今日はどらえもんの誕生日

昨日は上原英里さんの「シャンソン」の会だった。
年に一度だけ、だいたいメンバーが集まり、ギター弾き語りのシャンソンを聴く。
天真庵の常連さんが紹介してくれたのだが、池袋時代にお世話になった梶原さん
がお互いの大家さん、という不思議な「えにし」を驚きあった。

彼女の「応援団長」はぼくと同じ申年で61歳。ぼくも今日から61歳。
昨日は彼は、6合の酒をあけた。ぼくは5合が限界のような気がする。でも3時間くらい
シャンソンを聴きながら飲むと、そのくらい飲めるような気もする。
猿蟹合戦ではないけど、申年というのは、そんなどうでもいいことに、こだわりを持ったりする。

昨日の朝、小学校時代からの親友から電話があり、その日の朝に奥様が旅立ったことを知る。
ずいぶん昔の話だが、彼らの結婚式の司会は、ぼくがした。家族ぐるみで、いろいろな場所に旅したり、
九州気骨の会のメンバーがかけていく時にいっしょに忍んで酒を飲んだりした。
人それぞれに運命があり春夏秋冬があり、みなあの世に帰っていく。散る時期が少し早い感はあるが、
白い侘助を掛花に投げ入れた時など、あっという間に落ちる姿に、人はみな自分たちの短い一生を悟るのだろう。
侘助のようにきれいな人だった。年下の親友を慈悲深く「ぼく」と呼び、息子ふたり、息子みたいな彼を入れて
3人の男子を育て、元服させた功績はでかい。鎮魂。

今日は日曜日なので16時に閉店。それから「蕎麦打ち」。

明日は「卵かけごはん」
火曜日が「英語でそば会」

能登そばUFO の里帰り

水木の休みを使って能登にいってきた。
梅茶翁にはじめて泊まる。少し海から山に入った場所にあり、
梅ノ木が元気いっぱいにある場所で、夜は星が降るようにいっぱいで、
虫のすだく音が、秋がそこまできているのを伝えてくれる。海も山
もあり、土や草木までが、「懐かしい未来」を感じれる場所である。

はやいもので、もう「長月」に入った。
芸術の秋だ。

今日はさっそく「秋のシャンソンショー」で16時閉店になりまする。30日がボサノバライブ。

2日(土)弾き語りシャンソン ライブ

演奏:・上原英里(ヴォーカル&ギター)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲・付き)

30日(土) ボサノヴァライブ 秋の光

演奏:山本ひかり(歌・ギター)

19時開場 19時半開演  ¥3,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

明日は日曜日なので16時閉店。それから「粒々皆辛苦のそば打ち教室」&「なんとなく鮨をにぎるかい」

ヨネクラボクシングジム 明日緞帳を下す

今朝の新聞に「羽田元首相が逝く」という訃報。残念。
多死の時代だ。押上に天真庵を結ぶ前は、上板橋
でやって天真庵というギャラリーをやっていた。

44歳から50歳まで6年くらい目白にある「ヨネクラボクシングジム」に週二回くらい通っていた。
その時、保住、クレイジーキム、西澤というのが、重量級のチャンプだった。西澤ヨシノリ
は遅咲きのチャンプで、「中年の星ボクサー」なんてこといわれ、同年代のサラリーマンたちの
憧れのようなボクサーやった。長野の出身で、羽田さんも同郷の後輩を応援に後楽園ホール
にこれれていた。

数々の名ボクサーを育てた名門ジムが会長の体調不調のために、明日緞帳を下げる。
10年前に押上に店を構えた時、会長から「これから、50人で伺いますので元気
なそばをお願いします。ワハハ・・・そこで世界チャンピオンになってください」と
電話をいただいた。不思議な人間力をもった福岡の大先輩。

昨日は「論語の会」 22年目だ。平均年齢65歳。先月からもう少し平均年齢を上げる福岡の先輩が参加。
東洋の哲学というのは、精神的にもくちない、「持続可能」なことを学ぶところが多い。
先生も生徒も健康に留意し、「あ~よれよれ」になるくらい長持してほしいものだ。

今日は「書をしよう会」 若い期待の新人女子が入門。
それが終わってから、能登に出発。「能登そばUFO」のそば会をやる予定。

9月1日(金)はお休みにさせていただきます。その日の夜の「ダメ中」はやります。
9月2日(土)は、シャンソンのライブ。満席御免でごめんなさい。感謝。

長持

ながもち。
昨日「あ~ ヤレヤレ」とタイトルを書き、中身にそれが書いてなかった。
よくあることだけど・・

先日のライブの時に、「秋田長持唄」をやった。のである。
若い人にはわからない。もちろんぼくら世代も「ながもち世代」ではない。
着物などをいれる箱で、古くは戦国時代あたりからあるもたいだ。

