どこもそうだけど、女子のほうが平均寿命が長く、もともとの生命力もあるから、「おひとりさま」になるのは、
女子が圧倒的に多い。「のみとも」だった岩下久美子が提唱した「おひとりさま」という言葉が、令和の今に、
しっかり浸透してきてるように思う。「わたしが思っていたような時代がきたでしょう」と草葉の家の庭で笑っているようだ。
ときどき。素敵な「おひとりさま」が、蕎麦を手繰りにこられる。
十間橋通りを、まっつぐ浅草通りまでいき、そこを渡ると「業平」という住所になる。そこらへんのマンションにひとりで住んでおられる。齢80をとっくに
超えておられるけど、話題が季節の花、鳥、カフェ、料理など守備範囲が広く、しかもおもしろく、矍鑠としている。
近くの病院に定期的に診断にくる「ついで」の時に、寄ってくださる。「いつもありがとうございます」というと、「ちょっとイヤミに聞こえるでしょうが・・」と前置きして
「半分休みみたいなお店だから、食べたい、と思った半分しかこれていないわ」とのこと。
彼女は毎朝5時に起床し、同じマンションに住む90歳の「おひとりさま」に電話して、いっしょに一時間散歩する、
ところから一日が始まるらしい。「亀戸方面」「錦糸町方面」「押上方面」の3コースがあり、モーニングのある喫茶店で一服しながら、
規則正しい生活をされている。ときどき、総武線で九段下のりかえ東西線で西荻窪にいき、行きつけの喫茶店でお目当てのチーズケーキと珈琲
を飲みにいったり、調味料を買いに築地にいき、西本願寺近くの喫茶店で珈琲を、というのも、楽しみな特別コースになっているらしい。
90歳のお友達は、認知が進んでいて、気持ちも後ろ向きになりがちで、「行きたくないモード」
になる日が多くなったらしいが、母親みたいにエールをおくり、夕方は実家の福井のおにいさまからおくられてくる野菜をつかった
料理をつくり、そのお友達にお裾分けするらしい。「でも料理は、ひとがつくってくれたものをいただく、が一番ね」が口癖。
福井のおにいさんは、5人兄弟の長男で、定年退職後に、畑をやりはじめ、、ほかの兄弟とは疎遠にしているけど、一番下の
わたしには、目にいれても痛くないほどかわいがってくれて、今でも一週間に一度は、手作りの野菜をおくってくださる、という話や
その野菜の調理方法などを、向田邦子さんの作品みたいに理路整然と話をされる。
寒い季節は「とんさま」で、あたたかくなると「梅おろしそば」を所望される。
うちの「梅おろしそば」は、彼女のふるさとの越前そばと同じく、そばの上に、辛味大根と梅干し(そのほかに、ネギ、のり、かつおぶし)
をのせ、片口にいれたそばつゆをぶっかけて食べる。福井の人は、その辛味大根が少ないと「今、大根は高いの?」と皮肉をこめていうのがならわしだとか。
昨日は食べ終わった後に、「ことしのトマトが食べ納めになりそう」とポツリ・・
お兄様が、すい臓に末期がんが発見され、「余命6か月」の宣言をされたということ。
野菜や人間にも、春夏秋冬の物語がある。感謝。
今日の「坂村真民」さんの言葉
「両手の世界」
両手を合わせる
両手で握る
両手で支える
両手で受ける
両手の愛
両手の情
両手合わせたら
喧嘩もできまい
両手に持ったら
壊れもしまい
一切衆生を
両手に抱け