個展を
銀座に訪ねた。その日は不思議な日で、午前中は故・白井晟一さんの江古田の家にいき、
「無窓」というエッセーを白井昱磨(いくま)さん(白井さんの次男)にもろうた。
世界的な建築家であり、装丁やエッセーもすごかったけど、「書」は、水茎の跡どころか、今でも書いている筆圧の音が聴こえてくる迫力がある。天真庵の一階に「生」という白井晟一さんの額が飾ってある。ときどき、白井ファンの人が
まるで墓参りにでもくるように、見に来られる。今でも「生」きておられる崇高な揮毫だ。

それから数年後、白井昱磨さんが設計命名した広島の「雪花山房」に、そば打ちを習いにいくことになる。人生は不思議な邂逅の連続だ。
蕎麦の神様・高橋邦弘氏の道場。「達磨」という屋号の揮毫も、白井晟一作。

初めてあった久保さんに、そんな話をしていたら、「ぼくは、白井晟一さんの書も好きだけど、その本の中
にある『豆腐』というエッセーが好きです」とのことだった。
ちょうど、その年の春に「画廊 天真」という天真庵のはじまりみたいなギャラリーがうぶ声をあげた頃で、
芸大を卒業したばかりの作庭家の長崎くんたちと、久保さんのコラボ展「いまのもの」が始まった。
織部・志野・黄瀬戸など桃山陶をストイックに継承されていた久保さんが、若いアーティストたちに交じって、
「白い器」をたくさん焼いてくれた。今の天真庵で飲む珈琲カップの源流でもある。
その白い器たちの中に、白い絹豆腐みたいな器があった。
久保さんに「?」と聞いてみたら、「豆腐」を読んでイメージしてつくられた水滴(すいてき)、だとこと。

先日、能登の家の二階を整理していたら、その水滴が文机の下に小さくうずくまっていた。
地震で文机から落ち、雨漏りで少し貫入(かんにゅう)が入ったけど、「無事ですよ」
という声が聞こえた。水道水であらってあげると湯上り美人みたいになった。

今日の能登は朝から快晴。災害ゴミの無料期間が、今月いっぱいなので、被災したものを集めて
あと何日かは、富来の野球場に運ぶ予定だ。
雨漏りの後もだいぶきれいになった。これもまた「水茎の跡?」
二階の書斎は、濡れた畳がなくなり、文机も一階に避難し、板張りになってガランとしている。壁には白井晟一さんの「道」が飾ってある。
道ゆくためには「困難」とか「孤独」もさけられへんな、と思う。感謝。

能登くらし ふつかめ

昨日は、朝から雨で、炭をおこして、一日中囲炉裏にいれ、上に
鉄瓶をのせ、珈琲淹れたり、お茶を淹れたり、夕方は近所のおばあちゃんに
「ふき」をもらったので、それにそばつゆベースの味付けして、ことことしながら
酒肴にした。囲炉裏には、ふたつの五徳があり、ひとつは「熱燗専用」、銅壷(どうこ)
みたいに小さな薬缶をのせ、久保さんの珠洲の土をつかってつくった徳利に、石川の名酒・菊姫をいれ、
ぬる燗にして飲んだ。やはり近所のおばあちゃん(ぼくと同じ年なので、おばちゃんか?)にさざえを
いただき、洗面器の中に海水をいれ「砂抜き」している途中のものがあったので、それも五徳に小さな
網をのせ、壷焼きに・・・あとは、そばつゆをつかって玉子焼き。それに、湯豆腐。

今回の地震で、雨漏りがひどく、本はぜんぶダメだろうと腹をくくっていたけど、文机の上に
置いてあった「言海」(日本ではじめてできた国語辞書)がずぶぬれになったくらいで、あとは
ぜんぶ無事だった。文机の上にあった、硯・墨・水滴・筆などの文房四宝たちも、墨
以外はみな無事だった。原稿用紙と和紙は、みな捨てた。

今回も、ボランティアの人たちに頼んで、濡れた畳などを運んでもらう予定で、毎日いろんな片づけ三昧。
なんか、断捨離をしているような、脱糞した後のようなスッキリした気分だ。
今日はすっかり晴れて、ウグイスが声高にホーホケキョーと囀っている。里山は新緑がきれいで、
藤の紫との模様が自然のグラデーションになっていて美しい。
近くの海も1メートルほど隆起して、伝馬船の出向をさまたげたままで静かだけど、美しい。
ゆっくりと海辺を散歩して、これから朝ごはん。うきといっしょに、春きゃべつも到来したので、
それの卵とじ。

お金はかからず、質素だけど、田舎ならではのごはんをいただきます!感謝。

能登くらし 一日目

今朝の能登は冷たい雨が降っている。
なんとなく、うちの家族のようになついているネコが「おはよう」
と挨拶。先月はお腹が大きかったのに、すっきりしている。子供の姿はないけど、
どこかで子育てをしているのだろう。都会の野良ネコたちは、空き地が少なくなったり、水飲み場が
すくなくなって、自力で生きていくのがだんだん難しくなってきている。