それに衣装をいっぱいいれて、娘が結婚するときにもたせる。秋田あたりでは今でも
歌われるそうだ。
♪花を蝶よと大事に育てた娘が いってしまう・・・そんなことが歌われる。
その合間に、「あ~ やれやれ」という掛け声が入る。オヤジの惜別の情であり、
やっと手が離れる、という安堵でもあり、なんともいえない情感があって、いい。

英語の岩本先生が、うちのお客さまと縁あって結婚したとき、パーティーを天真庵
でやったことがある。花火大会の時に浴衣パーティーをやってくださる「もにじん」
のふたりが、ギターとハーモニカで「秋田 長持唄」をやってくれたことを思い出した。

岩本家の毎年の記念日には、天真庵でそばをたぐることがならわしになった。
今年は5回目で、家族が4人になった。

これから「卵かけごはん」夜は「論語の会」
明日は「書をしよう会」

あ~「やれやれ」

26日(土) うたイロトリオの夏 初ライブ!!

演奏:田嶋真佐雄(コントラバス)・さとう じゅんこ(うた)・熊坂路得子(アコーディオン)

19時開場 19時半開演  ¥5,000 (お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

昨日は、こんな不思議なライブをやった。昨年、lunaさんが「バイオン」とかうテーマで田嶋さん、熊坂さん
とのユニットでライブをやってくれた。「倍音」という音楽の原則をまったく頭でも、耳でも感じ取る
ことはできないが、ようは、不協和音が多く、ささくれだったような雑音ばかりの日常で、「ゆらぎ」
とか「やすらぎ」を与えてくれる音楽のことではないだろうか、と勝手に理解している。

そんな意味からいうと、昨日のライブはまさに「倍音平穏ライブ」。
初登場のさとうさんは、まさにジョギ(女義太夫)のように、気持ちを声にのせ、倍音以上のオクターブの世界を
逍遥させてくれ、それをささえる楽器のふたりも、そのゆらぎの中を楽しそうに遊覧していて、観客の人たちと、
「与(とも)に楽しむ」世界。

そのルナも、12月に尺八?かなんか邦楽の人を連れてライブをやってくれる。邦楽といえば、鼓の「望月朴清」さん
が11月にライブ。井上智さんと赤須翔のライブも秋にあり、年末は国貞雅子さんがしめてくれる。
来週のシャンソンは満席だけど、毎日のように「空いてますか?」の電話やメールをいただく。

今日は二階では「満つまめの会」  気功整体をまーくんがやってくれている。口コミで広がっていき、
なかなか自分たちが受けるタイミングがないくらい。
今日は16時閉店。それから「粒々皆辛苦のそば打ち教室」
明日の朝は「卵かけごはん」夜は「論語の会」
火曜日は「書をしよう会」

今日は素敵なコンサート  16時閉店

26日(土) うたイロトリオの夏 初ライブ!!

演奏:田嶋真佐雄(コントラバス)・さとう じゅんこ(うた)・熊坂路得子(アコーディオン)

19時開場 19時半開演  ¥5,000 (お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

よろしく。以上。感謝。

先日、タイムドメインの時、掃除をしていたら、古いカセットテープ
が見つかった。京都でろうけつ染めをしてはった、野村富造さん(とむさん)のくれたおすすめジャズ。
録音が1960年ころのもの。さっそくかっぽれの時に使うカセットデッキをもってきて聴いていたら、
N響のやまね組長がやってきていっしょに昔のジャズ喫茶よろしくの雰囲気になった。

CDが主流になったけど、ライブに近いという意味では、カセットのほうに軍配があがりそうだ。
でも圧倒的に音楽はライブがいいと思う。

明日は日曜日。二階では「満つまめの会」 16時に閉店して「粒々皆辛苦のそば打ち教室」

月曜日の朝は「卵かけごはん」  夜は「論語の会」
火曜日が「書をしよう会」

まさに東京砂漠

暑い夏がもどってきた。
昨日はお休みだけど焙煎をしていた。Tシャツが塩田のように
汗を吸い、塩をつくっていた。このままだと熱中症に
なりそうなので、銀座にいく。ちょいとはずれの蕎麦屋で、ビールと卵焼き。
そばがきで菊正を二合飲んで、そばを手繰って、おしまい。ここで
少し気を大きくして、「勝ってくるぞと勇ましく」・・などを口ずさみながら
骨董屋をまわる、が、ぼくの銀ぶら。

