巫女さんがやってくる

毎日毎日、いろいろな人が味噌をつくりにやってくる。
親子でやる人。家族できて、お父さんが代表でつくる人。子供
が幼稚園の時間に、ママ友とやってくる人。引っ越して岐阜に住んで
いるけど、家族が交通費をカンパして作りにくる人・・・
その家の朝ごはんの真ん中にある味噌汁の味噌は、それぞれの家族の味があっておもしろい。
「食育」と改めていう必要もないくらい、命を育む食だ。

昨日は南島原までいっしょに遊びにいったYさんが作りにきた。小学校3年生の娘さんが
初挑戦。4年前に初めてつくりにきた時は大雪だった。娘さんは幼稚園生だった。
確実に元気に育っている。

今日はみこちゃんが味噌作りにやってくる。お父さんは結婚する前年から味噌をつくっていた。
まるで、その味噌ができあがるころに、結婚し、みこちゃんが生まれた。今年5歳になる。

今「巫女っちゃけん」という映画が放映されている。わたくしの田舎の宮地嶽神社がロケに
使われている。監督と原作は、うちの常連さんの同級生とお兄さん。
2月は味噌つくりにおわれていけないけど、3月にはいきたい。

3月24日には、宗像ユリックスで、「空海」をテーマにしたイベントがある。
二胡の奏者の「さとちき」(今は漢字・・里地・きはわすれた!)がでる。先月、ふらっとサトチキが遊びにきた。
2007年の大晦日に天真庵で「カウントダウンライブ」をやってくれた。まだ20代だったけど、
今は台湾と日本を往復しながら、頭角を現してきた。

♪君に胸きゅんきゅん

YMOの曲?確か30年前あたりにCMに使われた。

昨日の夕方カウンターに、男三人がとまって、酒を飲んでいた。
3月2日に「女声で味わう江戸の艶物語」という天真庵初の「春画ライブ?」のイベントにくる3人。
先日の阿久悠さんのピンクレディーや山本リンダさんの話で盛り上がった。

こないだYMOのメンバーのひとりがカウンターで珈琲を飲んでいかれた。その話に、一番若い「おっさ」(30歳)
という今けっこう売れっ子のファッションデザイナー?が「ぼくYMOの歌をカラオケでいつもうたってます」
といって、♪きーみに胸キュンキュンと口ずさんだ。おじさんチームがびっくり。「なんでしっとんや」
との質問に「生まれてなかったけど、ユーチューブで見つけて・・ボリボリ」。
そんな時代である。中島みゆきの時代ではないが、くるくる時代がまわる。頭もくるくるまわる。

昼間は、生井厳さんが「絵」を三枚もってそばを手繰りにこられた。今年になって彼の絵が3枚売れた。
彼も「ギャラリー」の南條先生の部屋の写真で、尺八をふいている人だ。
ぼくが京都で毎日珈琲を入れているころ、大原の里で自給自足をしながら、とある著名な日本画家に師事し、
絵描きの土台をつくっていたひと。脳梗塞やガンを克服しながら、今も積極的に絵を描いておられる。
「道」というのは、教えたり習ったりするものではなく、その人が「どう生きたか」だ。
そんなことを自然に悟らせてもらえる人だ。尺八の写真のころ、芸大の学生たちに、ふたりで「ヨカチン」を
披露したことも懐かしい。今の芸大生はやらないんだな~。

それこそユーチューブで「よかちん」を検索すると、きっとでてくる・・
バカになる、ということのない時代。バカになるという気分転換をするくらい、まじめに
あることを極めようなんてしていない時代。政治家やリーダーたちが、あまりにもバカすぎて、しらけきった時代・・
今日あたり「時代」でもうたってみようかしらん。♪そんな時代もああ~たねと・・・

30年前は誰に胸きゅんきゅんしてたのかな~
胸に手をあて 考えてみるのも、いい!

