通常営業は今日(12-16)で、千秋楽!感謝。

昨日、のれんを出そうとすると、懐かしい人が手をあげた。
「コロナの前だから、5年ぶりの天真庵!」といって、カウンターに座り、
「おんな・ひとり・昼酒セット」と、おらぶ。宮崎からきてくれた。
能登の「宗玄」をだすと、「私の好みを忘れてなかね」とご満悦。

IT時代に、いっしょに仕事をしてきた女社長。カリスマとかいう言葉を超越した頭脳の持ち主だ。この5年の間に、還暦を超えたけど、
どう見ても、50代前半に見える。
仕事をしている時も、明晰な頭を使って、機関銃トークだったけど、酒を飲みながら談論風発する時も、すごいスピードで、
この5年にあった近況を「3分間スピーチ」にしてしまう勢いだ。

「飛行機の時間があるけん、そろそろ帰ります」といった後、「UFOもって帰るっちゃ?」という。
「ブログを読んでいて、気になったけん。まだ引っ越し先の宮崎に、おいしい珈琲屋を見つけてないので、自分で
焙煎に挑戦してみる」といった後、「うまくなったら、綾町あたりの古民家を改装して珈琲屋をやろうかな~」といいながら、
スキップするように帰っていった。人生100年。これから始めても40年近く「珈琲屋のママ」ができる、ということだ。

この数年、「年末の最後の営業日に熊本からくるクマモン」もいる。
明日から31日までは「年越しそば」の受け渡し、と、「自分で年越しそばを打つ」。

友あり 遠方より 来きたる また 楽しからずや。感謝の年末。

ケーキも景気も、気持ちひとつのおきどころ!

今年もカウントダウン状態になってきた。
きよしこの夜が、ケーキもなく、「落語とかっぽれ」
になって、笑いの渦の中で、サンタさんがやってくるスキもなく
終わった感じ。片づけが終わって、到来もの「シュトーレン」を
つまみに、そば焼酎のお湯割りを飲んだ時、かすかにジングルベルが聞こえた。

今日は12時にお店をあけ、18時まで営業。
明日は12時にお店をあけ、16時まで営業。29日・30日・31日は「予約の年越しそばの受け渡し」「自分で年越しそば打ち」

今年は「飲食店の倒産」が過去最高になった。「緞帳(どんちょう)を下す」とか「竈(かまど)をかえす」ともいう。
人件費、材料費、光熱費・・・
みなうなぎのぼりで、うなぎやさんも、寿司屋さんも、ラーメン屋さんも、そばやさんも、中華屋さんも
みな利益を確保するのが難しくなってきた。

珈琲豆は、気温の温暖化による干ばつに、戦争・紛争も加わり、これまでに経験をしたことがない状態になってきた。
日本の経済力が落ちたこともあるけど、スタンダードな「ブラジル」とか「コロンビア」などじゃない、
いわゆる「スペシャルコーヒー?」(なんでも、スペシャルがつくと、『おいしい・・ボリボリ』になる輩が多い)
とかいわれる特別な豆は、以前の10%も輸入されなくなった。
かつて、貴重だといわれた「ブルーマウンテン」・・・でもどこの喫茶店でも「ブルマン」とか「ブルマンミックス」
がメニューにあった。羊頭狗肉じゃないけど、「自分の舌で、自分好みの珈琲」を選択(珈琲だけじゃなく、なにものも)
しなくちゃね。

飲食店だけじゃなく、どんな仕事についている人も「これまでの常識では、乗り越えれない」
そんな時代がきたように思う。
能登の地震からもうすぐ一年。なんだか、あっという間のようであり、2年も3年もたったような気持ちでもあり。感謝。

今日は「クリスマス落語会」・・・お店は16時閉店。落語は18時半開場!

