元気のない日も、これを見ると元気になる!

昨日は「英語でそば会」だった。
少し時間がかかったけど、若い元気なサウジアラビア人の女性をつかまえて、
英語で談論風発。毎月、世界中の人をポン引きして、英会話を楽しんでいる。

夕方には、ブラジル人でギタリストである人が、3人家族でやってきた。
宮崎からハイエースを改造したキャンピングカーで、東京のシェアハウスに
いく途中に立ち寄った、ということ。(表のショールームの「ほぼぶらじる」に釣られたらしい)
男の子は来週一歳。「マルコ」と呼んでいるので、女の子と思っていたら♂らしい。
「丸虎」と命名したらしい。東京に一年くらい住んだ後、また日本中を家族で
旅するらしい。いろいろな人生があるものだ。人の数だけ人生がある。

かすみちゃんが「能登の写真」と「暮らしの実験室の蕎麦会」の写真をおくってくれた。
天真庵のHPの「遊山」というところに、「蕎麦会」の写真をアップした。
能登の「寒山拾得美術館」のあかりちゃんをクリックすると、10月16日のオープニングの日
の朝、近くの里海を散歩していた時に虹の写真が掲載された。美術館より宗教法人みたいな写真?
小さく白い人が教祖さま。うそ、ぼくがルアーでアオリイカを釣っている。来年は、「いかとり名人」か「たことり名人」になるぞ。
先日、「気」の先生がそれを見て、「すごいパワーのある写真。ぜひいろんな人に見せて元気にしてあげて」
というので、そこにアップした。「大道無門」ではないけど、門になって、いろいろな人がいったり
きたりしそうな雄大な道を感じた。大道には、老若男女問わず、貴賤や性別も関係なく、だれでもどこからでも
門が開かれている。

今日は「国貞雅子」のライブ。
明日は「焙煎教室」 夜は「おとこかっぽれ」

耶馬渓の風

今年の6月に、大阪の泉大津から門司港までの阪九フェリーの中で、平魚泳さん家族
がライブをやった。そのフェリーでは、30分ほどライブをやると、乗船料が一人分免除される。
遠距離のトラックの運ちゃんや、遠くからの旅人たちは、車の運転からひと時離れ、露天風呂も
あるので、空の青や海の青を眺めながら、ひとっ風呂あび、沈む夕陽を眺めながら食事をし、
その後でライブを聴く、というのは至福の時間である。

ライブが終わった後、彼らのCDを買いながら、四方山話をしていた。
ふと7年前に耶馬渓(やばけい)に移り住んだTくんの話をしたら、
「こないだまで、隣同志でした」という不思議な偶然にビックリした。
そして、9月に天真庵でライブをやってもらった。

昨日そのTくんが、7年ぶりに天真庵に蕎麦を手繰りにきた。
手土産に彼がつくった無農薬のお米をもらった。大豆も無農薬でつくっているというので、
来年の菌活の会(味噌作り)には、耶馬渓産の大豆も加わることになった。

「不思議な関係性」というか、いろいろ縁ある人が、縁ある地方に移り住んで、
梅林を整えたり、漁師になったり、田んぼや畑をやったりしている。またその人
たちが、里帰りのように天真庵にきてくれる。それに影響され、ダウンシフターズ(減速生産者)
になろう、という若者もつぎつぎと現れ、地方に移住したり、ぼくらみたいに地方と都会との
「二股生活」をしたりする人が増えてきた。まるで「@都会と田舎の鏡屋敷」みたい。

昨日の夜は二階で「普茶料理の会」
「普く大衆に茶を施す」という意味で、江戸時代に隠元和尚が中国から宇治の黄檗山に
きて伝えた料理。宇治にくる前に長崎にいたので、長崎にも「しっぽく料理」
という精進料理が伝わった。隠元豆というように、当時としては新しい野菜も
中国から伝えてくれ、お茶と禅をその地に根ずかせてくれた。
時々天真庵の二階でのお茶会に、隠元和尚の掛け軸を披露することもある。

