カリスマ調律師がやってくる

昨日は「タイムドメインの日」だった。
池袋時代から続いている「持ち寄り宴会」。
イワジーが、売茶翁よろしく、オーディオを北区の自宅から
ブルーシートを覆い、キャリングケースにのせてやってくる。
お客さんは、みなで聴きたいCD、食べたいもの、飲みたいものを
持ち寄って、それを聴く。昨日は「馬頭琴」を聴きながら、日本酒や
ワインを飲んだ。

おかげで程よく飲んで、今日はひさしぶりに、何もない休日。
お昼過ぎにお店にいき、カリスマの調律師を待つ。
明後日の「やまね組」のライブのために、ていねいに調律をお願いした。
このカリスマさん、器とか、うちのお茶とか、お稽古もんに波長をがあい、
ときどき横道にそれ、不思議世界をふたりで徘徊する。今日は最初にお出し
した「玉露」の話に沸騰した。玉露は沸騰しない50度くらいの温度のほうがうまい。

金曜日は、シューベルトの歌曲を、ピアノとクラリネットで演奏するらしい。
土曜日はタケシーの「三線ライブ」

アバンギャルドな普茶料理の会

二階で「一日一組限定の普茶料理の会」をやっている。昨日もほぼ毎月
きていただいてる人たちの会。
基本的に4人まで。大皿に精進料理を盛り付け、4人がおなじものを
分けながら食べる、というスタイル。しめのそばも備前とか伊万里の大皿にのせる。
珈琲も濃茶よろしく、抹茶茶碗に入れ、まわし飲む・・・ウソ。
久保さんの白い珈琲カップで飲む。

久保さんの「しろい器」。ひらがなでかくと、江戸っ子には「広い器」を連想するだろうが、
「白い器」。最初はドリップのない器、豆皿、ショットグラス風、などが中心だった。
天真庵の珈琲カップは、HPの表紙で、目をつむっておいしそうに珈琲を飲んでいるあの人が
手にもつ器。デミカップも月曜の「卵かけごはん」の時に大活躍している。

「普茶・・・」の時は、玉露か煎茶か煎り番茶を、「小さないがんだしろい器」にいれてますは「茶礼」。
最初のころは、茶たくに煎茶茶碗をのでてのスタイルだったけど、少しピリッとしすぎる
ので、ラフなそんなかたちに変えた。先月二階で結婚式らしきものをやってくれた「NUSUMIGUI」の
アトリエでは、ハーブティーを久保さんの「小さないがんだしろい器」で供される。

そこでそんな風におもてなしを受けた女子が、今月近くに「つながる」というカフェをオープンさせる。
今はやりの「甘酒」を、同じように久保さんの「小さないがんだしろい器」でだすらしい。

利休さんからお茶を習った古田織部が、アバンギャルドな器やしつらえをして、新しい時代を
つくって今でも「ひゃうげもの」としてマンガになったけど、「無茶しぃ」たちが、その時代
時代にあった新しいスタイルでお茶を楽しむ、そんな時代が目の前にきているような気がする。

今日は「タイムドメインの日」持ち寄りパーティー。この会からも、お茶やそばのお弟子さま
がでてきた。みんな気楽にやったらええ。ただし「基本」が身についていないと、自分だけで
完結しないので、長続きしないやろうけど。どの世界も一緒。「修・破・離」」(しゅはりが大事)

朝ごはんの王様

昨日で「染めもん展」が終わった。最初にこれを始めたのは、
富夢さん、こと、野村富造さん。2011年に突然旅立たれた。
ろうけつ染の名人で、大事な茶会などがあるときは彼の染めた
着物をきる。背広を着ていた時代も、ろうけつ染めのネクタイを
は、「今日が肝心」という日の戦闘服やった。

夏はその富夢さんが描いたTシャツなどを着ることが多い。
昨日はかっぽれ仲間のKさんが、骸骨を描いたTシャツを買っていかれた。
「いいな」と思っていたけど、「死神Tシャツ」や「寒山拾得Tシャツ」を
着ていると、ときどきおまわりさんに呼び止められたりするので、あきらめた。