先月、橘家竹蔵師匠がそばを手繰りにきて、「ここで、落語をやろう。シバハマ」
と不意にいわれ、「やりましょう」ということになった(笑)
落語家も、名人級になると「かっぽれ」を、嗜みみたいな感じでやられる。
その道には「すこしかかわりがあります」の人や、落語好きなどがまわりに少なからずいるので、
お声かけをしたら、一日で「満席御免」になった。

そんな奇縁で、本日きよしこの夜、「芝浜」を楽しむ会にあいなった。
昨日は、古神道の先生をお呼びして、勉強会をやったので、会が終わって片づけをしたら、日付変更線を超えた。
睡眠時間が3時間くらいになったけど、今朝も5時に起きて、元気にばんばんそばを打った。
そば粉の袋には「新そば」と書かれてある。創業以来千葉の農家さんにそば粉を頼んでいるけど、昨日から
「新そば」になった。
もちろん、「自分で年越しそばを打つ人」も「年末に年越しそばを買いにくる人(予約制)」も、「新そば」
ということになる。

落語の「時そば」みたいに、途中で「今なんどきだい?」と話が中断したけど、「クリスマスに天真庵で『時そば』を聞いて、
新そばを食べる」という夜に、「縁」のある人が集まった。めでたし、めでたし・・・

睡眠不足も手伝って、少しまた脱線するけど、昔目白の「ヨネクラボクシングジム」で、ボクシングをやっていたころ、
ジムの近くの路地裏みたいな喫茶店で、よく「小三治師匠」をお見かけした。師匠はそのお店の常連だった。
そんな縁で、師匠の落語を「生(ライブ)」で、何度も聞かせてもらった。師匠から直接聞いたか、本で読んだか忘れたけど、
こんな「縁」の話が印象的だ。

小三治師匠のマネージャーさんは、つきあっていた彼氏が小三治ファンで、落語にはまり、その彼氏と別れても、師匠の
マネージャーとして、右腕になって活躍された。
そのことを、「人は、縁から縁が紡がれていって、自分の本心(天真)っていうものが引き出されていくもんだ」
と言われた。さすが、人間国宝にまでなられた噺家さんの金言。
小三治師匠の落語は「まくら」を含めて、彼の人間性そのものだった。そして、料理や珈琲にしても、陶芸など創作や芸能・芸術にしても、
「その人そのものがでているな」という作品は、稀有だと思う。人生の後半は、生意気でわがままに聞こえる
かもなんばんだけど、そんな稀有なモノ(ヒト)とだけふれあって生きたいと思う。
とても素敵な落語会を開催できることをうれしく思う。天恩感謝。

月曜の朝は玉子かけごはん。明日は「落語会」が夕方あるので、16時まで営業。

いつもの月曜と同じく・・・

炭おこしを使って、炭を真っ赤にし、能登の珪藻土竈に入れる。
その前に、一時間ほど、能登の霊水につけたお米を、竈の上にのせる。
もちろん、その中には「うめ星」を入れる。梅干しではなく、うめ星。

はじめちゃろちょろ なかぱっぱ・・・・火は調整できないけど、竈の口に、
うちわをつかって、バタバタしたり、開き締めしながら、てきとうに調整する。
羽釜の蓋から白い蒸気がでてきて、「コゲ」の香りが加わると、「ここ」っというところで、
鍋敷きの上に、お釜をうつして、蒸らす。

先週までは、蒸らしおえたごはんを、電気釜に移して、「保温」していた。

今日から、炊き上げたごはんを、秋田杉のお櫃(ひつ)にいれ、お棺(かん)じゃないよ。
「藁いずみ」という藁でつくったお櫃入れに入れて保温。
昭和の時代の古民家などで使われていたもの。
おこげと、秋田杉の木の香りがブレンドされて、筆舌を超えた「ごはん」になる。

8時ジャズトの「月曜日くん、月曜日さん」たちに、食べてもらったら、なかなか好評だった。

このごはんで、「おにぎらず」を作ると、「押上ぼんご」になりそうな、そんな予感。感謝。

今日は12時から18時まで営業。
明日は「落語会」があるので、12時から16時まで営業。

TQ元気シールのこと 新発見・・いっぱい

マンガになった「TQ元気シールの謎解き」みたいなものに反響がたくさんあって、びっくりの毎日。

この宇宙的な技術を発見、発展させたのが、故・山田俊郎さん。30年ちょい前、某有名なコンサル会社の社長が
「名古屋で、すごいことをやっている社長と出会ったけど、こんど紹介するのでいきませんか?」
といわれ、名古屋駅前の山田さんの事務所にいった。温和な顔した山田さんが「昼ごはんたべましょう」
といって、近くの居酒屋にいった。いきなり「お酒ください。安いの・・・」というと、女将さんが大きな徳利に
入った普通酒をもってこられた。いきなり「どうぞ」と勧められ、両手で盃をもち、一献。お返しに徳利をもち、
「どうぞ」・・・・・まるでやくざの儀式みたいだった。

