銀ブラに花が咲く

水曜日に、シネスイッチ銀座にいって、「花のあとさき」を観た。
ほんとうは前の週に観に行く予定だったのが、冷蔵庫の調子が悪くなり、
新しい冷蔵庫を買い、それを新旧交換させるのが、想像以上に大変で
2日を要した。文明の利器に頼りすぎる生活を反省。

「花のあとさき」も5月から放映の予定だったのが、シンコロ騒ぎで、6月からとあいなった。
18年にわたって、NHKが記録したドキュメンタリー映画で、ちょうど、シンコロ新時代の今、見ごろ
というか、いろいろ考えさせられる映画だった。家族で観られる、といいね。マスクと別に涙ふくハンカチが必要。
自粛が晴れた、とはいえ、まだ、銀ブラするような陽気
な気分になれず、4丁目の交差点の人もまばらで、デパートやお店の店員さんたちも、機動隊がするような
フェイスなんじゃらをかぶりながらお客さんと接しておられる。映画館も、椅子をひとつまたぎながら、半分で満席
の状態でソーシャルディスタンス、とかいうのを守っての上映だ。

少し時間があったので、煉瓦亭にいって、チキンカツレツをつまみにビールを飲む。(この店にくると、そのオーダーしか頼んだことがない)
壁に歌舞伎のポスターが貼ってあるけど、しばらく歌舞伎座も緞帳が下がったままで、橋之助(今もそう?芝翫か)の顔がオモヤツレしているように見えた。

映画が終わった後に、銀ブラ・・・
まつやの7階の福光屋さんのカフェ?にいって、福光屋の日本酒を飲む。石川の酒蔵さん。
器が展示されている一角にあるので、銀座に来るときは、必ず器をチラミしながら、カフェのカウンターで
お酒3種盛りを頼む。陶芸家で「これからどんな器をつくろうかしら?」なんて悩んでいたら、そこで酒飲むと、
アイデアが浮かんでくる、かもなんばん?とくに酒器は、酒を飲みながら上から降りてくるのを待つ、にかぎる。

「花のあとさき」・・・ムツばあさんの歩いた道。
秩父の山間の限界集落みたいなところで暮らす老夫婦が、畑ができなくなり、そのまま
放置するには忍びないと、そこに花を手向け、自分たちの終わり支度と歩調をあわせるように、自然に戻していく、という
そんなお話。プロデューサの伊藤さんが、うちの常連さんの弟さんであったという偶然から、お店にきていただいたこともあり、
この映画のことを知った。こんな時期なので、「みてみて」と声高に叫べないけど、九州弁でいう、「おらぼーごたる」(叫びたくなる)

秩父には、よく蕎麦を手繰りにいく。「両神温泉」でひとっぷろ浴び、それから山奥にある蕎麦屋で
「武甲」を飲みながら、蕎麦を手繰る。そのお店に、おばあちゃんが蕎麦を打っている白黒の写真がある。
なぜだか、そのおばあちゃんの写真が好きで、それを見に、わざわざいく、という感じ。
映画の中で、ムツばあちゃんが、うどんを打つシーンがある。そばやうどんを打つ、というのは、花嫁修業やったんだね。
花嫁になる前から「床上手」っていう子はあまたいるけど、「麺上手」っていう子は少なくなった。
「厨房の技術」よりも「閨房の技術」のほうが、大事な時代?

