本日はライブのため 16時閉店

今日は朴清先生の鼓のライブがある。超満席。
お父様は人間国宝だったけど、彼も準ずるようなアーティストである。
飲むと話もめちゃくちゃおもしろく酒脱で、酒がまたうまくなる。
業界の慣習やろうけど、3つくらいしか年がかわらないぼくのことを、
慈悲深い顔で「おとうさん」というのには、少しだけ抵抗がある。

もっとも故・大家さで昭和3年うまれのおばあちゃんも酔うと「おとうさん」
と息子世代のぼくをそう呼んだ。彼女のおとうさんは「栄吉」という名前で
ぼくの名前の栄一と「栄」がだぶっているのに「縁」を感じて、天真庵を結ぶことに
なった。内緒だけど、その栄吉さんが自宅のように通った向島の今はなき料亭に
ぼくも秋葉原でITの会社を立ち上げたとき、よく遊びにいった。

♪この舟はあなたがのる舟 あなたの竿は 私がいく時 使う竿

こないだ紹介したこの都都逸は、その料亭で芸者さんが教えてくれた都都逸。
ぼくは20代だったので、芸者さんたちはみな「おねえさん」やった。

三味線とか、笛とか鼓はいいよ。ライブできくとほんとうに酒がうまくなる。

12月は、おもしろい歌姫たちが勢ぞろい!

2日(土) 月と龜樂団 らいぶ

演奏:西尾賢(ピアノ、三味線、歌、など)LUNA(うた) ・豆奴(掛け声など)

19時開場 19時半開演  ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

16日(土) ゆさそばライブ

演奏:ゆさ(ヴァイオリン)・しょうこ(ピアノ)・津田りつ子(パーカッション)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(蕎麦・珈琲 付き)

23日(土・祭) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

寒ブリを満喫した能登の旅

能登に「梅の木の剪定」にいってきた。6月に収穫した梅の木は、丸裸ではあるが寒風に
耐えながら、小さな蕾が枝には芽生えている。
冬の寒さを耐えてこそ、香り豊かな花を早春に開かせてくれる。人生とどこか似ている。
枝を見て、下向きになっている木をのこぎりと剪定はさみを使って丁寧に剪定する。

昨年昇華された原田先生には、なんども梅の木の生け方を教わった。花にも陰陽があり、
陽方とか陰方というようないいまわしがある。木全体を見て、若くて上に向かって伸びて
いる木を優先し、下を向いている木は切り落とす。これも人生、とくに男の人生とだぶったりする。
元気に上を向いてピンと元気でないと、役立たずで、老兵はただ去るのみ、なのだ。

今回は三輪福さんが自然農法の宣教師みたいな農業家の勉強会に参加し、そのへんの「天地自然の理」
を上手に伝授してくれた。♪梅の木ばかりが梅じゃなし(松か?)、この剪定方法は、自然農法全般に応用
がきくらしい。梅茶翁の夜は、自然農法でつくった野菜の料理などを食べながら、熱く談論を風発。

その日の朝まで冬の日本海を泳いでいた寒ブリと黒まぐるろを、おろして、みんなで「気骨の鮨会in能登」
をやった。氷見では8k以上のブリを寒ブリという。能登では10k以上のブリを寒ブリというそうだ。
ぼくがいたころの京都にも「カンブリ」が大人気だった。関西文理学園。一世を風靡した予備校で
京都の人は「カンブリ」と呼んでいた。同志社や立命館にも「カンブリ」出身の人があまたいた。
ちなみに、京都では同志社のことを「ドウヤン」といい、立命館のことを「りっちゃん」といった。
学友同士が結婚して、生まれたこどもを「立子」にし、りっちゃんと呼んでいた友人もいたくらい。