昨年まで半世紀にわたり、文人や坊さんの掛け軸をあきなっていた「一楽堂」さん
の前を通ると、新しい建物の工事が始まっていた。主人は元気かしらん。「またまた一楽・・・」
田能村竹田と頼山陽の書簡「一楽帖」から命名したもので、とくに煎茶を愛した文人ものが好きだった。
そのおかげで、黄檗三筆、とか、上のふたりとか、亀田窮楽、池大雅(正確には、奥様の玉蘭」などの書と
えんがあり、月替わりで床の間に飾って、煎茶の時などに楽しんでいる。これまた一楽だ。

最近は煎茶ブームというか、煎茶道具が中国人やアジア人に人気らしい。とくに中国人は「渡り」を好む。
もともと煎茶は隠元和尚が中国から宇治の黄檗山にもってこられたのを起源とする。
そのころ中国からわたってきた道具を「渡り」という。煎茶人たちは、いい「渡り」に出会うと
「あ、渡哲也だ」みたいに目をランランと輝かせる。

まだ残っているいきつけの骨董屋をのぞいた。「見せたいものがある」と先日電話があったからだ。
明治時代の京都生まれの財界人がつくらせた「器局」。煎茶道具を運ぶ道具で、黒檀とか桐などでつくられているものが多い。
昨日みたのは、二本松箪笥のように少し赤がった風合い。「いいね」とかいう顔をすると、値段がはねあがるので、
「ぼくの持ってる黒檀の器局をこんど買ってくれない」とけん制。敵もクールな顔で、「あれは中国人に見せたらすぐ飛びつきますよ」
とのこと。
四方山話をしただけで、押上にもどる。煎茶の後輩から丁寧な暑中お見舞いがきていたので、天真庵のポストカードで返事を書く。
そのカードには、和気亀亭の涼炉の写真。一楽堂さんが「一生売りたくない」といった宝ものを、5年くらい前の暑い夏の日に
譲ってもらったものだ。いろいろな人に「使い継がれ、愛され続けていく」のが、いい。感謝。

庭にほととぎすが・・・

といっても、東京ではお目にかかれない。鳥ではなく、植物のほうが、
小さな庭のほとりに、薄紫の華憐な花をさかせた。さっそくお店にもっていき、
床の間(ガラスの置き床だが)の古瀬戸の花器に投げ入れる。軸は「體中玄」。
売茶翁(正確には八橋売茶翁・・・福岡出身の茶人)が揮毫したものだ。
冷やした玉露を一服したら、涼やかな風鈴の音がした。みやび みやび な ひとり茶。

愛用の茶道具が、美人の新米煎茶道先生に嫁いだので、久保さんの焼き締めの宝瓶(ほうひん)で
玉露をいれ、斑唐津の酒器で一服。昔から備前の徳利に斑唐津のぐいのみ、という組み合わせが酒徒のかこがれのまと。
すこしまとはずれ、だけど、昼酒以上に玉露に酔った気分になる。
般若くんの作った茶箪笥の上には、彼が塗師の巣山氏にぬってもらった茶櫃がある。その中には
縄文ドリポットと、斑唐津の茶碗がしこんである。ときどき「珈琲点前」をやっているときに使う道具。

茶箪笥の上には、雑多なものをおく「ものおき」がある。改装の時に天井をはずしたので、昔は天井裏だったところ。
そこに古い大きな茶箱がある。その中には黒檀の器局(茶道具を運ぶもの)が入ってあり、すき間に折敷(おしき)が
入っている。その折敷は、茶人があこがれの「埋もれ木」というやつだ。そこに愛用の茶碗と茶たくをのせて、お茶を飲む。
飲んでいる空間が一瞬にして凛とする不思議な木。東京にいる時は使わないけど、地方の海辺や茶畑みたいなとこで使うと、いい。

茶を飲んだ「だしがら」は、のりといっしょに佃煮にする。酒のつまみに最高だし、冷ややっこの上にのせたりすると、
次の朝まで幸せな酩酊の妖精が頭の上を飛び回るくらい、うまい。
雑然とした庭には、大葉やみょうがもでてきた。今どきの、遺伝子操作された「エフワン」とは違い、毎年芽をだし、
夏の冷ややっこの薬味になってくれる。昨日の勉強会は、そんな「遺伝子組み換え」の勉強をした。ときどきそんな
勉強会をすると、微妙な空気が漂うことがある。命を紡いでいく大切なものはみな口の中から体に入っていく。
その口から入る「たべもの」が、薬というより毒みたいなもんが席捲してきた。石鹸を喰うよりひどいものだらけ、という
ことを、各自が少し自覚しないと、これからの人たちの「命」があやうい。