先日、新聞社の取材のときには、河野さんがつくってくれた作務衣を羽織った。
背広でいういわゆる「スリーピース」風に作っていただいた。大変気にいって
いて、だれかの葬式でも呼ばれたら、着ていこうと思っている。誰がはやく逝かない
かな・・・なんて

今日は月曜日なので、8時から10時まで卵かけごはん。
手前味噌で具たくさんの味噌汁、自家製の香のもの、平飼いの卵、
ごはんは「元気つくし」です。醤油は天真庵の「かえし」。ふりかけも自家製。
簡素な朝食やけど、ちゃんとした卵かけごはんは、「朝ごはんの王様」やと思う。

12時以降は「満つまめの会」 最近pcやスマホの使い過ぎで、体の気
の流れが悪い人が多いみたい。これもちゃんとしとかないと、知らない間に
免疫力の低いからだになっていくみたい。元気の気、は大切やね。

夜は「普茶料理の会」がある。「普(あまね)く大衆に、茶を施す」という願い
をこめて、隠元和尚が中国から長崎にきて、その後京都の宇治の黄檗山から
広げていった精進料理。魚とか肉を食べなくても、元気の源になるのですバイ。感謝。

しつもんする力

昨日は、染めもん展の二日目。夕方、とある女性が
やってこられた。10年以上前からこの会にやってこられる。
小さなトレンドや、目先のことを近視眼的な損得で考えることなく、
「自分らしく」生きている目がパッチリこんの素敵な女子だ。

彼女が参加した、とある本を進呈された。昔から「アウツーもの」は読んだりしない
たちだけど、少しおもしろそうなので、昨日家に帰って、酒を飲みながら読んだ。
「しつもん」する、ということの無限の力を、わかりやすく解説していて、おもしろかった。

質問と漢字にすると固く、尋問との区別がつきにくい。
あくまで「しつもん」。できたら相手の気持ちになって「しつもん」して、ヒアリングの法則
よろしく、相手の中にある「宝」みたいなこたえを導いてあげる。

もちろん、自分に「しつもん」することも大事。
できたら、こころが波立たないとき、目をつむって座禅したり、静かにお茶を一服しながら
やるといい。「いま なにをしたいと思いますか?」「このままの生き方を続けますか?」
「お金の問題ではなく、いちばん大切なことは?」・・・・などなど

デジタルやマニュアルがはびこる時代になって、「答えがひとつ」であったり、
画一的にものごとが進められていくことが多い。黒だと思っても白と答えたり、
政界ではやりの忖度、みたいなことが職場やまわりに浸透している、そんな劣悪な環境汚染。
だれもが、閉塞感を感じ、「このままでいいのかしらん」と疑問符に憑依されながら、毎日を過ごしている。

その本の話をしているとき、南島原で知り合った「みっちゃん」の奥様がはるばる天真庵までそばを手繰り
にこられた。頼山陽がその地を旅した時、青い海の水平線を見て、「青一髪」と漢詩にしたように、
南島原の海は素晴らしい。青一髪な景色をみた瞬間に、人生観が変わる。芸術とか自然とかいうものには
そんな力が宿っている。
「このままではいかん」と思われる方は、一度、青一髪を見にいくことをおすすめする。時間やお金
がない人は、青山界隈の酒屋に「青一髪」という名の麦焼酎もある。

今日は「染めもん展」の最終日。お店は16時で閉めるけど、染めもん展は19時までやってます。
明日は「卵かけごはん」ですよ。夜は「普茶料理の会」や。

あなた色に染めて

そんな歌詞の演歌が昔あった。明日まで染めもん展。

京都から河野夫妻がこられ、染めもん展が始まった。
ゆかりの友達が、対馬からおいしいうにを土産にやってきたり、
毎年必ずこの展覧会にきてくださる懐かしい顔がそろった。
みんな10年年を重ね、それぞれ縁のある土地で、それぞれの人生をおくっておられる。

ぼくは10代後半から6年間京都で暮らした。その後コンピュータの仕事をしている間は
あまり上洛していないけど、ギャラリーをはじめ、煎茶をやり始めてから、またいく機会が
増えた。興味の中身がかわると、京都の景色も変わってくる。その奥深さがいい。今は
あまりにも観光地くさい、ので、いくとしても洛中を避け、洛外で酒、が多くなった。

