昔から「そばやで昼酒」は、江戸の粋の代名詞やった。
そばで〆る前に、板わさ、そばみそ、卵焼きなんを酒肴に飲む。
そんな酒を「そば前」といった。
ちょいと馴染みになると、「てんぬき」なんてものを注文して、そば前を飲む、
っていう志向もなかなかオツなもんだ。
天ぷらそばの「そばぬき」。つゆの中に天ぷらが浮いているもの。汁もので酒が飲めるようになると、
左党として、一人前、そんな風にいう人たちがいた。
ちなみに、うちの店で通ぶって「ぬき」とかいうと、「錦糸町のヘルスでもいってヌイてきて」
なんていうことになる。創業してからこっち、天ぷらそばはやっていないのであ~る。
先日のお昼すぎ、チャリンコにのったおばさまがそばを手繰りこられた。初顔だ。
手になんかオミヤを持ち、そっとカウンターにおいた。
「今S庵(近くのそばや)で酒を飲んできたので、これお土産。オヤジに海老天をあげてもらった。毒は入って
いないよ。一度ここのそばを食べたい、と思って」といって、少し赤らめた顔で笑った。
「ぬき」かなんかでいっ杯やって、〆のそばを梯子・・・これまた新しいカタチだ。
ざるそばセットで、1150円。2000円おいて「おつりはいらないよ」といって、チャリンコで飲酒運転?
して帰っていかれた。
木曜日はかっぽれ女子たちがやってきて、金継ぎ、お仕覆など手仕事の日。
ぼくは、彼女たちにガレットと珈琲をだすと、お役目ごめんになって、近くを徘徊するのがならわし。
行ったことがないけど、なんかの縁なのでS庵で一杯やろうか・・と思い店の前にいくと
「臨時休業」の張り紙。
となりの「やまちゃん」に「どうしたの?」と聞いたら「主人が先日亡くなった」とのこと。享年69歳。
「仕事ヌキに、一献したかった。」と思ってもあとの祭りである。鎮魂。