今日は二階では「満つまめの会」
夜は「英語でそば会」

明日はお店は休みだけど、国貞雅子のライブ。できたてのほやほやのCDを携えてやってくる。楽しみ。
木曜も休みだけど、午前中は「焙煎教室」で夜は「おとこかっぽれ」

年末の「自分でそばを打つ」というやつも、予定表がぼつぼつうまってきた。

自然と一体となって新蕎麦を打つ

昨日は八郷(やさと)の「暮らしの実験室」で新そばを打つ会だった。
4年目になる。紅葉した筑波山が、やさしく出迎えてくれた。
毎回参加される姉妹も小学校2年生と4年生になった。
まったくクセもなく、偏見もなく素直にそばと対峙しているので、背もぐんぐん伸びた
けど、蕎麦打ちもくろうとはだしの域に達してきた。楽しみだ。
お父さんの今年のクリスマスプレゼントは、「蕎麦打ち道具」になるに違いない。

ITの会社をやっていた友人も、花園インター近くで農業法人を立ち上げ、ネギを中心に億万長者(正確には、一億以上の年商)
をやっているMさんがいる。かの有名なドラッグストアーの名前とまったく同じで、一度聞いたら二度と
忘れない名前だ。彼は風水や気功にも通じていて、借り受ける「畑」も気のいいところを借りたり、
悪いところは、風水の知識でさっと気をよくすることができる。おまけに「元気シール」のTQ技術を
使って、土壌改良剤を駆使したりできるので、みんなが絶賛するような野菜をつくる名人になった。

彼からその土壌改良剤をいただいたので、能登にもっていった。同じ技術で「ビオ」という腸内細菌を
活発にするものがあり、先日それも届いたので、「自分の実験室」よろしく、飲み始めた。
能登の畑とか自然とかと、自分の体の中が繋がっていくようなイメージで、自然との一体感みたいなものが
体感できる。一か月くらい前に、ブログに書いたけど、この「ビオ」で、友人が腸の悪性ポリープの手術を
免れた。小さなスプーンで毎日一回飲む。それだけ。ホンモノは皆簡素。

今日は「卵かけごはん」
「暮らしの実験室」の卵。平飼いで、♂もいっしょに暮らしている、幸せな♀が元気な卵を産む。
色は薄い黄色。スーパーなどで売ってるのは、黄色が濃い。競争して「黄金の卵・・・」とかいって
消費者も黄色が濃いほうがおいしいと思っている。飼料の中にいろいろなものを入れて、濃い黄色をだしている。
「ほんもの」がわかるためには、一度「ほんもの」を食べてみることだ。
会員にならなくても、「暮らしの実験室」のHPから買えます。

「無為にして為さざるものは為し」  老子の言葉だ。都会で頭で考えていても、なんとも理解しにくい。
老子さまがいう「道」(どう)というのは、人間が頭で思い浮かべる「道」(そんなものちっぽけなもの)をはるか先のほうまでいき、
宇宙の悠久な流れといっしょになるようなイメージ。これから、こんな世界を体感できる人が増えてくる時代かも。

でもどれもが、「いまここ」つまりは、一滴から始まる。その一滴(一歩)を踏み出したいけど、踏み出せない人がいる。
「とらわれ」ているんやなきっと。アホらしい。なんでも縁じたら「始めてみる」こっちゃ。そうすると「自我」から
少し乖離できるんとちゃうかな。都会を離れ、能登や八郷や宗像の自然の中にいると、そんなことがわかってくる。

今日の夜は「長屋で女史会」 二階では「普茶料理の会」
明日は「英語でそば会」
水曜日は「ライブ」

今月のみっつのライブはみな満席

来年1月26日(土) 19時から
「仲内 琢磨 ギターライブ」  3500円(蕎麦会付き)

明日は休み。「やさと農場 暮らしの実験室」でそば打ち

毎年、12月のはじめの日曜日にそんなイベントがある。
若い人たちが、すこしづつ、都会から田舎に移住して、自然にふれ「持続可能」な生活を
めざしている。そんなダウンシフターズ(減速生活者)のさきがけだ。
いきなりステーキは、誰でもOK牧場だけど、田舎の牧場や畑をやるには、少し準備がいる。
「やさと・・・」は、東京からも近いし、週末だけ田舎体験のイベントも目白押し。
大きな時代の分岐点の「今」を考えるにはいいところ。ぜひ。
「晴耕雨哲」・・・哲を「遊」にしても本来の「読」にしてもいいけど、
これからの時代は「お金」や「財産」よりも、「土」のほうがいいような気がする。

