寒山拾得美術館

昨日、まだ仮称の美術館に予約が入った。
「夏ころにオープン予定」と返したら、
「その日に必ずふたりでいきます」と返事。
しかも「東京から富山まで新幹線でいき、レンタカーで友達をひろっていきます」
とのこと。

さて桜も終わり、目に青葉・・芽吹きの季節を迎える。庭には、シャガが花をつけ、
白雪芥子は、まるで雪が積もった残像のように咲き乱れ、池の端には華憐な五月がピンクの花を咲かせた。
目白やシジュカラ、つぐみなどが水あびにきたついでに、歌を披露してくれる。東京
とは思えないくらい自然にふれあうことができりるこの家とも、そろそろお別れ。家財道具の大半を
能登におくる準備中。人生いたるとこ青山あり。

4月は「亀楽」のライブを予定しているけど、ありがたいことにすでに満席。
5月は「染めもん展」ともうひとつ、なるちゃんこと成川正憲さんのギターソロライブ。
音に立体感がある、というかオーラがでているような演奏。CDでもすごいけど、
ライブはかなり素敵な音につつまれそうである。

染もん展

「京の染色工芸」 河野染色工芸スタジオの仕事

18(金)17~19時、19(土)・20(日)13~19時

26日(金)ギターライブ

演奏者:成川正憲(ギター)

19時開場 19時半開演    4000円(蕎麦会付き)

あかりちゃんにかがり火がともる

天真庵のHPの「あかりちゃん」をクリックすると、能登の家の床の間がでてくる。
先月掃除にいって、南條先生の寒山拾得の軸をかけた。まだその家の電気はきていないので
自然光の中で飾ってみた。そして、久保さんの黄瀬戸の香炉に香を焚き、空気を浄化し、
その家にかかわりのある人たちに感謝し、継ぎ住む気持ちを伝え、しばらく瞑想した。

「ここを美術館にしなさい」という天の声が聞こえた。
寒山(かんざん)は、巖の洞窟に住み、ぼろをまとい、時々腹が空いたらお寺にいき、托鉢よろしく
拾得(しゅうとく)という天座(てんぞ・寺のまかない)に残った飯をもらい、ふたりで飄々と遊んで
いた。寒山は詩を詠んだので、筆をもったモチーフで文殊菩薩の化身といわれる。拾得は箒をもった姿で
描かれ、普賢菩薩の化身といわれている。寒山拾得を知らない日本人は日本人じゃない、と、故高橋義孝先生は
いった。蘇州夜曲の♪鐘はなります 寒山寺・・・・も「寒山拾得」の世界で日本人のこころふるさと。

桜はそろそろ散り始めた。散る桜 咲いてる桜も 散る桜・・・・これは桜ではなく紅葉だったっけ?ねつぞう、や。
どっちにしても、「今」が大切だ、ということ。
庭のシャガが花をつけた。昨年のクリスマスに58歳で昇華した華道家・武内由紀子さんの家にあったものを、
ここの庭に植えたものだ。美人薄命を花にしたような人だった。能登の天真庵のオープニングには、床の間に
花を生けるのを楽しみにされていたのに残念だ。でも、たくさんの人に花を教えられ、まさに下化修生だ。

しゃがは、花によくつかう。「釈迦」をついつい連想するような言霊。お釈迦さまの教えの根本は、
「上求菩薩 下化衆生」(じょうぐぼたい げけしゅじょう) 道は死ぬまで精進して求め、人にはその教えをやさしく伝える、
そんな意味かな。いい言葉だ。お釈迦さまの言葉は、悩める人の暗い心にあかりを灯した。
寒山拾得の美術館に縁あり訪れる人たちの「あかりちゃん」みたいな美術館を目指したいものだ。