家庭菜園に「隕石水」

長引く自粛生活、巣ごもり生活で、家でごはんを食べる人や、家庭菜園をプランター
などでする人が増えたらしい。近くのオリンピックにのコーナーでも、腐葉土のような土や
夏野菜の種や苗が売れているそうだ。
飛行機が飛ばなくなったり、車が走らなくなったりして、東京の空気もこころなしかきれいになり、
鳥のさえずりなんかもよくきかれるようになった。

先週は、文庫ちゃんが、「屋上で蒔いた大根の葉っぱを間引きしました」といって、間引きした葉っぱを
土産にもらった。お返しに、うちのプランターになっていた小松菜の種をあげたら、昨日りっぱな
小松菜をもってきてくれた。「もうできたんか?」と冗談でいったら、「はい。隕石水でつくっているので!」といって笑ってる。

その前に、銀座の「隕石直売所」の王子が、「隕石水でつくったイチゴです」と、朝摘みの自然農(宇宙農?)
のイチゴをもってきてくれた。霞ヶ浦の農家産。種を蒔く時、その種を舌の下の唾液につけ、裸足で蒔く土の上に建ち、星(空)に
向かって「元気に育ちますように」とお祈りすると、星が願いを叶えてくれ、その人のために病気にならないような野菜
ができる、と「アナスタシア」という本に書いてあった。ときどき、王子が摘んでもってきてくれるイチゴは、
市販のそれとは別物の「自然な味」がする。お返しに久保さんの黄瀬戸の六角盃をあげた。(最近、久保さんの酒器にはまっている様子)
文庫ちゃんに、小松菜のお返しにお裾分けした。ら、10分後にお酒一升瓶をもってきた。
「原始的ぶつぶつ交換」のスパイラルラッシュ。家庭菜園に夢中の彼に、「うめ星」のちっこいのをあげた。
きっと、それをペットボトルに入れ、屋上にためた雨水を移し替え、それをまた野菜たちにシャワーさせ、できあがった成果物が
天真庵にやってくるだろう。「星はなんでも知っている」・・だ!

来週は能登で「梅仕事」。飛行機が飛んでないので、梅林ガールズたちの遠征は中止になったが、車を走らせ、
ふたりは参加してくれる。ロンドンからやってきて、かえれなくなった家族が売茶翁に居候しているので、
だいたいいつもの人数は集まった感じかな。
ときどき書くけど、能登の羽咋(はくい)は、UFOと自然農で村おこしをした。

シンコロの影響だろうか?そばの注文の半分近くが「梅おろしそば」だ。
京都の蕎麦屋さんなんかでは、夏の人気商品だが、東京でだす店は少ない。
そんなこともあって、昨年つくった梅干しが、なくなりそうな気配。ほんとうは7月から「能登そばUFO」
といって、義馬藻と梅をつかった冷たいそばをやる予定だったけど、この夏は中止。
かわりに、ギョギョ?という新メニューを頭の中に描いている。

お米と味噌と梅干しを、少し多めに貯蔵し、できたら梅干しをつくる時にできる梅酢で漬物をつくったり、
お米を自分ちで精米して、できた糠で「ぬか漬け」をやったりすると、貯金が増えるより、ゆたかさの貯金ができる。
ひとり10万円の給付金がきたら、その一部で、家庭菜園のものを買ったり、ぬか漬け用の樽を買ったり、
鍬や如雨露(じょうろ)なんかを買ったりすると、「未来の貯金」ができるのではないだろうか?
アメリカで最近公表されたUFOがたくさんやってきても、シンコロ時代が長く続いても、こわくない。
売り上げが半減して、「持続なんやら給付金」がでたら、今の仕事が「持続可能かどうか..」をよく考えて、
もしもNOだと思ったら、「違う道」にお金を使う、という選択肢もある。
一億人がみな大きな分水嶺にたっているような暑い夏。今日と同じ明日がずっと続くようなつまらない人生
とは違った意味で、「うきうき」する。感謝。

共に楽しむ

7月からライブを少人数(限定10名)でやることになった。
昨日一日で、満席になった。まことに、ありがたいことである。
ひと昔前までは、家族が一台のテレビで、ひとつの番組を、「共に楽しむ」
のが当たり前やった。歌番組もいっしょに聴き、同じ音楽をいっしょに聴く、
映画も悲喜こもごもの場面を、共に笑ったり、涙しながら観たものだ。