昨日は京都工芸繊維大学の建築の卒業生たちが、新蕎麦を手繰りながら談論風発にきた。
佳境を迎え、〆の珈琲を飲みながら、幹事さんが「次回のこの会は能登でしよう」
ということになった。6月の梅仕事にくるらしい。
建築家、というのは、「くらし」に寄り添う仕事。どちらかといえば、「自然や景観を壊す」
ほうの仕事が多いような気がする(特に都会では)。でもやはり「人間のくらす家」
という原点は、自然の悠久の流れにさからわないような「場所」を建築するほうが自然である。
そんな意味も含め、彼らと真脇遺跡の縄文の家を訪ねたり、梅仕事をいっしょにして、寒山拾得美術館で
白井晟一さんの書を眺めながら、酒を酌み交わす、そんな会にしたいと思う。

今日は「ゆるゆるヨガ」

12月のライブ。おかげ様で、みんな満席御免!

5日(水) 国貞 雅子 ソロ LIVE !!

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

8日(土) 杉山千絵&大石 学 LIVE

演奏:杉山千絵(ヴォーカル)大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

22(土) ゆさそばライブ

演奏:ゆさ(ヴァイオリン)・しょうご(ピアノ)・津田りつ子(パーカッション)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(蕎麦・珈琲・付き)

白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり

水曜日・木曜日は、定休日だが、
「おんなかっぽれ」と「ダメから始める中国語」だった。ぼく以外はみんな女子。
かっぽれの日は「おでん」。昨日はみんなで「白玉」をつくり、冬瓜や白菜、大きな椎茸、豚のミンチ・・・
などの「中華風鍋」をつつきながら、遊んだ。5・6回で終了の予定(先生の腹積もり)が、来年で10周年になる。

時々は餃子などを皆で作り、漢詩を中国語で朗々と読み、中国語で「北国の春」などを歌ったりしながら10年。
その間に、日本は観光立国をめざし、中国人を見ない日はない。浅草や京都なんかは、「占領」されているような感もある。
骨董屋さんにも訪れ、「里帰り」現象のように「煎茶道具」が渡っていく。昔は中国から日本にくる道具を「渡り」
といった。今は逆になった。そして日本人に、煎茶道具やお茶道具などが「ほんとうにわかる人」が絶滅危惧種
になりつつある。天真庵にも、台湾や中国人の人がきて、二階にある煎茶道具を欲しがるときがある。
もう半分以上は、能登の「寒山拾得美術館」にもっていったけど・・・

今日は京都工芸繊維大学の建築家のOBたちが集まっての「墨交会」
発起人のF氏は、ぼくの煎茶のお弟子様で、宇治出身。「書の会」にもきていい字を揮毫する。
彼らの先輩に世界的な建築家・白井晟一がいた。天真庵には時計など生前彼が使っていた「もの」
や揮毫した書が飾ってある。白井さんは幼少期に書を「黄檗山」で学んだ。
彼が黄檗もの(黄檗山の隠元和尚や木庵などの掛け軸)を、読み解きたいとのことなので、
本日はそれらを展示している。12月の中には、それらも能登にもっていく。

水曜日は、巣鴨の古本屋で「だから日本はズレている」(古市憲寿著)を見つけ、読んでみた。
「ダウンシフターズ(減速生活者)」というところがおもしろかった。ダウンシフトしていく人たち。
あくせく働くのではなく、野にくだって、ダウンサイジングの生活をしながら、残った時間を
有効に活用しながら生きていく。その中で池袋の小さなバーが紹介され、たまたまそこに
いった時に、カウンターにとまっていた青年たちの話があった。「くらしの実験室」の人
たちらしい。
カリスマとかを自分でいうバカモノや、ぱっとでてぱっと散るようなトレンドに踊らされる人が多いが、
これから「一燈照隅」の時代かも。カリスマとかひとりのヒーローが日本を変える時代ではない。
世襲制のバカな政治家の時代でもない。ゴーンも除夜の鐘の前に舞台を去った。
天下国家を語るよりも、家族や仲間を大事にし、名利や財産は残さずとも、「そのひとらしく」
まるく ゆっきり すこやかに 自然によりそいながが生きていく。そんな人が優美に「元気」
や「健康」を広げていってくれる時代。

