のどにいい能登飴?

体はいたって健康だけど、「能登病」にかかっている。
昨日は能登から、梅と麻米飴が届いた。

近所のおばあちゃんが、「梅シロップを作りたい」というので、
「届いた梅(バイ)」と連絡したら、「今日本橋をうろうろしているので、
一時間後に・・・」とのこと。台風が近づいているのに、のんびりしたもんだ、
なんて思っていたら、ビショヌレになってやってきた。「傘は?台風の予想はきいてないの?」
ときくと「私かさキライなの」とのこと。

能登の「松波」というところに「横井 千四吉」という500年続く飴屋さんがある。
こんどの能登旅で、千四吉さんと蕎麦をいっしょに手繰った。
三輪福さんとのジョイントで「麻米飴」というのができた。たぶんこれから500年
くらいこの飴は続くのではなかろうか?広がりかたが優美でゆっくりで、縁ある人
たちに、確実に伝わっていく、そんな手ごたえがある。

梅と同時くらいに、京都から「ラーメン荘 地球規模で考えろ」のY社長が
やってきた。お店の向こうぎしで、帽子を脱いで一礼している男がいた。その瞬間に「yくんがきた」と思った。
10年お店をやっているけど、お店に入る前に、帽子を脱いでくる人は二人目。
2年前にライブをやってくれた「かごんまのよかにせどん」と「地球規模さん」。
いろいろ年を重ねると、新しい人間関係を構築したり、古い知人を訪ねたりするのがおっくう
になる。今はやりの「断捨離」も、一番肝心なところは「ひと」の問題やと思う。

35年も音信不通であったのに、よくきてくれたもんだ、と感動して、「次35年後はたぶん天国
でしかあえへんので」といって握手をしてわかれた。京都に縁のある人は「ラーメン荘 地球規模で考えろ」
で一度大盛を食べてほしい。400gの麺と具沢山の野菜を堪能できるそうだ。
100円プラスすると、一キロまで希望で増量できるそうだ。ただし「完食するのが条件」だとか。
名前もそうやけど、「哲」が含まれているラーメン屋さんだ。

今日はこれから「歯医者」。明日は新人女子の「蕎麦打ち鬼の特訓 地球規模で考えろ」だ。

長屋で女性史を学ぶ

昨日はそんな会だった。「長屋で女史会」。
昨日は新人女子がふたり参加され、にぎやかな会になった。

天真庵のHPの「遊山」というところに、今回の能登の梅仕事が
紹介されている。地元の人たちと夜飲んでいる写真は「姫港」という。能登の最初の漁港。
海部(あま)さんとか漁の文化は、九州から日本海沿いに伝わった、というのが定説。
昔の九州は「女系社会」だった。アマテラスさま、や、こんど世界遺産になりそな、その長女が
いらっしゃる沖の島、次女三女も宗像大社には祀られているし、卑弥呼なんかも女系社会の象徴。
「姫」という名前がなんともそんな時代の物語を今に伝えるようで興味深い。

今日は「英語でそば会」。スカイツリーのところで、先生と生徒がまちぶせをして、外国人観光客に
「今日のヨルメシ、どっかきまっとるの?まだやったら、わたしたらと、蕎麦にいって、ボリボリしませんか?」
みたいなことを英語でつぶやき、ポン引きする日。女子、もとい、女性が多い、しかも少しご年配の女性が
多いのが、相手に好感を持たれているのか、成功率が高い。

3年後の東京オリンピックに、ボランティアガイドを、という高邁な目標をもったおばさまたちが多いので、
ずいぶん上達度も高くなってきたように思う。外人のお客様をゲットしてきた時の顔が、まぶしい感じだ。

明日は歯医者。月に一度歯の掃除に板橋(もと天真庵の近く)まで通っている。ちょっと治療が必要な
箇所があるので、先週・今週・来週と歯医者。来週の水曜日の「無茶しぃの会」はそのために午後3時の
予定のクラスが「午後二時」に繰り上げてお願いいたします。長野から新人の女子も参加。
能登とか長野とか、いい水や自然がいっぱいのところでお茶を楽しむ、というのは贅沢の極みだと思う。
来年はそんなところに出向いて、お茶のお稽古をしたいとか、ひそかに思っている。
蕎麦が打てなくなったら、無茶をせずに、ゆっくりと「無茶しぃの会」に専念しようかしらん。

