地球温暖化を救う 「自動打ち水装置」

お花とお仕覆のT先生が、なんやら、ゆう新素材のダスターをくれた。
さっそくダスター(雑巾やね)として使ってみる。保湿性がいい。
さすが、いつも、水揚げに神経を使うお花の先生のセレクトモノだと感心した。

昨日もネコの水について書いたけど、こう暑くては、ネコも草木も人間も、みな
乾物になってしまいそうな日が続く。そこで、思いついたのが、「自動打ち水装置」。
さっそく、久保さんの焼き締めの丈の深い器に、水をいっぱい入れ、そこの淵に、そのなんやら、いう
新しい素材の雑巾をかけてみる。じっと外で待つ。雑巾から水がしたたるどころか、自分
の頭から汗がしたたり落ちる。ま、これも自然の打ち水か?などと思っていたら5分後に雑巾から
ポタポタと水がでてきた。まるで温泉を掘り当てた「やまし」のようにひとり汗だくで悦に入る。

ときどき「水は入っているか」とか「ポタポタが続いているか」などが気になり、のぞく。
お客さんも、道ゆく人たちも、このノーベル賞ものの発明に気がついてくれない。
都会の人は、みな忙しいからしかたないか。と思っていると、若い青年が入ってきて、「あれ、すごいですね」と
絶賛してくれた。ぼくの自己満足に克をいれてくれたような気がする。でも粒々皆辛苦の汗がむくわれた。
でもこれを十間橋通りのお店がみなやってくれたら、界隈の温度が少し低くなるような気がする。

今日は日曜日。二階ではまーくんの気功整体、「満つまめの会」の日。
一階の営業は12時から16時まで。
16時半から「蕎麦打ち・粒々皆辛苦の会」

明日は「海の日」。朝8時から10時は祝日でも「卵かけごはん」をやります。
営業は12時から16時。夜は「大石学ソロライブ」。

BCN見たよ

というメールが三件。蕎麦の雑誌に「珈琲のおいしいお店」として紹介されたり、珈琲の雑誌に
「蕎麦とガレットが売りのお店」みたいにのることはあっても、ビジネスコンピュータニュース(BCNの意味)
に、紹介されるそばや、とうのはミスマッチみたいにおもしろい。
BCNと検索すると、週刊BCN+みたいなんがあって、そこに見開きの記事で二週続けて紹介されている。
暇な人は見てやってください。感謝。

大阪在中の大学時代の友達からメール。「ぼくはまだ現役(あちらは引退したが)なので、ときどき
上京する。HPを見たら、19時閉店とのこと。さすがに還暦を過ぎへたったか」とのこと。
ときどきお客さんからも「19時閉店とは、道楽ですか?」みたいなことをいわれる。
道楽?聞いた瞬間、極道のように血がのぼり「どったろか、おまえじぶんでやってみろ、アホ、ボケ」とかいいたく
なるときがある。でもぐっとがまんして「人知らずして、うらみず」と呪文を唱える。

水曜日に歯医者にいく。無茶しぃの会を少しはやめてもらい、19時にいった。
治療が終わった時、知ったような顔の男が支払いをしていた。いっしょに写真を勉強
した人で、年も同じだし、業界もいっしょだったのでよく飲んだ。でも声をかける
のを躊躇。その人が帰った後、受付嬢に「あの人Nさん?」と聞いたら、「え、知り合いですか?」
と驚くので「写真・・・」の話をしたら、「どうして声かけなかったのですか?」というので、
「あまりに、じいちゃんになっているので・・」といったら、クスッと笑って、「Nさんも、気がつかなかった
みたいですね」という。「そうだ、ぼくもじいちゃんだ」老老介護という言葉があるけど、今度またあったら老老会話を、してみよう。