こんどの日曜日はお店を休みにして、その「暮らしの実験室」で、蕎麦打ちをやる。
蕎麦打ちは、ぼくが教えているけど、若い彼らが、都会から茨木の八郷に移住し、
集団で野菜や鶏を育てている「くらしかた」には、いろいろ学ばしてもらっている。
無為自然・・・・いろいろ悩みごとも多い時代だけど 「どうにかなる」  感謝

おでん 熱燗 昔の女

月曜日が「論語の会」 火曜日が「書の会」だった。
どちらも「文人好みの会」だ。

今日は「おんなかっぽれ」
朝、おでんを仕込んで、歯医者にいく。近くではない。
巣鴨まで電車を乗り継ぎ、「おじいちゃんおばあちゃんの原宿」を抜け、
滝野川、という、昔住んでいた町で通っている。マルジの赤パンや巣鴨酵素風呂やすっぽんのお店などがある。
赤いパンツをはき、酵素風呂に入り、スッポンドリンクを飲むと、「生涯現役」かもなんばん。
障害があるひとにはおすすめ。

医院長は、少し中性な人だ。ゆえに、女性スタッフとの人間関係が
スムーズなような気がする。街はずいぶんマンションが増え、変わっていくけど、
そこだけは、「変わらない聖地」のようなホッがある。ぼくの担当はSさん
という美人の先生。20年以上お世話になっている。

「のむらさん、どこか染みたりしませんか?」と聞かれたので、「秋は熱燗が染みます」
と答えたら、「え、あたたかいものが染みるようになったの?」と言われたので
「いや、こころに染みるのです」と答えたら、医院長が横から「ばかね、風流心ってものがないんだから・・」と
横車を入れる。そんなアットホームな歯医者。

いつも電車の中では「本」を読む。眠くなるので、何度も読んだことのある本を読む。
「論語の会」や「書の会」で、ときどき「老子」の話がでる。今日は「老子」を読みながらいった。
有名な言葉に「谷神は死せず」というのがある。万物を育む大いなる大地は、巨人軍より永遠に不滅である。
巨人・・は削除して、だいたいそんな風な解釈が多い。無難で優等生的だ。
これを「玄牝」(げんびん)と呼ぶ。「母なる大地」ともゆう。

引退したら田舎でじっくり読もう、と、以前から古本屋で「老子」の本を何冊か買って宗像の実家に
おくってある。今日はその一冊を読みながら、往復した。

簡単に説明すると「スケベな老人」くらいにしか思われないけど、老子のタオ(道)というものは、
人間の人知を超えた大きな「宇宙」のようなものらしい。ヨガなんかとかも通じるところがあるけど、
陰陽、つまりが男と女の交じり合う性的なエネルギーみたいなものが「道」にはあるそうだ。
古来より「神人冥合」とかいった宇宙万物と一体になった境地がそこにあるらしい。
俗人や凡夫には「スケベ」とかしか感じられけど、瞑想するような境地でみると、超時空的な恍惚というか
エクスタシーが感じれれる。

意識というのは、恍惚である(老子)    有吉佐和子先生もいわなかった天地自然の理?でも言う相手を
間違えるととんでもない恍惚を味わうことになるかも(笑)

順受の会は23年になるが、先生も「老子」はまだ教材にしていない。
どうもこれは、いろいろな人生経験を経たうえで、都会ではなく、俗から離れた
大自然の中で学ぶようなものかも知れない。