それから、銀色のシール(コスミック・エナジー とか書いてあった・笑)をとりだし、その上に盃を置いて、
「どうぞ」とすすめてくれた。「何これ?・・・名古屋式?・・」とか思ったけど、素直な気持ちになって
飲むと、普通酒の味がまろやかになった。「このシールの上に酒盃をのせると、3秒で気が地球を一周する感じで、
酒が美味くなる」といって、満面笑みを浮かべられた。
そこから先は、山田学さんが最近書いたレポート(天真庵のHPの『TQ元気シールのアニメ』の末尾にある)
みたいな話を、落語家のような流暢な日本語で話してくれた。気がつけば、カウンターに徳利が20本くらい空に
なった。「こうやって飲むと、昼から一升は飲める」と豪快に笑っていた。紹介されたコンサルの社長は、真っ赤な顔して
ダウン。(彼は下戸で、山田さんと本音の話をするには、一升酒につきあう肝臓を持つ、不肖野村をつれていくしかないと思っていたらしい)

2010年に、天真庵の店長代理のようなチワワの元気が旅立った。その時に、右足をトレースして、「元気の約束手形」
をつくり、暖簾にした。その暖簾の職人が「梅の花が咲くようなおもしろい形だな~」とつぶやいた。
その時にちゃねって「そうだ、これをシールにしてTQ処理すると『元気シール』ができる」と思い、山田学さん
にお願いして「元気シール」ができた。いろいろな反響があったけど「え~あやしい・ボリボリ」みたいな顔を
する人もあまたおられ、珈琲豆を200g買うと、元気シール一枚プレゼントみたいな感じで広がっていった。

時代がかわり、日本のアニメが世界を席捲し、3兆円をこえるマーケットになった。マーケティングよりも、
ほんとうに日本のマンガが素晴らしい。そんなことを思っていた今年の秋、漫画家の「すがのさち」さんが、
そばを手繰りにこられた。TQの話をすると目を丸くして、興味をもたれた。「山田さん」の難しい日本語を
読んで「なんだか、癒される」みたいな反応をされる。「やっぱ、漫画家はみな宇宙人?」なんて思いながら、
「これ、マンガにしてください」と、その場でお願いした。ぼくや、山田学さんが参加すると「普通の販促マンガ」
に成り下がるので、「勝手にやってください」とお願いして、先日完成したものだ。
HPのマンガの下に張り付けた「山田レポート」を、いっしょに読むと、いろいろ未来が見えてくる。

ガンに罹病したり、治療で悪戦苦闘している人に、このシールを渡すと「楽になった」
とかいう声がきこえる。薬事法に抵触するので、詳しくはいえないけど、睡眠薬や、ワクチンに依存する人、
スマホやPCでのべつ仕事をして、全身コリコリで、頭痛や腰痛の人、認知、成人病・・・ちなみにぼくは慢性の「金欠病」(この病気には効かない。)
「これこれに効きます」とかいうと、お縄になるからいわないけど、けっこう「気持ちの気に感応してくれている」
みたいだ。

今は「風の時代」・・・・日本人の右脳と左脳の機能は、ほかの国の人とは違う、といわれてきた。
渡鳥が群れをなして空を飛んでいく時、「さようなら」とか「またくるね」とか言ってるのわかるよね。
トランプ人たちは「うるさいな。知り合いの猟師に頼んで撃って鳥屋に売ろう」みたいな感じらしいね。
日本人の花鳥風月を愛でてきた「感性」が、優美に世界中に広がっていく時代を迎えたらしい。
そんなことを思うとウキウキ・ワクワクしてくる。感謝。

今日も12時から16時まで営業。それから「そば打ち教室」「UFO焙煎塾」二階では「ゆるゆるヨガ」

月曜の朝は「玉子かけごはん」(8ー10)
昨日、カウンターの上に「藁いずみ」をおいた。その中に、能代の老舗の樽屋につくってもらった「御櫃(おひつ)」
が入っている。明日の玉子かけごはんは、能登の珪藻土七輪に炭火をいれ、羽釜でごはんをたき、
その御櫃にごはんをうつし、それを食べてもらおうと思っている。