本日が「英語でそば会」
木曜日が「おとこかっぽれ」
金曜日は「ダメ中」ダメから始める中国語。

長屋で女史会

昨日は日曜日。
日曜日は4時に閉店し、それから「蕎麦打ち」と「寿司にぎり」の教室をやっている。
これまでは蕎麦を3年以上やって、免許皆伝のそばもんのみ入門を許していた。
でも、これから能登と東京の「二股暮らし」になり、あまりゆっくりもできないので、
「ぬき」もOKにして、「すし無門塾」にした。禅の言葉に「大道無門」なる言葉がある。
ほんとうに道を究めようと思ったら、門などはいらない、誰でもどこでも学べる、という
ような意味だろうか。

昨日は石川出身のかすみちゃんが中心に「仕込み」をした。
「卵焼き」を銅の卵焼き器で焼く。卵3つ、そばつゆ、砂糖適宜。
卵料理は「火加減料理」。毎日やって一年くらい続けると、プロのレベル
にいけると思う。

酢飯も自分でやる。米を洗い、「うめ星」を入れて炊く。鮨は「寿司ねた」に焦点が
あたりやすいけど、ほんとうは「しゃり」のほうがむしろポイント。
飯だいにうつす(ここもプロの技がある)、て、気骨のじいちゃん秘伝の黄金比で、酢
と砂糖と塩をまぜ、酢飯をつくる。それを「おひつ」に移して、しばし出番を待つ。

その後は、いわしをさばく。石川でとれたいわしを、石川産のかすみちゃんがさばく。
だいぶ出刃の使い方がうまくなった。「啐啄の機」とばかりに、
とっておきの「柳包丁」をだして、さしみの切り方を伝授。
「これまでのさしみは何だったのだろう」といった声を発した。
彼女のことだから、来週の日曜日あたりにかっぱ橋で、本焼きの柳を探しにいくかもなんばん。

その他、まぐろ、ほたて、かんぱち、しまあじなどを、柳で切ってもらった。
お茶でもお花でも、気持ちがのってきて「ぐん、とうまくなる」時がある。そんな
時にいい道具と巡り合うと、人生がかわってくる。道具は道を求めるものに具わるもんや。

手酢を片口に入れ、本わさびをさめ皮でおろし、自家製のガリも用意して、鮨会が始まる。
昨日は「開店記念日」で、近所に住む美人のお弟子様が「赤飯」をもってきてくれた。
それを久保さんの織部の笹皿にのせ、そこからスタート。出船入船の時に乾杯。
銘々皿、というのがあるけど、鮨会の時は、少し小さめの織部の四方皿に、自分でにぎった
寿司をのせる。しまあじを最初ににぎって織部にのせた。志野の豆皿に「かえし」を入れ、
そこにちょこんとすしを入れ、口に入れる。酒が進む進む。舟も前にすすむ。

能登の天真庵は、「義経の隠し舟」のすぐ近所。兄におわれ、奥州に逃げる前に
能登に住むわらび姫にあいにいった義経伝説のある場所。間違いなく義経が歩いた道

加能なら星になってもいざいかん きみ住む里山わらびの里     南九

これから「卵かけごはん」夜は「長屋で女史会」
火曜日が「英語でそば会」
木曜日が「おとこかっぽれ」

新春シャンソンショー

そんな早口言葉があるけど、今年からエリちゃんファンの要望
により、彼女のシャンソンは二回やることに、あいなりましてそうろう。
二回目は9月1日(土曜日)。
二年前の9月3日にわたくしが還暦を迎え、その日にたまたま上原英里さんの
シャンソンのライブをやった。若い人にシャンソン離れが著しいらしいけど、
どことなく人生の哀愁とか恋のせつなさなど、心に染みるものがある。

奇しくも、本日は開店記念日でして、天真庵押上も12年目の初日を迎える
ことになりました。今年は能登1300年の記念すべき年にあたり、そんな節目の年に
能登にも「小さな美術館」をオープンできそうな感じで、老体に鞭打ちながら、
人生の最終コーナーを徘徊するように走っている日々。「白日青山に遊ぶ」
という南條先生の寒山拾得を二階に飾ってみた。寒山拾得を扱うきっかけになった絵。
今はなき新宿の三越美術館で買ったものだ。まだ30代の中頃やった。コンピュータの
会社をやっていたけど、よくぞ線香くさい絵の世界に引き込まれていったものだ、と
人の縁の不思議を思う。今日から新しいスタートをきる人たちに「人生いたる処に青山あり」
のエールをおくりたい日。