今日は「おんなかっぽれ」
この会の人たちは、陽気で酒好きが多い。
しかも熱燗を飲みながら、「男と女の話」をすることが多い。

酒飲みのことを「左利き」という。大工が右手に金槌を、左手に鑿(ノミ)を持つ。
その「のみ」が「飲み」になった。
では「徳利」は?  徳のある人が利かす。「まあ先輩どうぞ・・」とかいって、
先輩や上司の機嫌をうかがう人の小道具・・・というのが通説。
本当は「徳」というのも、女性(器)を意味するらしい。そうなれば中国の故事の「壷中天」(こちゅうてん)
の話も、よりよく理解ができる。「壷」というのは器の壷。南條先生の「壷中天」は「壺」を書いた。
「壺」この「コ」は、やはり女性(器)の象形文字らしい。
このあたりをサラリと酒の席で言えるようになると、「色道」も年長組になるのではないかしらん。

明日は「ダメ中」 ダメから始める中国語
金曜日の夜は「墨交会」

けとばし

昨日は「順受の会」だった。23年続いている「論語の会」
論語読みの論語しらず、と昔から言われる。自分で謙遜しながら
いうのには無難な言葉だ。身内から「あの人はあんな会にいってるけど、
なんのききめもない」などと言われると腹がたつ。

うちの筆子さんも、20年くらい馬耳東風だった。でも3年前からまじめに
勉強している。ぼくは、その後の蕎麦会の準備をしながら、厨房の中で
ほかの本を読みながら、酒を飲んだりして「典座」気分の20有余年。
本を素読するだけで聖人君子のようにはならない。本来人間は性善説と性悪説
どちらも持ち合わせながら生きている。いろいろな人生のめぐり合わせで、
悪人になったりするし、反対になったりもする。
裏を見せ表を見せ散るもみじ  のごとく。

昨日は新人くんが「馬肉」を持参してくれた。職業が「肉屋」ではなさそうだが、
馬肉と珍しい焼酎をもってきてくれた。本人は下戸、というのもおもしろい。いい人だ。
さっそくそれを柳包丁で切り、かえしをつけて、つまみぐい。
食べた瞬間体に馬が走る。。。そんなバカな・・・・昔そんなテレビ番組があった。(♪馬がしゃべる そ~んなバカな  だった)
吉原に有名な馬肉屋がある。助べえな坊さんや凡夫たちが、遊びにいく前に「ちょっと、ケトバシ(馬肉)を喰って、女をかいにいこや」
ってな具合で立ち寄ったのが起源で、今でも下町っこたちは、その店のことを「けとばしや」といったりする。

今日は「書の会」  この会の新年会は、三河島の焼き肉屋にいって、牛の贓物なんかをつまみながら、
赤ワインの炭酸割を飲む、のがならわし。

長野の飯田の名物に「おたぐり」というのがある。馬の贓物を味噌じたてで煮て、地酒を熱燗にして飲む。
その土地土地にいろんな人が住んでいて、いろんな郷土料理がある。

明日は「おんなかっぽれ」
男と女では、少し内容をかえてある。助平のぼうさんが、修行をしながらも女に懲りない・・・「ずぼらん」
というのがある。さすがにこれは、女性には不向きなので、男衆だけが踊っている。

能登に行く途中「親鸞記念館」というのがある。彼の著した「歎異抄」に

「いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし」

というのがある。「どんな修行も成就できないわたくし、地獄こそがぴったりの居場所です」
というような意味。当時は肉食も妻帯も禁止だった宗教界で、そのタブーを破り、佐渡に罪人として
流される道すがら、うれあう人に影響をあたえ、浄土真宗を広げていった。中には、曹洞宗だったのを
浄土真宗に変えた寺もあったらしい。「守破離」(しゅはり) 和事の稽古などで使われる
言葉だが、「破」というのは、勇気がいるもんだ。それがないと、人生もただの「お稽古」で終わる。

今日11月26日は「いい風呂」の日

今月の半ば、能登で「じんのびの湯」にいった。夕方になると、日本海に沈む夕陽を
観ながら露天風呂に入る。
その日も快晴で凪いだ日本海に静かに洛陽する景色をぼーっと見ながら湯につかっていると、
「おじゃまさま」といって、同じ湯舟の客人になった人の横顔を見ると、関西系の有名な落語家だった。
文房四宝のひとつ(和紙の重しにするアレ)と同じ「言霊」の落語家さんで、全国区の人だ。