豊かになったのか、便利になったのか、テレビも音楽もスマホなどで、見られるようになり、
誰でもいつでも、勝手きままに好きな番組を見たり、聴いたりすることができる。
ぼくらの時代は「11PM」が見たくても、ガマン、という日々が続いたけど、ウソみたいな時代だ。

こないだブックオクで、「ビジネス書」を200円で買った。
タイトルは「エロい副業」(個人が個人にエロを売る一億総AV時代)鳥胸インターネット)。
昨日のおかまさんのように、特技があったり、特殊な免許など持ち合わせていない、普通の男子
(二度ばかり、いたしたことがあるので、童貞ではない、と本の中に書いてある・笑)でインターネットサーフィンだけを18年続けているちょっとオタク君が、
「ハメ撮りの帝王」「ブルセラ王」「ライブチャットの女王」「アフィリエイトの王子」
を、直撃インタビューする内容が、赤裸々につづられている。決して、歌舞伎町やアキバ
の奥深い怪しげな場所での特殊な話ではない。ごはんを食べた後、自分の部屋にもどり、勉強している
息子や娘さんたちも、昔深夜ラジオに興じた青春のように、淫靡な世界にスイッチひとつで入っていけるのが「今」なのだ。

「ハメ撮られ」している女優?や、チャットレディーが自分の娘や孫だったり嫁はんだったり・・・そんなことが日常茶飯になる、いや、もうすでになっている時代なのだ。
毎日、「コロナ」と「接客を要する飲食業」などの話題で沸騰しているけど、このあたりのエロい話は、蓋をされている感がある。
年ごろの子供さんのいる人も、自分のためでなく、家族のために『FCコンテンツマーケット』を、一度散策されてみるといい?。

シンコロの時代を迎え、鍋とか、家族で囲んで食事をするようなことが敬遠される時代になった。
核家族化が、どんどん進み、テレワークの普及で仕事仲間と顔をあわせたり、帰りに一杯やるような
こともどんどんなくなっていく傾向になる。風俗店も風前の灯火みたいになってくるだろう。
でも人間の根源的な欲求は、シンコロよろしく、見えないけど、身近な生活の中に忍びこんでくる、そんな時代か?

今日の真民さん。「共に」・・時代は変わってきたけど、一番大事な世界。

「共に」

花咲けば
共に眺めん
実塾せば
共に食べん
悲喜分ち
共に生きん

そば打ち道場

今日は、日曜日。
営業は16時までで、それから蕎麦打ち教室。
二階は気功整体の「満まめの会」 

今月いっぱいまでは、平日は18時までの営業にしている。
19時からの寺子屋もライブもやっていない。
先月中止した国貞雅子のライブに、中止のメールをしわすれた女子がやってきた。
池袋のライブハウスでときどき国貞のライブを聴きにいってる女子らしい。

せっかくきてもらったので、珈琲をごちそうしながら、四方山話をする。
国貞のCDを聴きながら、盛り上がって、「飲みますか?」ということになり、
珈琲がお酒に代わって、談論風発。お客さんひとりの「ちっちゃなライブ」みたいになった。

今週の水曜日にの夕方、ガラス職人やすりやさんと、水出し珈琲の打ち合わせをしていたら、
生・国貞雅子がやってきた。「そうだ。今日は休みだ~。ライブがないから曜日感覚がゼロになっちゃった」
とのこと。スタンゲッツなどのCDを聴きながら、飲み始める。主客転倒、椅子に座っている国貞雅子が、バーのママさんでこちらが
風采のあがらぬサラーリーマンのようなかたちになる。いつも元気印いっぱいの国貞だが、さすがにこの3か月の自粛期間は、
いろいろなことを哲し、行く末のことを考えたに違いない。ワインが二本空になっても、どこかしらスカっとしない。
彼女のライブは年二回で、いつも最後は「断るのが仕事」なくらい人気があるので、どこかで、小さなかたち、にしても
ライブをやりたいと思っている。
同じく年二回やるシャンソンの英里ちゃんも、先月末に飲みにきた。みんなエネ注満タンで、本番いつでもOK牧場状態だ。

