七転び八起き の能登の人たち

ぼくが蕎麦を修行したところは「達磨」さん。
七転び八起きの象徴みたいな名前。
今回の能登の人たちの声を聞いていると、なんともいえない気持ちになる。
でもまた現地に赴いたら、こちらが反対に元気をいただく。
日本人というのは、まさかの坂の場面で、すばらしいDNAが蘇る。

大阪の会社さんから「そばの取材」を受け、今朝7時から「そば打ち」。
いつものように、朝5時におき、近くのコンビニにいって、朝日新聞を買う。
能登の地震の記事を読んでいたら、珠洲の珪藻土七輪屋さんの新しい窯と、建屋の屋根が
落ちた記事を見つける。従業員さんの「もうあかんわ」という落胆の声ものっていた。

昨年の6月の地震で、丸和工業さんの窯が壊れた。クラウドファンディングや有志の寄付など
により、新しい窯ができあがって、今年の始めに、その窯でも七輪が焼けはじめた矢先の先日の地震。
こちらも、憂鬱な気分になったけど、2度ほど蕎麦打ちをする。
7時からの取材は、本日3回目のそば打ち。瓦礫をかたずけている能登の人たちを思うと、
「こちらもがんばらなくては・・」という気持ちがわきあがってきた。みんなでがんばろう。やっぱ七転び八起きだ。

寄付など、こんな不景気な時代に人にはむりくりお願いはしないけど、昨日ブログに書いたように、
せっかく日本人に生まれてきたいじょうは、一度くらい能登の珪藻土七輪で、焼き鳥でも肉や野菜のバーケキュー
でもして、違いを自分の舌と感性で味わっていただきたい。見知らぬ国(ミシラン)の星がどうだら、おたべろぐの点数がどうじゃら、
で、「おいしい・・・ボリボリ」っなんて「ぼーっと生きてるんじゃないよ」、ほんまに。

早朝からの取材なので、大阪のにいちゃんに「ごはんいっしょに食べよか」といって、カウンターで
いっしょに朝ごはん。
地震の話題になり「関西の地震の時、どこにおったん?」と質問したら「大阪で、生まれたばかりでまだ一歳でした」とのこと。
「こちらは、地震の10日くらい前に、正月休みで九州から大阪までフェリーにのり、地震で崩壊した高速道路を
通り、東京にもどった後やった」と話をした。歳を聞いたら「28歳です」とのこと。
光陰矢のごとし か  時代が確実に変わっている。でもなんとか若い人たちと、会話も仕事もおっつきながら、やっていけてる
ことに・・・感謝。

今日は16時で営業。それから「そば打ち教室」「UFO焙煎塾」明日から「能登休み」(取材があるので、能登へは水曜日から)