UNA雪駄

UNA雪駄が、好評だ。
半分近くが嫁いだ。そもそも雪駄とは、利休が考案した、という説が多い。
茶人が路地を歩く時、それまでの下駄では、音がうるさく、特に年を老いて
からは、足があがらなくなくので、ひきずる音が耳障りなので、雪駄が生まれた、ということだ。
なんとなく、わかるような気がする。夏になると、浴衣を着る機会が多くなる。とりわけ、花火大会
の時は、ドレスコードのごとしだ。足元は下駄派と雪駄派にわかれると思う。ぼくは断然雪駄派である。
足元を向島の「めうがや」の足袋できめ、そこにお気にいりの雪駄を履く。江戸の「いなせ」の原点である。

昨日、UNAのみかんくんが、かばんをもってきた。雪駄の横に彼の作品集が置いてあって、それを
見た女子たちが、「かばんを見て見たい」というリクエストにこたえた形。ひとつショルダーバッグがあって、
「これ、ぼくが釣り用に使わせてもらう」とUNAにいったら、「タコ釣り用のショルダーバッグをスケッチして、
もう頭の中では完成してますので、夏くらいまで待っててください」といわれ、そのまま雪駄の横に置いていたら、
常連さんが、それを買われていった。「ああ・・」と少し寂しい気持ちがしたけど、夏のタコ釣りまで、
しばらく待とうと思う。今年は「タコすかし」という能登の伝統的なタコの漁法に挑戦しようと思っている。

夕方、先週はじめて天真庵で味噌作りをした家族が、蕎麦を手繰りにきてくれた。嫡男のRくんは、
この春小学校。先週は鬼滅グッズ?の刀を持参して、ママが味噌作りをしている最中に、厨房の中に入り、
ぼくのことを「熊」と見立て、刀を振り回す。アニメのはじめを見ただけで、挫折してしまったけど、
続きを見ないことには、子供たちについていけない、と悟る?
若いママたちに街であっても「えーちゃん」と呼ばれることが多くなったが、子供たちには「熊」と呼ばれることが多くなった(笑)。
悲喜こもごもの毎日。

今日も「珈琲のお弟子様」が、味噌をつくりにこられる。