7月11日は、大石学さんのライブをやる。その日に予定していた隅田川の花火大会は中止になったけど、
ライブは、「限定10名」にして、やろうと思う。お店もアーティストにしても、収入は減るけど、
このままだと「日本の文化が滅びに致る」ような気がするので、ぼちぼち再開していこうと思う。感謝。

おかまの街

東京は朝から☔。
シンコロ時代に入って、家で料理をしたり、本を読んだり、あらためて
新しい「巣ごもり」を日常にされている人が多いと思う。
古本屋もしばらく自粛営業をしていたが、やっとあいた。

ときどき、新宿のブックオフにいく。こないだひさしぶりにいったら、「茶」の本をみつけ
、読んでいた。古本というのは、前の持ち主が読んだ時にビットがたったところに、赤線が
ひいてあったり、しおりのかわりに、コンビニなどのレシートがはさんであったらりするところがおもしろい。
その茶の本には、オカマバーの名刺(写真つき)がはさんであった。確かに、本屋から徒歩5分くらいのところは
「おかまの街」である。

「桜〇〇子」と書いた名刺の顔は、まんまる顔の着物姿。
趣味のところに 下手な海釣り 不思議菜園 下手なバイオリン
好きな衣装が ひと昔前の清純派
特技・資格が 大型免許 工学修士(電子工学) 河合奈保子検定準一級  と書いてある。

買った本よりもおもしろい?
茶の本のあとがきに陸羽(りくう)の言葉が紹介されていた。
中国の文人で「茶経」を書いたひと。日本の茶道にも影響をあたえ、「茶聖」とよばれた人だ。

私は気ままにいきる、御殿に私の欲しいものは何もない。
垂れ幕をひき、土間を掃き清め、日中私は香を焚く。
これこそが私の贅沢。

茶にも「おかま」はつきもの。不思議な街の本屋で見つけた一冊。
おかまの街にわざわざいかなくても、釜が家になくても、
せっかく新しい「巣ごもりな時代」がきたのだから、茶を日常茶飯としてほしいものだ。

おかまバーにいった前の持ち主が赤線を引いた文章が一か所あった。赤鉛筆に力がこもっている?

成熟した大人とは別れどきを知っている人

ふ~ん、なるほど。シンコロのおかげで、いろいろ古い「もの」や「こと」や「ひと」とお別れをする時やね。感謝。

すりやさん

関東も梅雨入りし、蒸し暑い毎日。
今月は、梅仕事をしに、能登へいく。梅雨の一雨ごとに、梅は元気にたわわの実をつける。
諸説あって、梅の木は大陸からきた。とか、梅干しは韓国人が紀州に伝えたのが始まり・・とか?
能登の梅林にいき、毎年剪定したり、雑草をとったり、梅を収穫していると、これまでの自分の中の
常識とは次元の違った「声」みたいなもんが聞こえてくる。
梅林のいある瑞穂(みずほ)という、国始まりのような土地で、今年は稲作りも始まった。
陶器や芸術の源流は、確かに「大陸」から渡来したのが、「歴史」になっているけど、有史前に、
ひょっとしたら、宇宙から真脇の縄文人たちに伝えれられた?そんな気もしてくる。まったく根拠のない話だけど・・