阿久悠さん

昨日は阿久悠さん追悼の番組があったので、ひさしぶり(今年はじめて)にテレビをつけた。
彼の作品では、「五番街のマリー」が好きで、40代のころ毎年のようにニューヨークに
いってるころ、界隈を歩き、口ずさんでいた。
♪時代おくれの 男になりたい が彼がスランプのころ書いた、というのにびっくりした。

昨年緞帳を下げた「ヨネクラボクシングジム」。ここも40代のころ週二回くらい通って
ボクシングをした。柴田国明、ガッツ石松さんら5人の世界チャンプをつくった名門ジム。
昨日の「ギャラリー」の写真に、岩本選手も映っている。元日本チャンプで、その当時の
連続防衛記録保持者。やはりヨネクラジムで、南條さんの寒山拾得の世界が好きやった。
大山で「いわもと」という寿司屋を経営している。

ヨネクラジムにいくと、歴代のチャンピオンや現役選手の名前が黒い漆の板に書いて
かけてあった。横には「後援会」の人たちの名前がかけてあった。
「株アーム 社長 野村栄一」というのもすみのほうにかけてあった。
そこには、経営者や芸術家、俳優などボクシング好きなお歴々の名前があまたあり、その中
に「阿久悠」という名前もあった。野球だけではなくボクシングも好きだったのだ。

後援会に入ると、時々後楽園のチケットといっしょに、会報が入っていて、2007年の
9月号に「親友の阿久悠さんが逝った。これまでも友達をたくさん見送ってきたけど、今回はじめて
涙が流れた」というようなことがかかれていた。

体ひとつで、孤独なジャングルで戦う姿に、みんな「自分」と重ねていた時代。
歌にもボクシングにも、「こころ」が通っていた。

どんな台所がいい?

昨日は休みだけど、味噌作りをやった。
途中錦糸町の古本屋でおもしろい本をみつけ、豆源郷に豆腐を買いににいき、ブラブラ往復
一時間の散歩をした。ここの豆腐は、能登半島の古式でつくる塩のにがりを使ってつくる。
ぼくは勝手に「縄文豆腐」と呼んでいるけど、京都の豆腐よりもうまい。主人はときどき蕎麦を
手繰りにこられる。

その本には、30代、40代、50代、老後・・・・の「台所」のかたち、が検証されていておもしろかった。
天真庵のHP、ギャラリーのところに南條正一、とかいう部屋がある。
平成8年、つまり1997年に天真庵が池袋にて結ばれた。小生41歳の時やねん。
最初の場所は、敷地100坪ちょっとのとこの3階建ての家。上場会社の社長宅でバブル期に
根抵当などがついて、微妙な物件を月50万円で借り、二階をギャラリーと会社にし、3階
部分が台所と、4部屋あって、炬燵にカセットコンロをおいて、おでんか何かを横の台所で
つくっている?そんな懐かしい写真がある。まだ久保さんと出会っていないので、器は、
黄瀬戸や織部などがない。

途中から、コンクリート打ちっぱなしのところがギャラリーになっている。そのお化け屋敷みたいなところ
が、マンションになり、隣の家を同じ条件で借りた。一階が駐車場。二階が会社、三階が自宅で、
4階に台所とギャラリースペース。このころは、久保さんの個展をやったりして、器に、織部や黄瀬戸や志野
が豊富になってきた。そばも打つようになってきたので、そばちょこも集まってきた。
平成18年の写真には、ながやくん(早川のながやの主人)が、花見の料理をつくってくれた写真がある。
彼の登場で、器に漆なども加わり、お客さんの舌も目もかなりきたえらえた。

このふたつの家で活躍しているのが、木の囲炉裏。鉄瓶で湯を沸かしたり、鍋をおいたり、餅やサンマを
焼いたり、台所の中心になって、たびだび写真に登場する。
この囲炉裏は、池袋にカメラ(当時はこっていた)を買いにいく途中の骨董屋でみつけ(ちょうど東北の古民家から引き取って
きたタイミングにでくわし)、買ったものだ。今でも天真庵の二階に鎮座していて、ひさごの五徳の上に、鉄瓶がのっている。

台所に「火」が消えて久しい。でも火のあるところに人は集まる。今年は格別に寒い。寒いときは、あたたかい
火が恋しいもんだ。

今日は「満つまめの会」 便利な世の中になり、台所から火が消え、高断熱、高気密の部屋で過ごす
ことが多くなった。花粉症やいろんなアレルギーは、便利さや人工的な快適さとうらはらに、増えているように思う。
「あるがまま」に生きる。四季おりおりの季節を五感を開放して楽しむ。そんなことを「台所」を含め、家に
求める時代がきているように思う。少し時代を昭和あたりにスイッチすると、答えがいっぱいある。