TQ元気シールが「福袋」に・・・・

昨日、「TQ元気シールのアニメ」のことを書いた。
HPのアニメの末尾に、山田さんの「TQ最新レポート」をのせた。暇な時、ゆっくり読んでほしい。
仕込みが終わり、ひさしぶりの下町をぶらり徘徊散歩。
能登の無農薬の大根を、留守中いろいろ世話をしてくれる「押上文庫」
に届ける。ちょうど文庫くんからメールがきて、「一時間でもどるので、お待ちしています」

ちょうど、「豆桃郷」までの往復時間。
スカイツリーを右手に見ながら、浅草通りをぶらぶら歩く。相変わらず、外国の観光客が
多い。当たり前だけど、すっかり「観光地」になりさがった感がある。幸い、うちのお店まで歩いてくる外国人は
少なく、「二日に一組」程度だ。写真を撮らせない、英語はしゃべれない、一時間で「ながっちりはアカンばい」
で追い出される「変な店」として、認知されてきたかもなんばん。

能登の珠洲で自然農をやっているIさんが、梅の剪定をやっている時、「約束のねずみ大根としょうがができた」
といって、梅茶翁にもってきてくれた。志賀町の家の畑でも、無農薬の「ねずみ大根」を自分で作っているけど、
彼の畑でできた「ねずみ」は、今にも動きそうなくらい元気だ。
「9月の中くらいに種を蒔きたかったけど、暑かったので9月末に蒔きました」とのこと。
ぼくは、中旬までしか能登にいなかったので、9月10日くらいに蒔いた。やはり暑さで収穫は例年の半分ちょい。

昨日は、ねずみのしっぽを囲炉裏で鍋にした。ここから読むと、変態に思われるので、「ねずみ大根の葉」
と書き直す。水菜と油揚げは相性がいい。同じように、豆源郷の木綿豆腐と油揚げを鍋に投じたら、
めちゃくちゃ美味い「湯豆腐」ができた。
秋田の由利政宗を、久保さんの黄瀬戸の徳利にいれ、鍋の真ん中にいれる。
すっかり東京も寒くなったけど、寒いからこそ「楽しみ」もいっぱい。
夕方、「TQ元気シールのマンガ」の印刷物が届いた。
あまりに、元気のマンガかわいらしい(親バカ)ので、元気シールを貼ったUFOコースターに、
元気シール大小一枚づつをいれ、マンガをたたんで、「元気の福袋」にした。今日からお店で販売。3000円也。

今朝は、5時におき米を研ぎ、そば打ちと並行して、珪藻土七輪で「かまじか」ねらいでごはんを炊く。
炭をおこす10分の間に、「水回しから、菊練り」をやる。
手を洗った後、炭を七輪にのせ、「一時間水につけた米の入った羽釜」をのせる。15分くらいで炊きあがるので、
その間に、「のし、角だし、たたみ、切り」でそば打ちを終える。
今日は炭火の調子がよく、そばを切り終わる前に、「こげ」の香りがしてきた。
「朝の30分」の間に、「そば」と「かまじかのごはん」ができる。なんか、あらためて、「すごい」と自画自賛。

年末の「自分でそばを打つ」というイベントも、だいぶうまってきた。
29・30日は、初心者が多く、そば打ち時間が1時間半。31日は「一時間以内で打てる」
という人が対象。来年は「30分以内に、そばとごはんを炊く」というイベントをやってみようかしらん。

今日明日も12時から16時まで営業。それから「そば打ち教室」「UFO焙煎塾」

月曜の朝は「玉子かけごはん」(8ー10)
昨日、カウンターの上に「藁いずみ」をおいた。その中に、能代の老舗の樽屋につくってもらった「御櫃(おひつ)」
が入っている。明日の玉子かけごはんは、能登の珪藻土七輪に炭火をいれ、羽釜でごはんをたき、
その御櫃にごはんをうつし、それを食べてもらおうと思っている。感謝。

TQ元気シールのマンガといっしょに読むと、頭がすっきりする?