今日から3連休。朝お店にいったら、鉢やプランターの植物がぐったりしていた。さっそく水をあげる。
野良猫さんたちも、水のみばが少なくなって困ってるみたい。お店の前に「つくばい」がある。そこに
いつも水をためていた。猫もときどき顔をつっこんで水を飲んでいた。でも毎朝のようにそこにポイ捨てのたばこも・・
そんなこともあり、水を物干しのあるオープンエアー部屋においた。するとこんどはカラスがやってきて、入れ物
ごと落として割れたり・・・生きとし生けるものみな兄弟ではあるが、この星の上で共存していくのは、やさしいことではない。

月曜日の「海の日」は、ジャズピアニストの大石学さんのソロライブをやります。すぐ近所に、セシル・モンロー
という伝説のジャズドラマーが住んでいた。大石学トリオのドラマー。5年前の夏、千葉の海で亡くなった。
依頼「海の日」に彼を追悼して、大石学さんがやってくる。彼の新しいCDでネコのジャケットのヤツは、
静かな曲ばかりはいっていて、寝苦しい夏の夜や、「ああ、あの人はいまどこで何をしているのだろうか」
などと感傷的になる日に聴くといい。ライブはもっといいけど、一年前からほぼ満席なのです。
今月は「墨田花火大会の浴衣ライブ」もある。元気が元気だったころかずっと続いているライブ。
これも先日キャンセルがあったので、あと二席だけ空席。

8月は「ももちゃんの薩摩琵琶」とかチェロのコンサート、9月は英里さんのシャンソン、ゆかりちゃんのボサノバなどがあり、
目白押上状態。

BCNと検索

すると、BCNという会社のHPがでて、そこの「+」とかいう「デジタル版」
に、天真庵が紹介されている。千日回峰、とかいうコラム。

比叡山で阿闍梨さんになる修行を「千日回峰行」という。死を覚悟する、
というか、死んでいるのか生きているのか、わからないくらいの境地まで
自分を追い込む行らしい。そこで最後に断食をする。その時も「この世とおわかれ」
という覚悟で、「そばがき」を食べる、のがならわしらしい。

即身仏の坊様たちも、最後はそば中心の食事をするらしい。五穀にもはいらない雑穀のそばを
食べながら、あの世までの道を歩く。

水木は「そったく珈琲塾」と「無茶しぃの会」だった。
長野から入門した人が、信州の「そばのクッキー」をお土産にくれたので、
静岡の川根茶のお茶うけにして、煎茶を楽しんだ。
説明書に「昔から先任は、霞をくって生きていた、といわれますが、それはそばの白い花です・・・」
のような文があった。なるほど、目からそばこが落ちるようなお話。

水曜日のお菓子は「鶴屋吉信」の京観世。京都に下宿して、ラジオから流れる
「つるやよしのぶ、でございます・・・」という声を聴いて、「ほんとうに
京都で生活するんだ」と思ったことを思い出した。

今日の朝日新聞に角居厩舎のことが紹介されている。競走馬で引退した
馬などを「ウマセラピー」として福祉活動として再雇用してあげるシステムに
尽力している「世界の角居さん」。
昨日のお茶会で使う「茶合(さごう)」は、弟さんの角居くんの作品。

おーいお茶

昨日は「ちんぷん漢文」の日だった。
織田流煎茶道の先輩、南甫先生がやってきて、漢文を教えてくださる日。
漢文といえば「詩経」から始まった歴史がある。天真庵の寺子屋のはじまり
は「順受の会」。荘子の言葉からなずけたられた会だが、わかりやすく通称「論語の会」。
22年目になる。昨年は「詩経」を勉強した。

茶名の「南甫」からも想像できるけど、彼は杜甫という詩人が好きに違いない。
この勉強会の初日は「杜甫」を勉強した。唐の時代は中国が世界の中心にあった時で、
寒山拾得もそうだし、いろいろな芸術・文化が花咲いた時代。今も中国は発展しているけど、
唐と違って、文化や芸術などがまったくおいついていないような気がする。

