小倉を徘徊散歩・・・博多より断然おもしろい!

火曜日はお店を臨時休業にして、ひさしぶりに九州に行ってきた。
施設に入っている92歳の母が、少しヘンになってきたから。
67歳の自分も、少しどころか、だいぶヘンになってきたけど、お互いに「元気なうちに」ということで、
東京発限りなく7時に近い6時の新幹線にのった。
オーバーツーリズム現象は、平日の新幹線にも浸透していて、指定席を頼むと、「3列並びの真ん中」
しか空いてなかった。けっこう外人がいっぱい。なんやろね。山口や北九州まで、いっぱい!

窓側は中国系?の女子が、弁当を食べている。食べ方でそうとわかるわけではないけど・・
通路側も「なぞの東洋人女性」。弁当を食べる用の座席のテーブルを倒して化粧品を並べて化粧を
しはじめた。「してもかわらんばい」と、のどまででかかったばってん、リュックから本を取り出し、
平常心をとりもどそうとした。

今回の旅のお供の一冊は、同じ北九州出身の藤原新也さんの「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」。
いろんな出会いや別れがあるけど、「ちょっとしたこと」で、人生が変わってしまう物語の短編が集めれれていて、
すごくおもしろい。カメラマンでもある著者の鋭い目線が、いろいろな人の人生の潮目を捉えていて「演出」と「やらせ」
のギリギリのところを綴っているような文章。

読み終わったころ「小倉」についた。新幹線口から在来の九州線にいく途中に、「うどんや」がある。いつも通過するだけ。
新幹線が昭和50年に開通される前から、在来線の7番ホームにある「うどんや」までいって、かしわうどんを食べる。
これを食べる瞬間に「小倉へ帰ってきた」という気持ちが五臓六腑に染みわたる。
駅をでてから、ひさしぶりに「小倉の徘徊散歩」。小倉城やその近くにある「松本清張記念館」「旦過市場」(たんがいちば)にいく。

一件だけ、仕事の打ち合わせをした後、小腹が減ったので鍛冶町の寿司屋へいって、寿司をつまむ。
この店が博多にあったら、予約が取れない、どころか、たいへんなことになるだろうと思うレベルのお店だ。
寿司屋の近くには、かつて森鴎外が小倉に軍医として赴任していたころの住まいが今でも残っている。
彼の短編「鶏」を読むと、その時代の小倉の人たちの息遣いが聞こえてくる。
「寒山拾得」と同じくらい、繰り返し読んだ森鴎外ワールドだ。
松本清張の「ゼロの焦点」の最終舞台から600mの志賀町で、「寒山拾得美術館」をつくったのは、「小倉」で生まれたからに違いない。

翌日、博多行の電車にのり、香椎で乗り換えて、長者原(ちょうじゃばる)で降りて徒歩10分のところに、母が
お世話になっている施設がある。
そこから徒歩1分の妹が嫁いだ家にいき、2時間ほど食事をしながら談論風発。かぐやひめの「妹よ」よりできた妹。
それからすぐに踵をかえして、電車で10分の博多までいって、新幹線の人になる。
母の施設から、空港までは徒歩25分くらい。飛行機を使うと、かなり便利なところだけど、いつも
新幹線で帰るか、横須賀からのフェリーで帰る。旅はゆっくり遠回りをするほうが断然おもしろい。感謝。

今日から通常営業。