木曜日は新人女子二人に頼まれた「そば打ち教室」。今は日本全体が「女系社会」かもなんばん。
今回の都民なんじゃらも女性やし、自民党の信頼を地に落としたなんやらいう防衛大臣も、女性である。
歴史はいつも「めどき」なのかも。
♪諸国大名は鉄砲で殺す いとやの娘は目で殺す   

ボーズが屏風に上手に坊主の絵を描いた

昨日はまーくんの「上手に自分の体を使うコツ」の伝授の会だった。
「満つまめの会」の人たちが受講にきた。
明日も「満つまめの会」

これまで「BOZE」の古い機種で二階は音楽を聴いていた。
形式が違うのか?新しいCDで再生できないものがポツポツでてきたので、
新しいオーディオをネットで買った。

その「BOZE」はちょうどギャラリーを始めたばかりのころ、営業の方が
営業にきて、営業トークもする間もなく購入したものだ。
ちょうど、友達がスタジオを2000万くらいかけてつくったあと、
この「BOZE」を聴いて、25万やけど、かわらないくらい音がいい、
と社長室に置いていたものを聴くチャンスがあった。

あまりに音がいいので、ホイットニーのCDをかけ、昼からその社長とワインを飲んだ。

昨日はちょうど「おっさ」という若者のアーティストが昼に蕎麦を手繰りにきた。
近くでファッション関係の仕事をしていて、昨日まで展示会だという。ので、
「これあげる」とBOZEをあげた。

夕方、おっさが一升瓶をぶらさげてきた。「?」と思っていたら、「BOZE、めちゃやばいっす」
とのこと。「?・・・」としていたら、「あんなはらわたに染みる音、はじめてっす・・」という。
「ま、飲むか・・」と酒を飲み始めた。途中で「では場所をそっちに移動してジャズを聴こう」
ということになり、十間橋通りを一升瓶とジャズのCDをもって、おっさっちにいく。
あまりにいい音に、一升瓶が空になった。若いって、やばいっっす。

今日はこれから「卵かけごはん」夜は「長屋で女史会」
明日は「満つまめの会」 夜が「英語でそば会」

健康で持続可能で、ゆたかな人生のコツ

昨日はむしむしする天気だった。でも梅雨がないと、梅も育たないし、
田んぼの稲や野山の木々も水不足で困ってしまう。
今日は気持ちのいい朝を迎えた。東京でも朝からシジュカラや目白たちの声が気持ちいい。

庭の槙の木にぶらさっがていた巣箱が、麻紐が朽ちて落ちた。家賃はとらぬつもりで置いていたけど、
シジュウカラのつがいが見学にきたくらいで、誓約にいたったことがない。野良ネコがいるし、カラス
もいたりするので、警戒しているのかもなんばん。

昨日は「満つまめの会」やった。いつものように玉露を飲む、ところからスタートする。
長く通っている人たちは、性格も明るくなり、いろいろ積極的になって、いろいろなことにチャレンジ
する人も多くなってきた。好奇心とかやる気がなくなってくると、人生は終盤にさしかかる。
健康で持続可能な生き方というのは、毎日の「こころのおきどころ」やと思う。

今日は日曜日なので16時で閉店。新しい講座「まーくんの「体とこころの使い方」教室」
肉体は生きている間 神様から借りている器 親や兄弟や家族や家とか財産といっている
ものはみな「借り物」。だから大事に使わせてもろうて、いらんようになったら「ありがとう」
いって返すもんやねん。

まーくんと知り合って1年。気のことや呼吸のしかた、普段のストレッチとかいろいろな
ことを教わっている。息は「すうのとはくのどっちが先」「鼻で吸うの口で吸うの?」「はくときは?」
花の道には「真・副・対」とかいうのがあるけど、自分の体の「真」(まっすぐな姿勢でどんな具合?)
知らないことばかり・・・今日はかいつまんでそんな話になるのかしらん?