翌日は自然農に挑戦している地元の農家さんも加わって、ガレットとほぼぶらじるで腹を満たし、
2日目の剪定。梅の木も「ありがとう」と喜んでいるようだった。来年また梅林ガールズたちと梅を
収穫にくることを約束。昼めしは、しんごくんが作ってくれた「ブリ大根」を食べた。彼は朝漁にでて、
ブリや黒まぐろをとり、昼は自然農で野菜をつくっている。昨年持参した「借金なし大豆」も収穫され、
能登にも無借金の人たちが増えそうだ。自然によりそい、海のもの、大地のものを大切にし、多くとれたり、収穫
したものは、おすそわけをし、「原始的ぶつぶつ交換」があたり前田のクラッカーのように日常茶飯な能登
の人たちの「素朴な暮らし」には、縄文時代から日本人が大切にしてきた「いきかた」そのものがいっぱいあって、
すごく勉強になった。

今日「ダメ中」 ダメ始める中国語。
明日は「ライブ」

明日から梅仕事

梅の木の剪定に能登にいってきます。明日はお休みになります。

この二年くらいの間に、そばや珈琲や煎茶のお弟子さまたちが地方に移住している。
たまたまなのか、海が近い半島に移住するのがトレンドで、その地にいく時は、
煎茶道具・珈琲の器具・そば道具の三種の神器と、こっそりと釣り道具を車に積んでいくのだが、
まだ釣り道具は一度も使う時間がない。

昨日も煎茶の仲間で、10年以上付き合いのある美人先生が、「そばを習いたい」とのたまわれた。
「来年は普茶料理とそばを田舎でやるようなことになるかもよ」と脅かしておいた。まんざら
でもなさそうだ。京都と縁がある人なので、丹後半島あたりで、ちりめんの着物着てお茶やそばと
戯れているような気もする。帰りに「〇うめ星」を碁まもりに入れてぶらさげて帰っていかれたので、
「これから」がとても楽しみだ。

昨日はお花の後に、二階で「お仕覆」だった。仕込みと片づけをして、錦糸町の「釣具店」へ・・
最近はルアーがはやっているようだ。道具もこの10年で急速に進化しているようだ。
竿は立派なもの(釣竿のことよ)をもっているので、リールとルアーを選んでもらおうと思い、
一番親切そうな若者をつかまえ「明日から能登にいってルアー釣りをしたいのですが、
選んでくれませんか?」と話しかけた。若者「何を釣るのですか」私「投げてみないとわからない」
若「最近の釣りは細分化されているので、狙う魚をきめてください」
私「昔はキスをねらって、ほかのものが連れたりしたけど、今はキスしかいけないのですか?」
若「そんな感じです」私「キスをした先に、脱がせたいとか、その先にいきたい、とかならない?」
若「なんの話をされているのですか」私「釣り糸がもつれてしまった。アオリイカを狙う道具を選んでください」
ということで、話がまとまった。

この舟はあなたがのる舟 あなたの竿は 私がいくとき使う竿

そんな艶冶な都都逸を思い出したが、その若者には伝えなかった。時代は変わっていくのであーる。

12月はまたいろいろおもしろライブがあります。

2日(土) 月と龜樂団 らいぶ

演奏:西尾賢(ピアノ、三味線、歌、など)LUNA(うた) ・豆奴(掛け声など)

19時開場 19時半開演  ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

16日(土) ゆさそばライブ

演奏:ゆさ(ヴァイオリン)・しょうこ(ピアノ)・津田りつ子(パーカッション)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(蕎麦・珈琲 付き)

23日(土・祭) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

年越しそばを自分で打つ

今日は北国では初雪だというニュース。
生まれて初めてスタッドレスタイヤを注文して、明日の夜から
能登へ「梅仕事の旅」。還暦を過ぎたというのに、若者バカモノなみのスケジュールで
あちこちに出かけることが多くなってきた。
今回は九州の実家の倉庫に眠っていたルアー用の釣り道具も車に入れてでかける。
(この2年間ずっと車に釣り道具を入れてでかけているのだが、蕎麦やお茶やコーヒーの道具ばかりが
忙しく、ついにまだ一度も海に投げ入れていない。こまったもんだ)