今日は「日曜日」なので16時に閉店し、「蕎麦大学」「寿司高校」をやります。

明日の朝は「卵かけごはん」夜は「長屋で女史会」
火曜日が「英語でそば会」
木曜日が「おとこかっぽれ」

薬草園の若者

岐阜の山奥に、織田信長がつくらせていた薬草のふるさと、がある。
春日茶で有名な風光明媚な寒村。そこで薬草を静かに育て研究しているくんがいる。
時々、上京される時に蕎麦を手繰りにこられる。親子以上に世代が違うけど、
ものの見方、生き方、とくに共通の「茶」に関しての話になると、無制限機関銃トークの話
がつきない。

ちょうど昨日は、骨董屋で仕入れてきたばかりの茶器を二階に並べていたので、そんな話から
機関銃を打ち始めた。もともも茶は薬として中国から入ってきた。最初にお茶をもって
こられた栄西禅師の「喫茶養生記」、その名前からして「薬」であり、この字は草を食して楽になる、
という漢字である。

最後は能登の話になった。「あえ」のこと「よばれ」のこと。日本人が大切にしてきた「ほんとうのおもてなし」
の原点が能登にはあまた残っている。「福」という字は、田んぼでとれた収穫物を神棚にお供えする、という象形文字から
きた。そんなあたりまえのことを、いつしか、しなくなり、わすれてしまっていませんでしょうか?

「寒山拾得」(かんざんじゅっとく)という、唐の時代のふたりの奇僧みたいなものを扱ってきて、20年を超えた。
筆をもったほうが寒山。文殊菩薩の化身で、巌の中で生活していた。箒をもったほうが拾得。普賢菩薩の化身。
仏教や禅といっしょに、中国から渡ってきた文化だ。乞食のようなぼろをまとい、粗食でいながら、飄々と
生きたふたりの姿を、禅林や画家たちが好んで表現してきた。そんな線香くさいものをIT企業を経営する傍らであつかい、
こんど能登に、「寒山拾得美術館」(仮称)をつくる準備におわれている。八百万の神が住んでいるような場所で、
どんなことが展開されていくかを考えるとウキウキしてしまう。

今日は「シャンソンのライブ」があるので16時閉店。
明日は日曜日なので16時に閉店。それから「蕎麦打ち大学」&「鮨をにぎる中学」

見納めの桜

昨日お店の前の桜のことを紹介した。
昼ごろお店に役所の人がきた。「あの桜は誰が植えたのですか?」
と聞かれたので「誰だが存じませんが、風流なお方が植えたのでしょうね」
と答えた。道路に枝がはみでているので、そろそろ撤去したい、とのこと。
10年くらい楽しませてもらった桜が見納めになった。

せっかくだから写真を撮っておこう、と思いたち、錦糸町のヨドバシカメラにいく。
天真庵のピアノの上に看板犬だった「元気」の在りし日の写真がある。友人の動物写真家
の藤本くんが撮ってくれたものだ。池袋時代には彼が主催するカメラ倶楽部に入会して修行した
ことがある。こちらに越してくる時、コンタックスのカメラ一台のみをもってきたが、
一度もシャターをきったことがない。ネガフィルムもリチウム電池もないので錦糸町にいった
のだが、それらの売り場の小ささにビックリカメラだ。時代がかわりデジタルカメラ一色に
なった。

能登の風光明媚な里山里海を時間に余裕ができたら、じっくり写真にとろう、と思う。
能登の天真庵を「崖っぷち美術館」にしようと思い、火曜日の書の日に貞本先生に揮毫して
もらった。けど、きのう「あかりちゃん」のキャラを見て、「違う」と思い、振出にもどる。