仕事ではなく、プライベートで時々能登を旅するらしい。寄席もおもしろいけど、素っ裸の「素」
もおもろい人やった。

京都の貴船あたりに近いエリアで「八瀬」というところがある。「八瀬童子」といって、昔から
天皇家の葬儀などがあると、列席して棺をかついだり、神秘的なところ。ぼくらが学生だったころは
「八瀬遊園」があり、ときどきプールに泳ぎにいった記憶がある。
今は観光化されすぎて、行く気もしないけど、1300年くらい前から、皇族とか貴族とかが
わざわざそこまでいって楽しんだ風呂がある。「八瀬の釜風呂」という。
簡単にいうと日本式のサウナや。三輪福さんところで今月「ペチカ」の講習会をやった。
本来のペチカも、あたたまるまで丸二日くらいの時間がかかる。釜風呂もおなじくらいかかるらしい。
スイッチひとつで暖かいお湯がでる暮らしもいいけど、時間をかけた分だけの「付加価値」を
見失ってしまっている。「いい風呂」という意味では、自分の歴の中では八瀬の釜風呂が最高峰にある。

「茶の湯」の始まりは、「八瀬の釜風呂」だ、という説は、京都の茶人たちの通説でもある。
「非日常」の刹那に、自然や宇宙や永遠の何かを感じる、という意味では、そうかもしれない。
「茶の湯」・・・・始まりは「茶と湯(風呂)」  そういえば、茶の釜を「風呂」といい、
それを囲むものを風呂先屏風という。釜も両方ついている。

能登半島には、能登島というところがあり、そこに「千寿荘」という民宿がある。
こないだの能登地震で地層に変化がおき、温泉の成分が格段によくなったらしく、全国から
口コミ連鎖でつながった人たちが、水汲みや温泉に入りにくる。
おばあちゃんの機関銃トークを聞いていると、どんな難病の人も、薬事法に抵触するくらい
病気が飛んでいきそうな不思議なとこ。そこの水で目なんかをミストすると、気分爽快この上なしだ。

これから卵かけごはん。夜は「順受の会」
明日は「書の会」

こころを糺す森

京都下賀茂神社の中に「糺(ただす)の森」がある。「からふねや」の本店が近くだったので、
毎日のように散策していた。中国人たいが占領しているような街になってから、まったく京都
にいく機会が減ったけど、あの森はときどき歩いてみたくなることがある。
緑と水は、人やこの星に同居する動物たちにとって、心身ともに大事なオアシスだ。
昨日は織田流煎茶道の同心たちが蕎麦を手繰りにこられ、能登の話で盛り上がった。
お茶を入れる、というのも「水」があり、緑(茶花)を愛でたりすることだ。
手前やなによりも、自分と向き合ったり、人の顔を見ながらふれあっていくのがよろし。

今朝も蕎麦打ちの後、香取神社にお参りし、古本屋カフェを準備中の友達の家を
曲がり、「ハラヘル」の前を通り、キラタチ(キラキラ橘商店街)にいくと、「朝イチ」をやっていた。
この通りは以前は日本で一番人口密度が多い商店街だった。長屋の一階が仕事場で家族総出で
「ものつくり」をやり、汗をかいた夕方には銭湯にいき、湯上りに珈琲牛乳を飲み、キラタチで
晩御飯のお惣菜を調達し、長屋の畳の間で、ちゃぶ台にて夕餉、というような暮らしが一般的だった
と思う。

ぼくが生まれ育った北九州も、新日鉄という大企業の城下町だったけど、関連した会社や
中小零細の工場もあり、溶鉱炉の火を消せないので、みな三交代で「甲乙丙」組にわかれ、
24時間働いていた。朝仕事が終わる人のために、朝から「角打ち」(かくうち)という
立ち飲みの飲み屋がたくさんあって、労働者たちでにぎわっていた。
みんな貧しかったけど、明るい未来を信じて、日本人そのものが、大きなちゃぶ台を囲む「大家族」
のような感じやった。今は昔である。

「自然が最高の脳をつくる」(NATURE FIX・NHK出版)を読み終えた。
人生観を変えさせれれる本だ。2008年を境に、都市に住む人がこの星の中で50%を超えた
らしい。みんな「便利な暮らし」にあこがれ、国としてもGDPとか、経済の効率はあがったらしいが、
過酷な競争などで、こころを病む人が増え、振り子がふれようとしている分水嶺みたいなんが「今」。
フローレンス・ウィリアムズという女性の著であるけど、訳がいい。