今日は「お花のお稽古」&「お仕覆の会」
ということで、火曜日は「臨時休業」金曜日は「ダメ中」があります。それまでにはもどってきます。
年越しそば&それを自分で打つ会のスケジュールもポチポチうまってきた。なんだか年末モード。

土曜日はライブ。あと2人くらい空席がある。

25日(土) ちょっと小粋な縁奏会

演奏:望月朴清(囃子 鳴物)・ミカド香奈子<望月太喜若>(三味線引き唄い・笛)

19時開場 19時半開演  ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲・付き)

かはたれどき どきどきする 夜ばいどき

♪かはたれどき 深く悲しい夢を見た

そんな歌がある。「彼誰時」と漢字で書く。美しい日本語。「夜這いにきた彼は誰・・」
暁、夜があける前の時間のことを、そんな風にいう。だから女性は昔はにおいで、相手をみわける。ききわける?
「あらアラミスの香りだから、みっちゃん?」ってな具合。

「〇うめ星の正体は?」とかいう天真庵の部屋に、縄文ドリポットとうめ星の使いかたをアップした。
組み合わせ、使い方は、それぞれの人が工夫していけば、無限。「使いこなす」というのがこれからは大事。
ただし、珈琲の豆、入れ方、好み・・・千差万別なので、審判は各自にゆだねるとする。

かはたれどきの夢は、誰がでてきたか、どんな顔でどんな声で、とか皆目わからないことが多い。
でも「〇うめ星」を「碁まもり」の中に入れ、枕の下にしこんで寝る。すると、彼が誰だかも、声も色も
ついた夢をよく見るようになった。自分の夢もでさへ、いつもどこかに置き忘れているようなものを、人さまの夢に
入っていくことはできへんし、変な話であるが、実際にそうだし、まわりの「〇うめ星」ファンの人にきいても、
「そうそう」ということが多い。「夢占い」を自分でやりたい人には朗報かもなんばん。

先週は九州の実家で「松仕事」をし、南島原の「くとのつ巷珈琲焙煎所」にて、煎茶会をした。
いつも大阪から阪九フェリーで門司までいく。その前に奈良に立ち寄るのがならわしになってきた。
前回の奈良の骨董屋で、デルフトの軟膏入れを、お茶入れに見立てた茶器を見つけた。40万、だった。
さすが古都の茶人の「みたて」。風流さに圧倒された。天真庵のカウンターの上にも、創業から10年デルフトの陶板を
飾ってある。こないだ渡辺愛子さんが「売ってもらえませんか?」といったけど、「いやや」と断った。
その「渡辺愛子陶展」を昨日から渋谷の「炎色野」(ひいろの)でやっている。くちのつ巷焙煎所にも、彼女作の「うずくまる」
とか「かさたて」が鎮座している。素敵な居場所に、信楽の器がポンとあると、なんとも気持ちがいいもんだ。

今日は「満つまめの会」。前回は、まーくんが「気」を入れてくれた「麻飴」がお土産になった。
能登の「梅茶翁」の麻飴は、500年続く能登の飴屋さんとのコラボ。砂糖をつかわず、おばあちゃんのさじかげん、火かげん
でつくるこだわりの「こ」くらいがわかってくると、人生は10倍楽しくなる。
来週の火曜日から能登にいって「梅の木の剪定」をやってくる。「なるべく自分でできることは自分でやる」
そんなことを決めて生活していくと、いろいろな発見とか出会いやふれあいができて、いい。

明日は「お花のお稽古」とか「お仕覆の会」  碁まもりは、お仕覆の会の副産物。いろいろ天恩感謝。

黒まぐろが飛んできた。

だんだん冬型の気候になってきた。日本海側ではチラホラ雪マークも見えてきたらしい。
来週は能登に「梅の剪定」にいく。昨日は車やさんに電話して、スタッドレスのタイヤを
注文した。

昨日はその能登の能登町に移り住んだお弟子様からシビコが届いた。黒マグロの幼魚を
能登ではそう呼ぶらしい。さっそく出刃を用意して、解体ショ-(満つまめが終わり、お茶のお稽古までの
わずかな時間でやったので、誰も見ていないワンマンショー)。
おなかには、食べたばかりのアジ2尾まるごと入っていた。はらわたや骨は、ブリ大根ならぬ黒マグロ大根にした。
生姜とそばの甘汁と酒をたっぷり入れて炊く。酒のあまり?をぬる燗にして、さしみを3切れ・・・・止まらなく
なりそうなので、近所の知り合いにおすそわけ。みんな@能登病になりそうなくらい美味い!