こないだ、天真庵のHPの中に、「TQ元気シール」のマンガをアップした。
本日、印刷物が届くようになっている。
そのマンガの中に「山田学」さんのことが縄文人みたいな井出たちでている。
彼は、東大を横に卒業し、親父・山田俊郎さんの発見したTQ技術の研究と啓蒙に
人生を賭しておられる。

天真庵のHPに「山田学さんの部屋」がリンクしてある。
先日、新しいレポートがきて、「TQ技術」について、わかりやすく(ちょっと、ぼくにはまだ理解できないところもあるばってん)、
説明している。マンガを読んで、それを読むと、「悟りの境地」にいけるかもなんばん。
時間を縄文までもどす必要はないかも知れないけど、彼らの生き方には、今の地球人にとって、大事なメッセージは
いっぱい内包されているように思う。

「JOMONあかでみぃ (店頭) 」をクリックしたら、一番上に「TQ技術・・」のようなものがあります。
そこをクリックすると、縦書きのわかりやすい?文章がつらつらと綴られています。

大雪の新潟・長野を超えて、東京にもどってきた。
今日は、朝はやくから仕込みをしている。「囲炉裏の炭」の匂いが
冷えた空間を、すこしづつ温かくしてくれる「東京時間」もまたいい。
その炭で焙煎した珈琲を飲みながら、ブログを書いている。感謝。

明日の12時から営業。
明日明後日は、12時から16時。それから「そば打ち教室」「UFO焙煎塾」
月曜日の朝は「玉子かけごはん」。「藁いずみ」をつかった「究極のごはん」に挑戦(笑)

ナウシカが能登にやってきた!

昨日の能登は、朝から冷たい雨が降っていた。
梅茶翁に、梅の木の剪定にいく。地味な作業だけど、いつも寒い冬に
時々は雪の中、「切り上げ剪定」というやり方で、梅の枝を切る。7回目。8回目?

桜切るバカ 梅切らぬバカ

昔からの格言だ。動物たちも冬眠するような冬に、気合を入れて志賀町を出発。
まだまだ正月と秋の豪雨の爪痕が残る奥能登へ、穴水経由でいく。解体がすすんできたので、
解体されたゴミを運ぶ大きなトラックが、狭い能登路を行き来している。道路もところどころが、
片側通行で、渋滞する道を一時間ちょい、梅茶翁のある能登町へ。
温度は2度。梅茶翁のペチカも、正月の地震で全壊し、新しいペチカを作っている最中で、暖は
珪藻土竈に炭をいれていた。室内でも、みんなの息が白い。
前日、志賀の家で焙煎した「ほぼぶらじる」を飲みながら、準備。

*余談だけど、今年は「竈(かまど)を返す」飲食店が多い。=「廃業する」

夏の梅の収穫以来の梅林にいくと、空気が凛としている。2年間、梅は不作だったけど、つぼみが「来年は咲くよ」
と笑っているようだ。
三輪福さんが「昨日の夜、ナウシカさんがきて、少し気を入れていただいた」とのこと。
なるほど、梅林の雑草が、風の通り道をつくるように刈られていたり、土のあちこちに、水と気の流れを
施すような跡がついている。「昨日が満月のような(昨日が今年最後の満月)明かりがあったので、その下で
整えてもらったの」とこと。言葉では、尽くせないけど、凛とした空気がいつもより研ぎ澄まされていた。

ナウシカさん・・・映画「杜人(もりびと)」の矢野智徳さん。震災の後、なんどか梅茶翁にきていただいた。

前田せつ子監督が、この映画をつくった理由が、ネットにあがっていたので紹介する。いろんなところで「自主上映」
をやっているので、ぜひ!ぼくも朝飯前(そんなに簡単ではないけど)、上の畑のまわりの「風の剪定」。これから朝ごはん。

ナウシカのような人に 出逢った
〜私がこの映画を撮った理由〜
矢野智徳さんに初めて会ったときの衝撃を忘れません。
「虫たちは葉っぱを食べて空気の通りをよくしてくれている」
「草は根こそぎ刈ると反発していっそう暴れる」
「大地も人間と同じように呼吸しているから、空気を通してやることが大事」
人間目線から遥か遠く、植物や虫、大地、生きとし生けるものの声を代弁するかのような言葉は、まるでナウシカのようでした。風のように枝を払い、穴を掘る様子はイノシシのよう。一日の作業を終えたとき、その場にはスッと息が整うような、なんとも言えない清涼感が漂っていました。
こんなふうに自然と関われたらどれほど豊かに生きられるだろう、いや、人間であることの罪悪感が少しは軽くなるかもしれないと思いました。