12章だったか・・・都会にいて、大自然の力を享受することは不可能だけど、「一本の木」
を愛でるだけでも、心がほっとする、ようなことが書いてあり、最後にこう結ばれていた。
「さよならだけが人生だ」という名訳もあったが、それにも匹敵する名訳ではなかろうか。

「樹木は地球のお役に立つべく、すでに気をつけの姿勢で立っている」

「いずまい」を糺したくなり、星野村の玉露を入れて一服。日々是好日の茶。

東京も能登も福岡も「断捨離」

毎朝、散歩をする。
3コースくらいある。休みの日で、能登にいない時は、
古本屋を巡礼することが多い。

一番多いパターンは、香取神社にお参りをし、ぬすみぐい(今は、ひとつむすび?)くんのアトリエの前を通り、
向島警察の前の通りを左折(園田皮膚科がすぐ左手)し、看板はなくなったけど、ぼくの包丁の半分をつくってくれた鍛冶屋さん
のアトリエを超え、古本屋カフェを準備中のMくんの長屋からまた路地を入っていくと、「ハラヘル」というカフェがあり、
そこをまっすぐいくと、きらきら橘商店街。時間がある時は、そこを右折し、「ぶんかん」までいくと明治通りになるので、そこから
向島まで足を延ばすこともあるけど、時間がないときは、「ぶんかん」と違う方向に踵をかえし、まんもす公園あたりを
通り、帰ってくる。「ふむふむ」と頭でイメージできる人は「押上の散歩の達人」だ。

それにしても最近は、長屋や古い民家が取り壊され、つまらない建物が増えてきた。一度解体されると、そこに何が
あったかもわからないことしきり。そうやって、いろいろな街の風景や自分たちがそこで暮らした心象風景もなくなっていく。
端渓の硯を形見にくれたおじいちゃんの家も平屋になった。元気にやっておられるだろうか?とふと思ったりする。

九州の妹より電話、「本をいつまでに片づけると?」
10畳の部屋に大きな本箱が3つあり、そこにだいたい二列に本が入っている。入りきれなかった本が、倉庫にも
まだ残っている。先月もっていこうと思ったけど、乗用車では20回くらいかかるかも・・・
ぜんぶ古本屋にもっていってもいいけど、家の解体以上に、自分の脳の中の思い出が消えるような恐怖感が襲う。
来年そうそう、引っ越しをするつもりで、能登に運ぼうかなどうしようかなと思っている。

さて、空き家になった実家をどうするか?という問題がおきる。100坪強の敷地。庭には5本の松。
なのみややまもの、槙の木、梅の木・・・半分は庭。「庭付き」というのは、日本人のあこがれだったけど、
今では「負動産」と呼ばれているらしい。
古墳が近くにあり、宗像大社や鎮国寺があり、その近くの「道の駅」は、漁師さんが朝とった魚をそのまま
納品するような仕組みになっていて、「日本一うまい魚が買える道の駅」だ。

空き家を売買するには、家と庭を解体し、測量をし直し、不動産やと交渉し・・・
いろいろ面倒なことが多い。
博多と北九州まで、電車で30分強でいけ、風光明媚で宗像大社の神域というおまけつき。
誰かそのままの状態で借りたい、という人があれば、本を含めて、そのまんま貸すんだけど・・
ぼく的には、また福岡で生活することがあったら、「宗像」(むなかた)が一番やと思っている。
全国に散らばっている芸術家ネットワークで、「どう?」と聞いてみようかと思う。
「クッキングパパ」の著者も、隣の町に住んでいるよ。「創作」とか「ゆっくり暮らす」には最高やと思う。

平成も最後になり、田舎の両親が昇華されたり、施設に入ったりして、同じような悩みを
持つ人も多いと思う。そんな時は、みんな「大家族」やと思って、泰然自若ときめこむことだ。
「どうにかなる」といつも思っている。そしていつでも「どうにかなってきた」。感謝。