日曜日の夕方、片づけが終わった後、能登に向かう。
いつもだったら、東京から本をいっぱいもっていく。
今回も、家の片づけをメインにするので、一冊ももってこなかった。
氷見の「すしのや」で寿司をつまんだ後、近くの本屋にいく、というのがいつもの能登路の定番コース
だが、スルーして♨に向かう。ニュースで「総湯」(和倉温泉の日帰り湯)が再開したというのを聞いて、
和倉温泉へ。
いつもは、お客さんの浴衣姿や、旅館のスタッフさんの着物姿などでにぎわっている街が、閑散としている。
旅館はぜんぶまだ休館で、周りの飲食店もほとんど閉まったままだ。
総湯の男の露天風呂は、今回の地震で壊れて、工事中。
内風呂で、露天風呂の崩壊とその向こうの家家の屋根が壊れた風景を借景にしばらく瞑想。
風呂からあがると、いつもは休憩所で本を読んだり、テレビを観たりしながら過ごすのだが、今回は
すぐに「和倉温泉徘徊散歩」にでかけた。駐車場の近くで、能登の珪藻土でピザ窯をつくって、ピザを焼く
イタリアンも閉まったままだ。その近くの「能登ミルク」のカフェも工事中。
加賀屋の大きな建物まで歩いてみる。こころなし?大きなビルが海のほうに傾いている。
「ほんとうにすごい地震だったんだなあ」とため息。その向こうの海が、悲しいほどきれいで、
静かになった街を笑っているようにも見えた。
加賀屋の前の駐車場で、トレーラハウスでカフェをやっているオヤジと目があった。
「大変だったですね?」と声をかけたら、「ぼくだけでなく、みんな大変」と帰ってきた。
「でも、トレーラハウスだったので、ダメージが少なく、2月の始めから店を再開。ただし
お客さんはまったくこないけど」と笑った。
お店に入ると、アメリカだった。お店名は「LITTLE PICNIC」(訳すと、徘徊散歩?)
まるで柳ショージの「フェンスの向こうのアメリカ」だ。
セルフサービス、前払いの、サッポロ黒ビールを飲みながら、談論風発。
志賀町にも、仮設住宅のトレーラハウスが、いくつかでき、知り合いが2年の約束で身を寄せている。
老人用に、玄関にスロープ付き。期限が過ぎたら、安く売るそうだ。
この調子だと、能登の二年後は、あまり復興してるとは思わない。過疎はすすみ、空き地も増えると思う。
能登だけでなく、全国津々浦々、そんな感じになっていくのだろう。
案外、「トレーラハウス」を家にして、放浪する生活もいいな~と思った。
5分前に知り合った主人に、「このトレーラハウスいくらかかるの?」
と質問。「700万。長野からここまで運んでもらう運賃が60万。内装は自分でやったので、冷蔵庫や
トイレ、エアコン・・・1000万ちょいでできた」とのこと。
「家賃は駐車場代だけだし、固定資産税もいらないし、いいことづくめ・・」と笑った。「東京で年金だけでは喰えんしね~」
さすがに、東京生まれ、アメリカ育ちの主人の人生感が彷彿されている。素晴らしい。
加賀屋まわりの温泉施設も一度壊して、もう一度建て替える予定だという。それまで、この街にある飲食店
の経営は、かなり厳しい状態にさらされると思う。全国、といっても、まだトレーラハウスカフェ(レストラン)
は、まだ少ないけど、これから多くできて、「来月は、能登の和倉温泉でそばカフェをやります」みたいな
月替わりカフェなどができる時代がくるかもなんばん。
500円で総湯につかり、散歩しながら、青い海を眺めながら、蕎麦を手繰る・・・これまた一楽!
今日の能登は雨。晴れたら、近くのトレーラハウスの知人を訪ねてみよう。感謝。