夜は無茶しぃの会。女性のお弟子さまが5人集まって、茶櫃点前をやった。お茶は星野村の煎茶。お菓子は松露饅頭。
掛け軸は「江南の春」。あまりに風情があったので、南島原から連れてきた吉田屋の酒を煎茶碗に入れ、談論を風発。
昔の文人墨客たちは、そのように軸や茶碗を愛で、花や自然を愛し、茶も愛し、お酒も人も愛しながら生きていた。
それにひきかえ、なんでも便利になった昨今だけど、「ほんもの」といえるようなものが稀有な時代になったものだ。

島原、東京、能登で定期的に煎茶の会をやるようになった。知り合いが多く、茶人や風流な人の多い金沢でも来年から
お茶の教室をやるようなそんな動きになってきた。スクワットを毎朝しながら、「がんばる」と老体に鞭打つ毎日。感謝。

まつのよ

そんな雑誌があった。大本、だったと思う。
松は、まちなさい、待つことの大事さを教えてくれる。
長崎のお茶会は、ひさしぶりに松露饅頭をお茶うけにした。
床の間には「楓橋夜泊」が飾られ、その下には渡辺愛子さんの「蹲(うずくまる)」に南天が
投げ入れられていた。ふたりが東京から南島原に移住して、充実した生活を垣間見れて、満天をあげたい気分だった。

酒蔵の南洲さんの詩は時間がなく、ゆっくり読めなかったけど、「偶感」と同じような西郷どんの「哲」
を感じるような書だった。

「偶感」
幾たびか辛酸を歴て志(こころざし)始めて堅し、
丈夫(ぢやうふ)玉碎すとも甎全(せんぜん)を恥づ。
我が家の遺法人知るや否や、
兒孫(じそん)の爲に美田を買はず。

地方にいくと休耕田がやまのようにある。痴呆症になる前に、自然と親しみ
田舎で暮らす人が増えていけばいいとつくづく思う。感謝。

今日はこれから「焙煎教室」二階は「満つまめの会」
午後は「無茶しぃの会」  東京の生徒さまにも松露饅頭ばくってもらおう。

松休みも無事終了

3年かけて、宗像の92歳になる父親に松の手入れの伝授の会をやってもらった。
春と秋に二回づつ。松はこの地球上で一番最初に生まれた植物だそうだ。仙人たちは
水に松の葉を一本投げ入れて、命を紡いできた、という言い伝えもあるくらい生命力に
あふれている。松竹梅の筆頭に鎮座する由縁でもある。

来週は「梅仕事」に能登にでかける。今月はお店はほぼ半分休みにするけど、なにはさておき、
「今やっておかねばならぬこと」を最優先にしていきたいと思う。「人生は二度なし」だから。

今回は出発の日に、蹲踞(つくばい)を車で運んだ。お店の前に6年くらい水を入れておいていた。
風水的にも、そうすることで、運気があがるし、いいのだが、週に二度くらいは、タバコをポイ捨て
られた。庭の玄関の横に置いたら、書家や画家が落款をするように、「きまった」ような気がした。
それをながめながら、煎茶を家族で楽しんだ。大変な力仕事だったけど、ほっとした。
今朝店にいったら、蹲踞のない玄関が間抜けした感じだったが、ここの主人も同じようなものだから、まっいっか、
という感じ。

