今朝はとっても暖かいので、ウナ帽を家においたままタコ釣りにでかけた。
海は伝馬船が海岸近くでとまっている。浅瀬でわかめを収穫している。
磯でも女性たちが、ワカメや黒藻などをとっている。桜が満開だけど、この季節は
わざわざ花見、ではなく、磯仕事、畑仕事、田植えの準備をしながら、里山の桜を愛でる、
というのが能登の人たちの桜。
タコは釣れなかったけど、タコ釣りの師匠にワカメと黒藻と、缶コーヒーをもろうた。
「これゲンキー(地元の薬や食品を扱うスーパー)でいつも買うんよ。」とのこと。
いつも、いろいろいただきものをするために、釣り用のショルダーバッグに、海苔、お菓子などを
入れていて、今日は師匠に「ほぼぶらじる」をあげようと思っていたけど、やめた(笑)。
昨日はビンと缶の回収日やったので、そこにいくと、「ネコの餌の缶詰」がたくさんあった。
やさしいじいちゃんばあちゃんたちが、飼い猫や野良猫にあげるんやね、きっと。
先日紹介した「Fのさかな」の冒頭には、いつも1924年生まれの元気な料理研究家の辰巳芳子さん
のエッセー「いのちを育む食卓」が紹介されている。今回の「タコの特集号」には、「非常時の心得は、国頼みでなく」
で、「常備いいとしておくと思うもののひとつが、お粥の缶詰」とあった。「なるほど」だと思った。
長いことお米を食べてきてるだけでなく、イザという時に、国がなにもしてくれない、自分で自分や家族をまもりなさい、
ということをよく知っておられる。
その後、輪島のお店に珈琲豆を納品し、珠洲の塩のじいちゃんところで塩を調達し、七輪やさんにいって、
長崎のじゅんちゃんに頼まれた「竈(かまど)」と、珈琲のお弟子様の依頼の「よくばり七輪」(ぼくは、
いつも間違えて、わがまま七輪といってしまう)を買い、もう一度輪島にもどり、知り合った塗師(ぬし 漆を塗る職人)
の家にいって、少し大ぶりの「漆器(しっき)」を買った。
天災や戦争などで、ライフラインが失われたら、「火を自分で起こす」必要がある。
カセットコンロは必須だけど、長期戦になった場合、七輪くらいもっていたほがよさそう。
そんな時代でもあるので、能登の珪藻土竈を、東京にもっていくことにした。
「月曜の朝は卵かけごはん」のごはんを、来週の月曜から「かまど炊きごはん」にします。
残った炭で、月曜の朝は焙煎をしているので、「月曜の朝は、もくもくサロン」といわれるかもなんばん。
炭火焙煎、かまどごはん・・・だんだん縄文時代のくらしに近づいてくる。