能登くらし ふつかめ

今日もいい天気。
海も凪いでいて、沖に伝馬船がでて、フクラギ(ぶりのこども)や、ヒラマサを
釣っている。日中は、焙煎したり、動くと汗がでるが、夜はエアコン不要で涼しい。
週末に、梅林ガールズたちが、泊りがけで家の片づけを手伝ってくれるというので、今日
は布団干しが「朝飯前」の仕事。
朝めしは、昨日野良ネコとシェアーするために捌いた「ひらまさのかまの塩焼き」。

夕べ眠る前に、「梅原猛」さんの「老耄と哲学」を読んだ。
立命館大学文学部哲学教授、京都市立芸術大学教授・学長の他、日本ペンクラブ会長(第13代)などを歴任した「哲学者」であり「文化人」。
本の中に「どじょう首相のこと」があり、民主党が政権をとり、野田さん(どじょう首相)が総理になった時の「政治」に関してのエッセー
が綴られている。その時、親友の末松義規くんは、復興副大臣だった。
いささかならず、政治に失望を感じていながら、首相の椅子を「おれが、おれが・・」で争っている「今」を憂いているのも現実。
なんとか、「いい国」になってほしいと思う。

・・・(前略)
私には、権力欲、名誉欲、金銭欲の特別強い人間が政治家になり、彼らが口では国家のため、国民のためといいつつも、
私欲のために、彼らにとっては命がけの戦いかもしれないが多くの国民には猿芝居にしか見えない権力闘争を続けているように
思われる。しかしこのようにして行われる政治が、現実の日本の運命やわれわれの生活にも大きな影響を与える。
政治というものは必要悪であろうか。・・・(後略)

自民党・民主党のリーダーの選挙中の今、「そうだそうだ」と膝に手を打つような名言だ。二世三世の世襲の政治家ばかりが跋扈する中にあって、「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよな」と相田みつをの詩を引用して、己の政治姿勢を語った野田さんも、短命で終わった。
土の中にもぐりながら、捲土重来をねらっていたのか、「昔の名前ででています」よろしくまた代表戦にでておられる。
宰相(さいしょう)の宰は、包丁を表す象形文字からできた。「魚を捌き、みんなで飢えないように、分け与える人」
のことをいう。「どじょうです」より「どじょうをさばいてかば焼きにする」技量をもつほうが大事かもなんばん。

ひらまさをさばき、台所から「かまの塩焼き」のにおいがただよってきたので、これから「朝ごはん」。
宰相の器ではないばってん、「さばき」の技はもっとうばい。泥鰌のかば焼きも、大得意(笑)感謝。