水曜日は、「水出し珈琲」の実験。毎年梅雨入りしたころから始める。少し焙煎を深くしたり、
水出し珈琲のガラスの調整をしたりする。
14年前、開店したころ十間橋通りに、車がとまった。伊丹なんやら、みたいなアイドル歌手みたいな顔したボンが
「おれ・・押上三丁目でガラスをやっている・・・この通りで成功した人はいないけど、ばんばって・・ボリボリ」いって
自作の醤油差しをくれた。年は同じ31年申。
しばらくして、スカイツリーができることになり、般若くんに「水出し珈琲の台を、スカイツリーみたいな形につくって」
と頼み、ガラスの部分を、伊丹くんに頼んだ。しばらく使っていると、水を調整するコックのところが、水のミネラルとか塩分で
固くなったり、微妙に傷ついたりして、水の出方が違ってくる。
これまで二度ほど調整してもらった。3度目を頼みにいったら、朝から忙しそうに工房でガラスをつくっていた。
夏の煎茶用の急須を6年くらい前に、10個ほどつくってもらった。それの発展形を特許庁にだし、こんな不況の中でも
全国の茶人たちが愛用しているらしい。「注残が200個以上ある」と、汗だくの顔をふきながらのたまう。ガラス職人の工房は、サウナのごとし。

水出しの調整の話をすると、「ちょっとまって、スリヤを直接紹介するから・・」とのこと。「スリヤ?」
話の流れから、ガラスを擦る職人のことをそういうのか、と、察しがついたが、63年生きてきて、はじめてきく職業だ。
ふたりで、四方山話をしながら、押上小学校近くのスリヤさんちへいく。
ガラス職人とスリヤが、阿吽の呼吸で話をすると、「わかった」とひとこと。
次の日の朝、「できた」とスリヤさんから電話。ランニングシャツが制服のような汗だくの職人さんから、受け取って
お店へもどり、今年はじめての水出し珈琲用の焙煎をし、こちらも負けないくらい汗だくになり、夏用の珈琲が始まった。

合羽橋の珈琲器具専門店にいくと、安価で水出し珈琲の器具を売っている。
でも、縁ある人たちが、協力しながらつくっていく道具には、道にふさわしい「魂」みたいなものが具わっている。「道具」
とはそんなものだと思う。

人は一度 死なねばならぬ

うらぶれた十間橋通りが、自粛期間は人も車も通らず、ゴーストタウンみたいな
感じだった。自粛が解除されて、少し活気がもどって、もとの「うらぶれた」レベルにはもどって
きた感じはある。6月までは、7時までだった営業を6時に短縮し、7時からやっていた「寺子屋」
や「ライブ」を中止しているので、本を読む時間、酒を飲む時間、音楽を聴く時間が増えて、体も楽である。

この界隈に住んでいる人たちも、引き続き、テレワークで自宅で仕事をしている人も多く、息抜きをかねて
蕎麦を手繰りにこられたり、珈琲を飲みにこられる人もポツポツ増えてきたように思う。
Zoomなんかを使っても「話す」ことはできるけど、PCやスマホに向かってしゃべるのと、現実に
むきあってしゃべるのは、まったく違う話のようだ。
昔、町役場とかに「あなたの声を聞かせてください」というポスターが張られていたことがある。
それを見たおばあちゃんがポスターに向かって「あ~~~・・・」と声をあげた、そんな話を彷彿させる。

自宅で仕事や学習をするのがあたり前になると、都心のオフィスや、学校の存在意義がかわってくる。
これからますます出張なんていうものが少なるなるだろう。つきつめていくと、「都会に住む」という
ことも「?」と思う人が多くなりそうだ。戦後、それまでのあらゆる「常識」が覆された。
天皇は神様であったのが、人になり、神風が吹くと信じていた神域の民は、みな露頭に迷い、
教科書に書かれているものは、墨が塗られ、何を信じていいかと、途方に暮れた。
そんな時は、人は、自分の内なる神の声を聞きながら、自然にもどっていくようだ。
潜在的な失業者が増えているようだし、これまでそんな人たちの受け皿であった飲食業会も、閉店ラッシュの
憂き目を迎えている。連日交通機関の「人身事故」が多くなってきた。このままだと阿鼻叫喚のような世界になりそうだ。
人は黙っていても100%死ぬ。自分で自然にさからって、死ぬことはないと思う。

今日の「真民さん」

「一度」

人は一度
死なねばならぬ
日は一度
沈まねばならぬ
光は一度
闇にならねばならぬ

これが宇宙の教えだ
このことがわかれば
大概のことはわかる   真民

月曜の朝は卵かけごはん やばいっす!