昨日は「王維」を勉強した。杜甫は政治的な混乱などにより、中国を転々とした。
「名前からいって、移動は歩いていったんでしょうか?」とバカな質問をした。ら、
先生は真顔で「そのころは船が中心です」と答えられた。徒歩15分くらいでいける距離ではない。
昨日は「やはり王維は、お茶をたしなんだでしょうか?」と質問しようとした。けど、
破門されそうなので、お茶をにごした。
しかし、煎茶の世界は中国の文人たちが、隠居し、竹林の中などで草庵を結び、自然に
よりそいながら、お茶や詩や音楽などを楽しんだことなどの影響を強くうけている。

王維に「送別の詩」がある。昨日はそれを日本語と中国語で読んだ。
「勧酒」の「さよならだけが 人生だ」ではないけど、人生のわびさびの妙を
感じる詩である。「陽関三条」(ようかんさんじょう)といって、中国ではこの詩の
最後の行(西出陽関無故人・・・西にいってしまえば、故人(友達のこと)もいなくなるね)
を3回繰り返して読むのがならわしになっている。酒を酌み交わしながら、別れを惜しむ場面
になると、泣くだろうな、と思うくらい情感的な詩である。

今日明日は「そったく珈琲塾」&「無茶しぃの会(煎茶のお稽古)」

ちんぷん漢文

昨日は、「満つまめの会」と夜は「福の会」だった。

銚子の海のパワーはすごかったみたいで、まーくんがパワーアップして、
みんなに元気を注入してくれた。暑い日が続いているけど、「夏の暑さにも負けず」の
力がつくような感じ。神さまからお借りした体は大事に使わないと、バチがあたる。

朝の「卵かけごはん」の味噌汁のミ、の中には、能登の海藻・「義馬藻」を入れてみた。
大豆・海藻・新鮮な野菜を中心に食べていると、この混沌とした世界でも、なんとか
健康で持続可能な生活の基礎ができそうな気がする。
能登の梅も、めいめいの過程で、順調に育ち、梅ジュースや梅干しになっていってるみたい。
来年から能登にいく回数と人数が加速しそうな気配。

夜は「福の会」だった。三浦半島から朝採れの「野菜」を土産にいただいた。
さっそく簡単料理。インゲンとか万願寺唐辛子は、ごま油でさっと炒め、そこにかえしとお酒で
味を調整すると、抜群にうまい酒のアテができあがる。朝まで光合成をやっていた真っ赤なトマトは、
プランターと大葉をみじん切りにし、梅酢ドレッシング(あま醤油に自家製梅酢を入れる)をさっと
かける、ビールを飲み、「ハアーー」なんてすると、鼻か口から夏バテが飛んでいってくれる。
きゅうりとかニンジンとか、思いかけず、突然多くもらったりする夏野菜は、「はりはり漬け・九州風」
にすると、ビールで、も焼酎や酒の酒肴になる。天真庵では「そばつゆに、酢か梅酢を入れ、赤とうがらし
をはさみでちょっきんちょきんちょきんなにして入れる」。

今日は「ちんぽん漢文を読み解く会」だ。織田流煎茶道の先輩先生がきて、楽しい勉強会。
田舎暮らしをする人たちが、不思議と煎茶道に関心をよせてくれて、能登や長崎、明日は
長野からお稽古にくる奇特な人たちがふえつつある。ぼくも老体に鞭うって、しばらく危篤に
ならないような体力を身につけたい、と精進する日々是好日。

明日明後日は「そったく珈琲塾」&「無茶しぃの会(煎茶教室)」木曜日は「満つまめの会」もある。感謝。

今日は「卵かけごはん」と「みつまめ」を喰って幸福な日

月曜日の朝はなんとなく憂鬱な人が多いみたい。
それにあわせたわけではないけど、2011年から「月曜の朝は卵かけごはん」に
なった。「押上式」の特別な食べ方もだいぶ浸透してきた。