今朝も5時にお店にいき、ストーブに寸胴をのせ、大豆を煮ている。
豆源郷の豆腐がうまい、もうひとつの理由は、同じように低温で時間をかけて大豆を煮ているところが秘訣。
これも「古式」であり、昔の豆腐屋さんはみなそうやった。桃源郷も、遠い昔の神話ではない。すこし
「不便な生活を楽しむ」にスイッチを切り替えると、目の前に現れる?かもなんばん。

英語でそば会

昨日、そばのお弟子様から連絡があって、「延岡に移り住んだ」とのこと。
またひとり東京から地方に移住された。
ぼくの両親も延岡出身で、両家の墓も延岡にあるので、ときどきフェリーで鹿児島の
志布志までいき、お墓参りをして宗像にもどる、という帰省をする。
「田舎暮らし」の本によると、最近は「移り住みたい街」の上のほうにある。
海も山もあり、ひとがゆっくり生活していて、気持ちのいいところ。

「よだき」の文化。
「暑いので、ビールでも飲みにいこか」とかいっても「よだき」
といわれる。「海水浴でもいく?」というと「よだき」。
「めんどくさい」のではない。「このままでいいよ。ほっといて・・」というニュアンス。
老荘思想の「無為自然」、「あるがままに」を地でいく人が多い。「素」なんだと思う。

今日は「満つまめの会」 夜は「英語でそば会」

今日は「長屋で女史会」

月曜日の朝は「卵かけごはん」 今は毎日「味噌作り」をやっている。
昨日は衝撃的な味噌と出会った。「黒豆」と「麦麹」でつくったもので、味の濃さ、バランス
が「マタクイタクナール」というUMAMI成分を含んでいる。

天真庵では、「黒豆茶」というメニューもあるし、販売もしている。「もち麦」と同じ農業家に
昔から頼んでいる。珈琲豆と同じくらい人気があるし、妊婦さんやヨガの人たちには、黒豆茶
のほうに「軍配」があがる。
来年は味噌作りに「黒豆」も加えようと思う。今年は100人を突破した。来年は能登でも
味噌作りをやろうと思っている。

昨日は「蕎麦打ち」と「気骨の鮨教室」をやった。酢飯にも、もち麦を入れている。
昨日は金沢で有名な鮨職人のなんじゃらさんの秘儀を練習してみた。
かすみちゃんが卵焼きにも挑戦した。「どこでもそばかい」「どこでもすしかい」ができる準備ができた。
今年は、このメンバーで「釣り」にも挑戦しようと計画している。
まずは夏にキスでも釣って、久保さんの総織部の向こう附に盛り付け、一献やりたいものだ。

明日は「満つまめの会」夜は「英語でそば会」であーる。

恵方巻を食べる日

今日は節分。豆まきの日。恵方巻を食べる日。
福はうち、鬼は外・・・・なんとなく「自分だけ 今だけ 金だけ」の主義に
通ずるものがある。悲喜こもごものことがあり、泣いたり笑ったりすることがあり、晴れたり曇ったり、
ときどきはどしゃぶりの雨だったりするほうが、自然でいい感じがする。♪人生いろいろ 🚺もいろいろ。。。
の島倉さんも黄泉の国に旅立ったけど・・

うちは、満つまめの会と、味噌作りがある。ほぼ毎日のように、味噌をつくっている。

昨日、通りの商店街からアンケートがきた。3年後に近くに、千葉大学ができる。それで商店街を
活気づかせようと、シャッターが閉まっているところを「誰かにかしませんか?」とか、今営業している
ぼくらには「3年後もやっていますか?」とか、そんな内容だった。そんなこと神のみぞ知るで、答えに
窮した。その他の空白の蘭に「うちは、学生街の喫茶店になって、ボブデュランの曲を流します」
と書いた。

2011年にスカイツリーができて、うちの通りの商店街も、きらきら橘商店街も、シャッター通りに
近い、うらぶれた商店街になった。スカイツリーの周りの商店街も、活況とは程遠い閑散たる結果になった
といっても過言ではない。街も、自然にしていたほうが、おもしろい。

大学が近くにできる。またそれを見越して、コンビニができたり、長屋や古い民家が取り壊され、一人用のアパート
やマンションが雨後の竹の子のように建築されている。愚の骨頂のように思えるけど、これも世の流れなのだろう。
空き地になったところにきて、「あれ、ここなんだって」という思いをすることがある。消えてしまったら、何も
残らない。そこにあったものが、とても大切なものであっても、それは残り香も、残像もなく消え去っていく。
今の東京の街は、どこもそんな「人間の欲望のかたまり」がつくったなれのはて、のような街になっていない?

