東京にいる時、水木の休みの日は、浅草界隈や錦糸町や亀戸界隈を
徘徊散歩するのがならわしになっている。
昨日書いたように、先週から酒の神様?いや酒好きだった先祖が遊びにきて?
酒を一滴も受け付けなくなった。
となると徘徊の中身がかわってくる。どこの散歩コースも、途中のラーメン屋、すしや、おでんや・・・
とにかく休みの日は、昼間から「酒」を飲まない日はないのだ。
酒を飲んだ後に、ソフトクリームはありだけど、「いきなりソフトクリーム」だと、どうも具合がよろしくない。
木曜日は、「くるみ油」を買いに、浅草を経由して合羽橋にいった。
雷門のところは、外人さんたちがアリの巣よろしく群がっていた。「インバウンド」がもどってきて、よかったなんて
いう人もいるけど、今の観光地のありように?と思ったりする。京都の先斗町は9割が外人さんらしい。そんなところ
に降る雪に、歌になるような情緒があるのだろうか?
♪富士の高嶺にふる雪も 京都先斗町にふる雪も 雪にかわりがないじゃなし 溶けて流れりゃ みな同じ
そんな古い歌を口ずさみながら、雷門のあっちがし(反対側)を合羽橋に向かって歩く。
あまり目立たないけど、小さな石碑があって、「久保田万太郎 生家跡」というところがある。
そこで家業は、袋の製造業を営なまれていたが、彼は継がずに、俳人になった。
ここの前を通ると、まるでパブロフの犬よろしく「湯豆腐で一杯」やりたくなるのが自然だったのに、その
気がおきない。いよいよ、先祖の霊の呪縛のすごさか?とか思いながら、目的地へ急ぐ。
無事に貧乏という名ののし棒につける「くるみ油」を買って、駒形経由で押上村にもどってきた。
京都に「たる源」という老舗の樽屋さんがある。そこの湯豆腐桶には、織部の徳利がついていて、
万太郎先生の湯豆腐の下の一句が書いてある。ちょっと気のきいた居酒屋あたりにいくと、でてくる。
湯豆腐や 持薬の酒の 一二杯
このまま下戸になって、長生きをするのも一考だが、湯豆腐をお茶で・・というのは、ちと寂しすぎる気もする。感謝。