閉店した後、京都のお土産にいただいた地酒と対馬のうにで乾杯。
あまりにうますぎて、酒に完敗したような気分。年を重ねると、酒
は弱くなるけど、酒をうまく感じるのは、若いころにくらべ比にならない。

今日明日は12時から19時まで「染めもん展」
(明日の一階での営業は16時まで)

今日から「染めもん展」やで!おこしやす

昨日は午前中は、ベテラン焙煎女子たちと、珈琲の勉強会。
玉露を飲み、飲み物の「まるみ」を舌の上で感じながら、いろんな珈琲豆を
焙煎したり、ブレンドしたり、それを濃いめに抽出して、氷を浮かべてのんだり、
水だし珈琲のコツを伝えたり、楽しみながら、融通無碍で無限の珈琲曼荼羅世界を逍遥。

二階では「満つまめの会」。ほんとうにこの会は、根っこが繋がった人たちが、優美に
広がりを見せはじめた。まだ半年たっただけやけど、年末あたりはたいへんなことになりそうや。

同時に2時からBCNというコンピュータ業界の新聞社の社長が「取材」にこられた。
天真庵にジャズの風を吹き込ませてくれたワカ、こと吉若徹さんは、ここの専務やった。
ソフトバンクを辞めて秋葉原にコンピュータの会社をつくったのが昭和58年ころで、
そのころからBCNさんとは、仲良くさせてもらっている。今更、インタビューもないけど、
「今」を語るのもよし、ということで、「今日」(裏千家の先生が今日庵からその名を刻んだんやろね)
と書いた茶櫃に、久保さんの煎茶碗、渡り(中国からわたってきた、という骨董言葉)の古錫の茶入れ、同じく
古錫の茶たくなどを使って、玉露を入れて、それを舌の上で転がしながら、談論風発。

その中で「なんで東京にきた」という話になった。「そうだ京都にいこう」というキャッチコピー
が流行ったことがあるけど、「そうだ東京にいこう」ときめた瞬間があった。

京都の白川道りに「からふねや北白川店」というのがあった。ぼくはそこの店長やった。すぐ近くに
「天下一品」の本店があり、もう少し下ったところに京都造形芸術大学があり、そこからまた少し
下ったところに、比叡山上り口という場所がある。そこに「大仙」という料理屋があった。
ある日、求人誌の担当のくまもんさんと酒を飲んでいた。伏見の名誉冠のぬるかんを、古伊万里のひさごの
徳利でだしてくれるお店やった。その名前は忘れたけど、くまもんさんが「九州からすごか男が東京で会社を
たちあがらっしゃと」という。みると、脳裏にかつて見たことがある男がのっていた。
「日本ソフトバンク 社長 孫正義」。間髪をいれず、「こいつ、知っとるばい」と返したら、「また
ごじょうだんを・・」とまるで、まるでだめおの酔っ払いのような目でこちらを凝視するので、カウンター
のはじっこにおいてあったピンク色の公衆電話に、十円玉をいっぱい両替して、孫さんに電話をした。

次の休みの日に上京して、何か月後に、ぼくは「日本ソフトバンク」のバイヤーの名刺を持って
いた。おわり。そんな感じだ。

今日から「染めもん展」。河野さんが京都からやってくる。彼はさきほど紹介した「京都造形芸術大学」の一期生。
そこの先生たちや生徒さんたちも、「からふねや」には、ぎょうさんきてくれはった。
お花とお仕覆を教えにきてくれはるT先生も、そこの出身。

創始者の徳山先生もときどききてくれはった。壱岐の出身で、志がありすぎたんか、牢屋に入れられたことがある。
いのだの創始者もそんな話がある。みんな必死になって、煩悶してた時代。そのときに差し入れられた
本が、奈良本辰也著『吉田松陰』やった、とHPにかいてあった。吉田松陰が終生にわたって德山の思想的な礎になったらしい。
奈良本先生は立命館文学部の先生で、その門下生に煎茶の重鎮・小川行楽さんがいて、奈良本先生は、歴史学では弟子の行楽さんに、
煎茶を習い、生涯煎茶世界に遊んだ達人でもある。