明日は月曜日なので「卵かけごはん」 夜は「長屋で女史会」 この会の友達に
今話題の「京都ぎらい」いう本を借りて読んだ。この本もそやけど、京都を好きになるのも
きらいになるのも、「歴史を勉強する」ということは大事だと思う。

火曜日は「英語でそば会」 水曜日・木曜日はお休みだけど、新人のそばもんたちがそば打ちを
習いにくる。木曜日の夜は「おとこかっぽれ」です。

人生の中仕切り

中年になると、よくそんな言葉を使う。後半戦をどのように暮らすか?なんて・・・
昨日で今年も半分終わって、今日から後半戦でもある。
光陰矢のごとしであり、少年老いやすし、でもある。

昨日、「BCN」というコンピュータの新聞社から新聞が届いた。
毎週月曜日に発行される新聞。「千日回峰」とかいう記事に紹介された。
しかも見開きで、2週にまたいで掲載されるので、ぼくの反省だらけの半生が赤裸々につづられている?
「BCN」で検索すると、デジタルでも購読できるけど、千日回峰は
残念ながら目次だけである。

その中で末川先生のことを紹介されている。当時の立命館大学総長で、京都名誉市民だった。
運よく大学に入学してすぐに、先生の講演を聴く幸運に恵まれる。烏丸丸太町下がる、「勤労会館」(今はない)で。
「人生は三つにわけるといい。君たちは最初の三分の一で、これまでは親に面倒かけて育ってきた。
これからの三分の一は「自分」のために生きなさい。そして仕上げの最後の三分の一は、「人」の役にたちなさい」
ということだった。すごく当たり前のことをおっしゃっているのだが、20歳前のぼくには衝撃で、
「もうこれでこの大学は卒業したみたいなもんや」と思い、近くの「からふねや」に入ってモカを飲む。
同じくらい衝撃を受け、その場にいた社長に弟子入りを志願し、2か月後は「本店」の店長になった。

・・・そんな話から今、そして10年後は何をやっているか・・・が掲載されている。

うちの会社も昨日で決算。何期になるか知らないけど、30年くらいになる。
昔は「会社の寿命は30年」説、みたいなんがあったけど、最近は5年?とか10年説のほうが有力なくらい、
生存率が低いような気がする。BCNの記事を読んでも、知った会社や友達の会社がない。浦島太郎状態である。
個人経営の飲食業の平均寿命は、ひょっとしたら「一年前後」か「未満」かもなんばん。でも会社も人も、
「毎日が一生」みたいに思えば、今日もまた人生があり・・の繰り返しを楽しむことができる。

今日は「満つまめの会」 その新聞でも紹介されたけど、まーくんの気功整体は、IT企業の人たちを含め、
音楽家や陶芸家、ヨガの人、主婦や老人まで老若男女の垣根を越えて、優美に広がっている。感謝。

いい包丁を持つと家が栄える

水木と「梅仕事」やった。今朝は朝から雨。
昔読んだ梅の本の帯にこんなのがある。樹木希林さんの文だ。

宿福(しゅくふく)の梅笑い

六月の梅の実は収穫をひかえて雨を待つ。
梅の実が熟すころに降る雨だから梅雨というのか。
母親の腹の中で最後の仕上げを待つ子供のように、
まだこわばっている梅には、一度、二度、三度ばかりの雨が要る。
・・・・(略)からだいっぱいに福を宿した梅と感応する姿は
まことにけっこう。宿福の梅笑い、とでもいおうか。

彼女のナレーションが素敵な映画「人生フルーツ」をまた見たくなった。

昨日は梅仕事の後、家で酒を飲みながら「有次」の本を読んだ。
京都の老舗の包丁や。京都では料亭やすしやに限らず、中華屋さんカフェやイタリアンのシャフ
たちや主婦にも昔からファンが多い
店主の話にこんなのがある。

「おおげさにいうたら、ええ鋼(はがね)の包丁は人の性格をも一変させるような作品や。
ずぼらな性格の人が、よい包丁を使うことによって、お世話をするのんを好きになる。
お世話をしてやることにより、道具が喜んで役にたてくれるんで、余計にまたお世話したくなる。
そんな姿を見て育つ子供たちは、素直でええ子に育つことになりますわ、方程式でいくと」