田舎は空き地はいっぱいあるけど、野獣など外敵も多く、自然の食物連鎖の中にあるので、
けっこう生きていくのは難しそうだ。とくに、子猫が親猫になるまでの生存率が低い。
少子化の問題は、ねこもひともいっしょだ。要するに「生きていく」のが難しくなってきているのだろう。
みんな「まさかの坂」にさしかかっている。

東京から大きなクーラーバックに、食べ物を詰め込み、飲み物専用のクーラーに、還元茶、パラダイス酵母のシードル、
日本酒、そばつゆ・・・などを積んでくる。能登で迎える最初の朝は、ガレット。
「そばかす」(そばを打つ時にできる端っこのそば)を、ボールにいれ、水をいれ、ブレンダーでガーとまぜる。
フライパンに油をひき、ガーとまぜたそばかすをいれ、とろけるチーズと海苔を一枚のせて焼く。
日本的なガレット。日本のりんご農家さんが作った「パラダイス酵母」のシードルといっしょにとると、
腸美人になる。最近は「腸」の大切さがクローズアップしているけど、体のみならず、「ハゲ」の帽子、もとい防止
にもなるらしい。次のパンデミックがきたら、ワクチンよりも、腸を鍛えておいたほうがいいかもなんばん・・
「都会」と「田舎」も二者択一みたいに考えるひとが多いけど、一蓮托生、というか、同じじゃない?

あまり、知られていないけど、今年の4月13日に池袋でパンデミック条約反対のデモがあった。
「池袋 デモ」で検索してら、でてくる。2万人くらい参加したけど、日本のマスコミはどこも報じていない。
「また、ワクチンを打てばいいボリボリ」というのが、世論なんかしらん?
同じ内容のデモが今月31日に日比谷で行われる。
政府も役人も「見🐒聞か🐒言わ🐒」では、すまなくなりつつある。わたくしたちひとりひとりも、
もうすこしまじめに生きていかんとあかんな。
ワクチンって、どうゆう仕組み?ほんとうに、「人の命」のこと考えているんやろか?

大阪弁の「いける」と「あかん」が見直されている?さきほどそんなことがラジオから流れた。
ニューヨークや東京みたいに、いろんな人種が集まって成り立っている都市は、お互いに、
平均的な距離をとったり、忖度したりするような言語が必要。英語はその最たるもの。
東京弁も近い。東京「したいのですが、いいえすか?」「はい、どうぞ、おまかせします」、ボクシングのヒット&アウェイ。
大阪だと「いける?あかんか?」に「ええよ」で、ボクシングでいうとガチンコの接近戦。
九州は・・・「させやい」に「よか」・・井上とネリ!・・・ホンモノはみな簡素(笑)

月曜の朝は玉子かけごはん

本来なら、昨日の営業が終わってから能登へ出発。
それでは、道が混みそうなので、振替休日の本日をまじめに働いて
能登休みにすることにした。5時少し前に起きて、ごはんを羽釜で炊き、
残った炭火で焙煎をし、そばを元気に打った。

5月19日(日曜日)から営業します。

月曜日だけ「ごはん」を炊いている。
炭火で炊くごはんは、火力が違うので、おいしいおこげができ、
あまっても、おにぎりにしたり、炒飯にしたりしても、「ごはんのレベル」が違う。

日本人は、お米よりも、小麦(しかも、遺伝子組み換えの輸入もんでつくったパスタとかパンを
食べる)ほうに軍配があがって久しい。でも、どこかにDNAが「こっちがよか」と叫ぶのか?
「玉子かけごはん」や「おにぎり」でばずったお店は長蛇の列ができる。まことに不思議な民族だ。

ぼくが、もう少し若かったら、トレーラーハウスに、珪藻土の竈と羽釜、七輪とそれにあった手回し焙煎機を
積んで、「朝まずめに釣りをして、午前中は「玉子かけごはん」、昼からそばをだし、テイクアウトに
ガレットとおにぎり」・・・そんなことをやってみたいと思う。
昨日の「マツモトキヨシさま」は、彼がIT企業の社長をやっていたころかの友達なので、きっと
近い将来に、そんなことを具現化していくのではなかろうか・・・そんな夢を見た(笑)

能登では、後期高齢者の仮設住宅や、ペットの避難所として、トレーラハウスが大活躍している。
落ち目の三度笠の岸ちゃんも、アメリカから古くなったおさがり武器を買う無駄使いの一部をまわせば、これから起きると想定される各地に
地震や大災害がおきても、「転ばぬ先の杖」になるんじゃないかな?AIどころか、幼稚園生だって、「そのほうがよか」
というんじゃない、きっと。感謝。