今日は「タイムドメイン」。気のおけない仲間たちが、仲間といっしょに飲みたい酒や酒肴を持ち寄り、
それぞれが推薦するCDを聴きながら談論風発する日。

明日は「おんなかっぽれ」  このかっぽれも、来年あたりは、どこか地方でやりたいとひそかに思っている。感謝。

京都三条の糸屋の娘

「京都三条の糸屋の娘、姉さん十八、妹十五、諸国大名は弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す」
頼山陽がつくった詩で、中学校の国語の福田先生が教えてくれた。起承転結、を学ぶのに
一番わかりやすい文だ、とかいいながら、教えてくれた。なんだかよく覚えていて、京都で
学生生活をおくりながらも、ときどき思い出したけど、目で殺すような、こいさん、いとはんには
ついぞ出会うことはなかった。

昨日は、茶櫃と茶合・・・漆や茶道具などに酔いしれた。

百万遍という京大のあるところに、昔から進々堂という喫茶店がある。そこには、木の大きなテーブル
と椅子がおいてあって、独特な「京都時間」を堪能できる老舗。そのテーブルと椅子は、黒田辰秋氏の
若いころの作品だ。彼は塗師(ぬし・・・漆職人)の家に生まれが、ほんとうは絵描きになりたかったらしい。
18歳のころ、河原町の骨董屋の前を通った時、飾り窓に飾ってある河井寛次郎の香炉を見て、「ふわーと酔った」気分になり、
「よしぼくは木工やになろう」と人生を決めた、という話が好きだ。

こんな話もある。その黒田さんに志賀直哉が、机を頼んだ。忘れたころにできあがった机を見て、
「この机にあうように、この部屋を建て替えなくてはいけないな。部屋ができたら、部屋と机にあうように、
主人(あるじ)の首をすげ替えなくてはならないな」とのたまわれたらしい。粋な話だ。

夕方そばのお弟子様が、蕎麦打ちにきた。そのかみさんがカウンターで酒を飲みながら待つ。
先月、彼女が愛用の久保さんの志野のぐいのみを少し酩酊して落として割られた。それを金継ぎに
きた時、漆にかぶれ、しばらく禁酒していた。酒飲みも道具が大事である。命がけで金継ぎをし、
また金継ぎされた器で命がけで酒を飲む。

古い家を上手に改装して住む、ことを「住み継ぐ」という。金継ぎされたり、漆を塗りかえたりしながら、
人から人へ、道具が渡っていき、新しい物語を紡いでいく、のも素敵な旅だ。
まだまだ旅の途中ですが、いい旅だな、を感じる一日だった。

今日はこれから「卵かけごはん」二階では「満つまめの会」 夜は「福の会」
明日がタイムドメイン。
水曜日が「おんなかっぽれ」 日中は「満つまめの会」

なごみを見て なごむ

今日はお花のお稽古。故・原田先生の師の岡田先生がのった「なごみ」という雑誌が手元にある。
古瀬戸の瓶子(へいし)に、竹と松を投げ入れてある写真が素敵である。
先日久保さんから古瀬戸の「瓶子」がおくられてきた。今朝掃除をしていたら、肘があたって、
ころっと倒れそうになった。「平家物語」にそんな話がある。史実かどうか怪しいけど・・・

鹿ヶ谷の陰謀は、平家打倒をたくらんだ。今の野村美術館の近くにある京都東山の山荘で謀議が行われれ、「平家物語」には、成親が立ち上がって瓶子が 倒れ、後白河が「あれはいかに」と問うと成親が「へいし(平氏とかけた)でごじゃる。」といったとかなんやら。平氏が倒れた、という縁起をかついだおじさんギャグ。でもそのころは、命がけだったに違いない。
そんな縁起のいい陰謀があったも平家は倒れなかった!

昨日の道具の話ではないけど、瓶子とはもともとお神酒を入れて手向ける酒器だったらしい。それを華人が花器に「みたてた」。
男らしいたっぷりとしたふうたいだけど、女も酒を飲む(いやどちらかというと若い人らは女のほうが飲む)し、
どちらも屁をするし、瓶子は男女同権かもなんばん。

京都サイズの茶櫃には、連月ねえさんの茶碗と急須を入れてみた。煎茶の世界では京美人の最高峰におわすあこがれの女性。
自分の持っている道具でありながら、少し手がふるえた。瓶子も連月茶碗も倒れてはなりませぬ。

今日は「お花」「お仕覆」のお稽古。
お店は16時閉店。日曜日の夕方は「粒々皆辛苦のそば打ち道場」

明日の朝が「卵かけごはん」夜は「福の会」
火曜日が「タイムドメイン」
水曜日が「おんなかっぽれ」   暑い夏も秋の気配・・・感謝。