明日は日曜日。日曜日の夕方は「蕎麦打ち教室」。最初の週はベテラン組がくるので、「気骨の鮨会」もやる。
このメンバーで島原や能登にいって今年も「地産地消の鮨会」をやる予定だ。今年は和歌山の串本に移り住んで、
「田並劇場」を再興しようとしている林くんとこにいって、「鮨&そば会」をやる予定もある。
半島とか端っこに「楽園」がいっぱいある。気づく人にしか、そこが楽園であることがわからない。そこが
おもしろい。

ママ友たちの味噌談義

水曜日・木曜日はお休みだけど、2月は「手前味噌つくり」に忙しい。
5人づつやってきた。
昨日は、近くの幼稚園のママさんのつながり、つまりママ友さんたちが
幼稚園にあずかってもらう時間で5人つづけてやってこられた。ベテランの菌活ママも
そのうちふたりいて、みんな毎日子供の弁当やごはんをつくっている「てさばき」もあり、
スムーズに味噌が次々にできあがっていく。子供たちの未来の体の元になるもんやし、「食育」というのは
そんな人たちこそ大事だと痛感する。何度もしつこくいうけど、市販の味噌は「腸内細菌を殺す」もんが
入っているよ。

午後は天真庵用の味噌つくりと焙煎。大豆を煮る香りと珈琲の香りに包まれる。
夕方、日本人ならだれでも知っているアーティストが珈琲を飲みにこられた。
界隈の花街の残り香をかぐような仕事をされ、〆に天真庵のカウンターに座り、談論を風発する、
という企画で、休みだったけど、おもしろい内容なので承諾した。
さすがに時代をけん引し続けるアーティストの感じてる「今」のものは、魂に染み入るものがある。
珈琲党であることは存じあげていたが、「ほぼぶらじる」を3杯も飲んでくれた。
久保さんの白いカップも光っていたように見えた。「一流のもの」は、お互いを引きだたせる。

珈琲といえば、東京で一番おいしい珈琲屋だと思う「なにわや」が今月9日で緞帳を下げる。
山陰の海の近くに移住するらしい。水曜日の昼間に、おわかれの一杯を飲みにいった。
東京から離れるけど、次は、日本で一番おいしい珈琲屋になるかもなんばん。
一期一会、お茶に通じる「こころ」をもった珈琲人が、江戸から旅立つ。またうれしからずや。感謝。

寒の水 に うめ星(隕石玉)

天真庵のHPに「うめ星」という不思議な部屋がある。
UFOからのおくりもの?隕石を粉にして、土とまぶして、陶器の窯で焼いてつくってもらった。
「まゆつば」な感じがするし、ぼくが説明すると、もっと怪しい感じがする。
でもその部屋に写真をアップしているけど、普通のごはんが銀シャリになるし、味が土鍋で
うまくたけたみたいに、「♪た・き・た・て」感が異次元のレベルになる。

写真だけではわからないけど、ぬか漬けのつかり方や味のバランス、「♪か・が・や・き」
が、ベツモノなのだ。南天の写真は、わかる人しかわからないけど、10月27日に
実験を始めた。家の庭に咲いている南天と紅葉。紅葉は家の庭のものは、11月中旬には真っ赤になり、
12月の初旬には、散った。うらを見せ おもて見て 散る紅葉。裏表もトリックでもなく、「うめ星」
に入れた水は3か月たっても腐らなかったし、紅葉や南天は元気やった。

味噌の中にも入れてみた。市販の味噌は発酵をおさえるケミカルなものが入っていたり、防腐剤が
入っているので、冷蔵庫の中では発酵することはない。でもあの写真で見るように、味噌も冷蔵庫の中で
立派に発酵する。昨日も、すみだ珈琲の主人が味噌つくりにきたので、見せたら、「これおなじ味噌ですか」
と驚嘆しておられた。いろいろ不思議なことが起きている。内緒だけど、今年の味噌つくりの「仕込み水」
も、「寒の水」というより「神の水」に近い「隕石水」(ブリタの中にうめ星をいれた)でつくっている。

