中原中也が人気らしい

そういえば、何年か前の中原中也の命日に、彼の詩に曲をつけ歌う、
という企画があった。若い青年が一生懸命に歌った。あまり上手じゃなかったけど、
「熱意」が伝わるライブだった。

ぼくが通った大学は、京都御所の横らへんにあった。今は衣笠とか琵琶湖キャンパス
とかになっているけど。その御所の近くの校舎の北に、小さな酒屋があった。
そこの二階は、中原中也がある女性と同棲していた下宿だった。
今はもうなくなっていると思うけど、その酒屋のすぐ近くに「中島食堂」という貧乏学生御用達
の食堂があった。今どきは、500円だせば、カレーやなんとか丼が食べれる時代だけど、その当時は
牛丼のチェーン店は京都になかった。「マクド」は今出川にあったけど・・

汚れっちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる    中原中也

汚れてっちまっていない「もうひとりの自分」がいるから、こんな美しい詩ができる。
坐という字は、土の上に人がふたりいる。「汚れた自分」と「もうひとりの自分」かもなんばん。感謝。

白い恋人のような梅ほし

久しぶりに雨があがった。みんな洗濯物がいっぱいたまっているに違いない。

〇く不思議なものをいろいろ実験している。「満つまめの会」で気功整体をやってくれているまーくん
は勝手に「元気玉」と呼んでいる。ある女性は「宇宙玉」。元気シールの原点も「コスミック エネジー」
とプリントされてきる。ぼくのHPにリンクしてある山田くんの父上が発見したもので「TQ技術」と命名された。
ぼくは勝手に「T時めいてQキュンの不思議技術」と呼んでいるが・・
名刺には「21世紀に花開く」と印刷されていた。

20年前はそれをボールペンに転写して「元気ペン」として製品化した。そのころよくニューヨークに
いっていたので、在中の友人に「英訳してもらって」、アメリカで売り始めた。ま、そこそこ売れたけど、
本業のITのほうが忙しくて、そのままになっていた。

2010年に愛犬のチワワが虹の橋を渡って、天国に旅立った。その日に彼の足をトレースして、
「かまわぬ」のデザインを入れ、「元気シール」をつくった。
お仕覆にくるみよちゃんが、それを碁石に貼って、淡路玉をつけた袋をつくってくれ「碁まもり」
ができあがった。おかげさまで、うちの常連さまの胸にあまた輝いている。

こんど不思議な縁でその「白い恋人」か「元気玉」か「宇宙玉」ができ、それを碁まもり
の中に入れてみた。まーくんの「満つまめの会」で施術の時、お客さまがそれを持つと、
不思議なことが起き始めた。不立文字、仏教の教えといっしょで、文字にすると怪しいので、
書くのをやめるけど、ほんとうの話がいっぱい。

昨日は、かっぽれをする女子(かっぽれの人は、みな満つまめの会を体験している)が、夕方遊びにきて、
「この元気玉ください」といって笑った。元気シールを車のペダルまでペタペタ貼っているほど、
不思議なミラクル大好き女子である。

夜にメールがあった。「頭の上に5分間、元気玉をのせると、目がすっきりして、一日の疲れがとれました」
とのこと。薬事法に抵触するくらい明確に書いていて、その後に、この情報を元気ファンにシャアしてみてください、とのこと。
「電車の中でやると、まわりの人に変な顔されるので気をつけてね」と返事すると、「やったのは帰りの電車の中です」
とかえってきた。電車の中はスマホ人ばかりで、こころここにあらず、で、奇妙キテレツな隣人など馬耳東風まもなんばん。

これがライフワーク?

日曜日の朝9時、押上駅前の「ライフ」に買い物にいった。
9時にオープン。見たことのある女性に「おはようございます」と声を
かけられた。うちの常連さん。

「元気印」そのもの。近くであったりするとき、下を向いて歩いているような時は
「マスター(この界隈の人たちは、ぼくのことをそう呼ぶ人が多い。失恋レストラン(清水健太郎)を思い出す
イメージがあって、あまり好きな呼ばれ方ではない)、元気ないね、大丈夫?」なんて先制されたりする。

本人は「でくのぼう」といっている、京都の大きな華道の免状をもっていて、近くの道端や川端で花を採集している
姿を見ると、「うちの庭に椿が咲いたので、ハサミもここに置いていくのでいつでもどうぞ。」といってくれる。
「近所の人が泥棒だと勘違いしない?」というと、「大丈夫、天真庵のマスターは変人だとみんな知っているから」と
笑っている。いつもぼくのために「でくのぼう御用達」の「安重」のはさみがおいてある。ぼくもひとつもっているけど、
使いやすいけど、安くはない。

