あわただしい銀ブラ

昨日は「能登のぶり」を堪能した。
気心しれた「梅林ガールズ」たちと、能登の話などをしながら談論風発のぶりっこ。
「ねぎま」という料理がある。ねぎとまぐろを醤油と酒と塩あたりで煮る。
昨日は「ねぎぶ」をつくった。8kのブリをさばく。頭を落とし、「はら・せ・はら」で身を解体する。
頭は左右の目を左手でつかみ、真ん中あたりのくぼんだところに、出刃を入れ、まっぷたつにする。
字で書くとそれだけだけど、実際大きな魚の頭を割る、のは、簡単なことではない。
しかもそこがうまい!

友人のマツキヨさんがつくった「深谷ネギ」をぶつぎりにして、頭とアラを、煮る。
目玉は二個しかないので、お客さんの梅林さんファースト。
これだけで、3合は飲めそうだ。しかも寒い能登の海を泳いでいるブリの目は、格別だ。
想像力を働かせない人でも、簡単に想像できそうな味だ。

今朝は残りのブリを蒲田の「めいっこたち」に届けた。毎年正月には「能登のぶりをみんなでにぎる」
会をしている。今年は三が日が営業だったので4日が新年会になり、いつもの会とは志向が違った。
きっと今日の夕餉は「天真庵流・自分で鮨をにぎる会」になっていると思う。

その足で「蒲田の温泉銭湯」へ・・・三週続けていくと、常連さんたちと仲良くなる。
相変わらず、電気風呂は不人気?なので、三回入る。とくに古傷の右ひじ(24の時に手術した)が
ピリっと痛いけど、その後の調子がいい。風呂上りは二階のサロンでノンアルコールビール。
毎日くるおじいちゃんたちとも顔見知りになって、挨拶をかわす。相変わらず「鏡月」を飲みながらご機嫌だ。

その後は、新橋の駅前に車をとめて、「ビーフン東」。「九州気骨の会」の日に、まず最初に集まった店。
7時にそこで集まって、若いころは朝の7時くらいまで新橋や銀座を梯子した。競争の激しい飲食業界だけど、
「老舗」であるし、これからまだ100年はいけそうな店。

それから骨董屋を梯子。友人にあずかった「ロ」の陶印(誰でも知っている陶芸家)を売り込みにいく。
思った以上に評価が高く、鼻高々に銀ブラを楽しんだ。

骨董業界も銀座も中国人がかしましい。「家に掛け軸を飾ってますか?」「煎茶道具や茶道具はありますか?」
「文房四宝がありますか?」・・・ほとんど「いいえ」だと思う。みな中国や台湾の人たちの手に渡っている。
もともとはそちらから渡ってきたものだから「里がえり」といえば、それまでだけど・・・

銀座に骨董屋が軒をつらねているビルがある。歩いている人は、日本語を話ていない。オークションも
ほとんど「中国語」である。日常茶飯だった「茶」の文化は、日本では滅びに至る文化?
かもなんばん、と痛感した日。

明日は「おとこかっぽれ」  はじめて取材をうける。明日は朝おきたら化粧して、
気合をいれなくては・・・