今日は「満つまめの会」

明日は上原英里さんの「シャンソンのライブ」があるので、16時閉店。
日曜日は「蕎麦打ちの会」と「鮨にぎりの会」がある。

あかりちゃん

今年の江戸の桜は、どこでもいっせいに咲いたみたいだ。
お店の前に、一本の桜がある。お店ができた時、だれかが
勝手に植えてくれたもので最初は幼児くらいの背丈がったのが、今では
街路樹のように凛とたっていて、春のヒトトキを楽しませてくれる。

火曜日は「書の会」だった。鯖の棒すしがあまりにもうまく、みんな
酩酊して春爛漫な酒席になった。桜咲くころ、桜鯛を料理して客にふるまう、
そんな風流なならわしが茶の世界にはあるらしいが、花より団子、より酒で、
酒肴は、鯛よりも鯖やイワシのほうが好きだ。ゲテモノといわれようが、いいものはいい。
北陸地方には「ゲンゲ」という魚がいる。「雑魚の中の雑魚」で下の下、げんげ・・
不思議なふうたいをしているけど、美味さといったら、鯛よりも上ですたい。
♪げーんげ げんげ・・・  亀楽4代目にそんな歌がある。

寒い季節は朝から大石さんの「星の詩」をずっと聴いていた。彼の作品の中に「夜」とか「星」
とかがテーマになっているのが少ない。星になったセシル(大石学トリオでドラマーだった伝説のジャズマン)
が一枚のCD(ウォーターミラー)をもってきてくれた縁で、毎年大石さんが海の日にライブをやってくれるようになった。
雨の日には雨にふさわしい曲があり、冬の夜には、これまたふさわしい曲がある。

昨日は「おんなかっぽれ」  ひとりがベネズエラにいくことになった。
日本人は昔から「おわかれ」の時には、舟の形をした向付を左向けにして惜別の酒宴をした。
「福岡店支店長で博多にいくばい」という時などは、それにあたる。
反対に「本社の役員として東京にもどってくる」なんていう時は舟を逆にした。「入船」
出戻りの娘を迎える時?親父だけがにやりと微笑みながら入船の独酌か・・
人生にはいろいろな門出がある。ハレたり曇ったり、雨が降ったり・・
さよならだけが人生だ、と書いた詩人がいたが、だけでない。おわりは始まり、でもある。

天真庵のに「あかりちゃん」が・・
能登の志賀町のキャラクター。北前船が、灯台のあかりを頼りに北の
海を航海した。木造の灯台が志賀町にある。日本で最古の灯台。
そんな北の海の崖っぷちに「能登の天真庵」の「あかり」をともす準備に忙しい。
脚下照顧。なにごとも足もとをしっかり照らすことが肝要。  感謝。

塩梅(あんばい)で、うかまバイ

昨日の朝、能登から大きな鯖がおくられてきた。
「梅茶翁」さんからだ。卵かけごはんが終わり、
開店までの30分で、さばをさばく。
春分の日に開店した「梅茶翁」は、週末のみ営業。
ぜひ東京からも飛行機で一時間で能登里山空港につき、レンタカーで
30分。お茶して少しぶらり能登旅をして、夕方の飛行機で帰ってこれるとこ・能登。

二尾をべた塩にし、しばらくして酢につけて、しめ鯖をつくった。
一日以上寝かせたほうが美味いので、昨日の論語の会の時には
冷蔵庫に眠っていた。今日の書の会あたりが最高に美味い。

残りは、塩さばにし、最後の二尾は梅酢につけ、干物にした。まさに「塩梅」(あんばい)ばい。
若狭から京都まで鯖を運んだ道を「さば街道」と呼ぶ。同じく北陸のぶりを松本まで運んだ道を「ぶり街道」
という。お魚も「とれたて」よりも、ひと塩しておいたほうが、断然美味い。

今日は「書の会」だ。文人墨客には、酒とうまい酒肴がよく似合う。飲みすぎないように注意しよう。

明日は「おんなかっぽれ」 鯖鮨のひときれくらい残しておかないと、叱られそう?
能登と縁ができて、そば切りよりも、出刃や柳の出番が多くなってきた。

3月31日(土) 上原英里シャンソンライブ

演奏:上原英里 (唄・ギター)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

4月28日(土) 「ソボブキ龜樂」

西尾賢(ピアノ/三味線など)・藤ノ木みか(歌/打楽器)・豆奴(おまけ)