レジで精算しようとしたら、「雨だから車でおくっていくからまってて」といわれた。
反射的に「ありがとう」と答えた。買い物袋につめていたら、旦那さんが近寄ってきて、3階の
駐車場までいき、車の人となる。とりとめない雑談をする。ふたりは、アラカンでぼくと同じくらいの年回りだ。

ぼく「あんなに買い物して何つくるの?」おくさま「日曜日の朝に一週間分のまとめ買いをするので、マスター
もそのころ買い物したら、のせていってあげる」ぼく「忙しそうだけど、まじめに自炊するんやね」
おくさま「この界隈には、ろくなお店(たぶんうちも含まれている)がないので、自分でつくってビールを飲む
のが楽しみなの」ぼく「これから寒くなってくるとビールはまずくない?」おくさま「だからこうやって休みの日の朝に
買い物して朝ぶろに入り、ビールを飲むのを楽しみにしているのよ」ぼく「仲がいいので、ひょっとしていっしょに風呂に入って
いるのですか?」

下町というところは、いろいろな意味で、垣根がない。
さてなんと答えたのでしょうか?朝からの話題には、レアなので・・・
人情がかよう、というのは、お互いの気持ちが「裸」にならないとかよわない、よね。

明日は久しぶりに何もない休みなので、横浜にでもいってこようと思っている。

「死の同心円」を政治家たちは読んだほうがいい・・・

長崎文献社、というとこからでている。秋月辰一郎さんという被ばくされたお医者さんが書いた本。   
梅雨のような雨が続く。被爆者の治療を続けながら、絶望的な気持ちになった時、
天のはからいのように、大雨が降ったらしい。広島の原爆のことをつづった名著「黒い雨」
もそうだけど、雨というのは世を憂いた神様が浄化するために、はたらくものなのかもしれない。
選挙中に降り続く、というのが象徴的だ。選挙にいく人が減ると、自民党に有利になるけど・・

東京19区で小学校時代からの親友の「末松義規」が選挙の最中だ。さきほど、「死の同心円を読め」
とショートメールをおくった。こんどの選挙は争点がわかりにくいけど、「原発」の考え方は、
この国の将来、とくに子供たちにとっては、大事なことやと思う。

その本に書いてあったけど、「お酒飲み」というのは、被ばくした中でもあきらかに生命力があったらしい。
酵素とか発酵食品というのは、どんな時代でも大事みたいだ。
昨日は雨の中、そんなことを思いながら「押上文庫」で酒を飲んだ。
白玉の歯にしみとおる 秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり。

これから「卵かけごはん」 ごはん 味噌汁 香のもの
日本の一汁一菜 という食事は、日本人の命を紡いできたもんだ。

お仕覆をやる日

今日の東京は朝から雨。
昨日も雨。梅雨みたい。

昨日は「満つまめの会」だった。まーくんの気功整体も大人気になり、
昨日も毎週神奈川から通ってこられる女子から始まった。
まーくんとは、〇の実験を繰り返している。「ときめいてキュンのTQ処理された元気シール」
もいよいよ大きく羽ばたいていきそうな気配。

今日はお花の会だったけど、みんなの都合がわるくて、お仕覆だけになった。
「やんぽ」という茶器の制作が佳境に入りそうだ。今日は組みひもをつくって、いよいよ
最終章になりそうだ。

夜は〇の打ち合わせ。いよいよである。

明日は「卵かけごはん」。今週は「パラオ」にいく予定でスケジュールを開けていたので、
夜の寺子屋はなにもない。はやく帰宅して、へーこいて、〇をまくらにして、いい夢でもみようとしよう。感謝。

アンフォゲッタブルなファゴットの四重奏団 D

昨日は少し早めにお店じまいをして、そんなコンサートにいってきた。
新宿の百人町に「スペース D0(ドゥ)」という小さなコンサートホールがあり、
そこでDとうファゴット4人組の初コンサートがあった。
まだまだ音大生の雰囲気が残る4人が、クラシックのバッハやモーツァルトを奏で、
「????」と印刷されたパンフのフィナーレは、アンフォゲッタブル、アバンギャルドな愉快な曲。
9月まで限定で大好評だった「能登そばUFO」を思い出した。

「D」というのは、同級生という頭文字をとったらしい。その中のひとりのりちゃんは、
うちの常連さん。4歳と一歳の女の子のママでもあり、上の子がおなかにいるころからの常連さん。
コンサートフォールの壁には、お歴々の音楽家たちの写真が貼ってある。「あ、」と
知ってる人、天真庵でやったことがある人もいて、この10年の「積み重ね」みたいなものを感じた。

百人町といえば、アキバで創業し、代々木に昭和が終わるころまで会社をおいていたので、
毎日のように繰り出した新宿の端っこあたりの街だ。相変わらず、「アジア」みたいな不思議な
街だけど、活気があってよい。
それよりも、夜の電車の中にいる人たちのほとんどが、スマホびとで、ゾンビみたいに生きているのかいなか
わからない顔して立っていたり、すわっているほうが、気持ちが悪い気がした。

