能登休み 3日目

東京から、親子で遊びにきた家族あり。
道の駅「とぎ海街道?」というところで待ち合わせ。
Tくんが、おいしそうにソフトクリームをほおばりながら手を振っている。
つられて、大好きなバニラのソフトクリームを食いながら、「どこいきたい?何が食いたい?」
と質問。最近寿司にはまっているらしき、押上小4年のくんが「すし!」と大きな声で答えたので、
そこから車で10分の西海丸という漁港にできた回転すし(といっても、ほとんど手でにぎってくれる)、
にいく。

「おいしい寿司って、どんなのか知ってる?」と聞くと、「新鮮な寿司」と答えが返ってきた。
さすが、名門押上小学校の優等生の答えだ。「ちゃうねん。オゴラレる、つまりお金の心配がないスシ」
と教えてあげると、「???」という顔をしていた。
「今日はエーチャンがおごるので、好きなもん注文して」というと、タッチパネルで、
大人は「わざびあり」、自分のは「わさびなし」など、初めてきたとは思えぬ早業で注文をする。
「ガスエビの天ぷら二皿頼む・・」というと、「え、そんなエビあるんだ・・・といったすぐあと、ホントダ、と目を
丸くして、注文してくれた。東京では見たことなかったけど、地元でとれるガスエビは最高!ぼくは昼めしは基本的に
食べないので、ガスエビと6貫をつまみにノンアルコールビールを2本飲んだ。ここの港で水揚げされた魚は金沢などに
もっていかれる。「金沢の寿司が美味い!のは、ここに答えがある。それをおごられる人は幸せな寿司食い(笑)

その後、能登の家にきて、すぐに海で遊び、義経の隠し船、ヤセの断崖などを散策し、Tくんは玄関先でフルチンになって
シャワーをあび、着替えを預かり、ホテルに帰っていった。ちょっと暑くて、きつそうだったけど、「田舎の思い出」は
そのへんにある。
次の日は、コスモアイル羽咋でUFOと遊び、中能登の古民家民宿に泊まるというので、昨日は前倒しで、珠洲の珪藻土や
にいって、珪藻土のクズをもらってきた。陶芸家の久保さんにそれを輪島のクロネコヤマトでおくった。
その後、近くで漆器をつくっている職人の家に、頼んでいた漆器をとりにいく。
「ブラタモリ」でやってたらしいが、輪島塗にも、珪藻土を焼いた粉(輪島地粉)を下塗りに使う。
悠久の時間の中で土になったプランクトンの養分の中に、漆と相性のいいガラス質の養分が入っているみたい。
砥の粉を含め、「塗り」と「研ぎ」の繰り返しが、輪島塗の真骨頂で、使えば使うほど、「よさ」がわかる。
漆器が日本人の生活から消えて久しいけど、「一生もの」を育てながら生活するユトリを取り返してほしいと思う。

今朝も、朝早くから能登珪藻土七輪で珈琲を焙煎。久保さんの焼き締めの片口の上に、輪花ドリッパーをのせ、
焙煎したての珈琲を淹れる。お客さんは、野良ネコ3匹で、目当ては、筆子さん特性の魚スープ?
今朝は「ひと」(小野寺史宜)の小説を読んでいる。舞台が南砂銀座のあげものや。女手ひとつで島根から
東京の大学に進学した20歳の青年。その母も急死し、大学を中退し、ポッケの中の最後のじゃり銭55円で
コロッケを買おう・・・・から紡がれていく、東京の孤独な「くらし」が綴られている。そんな砂漠の中の
「孤独」が、また東京の魅力でもある。そしてそこに住む人たちは、形こそいろいろだけど、みなその「孤独」
の中で成長していく。
ぼくも、秋葉で創業したころ、南砂のマンションにひとりで住んでいたことがある。友達の暮らす西大島の
うらぶれた居酒屋で、「夢」を語りながら飲んだ酒が懐かしい。「ひと」は、なかなかいい本だ。
珪藻土、漆器、町の本屋、喫茶店・・・・どれも時代から取り残されたようなものだけど、なくなってほしく
ないものばかり。感謝。