19時開場 19時半開演 ¥3,500(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

UFO!がニューヨークに

桜の季節になってきた。
二階の床の間に、桜の軸をかけた。岩山義重さんの描いたもので、15年
くらい天真庵の倉庫に眠っていた。
実物の桜もいいけど、天気とかまわりの景色に左右される。
桜ももももきらいだ・・・そんな都都逸もあったな~
桜はきらいだ ももは大嫌い ももとももの間(あい)がいい・・チャンチャンなスケベうた。

昨日有名な画商がそばを手繰りにきた。カウンターの「うめ星」を見て、「来月ニューヨークにこの絵をもっていく」
といって、不思議な画集を見せてくれた。ムンクの絵ではないけど、見るからに宇宙人みたいな絵があまた
のっていた。直観で「これは世界的に人気になりそうですね」と答えたら、静かに笑っておられた。

二階には、南條さんが描いた「寒山拾得」の大きな絵を12年飾ってある。もうすぐ「能登の天真庵」に
もっていく予定。2000年にニューヨークのソーホーのギャラリーで南條観山展をやったことがある。
まだ今ほど日本文化ブームではなかったけど、たくさんのニューヨーカーたちが、見にきてくれた。
翌年にはテロがあったので、Tシャツに寒山拾得の絵を描いてもらって、ニューヨークの小さなギャラリーで
販売して、売り上げを寄付したことがある。今は昔だけど・・・

「能登の天真庵」の床の間に、先週寒山拾得の掛け軸をかけ、久保さんの黄瀬戸の器に香を焚き、
しばらくの仮住まいをさせていただく儀式をすませてきた。
そこで何をするか、など何も考えていない。
でも天真爛漫な寒山と拾得の絵を眺めていると、「天真(あるがままの本心)とは、自分らしく生きる、ただそれだけのことじゃ」
という声が聞こえてきた。仕事をする、家族を養う、成功する、名や財を残す・・・は、オマケかもなんばん。

これから「卵かけごはん」  夜は「順受の会」 荘子を勉強している。
明日は「書をしよう会」   読み書きそろばんは、子供の専売特許ではない。死ぬまで勉強。

さとちき

昨日、実家がある宗像の「宗像ユリックス」で、空海の心象風景を歌や演奏で表現する
、みたいな「空海劇場」があった。夕方86歳になるお袋から電話がある。「さとちきの演奏が
最高で、腕組んで写真とったばい。ルンルンばい」とのこと。
二胡の奏者・「里地帰」と話ができたらしい。

2007年つまり、天真庵を押上に結んだ年の大晦日の「カウントダウンライブ」を
当時まだかけだしの二胡奏者の「さとちき」がやってくれた。
今では、立派な奏者になり、福岡を拠点に台湾と往復しながら、活動を広げている。
時々生まれ故郷の押上にもどってくる時、天真庵に「ただいま」と入ってくる。
「ふるさと(里)の土(地)に(帰)ってくる」というような芸名。

宗像大社は世界遺産に登録され有名になった。大社の横に「鎮国寺」という古刹がある。
空海が中国で仏教を学んだ後、玄界灘を航海中に宗像大社の神に助けられた恩返しに建立した寺。
その後高野山ができるので、そこが源流みたいな場所でもある。
「自然に寄り添い、神や先祖を崇拝し、生かされていることに感謝しながら足るを知る毎日を生き暮らす」
日本人が世界に誇る遺産は、建物や風光明媚な景色ではなく、そんな些細な「くらし」の中にこそある。

今日は日曜日なので16時まで営業。二階では「満つまめの会」 夕方は「蕎麦打ち教室」
明日の朝は「卵かけごはん」 夜は「順受の会」
火曜日は「書をしようかい」  空海は筆を選ばなかった。この会は筆を選び、その後は「そばを空海」だ。