今日は「満つまめの会」と夜はかすみちゃんの「ゆるゆるヨガ」だ。
明日は「お仕覆」ですよ。久保さんのやんぽのお仕覆もあと2回くらいで完成しそうだ。ぼくがやってる
わけではないけど・・・こつこつこつこつゆっくりと時間が流れていく。

今日はライブがあるので17時閉店

本日は常連さんのファゴット演奏者のコンサートが新宿であるので、17時閉店とさせていただきます。

昨日はまーくんの「満つまめ」にカメラマンが初体験。いろいろな取材をいっぱいうけて、いろいろな
カメラマンと知り合いになったけど、超がつくほど、一流のカメラマン。まだまだ上を目指しているらしく、
ヨガをやったりして、体を鍛えているらしい。こないだ蕎麦を手繰りにこられた時、二階の「満つまめの会」
にビットがたち、「ぜひ・・」ということで昨日初体験。

一流の人に共通しているのは、「高みに向かって努力していく練習とか毎日のありかた」が、「なみ」
とは違う。ただそれだけのことだが、そこには、大きな大河が流れているように思う。
どの道も「もうこれでいいや」と思うと、そこから上にいく道は遮断されてしまう。

ちょうどその前に陶芸家のWが、「満つまめの会」にこられた。彼女も日本で5本の指に入る一流の陶芸家。
京都弁で「あちこちで珈琲飲むけど、ここのんが最後の一滴までスーと飲めておいしいわ」といわはった。
のでおかえしに「おおきに。べっぴんさんにそんなこといわれたら、まいあがるわ」と答えた。こないだまで
高松で個展をやり、来月は渋谷の「炎色野」でやられる。来年はパリでやるらしい。再来年やったかいな。なかなか
すごい。一流の人は、自分の体をいたわる習慣ができている。だから他人の目線になって考えることができるし、
人にも自然にもやさしく対処できる。愛子という名前にふさわしくなってきはった。

今日は「柚子胡椒」を作る。今年は「ほんゆず」が不作で「花ゆず」でこしらえている。
こんな手のかかることを、九州人があみだして、やり続けているのが不思議なくらい、手間がかかる。
(手をぬく方法はなんぼでもあるのだが)
「やりつづける」というのは大事なことだ。
ペットや人間の「しつけ」に四苦八苦している人が多いけど、しつけも「しつづける」の
言霊。

来月の23日は、能登の梅茶翁の梅林の「剪定」があります。梅の精に「はやくおいで」
と呼ばれているような声が聞こえる。

天真の香り

今年の4月1日、「天真庵10周年ライブ」の時に、山本ひかりさん
が作ってくれた新曲のタイトル。
昨日打ち合わせをしながら聴いていた。天使のようなひかりさんの声が
不思議な雰囲気を醸し出す。彼女なりに10年の天真庵のイメージが吐露されていて心地いい。

午前中に板橋の歯医者にいった。押上にくる前は、上池袋に20年くらい住んでいた。
jR板橋駅から桜の並木通りを歩いて往復するのが日課であり、元気(ちわわ)との
散歩も毎日した通り。元気は2010年に虹の橋を渡って、あの世に旅立ったけど、
足跡がのれんになったり、「TときめいてQキュン」のTQ処理された不思議なシール
ができて、みんなが「元気シール」と呼んでスマホや生活の中の道具などにペタリ
と貼ってくれている。たぶんうちの常連さんたちの9割は、どこかに「元気・・」を
貼っている。

こんどまた奇妙な縁があって、〇な形をした不思議なモノを開発している。
電気釜にいれて米を炊くと、銀シャリができるし、珈琲やお酒の味をかなりのレベルでまろやかにする。
糠床に入れると、キュウリやなすびが、湯上り美人のようにキラキラと輝いてでてくる。
それに一番不思議なのが、身につけていると、ポカポカしていて、「年に一度か二度くらいしかない、いい気持ちの日」
みたいなんが「日常茶飯」になる。枕の下に置くと、夢がカラーででてくるし、音声や会話の内容までクックリで
毎日の潜在意識の世界が劇場みたくなって、こんなに楽しい夜はない、そんな感じだ。

ちょうど「碁まもり」の中にスポッと入り、元気シールとの相性もよく、たぶんこれをすると、
肉体、という借りモノの宿に魂が宿る。そんな感じがする不思議な〇だ。
人間は裸で生まれてきて、借りている肉体も置いてまたふるさとに帰っていく。
昔から禅林では「本来無一物」といった。
最近は料理本なども、精進料理を見習い「一汁一菜」が見直されている。
おいしいごはん、漬物、味噌汁。それだけで足らないものはない。
坊さんが〇を揮毫するのを、円相(えんそう)という。この不思議な円相は、
もしかして、「日本人らしく生きる」ツールになるやもしれない。
寒山拾得の教えの根本も「足るを知る」だと思う。選挙の演説にはでてこないけど、今の日本人に大事なキーワードやと思う。感謝。

