こりこり

こりこりの佐藤さん、といえばこの界隈では有名人。愛すべき押上村の重鎮だ。
「押上 こりこり」で検索すると、でてくる。

宮崎は延岡出身で、うちの両親の出身地でもあるので、「よだきい」の文化圏だ。
「よだきい」とは、「疲れた」みたいなニュアンスだけど・・・「散歩しよか?」
と誘って「よだきい」と答えられると、「疲れた」でもいいけど、どちらかというと「めんどくさい」
とか「ほっといて」とかいう気持ちに近い。誘われて、断る理由が微妙な時に、とても便利な言葉やと思う。
同調圧力好き、NOが言えない日本人には、とても貴重な言葉だと思う。ただし、宮崎以外では、通用しないばってん。
標準語にするように、文科省に圧力かけてもいいんじゃない?というくらい、大事な日本語。

ときどき、蕎麦を手繰りにきてくれる。「最近は、大分にもよくいくんです」というので、
「やっぱり、腰とか足とかが『おお、いたっ』という人を助けにいくと?」と聞くと、
「村おこしの手伝いです」とのこと。
蕎麦を手繰った後、「UFO気になっとるとです」というので、窓際席にカセットコンロとUFOを
もって、60gの豆を焙煎して飲んでもらった。「この豆を珈琲焼酎にするとうまかでしょうね?」というので、
「くろうまが、しろうまになるげな感じばい」(注)くろうまは、宮崎の焼酎。「発注します。」といって近くの
コンビニにお金をおろしにいって、もってかえられた。さすがにツボをしっている、というか、阿吽の呼吸である。
大分でもUFOが飛ぶようになるかもなんばん。

こりこりの人や眠れない人、ストレスがいっぱい、不安がいっぱいな時代だけど、平々凡々で
波風のない人生なんて、なんもおもしろくないし、そんな人生をおくっている人の話はつまらない。
昨日、閉店間際に、カリスマケアマネージャーさんが「生豆がなくなったので、買いにきたわよ」といって、
ほぼぶらじるを飲みながら、「お金持ちも、貧乏人も関係なく最後は畳一畳ほどのベッドで死んでいくのよね。
だから、生きているうちに、したいことをしないと後悔するわね。」とポツリ。
自称「おくりびと」(映画の「おくりびと」は、死んだ人を化粧したりしておくるのだが、
自分たちの仕事は、この世の最後を世話し、あの世におくるお手伝いをする「ほんとうのおくりびと」ですが、持論)