それから4年。技術も、知識も、経験も、プロ用のカメラもない中で、2018年5月、矢野さんの本拠地である山梨県上野原市を訪れました。想い一つからスタートした撮影の旅は、屋久島、福島、安曇野、気仙沼へと続いていきました。
2018年7月、気仙沼での撮影中に、西日本一帯を記録的な豪雨が襲いました。初めて会ったとき、矢野さんが警告していたことが起こったのです。被災地支援を申し出た矢野さんたちを追いかけて、岡山県倉敷市真備町、広島県呉市に向かいました。
そこで見たのは、コンクリートの砂防堤や道路、U字側溝を突き破って流れ下った土砂や流木と、大切なものを失いながらも必死で立ち上がろうとしている人々の姿でした。
「土砂崩れは 大地の深呼吸なんです。息を塞がれるから、それを取り戻そうとしている」

2019年5月には屋久島豪雨で巨岩が崩落、10月には台風19号で全国21もの河川が氾濫。被災地に駆けつけた矢野さんは、これらが単なる天災ではなく、人の開発がもたらしたことであること、自然が人に求めていることを伝えていきます。
「息をしている限り、あきらめない」
学生時代、日本一周で九死に一生を得た経験から生まれた言葉を胸に奔走する矢野さんと、矢野さんにならって渦流のように全国を廻り、寝る間も惜しんで傷めた自然の再生に全力を注ぐスタッフや「大地の再生講座」の参加者を3年間追いかけて感じたのは、人にはまだ希望がある、ということです。
泥だらけになって土を掘り、汗だくで草を刈り、一日作業をした最後に「楽しかった」と満面の笑顔を浮かべる人がたくさんいる。人間らしい充足感、幸福感というのは、かつての「結(ゆい)」……人と人、人と自然の共同作業があってはじめてもたらされるものではないだろうか。
ナウシカにはなれなくても、かつての人々が皆そうしたように、移植ゴテ一本、ノコ鎌一本でもっと自然と仲良くなれることを、人間という動物の遺伝子はきっとまだ憶えている。

「この場所を 傷めず 穢さず 大事に使わせてください」と、人が森の神に誓って 紐を張った場=「杜(もり)」。
忘れ去られたこの言葉が、その記憶の小箱を開く鍵となることを願って。

         監督 前田せつ子

漢字検定?何点とれるかな?

朝から、近隣の家を解体する音がする。
街にでても、あちこちで家の解体がすすんできた。
都会で解体現場があると、すぐに新しいマンションやビルになったりする。
さて、能登の空き地がどうなるか・・・・そのままだと殺風景だけど、新しく家を
建てる、というリスクも計り知れない。

夕方、集落の人から電話。「隣の空き家が、解体されることになったんだけど、
まだ住める家なので、家の人が『若い移住者に売ろうと思う』とのことだけど、どうだろう?」
とのこと。「このままだったらますます限界集落になっていくので、安く売ってあげてください」
と答えた。輪島塗の木地師(きじし)が、家を探しているということだ。

酒を飲みながら、いろいろ考えてみた。今の生活のなかで「漆器」(しっき)が生き延びるにはどうしたらいいか?

天真庵で使う漆器・・・・合鹿椀(ごうろくわん)・・ 花巻そば おコンそばに使う、倍セットと人は、
「根来椀」(ねごろわん)、「折敷」(おしき)の一部。そばがき用に、「朱色椀」(しゅいろわん)を使う。
でも、みな高価な器なので、家庭でこれらを使うか?というと疑問だ。

能登の家では、酒を飲むときの「盃台」(はいだい)は、輪島塗の職人につくってもらった。
久保さんの黄瀬戸の盃を上に乗せるとよく似合う。同じく黄瀬戸の徳利に似合う「袴」(はかま)も「茶箪笥」(ちゃだんす)に入っているが、
そもそも「徳利」が無用の長物扱いの今、はたして需要があるか?昔の料理屋では、ビール瓶も、徳利も
着物をきた女性が丁寧に「はかま」をはかせて運んだもんだけど。

茶箪笥は、漆塗だ。木工の般若くんの卒業作品で、お金がなかったから自分で塗ったらしい。
囲炉裏の横には漆の脇息(きょうそく)がふたつ。
これを使うと殿様になった気分になる。「脇に置いて、休息させるモノ」として産まれた。いいネーミング。
今日のブログは「ふりがな」をたくさんつけた。やっぱり、漆は今の生活から遠い世界におかれてしまった?
でも、上手にワンポイントを、漆器にすると、暮らしに潤いをもたらすと思う。
「正月」のおせち料理は、やっぱり漆器がよく似合う。感謝!