でもこの「うめ星」をおまもりにしたりして身につけ、一番びっくりするのは「自分の気持ちの気」
と反応して、こころが波立たない、というか平常心になるような感覚を感じる人が多い。
寝る時にまくらの下に忍ばせて、寝ると「夢の中身」が「これまでの夢はなあに?」になるみたい。
人は起きている間は顕在意識に支配され、眠っている時に、サムシンググレードな潜在意識の中を逍遥する。
その逍遥の中身が、どうも「新世界」を宇宙遊泳するがごとくなのだ。

人間はどうも、不思議な世界、見えない世界、聞こえない世界を、無意識にシャットアウトする防衛本能があり、
「え、ほんと?」という疑い深いものをみなもっているようだ。ヨガとか禅の世界に踏み込むと、チャクラが開いたり、
宇宙レベルの意識と繋がったりする体験をする。これからの時代は、そんな閉ざされた自我を「ほどく」
ことが必要な時代かもなんばん。昨日は「荘子」の勉強会。荘子をかじってみると、このあたりの
モヤモヤが解消されてくる。仏教や禅にも、大いなる影響を与えた思想。「仏」というのは、いろいろな
しがらみを「ほどく」という言霊でもある。常識とか、当たり前のことを、一度味方をコペルニクス的に変えてみるのもおもしろい。

今日は「満つまめの会」まーくんの気功整体も、宇宙レベルの神秘に満ちている。
夜は「書をしよう会」

今日も味噌味噌 明日も味噌

100匹めの猿の現象よろしく、減少することなく
「菌活の会」(手前味噌つくり)が100人を超えた。
昨日は5人の人が、手前味噌をつくりにきた。大豆と
麹は選択できるようにしていて、お塩は各自でもってくる、
というのがならわしになっている。できあがった味噌も、100人の家
でその家の菌たちや聴く音楽などにより、まちまちの「豆の一生」をおくることになる。
どこか人生に似ている。

クソミソというけど、人間の体は「食べるたべの臓器」みたいなもんや。
口から命のもとを入れ、咀嚼し嚥下し、各臓器をと通り、栄養などを吸収し、血や肉
となり、いらないものは肛門などから排出される。それの繰り返し。クソも味噌も
ある意味では、一物全体、みたいなものだ。排出されたくそは土にもどせば、野菜などを育てる
養分になる。その一連の流れが好循環になっているのが、自然の流れ、というものだ。
それがいろいろ不自然な流れになっているので、人も土も地球も病気がちになっている。

市販されている味噌は、発酵をとめる薬とか防腐剤などが入っていて、それを口からとると、
腸内細菌を殺す、ということになる。天地自然の理、だ。
あまり頭をつかわなくても、わかりきっていることだが、「わかってないつもり」で
いるほうが、都合がいいのか、食育とか健康で持続可能で・・・とかいうような掛け声とは
真逆のことをやっている人が多い。どの世界もそうだ。

そのまま考えもせずに、上からいわれることを「うのみ」にするのが日本人の特徴らしい。
夏の風物詩の「鵜かい」の主役の鵜がアユなどをのみこむ姿を「鵜呑み」というのだ。
あれを見て、「ぼくたちと同じだ」と思う人は偉い。

鵜呑みよろしく、腸内細菌の役割を伝授する。

腸内細菌は人が生きていくために必要な物質、アミノ酸、ビタミン、ドーパミン、セロトニンを作っている。

中学のころ植物を育てる要素を習った。「マグチョンスピクカフェ」と覚えた記憶が残っている。
マグはマグネシウム(Mg)、チョンはC(炭素)H(水素)O(酸素)で、Nが窒素・・・
Sは硫黄やね・・・Pはピーマン(うそ)りんです。Kはカリウム。カフェはCa(カルシウム)とFeが鉄。

これから「卵かけごはん」夜は「順受の会」23年続いている通称「論語の会」だ。
今年は「荘子」を勉強する。たぶん、23年の中ではじめて荘子を勉強する。23年後にこの会
が続く保証はないので、今年のこの会はおすすめ。
明日は「書をしようかい」。お店の看板を揮毫してくれた貞本さんがやってくる日。