月曜の朝は卵かけごはん

卵かけごはんの準備をしていたら、おかまのMくんが
「京都のお土産」といって、骨董市?で買ったという「古代米」
と、「疲れた時にすこし食べて」といって、カカオというかチョコレート
みたいなものをくれた。「麻薬じゃないけど、ヒッピーみたいな人が売ってたの」
とのこと。神出鬼没というか、相変わらず不思議な男、いや、おかまだ。
「あーら、久保さんの唐津いいじゃない」と、古いミシンを改造したテーブルの
上にある斑唐津のお茶碗を見て叫ぶので、一個あげた、原始的ぶつぶつ交換が成立。

ときどき、近くの古いマンションでカフェ(といっても、看板も電話も、HPもない)
みたいなことをやっている80歳のおばあちゃんが、珈琲を飲みにきた。
毎朝早朝に起き、同じマンションに住む95歳で痴呆のはげしいおばあちゃんに、朝ごはんを
もっていき、食べさせ、薬を飲ませて、自宅にもどるころ、常連と称する同じマンションの
独居老人さんたちが、三々五々にやってくる。メニューはなし。もちろんお金もとらない。
でも気のおけないお客さんたちは、「今日のごはんは固い」だの、「味噌汁が濃い」だの「薄い」
など勝手なことをいって食べていく。それが終わると、台所の流しに、洗い物を置き、
くだんの95歳の痴呆のおばあちゃんとゆっくり散歩・・・毎日の「モーニングサービス」の日課
は、こんな感じらしい。

それから、美容院にいったり、病院にいったり・・・・そのふたつとも、天真庵のある十間橋通りに
あるので、帰りに一服をかねて珈琲を飲みにこられる。
そんな不思議なカフェに集まるおばあちゃんたちの日常を、半分笑い話にしながら、おいしそうに珈琲を飲まれる。
ときどき、「今日の珈琲はすこし苦いわね」と忌憚ない感想をいったりするのがありがたい。
田舎の兄ちゃんからおくられてくる「お米」などを、帰り際に「これ食べてくれる」
などといって、涼しい顔して袋からだして渡される。5kくらいあるお米を、マンションからもって、病院(か美容院)
までいき、その帰りに寄る場所までもってくるのは、容易ではない。それをミカン3個くらいの感覚でひょいひょい、
というのがすごい。

昨日は帰り際に、布袋袋みたいなバッグから、陶器みたいなものをだして、「これよかったら使って」
といってくれた。ゆっくりあけてみると、かちっと焼成された笠間焼の額皿がでてきた。釉薬の流れかたで、
すぐに、浜田庄司だとわかる。「もうひとつの土曜日」のではないよ。あれは浜田省吾。
こちらは、浜田庄司。人間国宝の陶芸家。
「こんな高価なもんはもらえません」とお断りしたら、「あの世にまでもっていけないから、マスターにあげる。能登の美術館に
寄付かな・・」と笑う。近くのおじいちゃんが引っ越しをする時に、「これおまえにあげる」といってくれた端渓(たんけい)の硯に匹敵
する、いやそれ以上の美術品がカウンターの上におかれた。

浜田庄司といえば、益子に「濱田庄司記念益子参考館」というのがある。地元の人たちは「参考館」と呼ぶ。
翁自身が作陶の参考として蒐集した品々を並べ、後人の陶芸家たちの「参考」にして欲しいとの、「思い」が込められている。
表参道を本拠地としているわれら「織田流煎茶道」の稽古場として、ときどき「参考館」を使わせてもらっている。
「なにか美しいものを残す」という翁の心意気を感じる場所だ。感謝。          

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