1000円の壁。ラーメン(そばも)、せんべろ・・

東京は、雨が降らない12月らしいが、能登は毎日冷たい雨、ときどき霰か雪
という天気が続いている。志賀町のある外浦地域は、とくに冬が冷たい風がふくので
厳しく、おじいちゃんたちの伝馬船のでる出番が少ない。よって、その「お流れ」をちょうだいする
ことも少ないので、ぼくらと外猫ちゃんたちは、食うや食わずの生活を余儀なくされる危険がある。
でも、もうまるまる6年なので、ちゃんとわきまえていて、「ねこ元気」は、やまほど買っているし、
先月はお頭つきのぶりが3本きたので、ちゃんと猫のぶんまで、冷凍している。東京からもってくる食材も
抜かりがない。

近所のおばあちゃんに、大根、とうがん、青梗菜、水菜、さといも・・・などをかごいっぱい
いただいた。昨日はとうがんを、そばつゆをうすめて囲炉裏で似て、先月釣ったタコの足の冷凍を
2本いれて、酒のつまみにした。とうがんではなく、さといもとタコのほうが相性がいいと反省しながらも、
北海道に移住したMさんからおくられてきた「金瓢白駒#十勝」という「能登と北海道がタッグ」をくんだ日本酒を
堪能した。この「#能登の酒を止めるな!」という企画は、とても素晴らしいと思う。人と人をむすぶやさしさが
酒に吐露されていて、あっという間に、四合瓶が空になった。

能登では、電気釜でごはんを炊くこともあるばってん、「かまじか、が美味くてたまらん」
と、今朝は珪藻土の七輪に炭をおこし、万古焼の土鍋でごはんを炊いた。当然、似て非なるごはんができる。
米が炊きあがったら、炭を囲炉裏に移し、五徳に網をのせ、ぶりのカマを焼いている。いただいた野菜を具たくさんの
味噌汁にすると、立派な一汁一菜。漬物は自家製の野沢菜。なんの不足もない。カマが焼けたら、やかんをおいて、
その湯で珈琲を淹れる。もちろん、能登では「UFO焙煎器」で、豆を焙煎。水は藤瀬霊水。

都会で生活しているサラリーマンは、ひるごはんを毎日ラーメンにしても、給料日前には、お金が尽きる、
というのが現実らしい。ラーメン屋の立場で考えると、「1000円の壁」があり、高騰する材料・人件費・家賃を
考えると、壁を越えたいとあれこれ悩み、食べる側に同情すると、1000円超えの昼ごはんでは、喰っていけない、となる。
店とお客さん。店主とアルバイト・・・みなよし、という構図がどこの業界も壊れてきた。
天真庵の近くのラーメン屋も今年2件廃業された。
夜の盛り場は「センベロ」といって、「1000円でベロベロになる」という安価な居酒屋だけが
流行っているようだ。戦後、メチルアルコールを飲んで失明者がゴロゴロしていた時代にもどっている感がある。
珈琲もワンコインで飲める時代ではなくなりつつある。このまま地球環境が悪くなると、そう遠くない未来に、
この星から珈琲がなくなるかもなんばん。

来週から政府の補助金がなくなり、またガソリンが高くなる。田舎から都会に運ぶ食べ物の単価もとうぜんあがる。
負のスパイラルがしばらく続きそうだ。不動産と株は好調なようだが、負動産、紙切れにならなければいいが・・・
これからの日本が、「糞尿譚」(高齢化の問題は、日本人みんなの問題)にならないように、みんなで知恵をださんとね・・・!
年金制度や経済が壊れ、行き倒れが増えて、糞尿譚になるのではない。南海トラフ、首都直下型地震がきた瞬間、ほとんどが、
阿鼻叫喚の糞尿譚になる。
めんどくさいこともあるけど、「少し昔の生活」にもどさないとね。感謝。