そんなかんやで、池袋時代から続く「染めもん展」を日曜日までやっています。よかったら遊びにきいや。感謝。

煎茶しかせんちゃ

煎茶しかしない。を北九州弁でいうと、煎茶しかせんちゃ、になる。
昨日と本日は、「無茶しぃの会」で、煎茶のお稽古をしている。
お抹茶の先生のような人が、昨日もやってきた。今日もそんな人たちがやってくる。

昨日は、文庫ちゃんがシューベルトの歌曲集のCDをもってきてくれて、
それをかけていたら、新人くんが入ってきて、「これ大学のときやりました」とのこと。
前日やった杜甫の漢詩も朗々と中国語で読み上げる。まことに不思議な奇人くんだ。
裏千家修行もかなりやっていて、くだんの「今日」とかかれた漆の茶櫃を見た瞬間
目が少年のように輝いていた。「これは、きれいな女性が使ったほうがいいとおもわへん?」
と促したが、あきらめきれぬ様子。ま、道具も縁あるところ、収まるところに収まるのがええ。

今日はこれから「そったく焙煎塾」。ベテラン女子がやってくる。最近珈琲党の人も
煎茶も楽しむ、という人も増え、今朝は焙煎前に、煎茶と玉露を袋つめした。
シーラー?とかいう機械で袋をパッチンととめる。

そもそも、なんでお茶に興味をもったか?というと(昨日、その新人くんと話をしてきずいた)
池袋時代に知り合ったボクシング好きな社長が、プーアル茶を売っていて、ある日資金繰りに困って
倉庫兼事務所をたたむことになり、200kか300kのお茶の居場所を探していて、たまたま
池袋の田舎のお屋敷みたいな家に住んでいて、押し入れがいっぱい空いていたので、そこに
おいていた。その後、その社長と連絡がつかなくなり、自社ブランドにして、在庫整理していたら、
いつのまにや全部なくなり、当時半導体の買い付けのため香港にいったりするとき、半導体と
いっしょにプーアル茶も仕入れるようになった。そんないきさつを思い出した。

そういえば、今日の午後はIT業界の新聞社の社長がきて、取材を受ける。
IT業界からどうして茶にいかれたのですか?と質問されたら、答える答えが見つかった。

なんとなくだけど、茶をにごすわけだはないけど、アジアや世界のゴタゴタは、「煎茶」
を飲みながら、談笑することで、かなりの解決策になるのではないか、と思う。
そして確実に日本のお茶に、世界の人が関心を持ち始めているように思う。

明日から「染めもん展」  京都にしかないもん、がいっぱいある。
その「いっぱい」も、これから日本人が日本人に戻るカギがいっぱいあるように思う。感謝。
今日は「満つまめの会」もある。最近はいつも満席で、自分がやる時間がとれにくくなってきた。

漢詩を読もうかいのはじまりはじまり

昨日は二階で「満つまめの会」だった。昨年の秋から
ボチボチ始めた。季節がめぐり、マーくんが半袖になって
みんなに気功整体をやってくれ、長くやっている人たちは、
体もこころもバランスがよくなって。明るく、積極的に
なってきてると思う。おかげで、「かっぽれ」とか「お仕覆」とか
「お茶やお花」といった世間的には「絶滅危惧種」のようなものまで
人が集まってくるようになった。

夕方、薩摩琵琶のももちゃんがそばを手繰りにきた。天真庵hpのリンク
からお客さまとのふれあいがあった、らしい。いろいろな分野で、振り子
がふれる現象がおきていて、薩摩琵琶を習いたい人が増えてきているそうだ。
薩摩武士の「たしなみ」として一世風靡した時代がある。

昨日から「漢詩をよもうかい」が始まった。先生は織田流煎茶道の南甫先生。
織田流煎茶道では、正教授になると、「茶名」なるものをつける。
頭に「南」をつけるのがならわし。何代か前の家元は「南洲」。鹿児島
の人で、西郷南洲さんを尊敬していたことがうかがえる。
南甫先生は、唐の大詩人で「詩聖」と呼ばれた杜甫からとったものだ。
ということで、先日は杜甫の代表作を勉強した。

