おたまじゃくしが生きてる・・

昨日は梅茶翁へ・・・
能登の天真庵は「志賀町」にある。売茶翁は
能登町にある。正確な地名は瑞穂(みずほ)。日本のルーツ
のような地名だ。梅林のとなりに、田んぼが棚田のように広がっている。
その言霊どおり、そこでは米をつくっていた。

今回はその一面に、湧き水を流し込み、その水が淀まぬように、下に流し
ながら、無農薬・無肥料で米をつくろう、という試みを始めた。
一部、せき止められた田圃の水たまりに、おたまじゃくしが元気に泳いでいた。
隣の梅の木の頂に、ホオジロがとまって「一筆啓上仕り候」と春を告げるさえずり、とんびがその
上を飛んでいる。
里山のいつもの春の情景だ。

昨日は、田んぼをつくるために刈った雑草をあつめ、古民家にあった本畳をつかって、温床を
つくる・・・という作業をやった。総勢7人で一日かかりで、肉体労働をやった。

7人。3人家族が二週間ほど、売茶翁に居候している。イギリス人のユーリさん家族。
東洋医学のお医者さん(鍼灸や漢方)で、奥様は日本人で、日本に仕事を兼ねて来てたのだが、
今回のシンコロさん騒ぎのため、自国へ帰れなくなり、能登にしばらく滞在することになった。
例えは悪いが、大潮で引き潮になった後に、岩場に残された魚たち、のような感じ。
夫婦でお医者さんさんなのだが、ロンドンから車で4時間くらいの田舎町に住み、自給自足を
しながら、暮らしているらしい。仲間の医者たちも、その町には住んでいて、トレーラハウスを
改装し、ソーラパネルなどを自分で設置し、ガス・水道・電気をひかずに、エナルギーまで自給自足
しているらしい。

ということで、彼らがイギリスの田舎町でつくっている「温床作り」を伝承してもらった。
口でいうと簡単だけど、草を刈り、落ち葉を熱め、竹で杭をつくり、梅林のあたりまで本畳を運び、
畳のプールみたいなものをつくる。夕方になると、ブヨがみんなを襲う。なかなか重労働だけど、みんなで汗を流し
、昼ごはんはしんごちゃんが朝漁でとってきたアジをさばいてフライにし、イカをマリネと甘辛煮にし、
庭でとれた筍を若竹煮にし、玄米ご飯を炊いて、庭のアウトドアで食べた。
イギリスの伝統料理に「ドーバーソウル」といって、カレイのフライがある。ユーリが「くらべものにならない」
といって、うまそうに食べていた。魚を30尾くらい捌く時、一尾を醤油につけてつまみ食いした。厨房の中を見回し、
日本酒を探す、ほど筆舌を超えた鯵の味。

奥様は日本人。「どこのおくに?」と聞くと、「福岡」という。「の、どこ?」というと「おりお」
という答えが返ってきた。折尾、昔電車がはじめて通された時、「次はおりお おりお」
という駅員がアナウンスしたら、みんなが降りた、というエピソードがあり、「かしわめし」の駅弁が
有名。東筑高校という高倉健さんの母校もある街。

ぼくらが小学校のころ、どこのプールも、冬の間はそこで鮒(ふな)をかっていた。
そして、プール開きの前、みんなでフナ釣りをし、その後プール掃除をする、というのが
ならわしだった。きまって、校長先生が最初に泳ぎを披露する、という儀式もあった。

なぜだか知らないけど(今はきっと、安全面とかで中止になっていると思う)、折尾のとある中学
のプールでは、夏が過ぎて、次の夏まで、そのプールが市民に開放されていて、鮒釣りができた。
「釣りは、鮒釣りで始めり、鮒釣りでおわる」という格言がある。ぼくも小学校4年の時、自転車を
こいで折尾で降り、鮒釣りデビューをした。先輩のおじちゃんたちにに、えさ(みみず)のつけ方や、ポイントを聞く。
北九州の子供たちは、そうやってみな太公望の洗礼をうける。丘釣り専門の道をゆく九州男児もいるけど・・

この春小学校2年生になるななちゃんが「釣りをしてみたい」といった。
今回は天気が悪いので(今日からしばらく雨模様)、「来月また会えたら、釣りにいこう」
と約束。釣りを教えてもらった土地で生まれたママのDNAを受け継ぐ女の子に釣りを伝授する・・
これもまた今回の「神のはからい」のひとつ、なのかもなんばん。感謝。