能登くらし いつかめ

今日は雨の予報だったけど、朝から風もなく、お天道様が輝いている。

毎日が片づけだけど、昨日は思いもよらぬピアスをしたウルトラマンさんがやってきて、
シュワッと、屋根にのぼって修理してくれた。そのお陰で、気分も爽快。
朝飯前に、筆子さんの運転で、「富来の野球場」に、濡れてつかえなくなった布団、毛布、壊れた家電、
壊れた器(ほとんど無事だった・・・久保さんの豆皿3個、隕石粉カップは2個(これは、表に雨水を貯める甕(かめ)にいれた)
ガラス戸の食器戸棚がふたつ無事、般若くんの茶箪笥もガラスも無事で、中のものはほとんど久保さんの器で、焼き締まっているので、
みんな江戸しぐさみたいに、相手をさけて斜めに傘をさしているような具合で、無事だった。ほんとうの「和敬清寂」

玄関の下駄箱の上には、久保さんの備前の花器が置いてあって、季節の野花を投げ入れていた。
「あれは、落ちてこわれただろう」とあきらめていたら、姿がない。
下駄箱の後ろを見たら、渡り廊下との20cmくらいの隙間にはまっていて、投げ入れた椿が一輪「HERE NOW(今ここにいますよ)」
と挨拶。ハグをして、元の位置にもどして、庭に咲いていた水仙を生けた。袴(はかま)から、葉と花の咲いた茎をはずし、
いづ前を糺して、生けてあげると、別嬪さんになり、部屋の空気を凛としてくれる。

それから朝ごはん。ごはん、いわしの焼いたん(北陸のいわしは美味いんよ)、漬物、みそ汁。
デザートは、震災支援グッズの中に入っていたリンゴ。
いろんな人の「こころ寄せ」が感じられて、美味い。食後に「ほぼぶらじる」を一杯飲んで、
濡れた畳干し・・・・一階の十畳と八畳の田の字の和室の畳だけで、36枚。
気が遠くなるほどの重労働。金沢に住んでいる木工の般若くんが「トラックでスケットにいきます」
との電話をもらっていたけど、「まだぼくさ~ボクサーの気分っちゃ」で、ひとりで干した(笑)
お隣さんの土地まで借りて、畳干しフェス?(さきほど、家の中にもどした。)
二階は、5部屋の和室。その畳は、数えるのもいやになる。一階より多い(笑)
二階の畳は、来週にぜんぶ、野球場にもっていって、廃棄する予定。筆子さんの着物は、般若くん作の
箪笥と、二本松箪笥に入っていて、ほぼ無事だった。望外な被害だけど、そんな中でもいろんな奇跡がおきている。

上げた畳の下に、新聞紙が敷いてあった。平成7年(1995年)6月22日の北國新聞。
一面が「全日空機 乗っ取り 365人の人質解放拒否」

トイレの壁には、南條さんの書が飾ってある。「泣くも笑うも人生よ!」と揮毫。
そうそう、いろいろあるから、人生だ!感謝。

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