「お世話」いうのがいい。砥石はいるわね。

今日は「インヨガ」。

ぶくろ 池袋の名店

昨日、京都の話題のラーメン屋の店主から珈琲豆の
注文が大量にきた。「ラーメン荘 地球規模で考えろ」というお店。
「珈琲ラーメン」でもつくるのかしらん?ここの店主とは、からふねやで
おなじ釜のめしを食った仲だ。35年くらいご無沙汰していたけど、メールの
名前とお店の不思議な名前でピンときた。昔からバイタリティーがあり、まじめな
性格なので、「何をやっても大丈夫」という感じだ。

昨日は歯医者の後に、野暮用があり、ぶくろーにいった。秋葉原で操業した
時、近くに「じゃんがらラーメン」が誕生した。最初は「スープが売りきれる
まで営業します」というスタイルやった。会社から徒歩一分だったし、若かったので
週に二度くらい通った。そのうち、混んできて、仕事が終わった後にスープが残ることがなく、
こちらも忙しくなり、代々木に事務所を引っ越したこともあり、足が遠のいた。

代々木の次に池袋に事務所を越した。東池袋交差点の近くに新築のビルができ、そこのオーナー
とゴルフ仲間だったこともあり、そこに引っ越した。昭和が平成になったころ。今は激戦地らしいが、
そのころは池袋には「うまいラーメン屋」はなかった。大勝軒は近くにあったけど、当時は
出張や営業で出歩くことが多く、事務所にいるときは、ビルの前の「ぎょうざや」で食べた。
六つ又交差点の近所に「すずき」なるカウンターだけのお店があり、そこの「ごはん」もおいしかった。
昨日「すずき」にいってみたら、違う店が入っていた。久しぶりにその近くの蕎麦屋にいく。
ぼくの名前を逆にしたお店で、「一〇」。一茶庵で修行され、池袋で40年の老舗である。
「三色そば」をたぐる前に、酒を所望。「越乃寒梅」のみ、という頑固さがいい。
「おやじさん70だよね」ときくと、「鳥なのでもうちょっといったよ」とのこと。相変わらず、
しゃきっと角がたつ素晴らしい蕎麦だ。

今日は朝から京都にだす珈琲を焙煎。なるべく「昔風」なブレンドにしておくろうと思っている。
今日は「梅仕事の最終日」。ベランダに干している梅を見て近所の人が「梅やさんみたい」だって。
秋に子供が生まれるインヨガのチカさんも、梅仕事にきた。来年は能登にいっしょにいくことになるかもなんばん。

明日はチカ先生の「インヨガ」。今日の夕方は、カリスマ気功整体師?のまーくんも梅干しつくりにくる。

梅ぼしばあちゃん

今日明日と梅干し作りの女子があまたやってくる。
昨年から能登の梅でやっている。今年は自分たちでもいできた。
昔はどこの家でも日常茶飯の中にはいっていて、うまく漬けたものは100年もったらしい。
百年後はみんな「ばあちゃん」を終え、天国にいっていりだろうけど、死んだ先を
見越してものをまじめにつくる、というのは、素敵なことだ。

今朝は月一の歯医者。押上からメトロにのって神保町乗り換えで、新板橋で降りて、JR板橋駅近く
の歯医者に通っている。押上にくる前に長く住んだ町で、ITの会社とギャラリーをやっていて、
蕎麦も「もぐり?」で出していた。

一年くらい神田のIT会社の「雇われ社長」をやったことがある。親会社が上場して、その会社と
同じように上場する使命をもった会社だったけど、指名した社長(ぼく)の実力不足と短気な性格から
親会社の社長と大ゲンカして池袋にもどった。その時は毎朝大塚から神田まで通勤した。

今日はふたつホームに電車がいた。時間があるので、すいているほうがいいので、そちらを選んで
座って本を読んでいた。なんとなく、女子たちの視線を感じる。年をとっても自意識過剰なのか?
なんて思ってあたりをゆっくり見渡すと、ぼく以外はみんな女子だった。今日の「おんなかっぽれ」も
そうだけど、うちの寺子屋もぼく以外はみな女子には慣れているけど、なんやら不思議な空気が流れている。
めがねをはめ、もう一度あたりを、そうろうとながめてみると、窓に「女性専用」と張り紙があった。