茶人たちの聖書、みたいなもので「南方録」というのがある。福岡の星野村で
その存在をしった。福岡の黒田藩の立花実山が南方宗啓の記した「茶の神髄」を
表した聖典。

お茶も、お点前の形や順番を覚えるだけなら、短時間でできる。大切なことは、
そんな「かたち」より、なんどもなんども繰り返し、おもてなしを重ねることで、
ある日ふと、腑に落ちたり、その後、川の流れのように、自然にふるまえるように
なったりし、人としてその人らしく生きていく、そんなことではないかしらん。

今日明日は「そったく珈琲塾」&「無茶しぃの会」
珈琲とか煎茶のおもてなしのおもしろさを、自分なりに伝えている。

金曜日からは「染めもん展」 京都から河野夫妻がやってくる。京都には
「茶のこころ」が町中にあふれている。

ちんぷん漢文

今日から新しいpcになった。まだ慣れていないので、
チンプンカンプン。
今日から新しい講座が始まる。「漢文を読もう会」

昨日は「長屋で女史会」だった。勉強が終わってそば会
になった時、「目白の名門ボクシングジムが閉まるらしいですよ」
とイワジーがいった。10年くらいお世話になった「米倉ボクシングジム」だ。
会長の体調が思わしくないらしい。さみしいけど、時間どんどん過ぎ去っていく。

連休中やらなかったので、今日ひさしぶりに「満つまめの会」
連休でいろいろ疲れた体をマー君がほぐしてくれる。
最近は空きがないので、自分が入るところがないけど( ^ω^)・・・

明日明後日は「卒琢珈琲塾」&「無茶しぃの会」 木曜日は「満つまめの会」もある。

ブクブクブク・・・・酒の音楽

昨日はゴールデンウィーク最後の日曜日。
ひさしぶりに、恵那から仙人さんが里に下りてきて、蕎麦を手繰りにこられた。
「お土産」といって、ふきみそをくれた。「40年ぶりに、この人と再会した」
といって、とある音楽家といっしょだ。名刺がわりに、「こんな作曲をしています」
といってCDを手渡された。「宮崎」と書いてある。

再生してみると、♪ブクブクブク・・・・・と不思議な地球交響曲みたいな不思議な
音楽。でもなんだか懐かしいような、旧友との再会を祝っているようなそんな音だ。
とある宮崎の甕つくりで焼酎をつくっている蔵の、甕の中で焼酎が熟成していく「音」を
特殊なマイクを自作してひろった、とのこと。確かに酒を飲む、ということは、体の細胞
の中にまで、その甕の中の一滴一滴を旅させることで、自分の体の中でもそのブクブク・・・
という音と共鳴しながら、音楽を奏でているのかもしれない、と悟った。
半世紀近く毎日のように酒を飲んでいるけど、そんなことをはじめて考えた。
「音楽」とか「芸術」というのは、一瞬にして、人生をかえたり、また、その一瞬で
終わっていく刹那がよろし。不思議な「縁」ではあるが、その蔵の焼酎は、毎年
友達がおくってくれるので、ぼくの体の中には、同じ音楽が流れている、きっと。

「日曜蕎麦大学」が終わってから、「普茶の会」。
昨日はベルギーから音楽家たちが、やってきた。
東京や名古屋、台北とかでツアーをやっている人たち。
そのひとりが、音楽家の奥さまで精神科医をやっていて、日本の味噌
に興味があるらしく、手前味噌を、焼き味噌にしたり、鴨味噌や、仙人さまが
つくった吹き味噌を出したら、えらく感動され、「ベルギーで味噌つくりを
やってくれませんか」と真剣におくに話しかけていた。いいかもなんばん。

仙人さまがやってこられる日は、「みな根っこが繋がっている」を感じるようなことが多い。
その音楽家たちと、焼酎の音楽家も、深い縁があることを知る。時空を越えて、
繋がっている「こと」が、よくわかった。

今日はこれから「卵かけごはん」夜は「長屋で女史会」
明日は「漢文を読もうかい」  日々是好日に感謝。