今日は「満つまめの会」 一階は「そったく焙煎塾」午後が「無茶しぃの会」
会の名前も、どことなく線香のかおりがする。みんな「天真の香り」か。

白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり

少し暑くなりそうな気配だけど、秋晴れのいい天気。
酒の美味い季節。「こんなにすがすがしい一日って、年に何日あるんだろう」
なんて感じられる日は、おいしい酒が飲みたくなり、牧水のこの詩を思い出す。
もっともなんやかんや理由をつけて、365日酒を飲んでいるけれど・・

日曜日は開店してすぐに満席になり、1時には、ほぞ蕎麦が売り切れた。
そんな中にハプニングができた。家族4人でよく蕎麦を手繰りにくる常連さんがいる。
長女ゆうなちゃんはぼくとどらえもんと誕生日が同じで、親近感もあり、蕎麦豆腐が
大好きで、小さい(今は4歳)ときにはぼくのことを「豆腐屋のおじさん」と呼んでいた。
今はやっと「えーちゃん」と呼んでくれる。妹のかんなちゃんも蕎麦豆腐が大好きだ。

蕎麦豆腐には、ちょこっと上に柚子胡椒を載せていて、おかあさんがそれをよけながら
じょうずに食べさせている。その日は、ちょっとしたスキに、かんなちゃんが柚子胡椒の
かたまりを食べた。生まれて初めて「体験」する衝撃に、腹の底から「ギャー」と泣き叫んだ。
激辛のカレーの味を中和させるのは珈琲が一番。柚子胡椒を中和させるには?
と考えて、洗双糖の角砂糖をなめさせた。一瞬泣き止む、けど、その後はまた辛さが
よみがえってくるみたいでギャーとなった。
けっきょくおかあさんと近くに散歩にいって、上機嫌でもどってきた。

つぎに、口直し?ではないけど、またちょっとしたスキに、おかあさんのお膳の上のぐいのみの酒を
飲もうと口つける。両親ともに「左党」であるし、間違いなく酒飲みになるだろうけど、まだ18年
ほど待たなくてはいけない。しかたないので、手元にあるぐい吞みに水を入れてだしたら、
小さな親指と人差し指ではさんで、その真ん中あたりに口をつけ、「あ~っ」なんていいながら
おいしそうに飲んでいた。

今日は「ちんぷん漢文」の日。織田流煎茶道の先輩が先生。彼の母堂さまは、お花の先生だった。
毎週庭に咲く季節の花をお土産にくれる。今は「秋めい菊」と「紫式部」が咲いている。
水があがりにくい花を、前日からきちんと水あげして、丁寧に根に水を含んだキッチンペパーを結び、
千葉の自宅から運んでくれる。おかげで「花泥棒」と近所では悪名がつけられていたぼくの
犯罪数もだいぶ減った。(人んちの花は、取りませんよ。歩道や街路樹の脇に咲いてる花、川端の花・・・)
花は花屋で買うものではいけない。温室で栽培されたものには、野趣がないので、部屋の空気をパッとかえる力がない。
利休さんがいわれたように「花は野にあるように」が大事。

明日明後日は「珈琲塾」と「お茶塾」。明日くる青年は世界に煎茶を広げたい、との野心をもっている。
自分の生き方に「これだ」というぶれない「きめたこと」を持っている人は、強い。

三ツ星食堂の卵かけごはん

新しい不思議製品の名前を考えている。
星みっつを連想させると、つい、三ツ星レストラン・・・
が脳裏をかすめる、いやしめる。でも本来、いや生来AB型で
あるので、ほんとうはまったく違うことを考えている。

昨日はまーくんの気功整体。今回の不思議製品はまーくんとも相談しながら開発を
すすめている。昨日も元気な女子たちが、元気の気を充電にやってこられ、蕎麦を手繰り、
また元気に帰っていった。

蕎麦打ちの後は、「すしをにぎる会」。昨年天国にいった佐賀のがばいじいちゃん、が残して
いってくれた道具と技術を不詳の弟子たちが、静かに継承させてもらっている。
飲んでいる時に、「え、いいんですか?」といってニコニコとぐい吞みをさしだす笑顔は永遠だ。

これから「卵かけごはん」

明日は「ちんぷん漢文」漢文を静かに詠む会

水木が「珈琲の焙煎塾」&「煎茶を学ぶ会」である。
今日か明日は柚子胡椒をはじめて作る。自分でできることはなるべく自分でする。
そんな生活をしていると、仕事はやまんごとでてくるわ、学ぶこと多しの、日々是好日。