チカンをするのも命がけだったり、🚺に殴られたりする時代。なにもなかった顔して、立ち上がり、踵を返して
もうひとつの電車にのった。

これからお店にもどって「おんなかっぽれ」の準備。明日も「梅仕事」
まじめな仕事は、みんなこつこつゆっくり・・・・人生フルーツと同じ。

縄文ドリポット

昨年から、久保さんの珈琲ドリッパーが大人気だ。
珈琲を入れなくても、それがあるだけで、空気がかわる。
恵那の千人さんが、縄文時代の器は、天と地の気をうまく調整
できるようになっていて、それを置いとくだけで、部屋の気がかわり
運気もかわり、人生が好転していくんだよ、といってハッハハ・・と豪快に
笑い、その器をカウンターの上に置いたまま山に帰っていった。

先週に能登で「珈琲会」をやった。「遊山」という天真庵のHPの部屋に写真がある。
海風が笑うように入ってくる部屋を開け放ち、能登の奇跡の水でお弟子様が「ほぼぶらじる」
を入れてくれた。街で飲むコーヒーとは似て非なるくらい、うまい。

南島原で「くちのつ巷焙煎所」を営む主人のなつきくんは「旅する珈琲人」だ。車の中に珈琲の
道具を詰め込み、呼ばれれば東京までやってくる。もちろんドリポットを使ってくれている。

いよいよ能登も「梅茶翁」が始動しはじめた。明日明後日は「梅仕事ぱーと2」で梅干しを
つくる。そして彼女たちも能登を中心にかき氷や珈琲のイベントを精力的に開始する。
今日は東京からそのドリポットが旅立つ。能登の縄文遺跡にほど近い場所なので、今日から
「珈琲ドリポット」を改名し、「縄文ドリポット」といたしまする。

今日は「満つまめの会」 夜は「書をしよう会」

論語バー 大盛況?

昨日は朝グラっと揺れたり、はっきりしない天気だった。けど、
たくさんのお客さんがきてくれて、2時半過ぎに蕎麦が空になった。
有言不実行の人のことを「閉店後の蕎麦屋の窯」なんてことを洒落でいう。
「ゆーだけ」。うどんやと違って、蕎麦屋のユーは、ルチンとかビタミン・ミネラル
がたっぷりの「そば湯」なので、それをそば焼酎なんかでわると、元気になるけど・・

それから「日曜蕎麦大学」があり、7時過ぎから「押上すしアカデミー」。
能登半島にいっしょにいった「梅林ガールズ」たちも参加。昨日は能登を忍んで
「タコ」をいっぴきごと購入。すしのねたに半分。半分はキュウリを薄切りにして、塩をふり、
そこに「能登の梅酢」とそばつゆをあわせたドレッシングをかけて、酒のつまみにした。

いなだも一匹買ってきて、解体ショー(といっても、朝自分でやって、自分しかみてないけど)。
あとは、鯛、マグロなんかかネタになった。コンニャクとシイタケ、卵焼きなんかは、いつも定番。
ひと手間かけると、魚よりもうまいし、触感もいい。5人で5合のめしも、上手に酢飯をつくれば、
2時間後に「閉店後の定食屋の窯」になる。
気のおけない仲間たちと、「にぎりすしの会」というのは、海に囲まれた日本の「郷土料理」の筆頭
にしたいものだ。

これから10時までは「卵かけごはん」夜は22年目になる「論語の会」
論語の会みたいなんも、昔はあちこちの「寺子屋」で当たり前のようにやっていた。
一時間朗々と論語を吟じ、その後は釣った魚をさばいて、それをつまみに「すし会」。
この会の幹事さんは長崎だし、先生も鹿児島なので、南のほうから流行らせたい、などと勝手に思っている。

明日は「書の会」 貞本先生は広島。・・・そこから日本海側をてんてん・・能登。
なかなか夢が広がる。
いたるところに青山あり・・・・・・いたるろころに人生の楽園がある。