昨日は、マツキヨさんとまーくんが、海からお帰りになった。
銚子の海にいったらしく、心身ともに調子がよくなった様子。
今日は「満つまめの会」なので、エネチュウーしたまーくんがパワーアップする
に違いない。
半端ではない暑さがやってきたので、いろいろ注意しないと体調をくずしそうだ。

夜は「福の会」。「易の会」からスタートして、いつのまにか「福の会」になった。

明日は「漢詩を詠む会」。

来週は「海の日」 大石学さんのライブ。
29日は「隅田川花火大会 ライブ」

もろこし とうきび しろとうもろこし

昨日は「まつもとグリーンファーム」のM社長(もりもと、だったり、まつすえだったりするはずないけど)
が、深谷から車をとばしてそばを手繰りにこられた。フットワークのいいひとは、何をやっても成功する。
IT企業の社長でもある。農業家としても頭角をだしてきた。政治家で薬屋の社長もやる二足の草鞋を履く人と、同姓同名でもある。そう「マツキヨ」さん(松 喜代ではない・いろいろややこしい)。

南島原も2度ご一緒し、能登半島の梅仕事にもつきあってくれた。今年は安曇野にも畑を借りて、新しい農業にチャレンジ
する準備中だ。朝採れのとうもろこしをお土産にもらった。さっそくゆでる。とうもろこしは皮を二三枚(二十三枚ではない、にさんまい)
残し、そのまま4分ゆでる。ゆですぎると、せっかくの新鮮なビタミンなどがこわれてしまう。
「白とうもろこし」といって、色白だけど、甘さやうまさが凝縮されている。あまりにうまくて、ビールを二本と日本酒2合が
あっという間に空になった。東京の野菜は、光合成を「流通で東京にいって、スーパーの店頭に並べるころにみばえばいいように)
で出荷されている。当たり前だけど、その日の朝まで土の上で光合成をやっていたものとは、似て非なるものがある。

M社長の社員の親御さんが体の調子が悪く、まーくんをその家まで連れていく、とのこと。社員思いの社長でもある。
ながいことIT業界にいて、100社くらいが集まる組合の理事長みたいなことを長くやってきたので、いろいろな社長を
見てきてきたけど、ITだけではないけど「おれがおれが」のタイプのが圧倒的に多く、「自分だけ、今だけ、金だけ」の
社長が多い。もっともお国で一番えらい、はず、の総理や大臣たちでさえ、特区とか利権をボリボリしながら、私腹を肥やすこと
に尽力するような昨今。ほんとうにどうなるんかいな。

昨日はチカさんの「インヨガ」だった。呼吸を整え、こころを波立たないようにすることを、一日10分でも
持つ、というのは、とても大切なことだと思う。今月あと一回やった後は、産休にはいられる、ながいことサンキュウ。
無事元気な子供を産んで、また元気な姿を見たいものです。

今日は日曜日なので16時閉店。それから蕎麦打ちの「粒々皆辛苦の会」
今朝お店をあけ、入り口に置いてある「梅シロップ」を見たら、ブクブクと泡がでていた。
酵素がでてきた、ということだろう。梅も一粒一粒が小さい命をせいいっぱい生きている。
お米も蕎麦の実もすだ。それを世話する人も、一生懸命生きて生きて、彼らの命を生かそうと苦労されている。
そんなあたりまえのことを「粒々皆辛苦」といってきた。「いただきます」とこころから感謝できるのは、
そんな命をいただくことに、気持ちが入るからだ。

明日は「卵かけごはん」夜は「福の会」
しつこいけど、「福」というのは、大地の恵みの収穫物を、神棚に手向ける姿を
表した象形文字。

年をとっても、元気な人 ぼけない人

新聞やテレビや雑誌を読まなくても、どの町を歩いてみても、
老人の割合が増えている。この押上界隈も、例外でなく、ガラガラを押しながら
歩いているじいちゃんばあちゃんの多いこと。救急車のサイレンの音を聞かない日はない。
年間に召される人が100万人以上という「多死」の時代である。