南島原の「なっつ&じゅん庵」にも二日お世話になり、美人6人をあいてに煎茶のお稽古も
やってきた。うち3人は小学生で学校で裏千家のお稽古をやっているらしい。将来が楽しみだ。
夜は、地の魚をさばいて、酒席。なんやらいう地元の無菌豚のしゃぶしゃぶが絶品だった。
その土地にしかない食材をその地で料理して食べる。こうでなきゃいけない。
しゃぶしゃぶや 持薬の酒の いちに杯   盗作! しゃぶしゃぶが湯豆腐だけど・・

はねぎの酒蔵として、東京にも名前がとどろく「吉田屋」さんという酒蔵にもお邪魔し、
古式の木をつかって酒を絞ることにより、うまい酒を100年つくっている吉田さんといろいろ
夢のある話をした。夏は喫茶室になる大広間の床には、南洲、と揮毫された書がかかってある。
来年の大河ドラマの主役、西郷南洲の書だ。初代当主が愛用していて煎茶器をみせていただく。
黄泉の国にわった人の息遣いまで聞こえてくるような感動があった。長崎は煎茶の聖地である。
南洲さん、頼山陽さん、釧雲泉さん・・・多士済々の文人たちが遊んだ土地。

明日は休みだけど、「満つまめの会」夜は「煎茶のお稽古」

英語力が爆発的にアップ

昨日は「長屋で女史会」だった。だんだん人数が多くなってくる。
昨日は11人。にぎやかな会になってきた。今年一年かけて「本能寺」を中心に
やったけど、来年もそのまま「本能寺」をやるらしい。
歴史の影には「おんな」あり、といわれてきたけど、「男(稚児)」の存在も大きかったみたいだ。
日米のトップも寒い中、穴にボールを入れて遊んだらしい。いつの時代も同じようなもん?

今日は「英語でそば会」 6時にスカイツリーで先生と生徒が待ち合わせをして、外国人観光客
に声にめぼしをつけ、「私たちとそばやでいっしょに蕎麦手繰らない?」とポン引きをして、天真庵
間で連れてきて、英語で談論を風発する会。ざっくり28勝5敗くらいの成績。ボクサーならまだ世界が
狙えるような位置か?

明日から16日まで「松休み」 実家の宗像で92歳の父親に松の手入れを習っている。
昨年の南島原のそば会の時、煎茶の本と茶道具を少し置いてきたら、「習いたい」という奇特
な方が数名集まってきたららしい。急遽、「南島原・煎茶教室」をやることにあいなった。
頼山陽など煎茶にかかわってきた人たちが旅をしたり、詩をつくったり、絵を描いた場所。
最近は南島原の市役所のHPに南島原の風光明媚なロケ地で撮影されたプチ映画がアップされている。
内容は「?」な感じもするけど、景色は頼山陽が詩に描いた「青一髪」のような映像がいっぱい。

卵かけごはんのある月曜日

昨日は「蕎麦打ち教室」と「気骨のすし会」だった。
前日ゆるゆるヨガの先生をやってくれたかすみちゃんが、元気な蕎麦を打った。
来月は銀座のワインバーにて、新そばの会、をやるらしい。人がよろこぶ姿を見てよろこぶ、
そんなレベルになると、蕎麦も上級編のまた上のほうに到達する。そばを打つときも呼吸
とか気とか、リズムが大事。「食」にかかわることは、「命」にかかわること。みんな一大事。

先月はまだ「〇うめ星」がこの星になかったので、気骨の鮨会で「〇うめ星」を電気釜に入れ
て、それで酢飯をつくって、鮨を喰うのは、初めてのこころみ。
お米というのは、銀シャリに光るのも大事だけど、口に入れる瞬間の香りとか、硬さ、温度・・・
いろいろな要素が「UMAMI」に関係してくる。これも筆舌がおよばないけど・・・縁ある人
たちに、この米のうまさが伝わっていくとうれしい。

今月は南島原、能登で「気骨のすし会」をやる予定である。魚がうまくなる季節に
魚がおいしい土地へ旅する幸せ。昨年天国に召された片淵さんの技を少し伝承できてうれしい。

これから「卵かけごはん」(8-10)
夜は「長屋で女史会」
明日は「英語でそば会」