昨日の昼間は「満つまめの会」だった。この会は最初はうちの常連さんで「昼カラオケ」の好きな
人に誘われていったのがきっかけ。もちろん「昼からカラオケ」ではなく、気功整体。
近くの公民館みたいな公共施設をまーくんが借りて、毎週水曜日にやっていた。
「ゆーとぴあ?」なんやらそんな名前の施設で、なかなか毎週部屋をキープするのがむずかしく
なり、天真庵の二階でやることになった。

最初は「昼・・」の人たちが多かった。こちらにきて、うちのカッポレの連中や音楽家、料理人、
カフェー人、ギャラリアンたちが幅をきかせつつある。みなほぼ「くちこみ」で広がっている。

その中に2人のおばあちゃんがいる。ふたりとも、年齢的には「後期高齢者」なのだが、
現役で仕事をしている。ひとりは自分が創業した会社を、ひとまわり以上若いご主人
(年をとって結婚したので、年上が相手では、すぐ介護になる可能性があるので、そうした、と自分で
のたまわれている)、にまかせて、本人が経理をやっている、らしい。

もうひとりのおばちゃんが昨日「満つまめの会」にきた。電動だけど、自転車で颯爽と風を
切ってやってくる。おじいちゃんと会計事務所をやっていたけど、おじいちゃんが天国に召され、
どうしてもお願いされるお客さんの経理事務をお手伝いしている、らしい。

ふたりに共通していること。現役、ということもあるが、いつもおしゃれをして、いずまえを直す気持ち、
を持っている。仕事以外に、お茶など習っていたり、映画にいったり、感動する気持ちを持続させている。
冗談もでてくるし、笑ったときの「笑顔」がいい、のも共通している。しっかりした「自分の居場所」を
自分でつくっているような気する。カウンターに座って玉露を飲みながらかわすちょっとした日常茶飯が、
自然体で肩に力が入っていない。

昨日は「ダメ中」だった。うちのかみさんが初めて蕎麦を打った。先生が名古屋から
こられる、という洒落ではないけど、きしめん風な蕎麦だったので、豚を冷シャブにして、
サラダにして食べた。7人で10人前をあっという間に完食。ぼくが老衰でいついっても
天真庵は大丈夫かもなんばん?

今日は「インヨガ」。カナ先生がこの秋に家族がひとり増える。そんな準備もあって、
この7月で「インヨガ」はしばらくお休みになります。その間、ぼくのそばと珈琲のお弟子さま
のひとりがピンチピッターで「ゆるゆるヨガ」をやる予定。

明日は日曜日。日曜日は16時で「閉店」。その後は「粒々皆辛苦の会」(蕎麦打ち教室)
明日は「金継ぎ教室」(不定期)がありまする。

ダメから始める中国語

今日は七夕。昨日は「サラダの日。」
サラダの日に、新人女子が元気に「初そば打ち」。
お茶のお弟子さんでもあるふたりは、玉のような汗びっしょりになったけど
いい蕎麦が打てた。粒粒の汗をかき、一粒で一本になる蕎麦を打つ。そのそばも、
一粒の種から、育ったものだ。いろいろな手もかかり、それぞれの「一粒」が生きている。

まさに「粒々皆辛苦の一粒」である。これから蕎麦打ち教室のことを「粒々皆辛苦の会」(りゅうりゅうみなしんくのかい)
にしよう。ひとつぶひとつぶの「命」に感謝しながら、蕎麦を打つ。そば前の「酒」も、一粒一粒の「命」を命がけで酒
にした物語の一滴。古人は「血の一滴」として大切にしてきた。

能登半島から梅といっしょに、笹の葉がおくられてきた。梅茶翁の梅林に続く山道に
一生懸命に生きている草木の仲間である。久保さんの志野の四方皿にのせ、そこに蕎麦豆腐
をのせると、「七夕のハレ舞台」ができる。

能登の地酒に「竹葉」というのがある。「笹の葉」と酒は繋がりが深い。昔から酒飲みのことを「大寅」といった。
座敷遊びでは♪トラ トラ オートラ」というのがある。
寅は昔から竹といっしょに描かれる。そして酒飲みは自分が飲みたいので、まず
人に「ささ」「ささ」といって、徳利の首をもって酒を勧める。そんな縁起とか演技から
「ささ」が「酒」になり、大酒飲みのことを「大寅」とアダ名した、らしい。

本日は♀の「大寅」があまたやってくる。「ダメから始める中国語」がある。
へたなことをしたりすると、右腕が食いちぎられるようなことにもなりかねないので、
いつも、小さくなって蕎麦会の端っこでじっとしている。
寒山拾得(かんざんじゅっとく)の絵は、ふたりの奇人がほうきと筆をもって遊んでいる構図。
そこに寅と老師が加わり、4人(3人と一匹)が寄り添って寝ている構図もある。
老師の名は「豊干禅師」(ぶかん)という。禅の世界では「この世で一番幸せな姿」
ということになっている。まだまだ凡夫で修行の途中ではあるが、そのうち、大寅さん
たちと雑魚寝ができるくらいの境地に達したいものだ。

今日は「満つまめの会」 狩野探幽が描いた「豊干」を飾ってみよう。感謝。

人と与(とも)に楽しむ

九州中国地方が大雨で大変みたいんだ。
宗像の実家で93歳と86歳が暮らしている。ときどき
電話をすると「元気にやっているから、電話はいらない」などと
強がったりしている。でもそんな「求めない」気持ちが素晴らしいと思う。

昨日のブロフに紹介したおばあちゃんも、かなりおばあちゃんだ。
女性に年を聞くのは失礼だと、しつけられた。躾とは「し続ける」ことだし、そうすることに
よって、身が美しくなることだ。「真に美しいものは 真に正しいものだ。真に正しいものは 
真に美しいものだ」。順受の会の松田先生の恩師・故岡田武彦先生は、かくのたまわれた。

そのおばあちゃんも、ぼくの先生である。お店を始めてすぐのころ、
「あんた私が散歩するころには蕎麦を打っていて、昼間はずっと休憩なしで、時々
遊びにいって夜おそく帰ってきても、お店のかたずけをしていたりして、いつ寝ているの?」
なんてことをよくいわれた。「こんなお店をやり続けるには、健康でいないといけないのと、
時々は銀座とか日本橋(そのふたつの町が、おばあちゃんは大好きらしい)にいって、充電しないとダメよ」
とよくのたまわれた。

そのうち、毎日のように、郵便受にポスティング。おばあちゃんが気づけれないように、こそっと
いれてくれる。(うちのお店の玄関は、紫外線防止?のフィルムを貼っていて、外からは中が見えないけど、
反対はよく見えるのです)。
ポスティングの中身は駅に置いてある「フリーペーパー」。特に、銀座とか日本橋に関連するものは、
ときどきだぶって入れてある。(たぶん、これはあのうらぶた時代おくれのお店に参考になるにちがいない、とふんでいるのだろう)
先日梅をとりにきたときも、「これだぶっていない?」と聞いて、日本橋の情報誌をそっとカウンターにおいていかれた。
「いやはじめて」といったけど、「夏用の梅そばがのっているやつだ」とすぐにわかった。それをやったら、という意味かな?
おばあちゃんは、隠れたうちのマーケッターなのだ。そんな好奇心とかあふれる下町の人とふれあって10年。

岡田先生の言葉
「神より仏より、人のほうが大切である。世の宗教家よ、心せよ」