今日は35度の猛暑になるところがある。と、さきほどラジオがいっていた。

犬の散歩をする人も、アスファルトの温度を気にしないと、わんちゃんの足の裏が
焼きどら焼きのようになる危険性がある。

お店の前のプランターや植木も、朝夕に水をあげないと、しおれてくる。
如雨露の中に「うめ星」を入れてあげると、びっくりするくらい元気になる。
カウンターで、「うめ星実験中」の時よりも、プラス光合成の力がよりアップするので、著しい結果がでる。
ペットボトルの先に如雨露みたいな穴あいたんをつけるグッズがでてきたので、その中にも、「うめ星」を入れ、
元気シールをはった。水やりが面白くなってくる。

最近、「移住を考えている」というワカモノがけっこう増えているように思う。うちにくる人たちも、
メニューの中に挟んである「能登」の情報などにビットがたち、いろいろ質問をしてくる。
一番多いのが「どうやって、田舎でお金をかせぐのか?」というたぐいの質問。現実的でとっても大事なことだけど、
まだ腹がきまっていないひとの平均レベル質問なので、「霞をくっていけばいい」くらいの返事しかしない。
このまま東京に住んでいても・・?と思っている人が、そのまま田舎にいっても、たいがい「東京のほうがよかった」
と思うようになるのではないかな。シンコロで時代も変わった、自分も変わろう、と腹くくらないと、移住はしないほうがいい。

移住する時、その土地の町役場などにいくと、各種の助成金制度がある。取得したりすると50万とか100万くらいでるし、
改装費もところによっては、そのくらいでる。カフェや美容院や宿泊施設や農業などで、起業しようと思うと、それも助成してくれる制度
がたいがいある。子育ての支援も都会のそれよりも充実していると思う。
「その土地の指定された企業に就職したら、いくばくかのお金をくれる制度」もある。ところが、これを活用する人が
皆無に等しいらしい。つまり、都会にいた時と同じようなことはやりたくない、という人が移住している、というこっちゃね。

昨日、子供が生まれたばかり、という男の子が蕎麦を手繰りにきた。「実家にもどって、半農半Xの暮らしがしたい」とのこと。
田舎をきくと、筑波山の麓らしい。天真庵のHPで紹介している「やさと農場 暮らしの実験室」の話をしたら、知っていた。
東京に住んでいるけど、週末に畑をしたり、なんやらマルシェみたいなところで、活動している、ということだ。
さすがに、顔は日焼けしているし、未来にちゃんとした夢をもっているような目をしている。
能登の「たこすかし」の話をしたら、「タコとじゃがいもとバジルで、めちゃくちゃおいしい温サラダができます」といって、
メールでレシピをおくってくれた。6月の「たこ作戦」がまた楽しみになった。
♪タコ タコ タコの足・・・・イカ イカ タコ タコ・・・・そんな歌があった・・

今日の味噌汁の味噌は「耶馬渓産」。8年ほど前まで、東京に住み、ときどき天真庵にきていたT君が、大分の耶馬渓
に移住し、米と大豆を自然農で作り始めた。そのTくんがつくてくれた大豆。先日、近くのオッサが遊びにきて、「あの味噌、やばいっすね」といった。
「ヤバケイ やから ヤバイッス」と答えた。江戸時代に、「日本外史」を著した頼山陽が、田能村竹田を訪ね、大分に旅した時に
つけた地名。頼山陽と田能村竹田がかわした書簡が「一楽帖」として、国宝になっている。ふたりとも煎茶を嗜み、
頼山陽の京の家「山紫水明処」は、煎茶の道ゆく人たちの道しるべのように、賀茂川沿いに建っている。
大学時代に、その近くの荒神口にあった「安兵衛」というおでんやのオヤジが教えてくれた。

梅仕事

梅の季節だ。

先日、亀戸の骨董屋にぶらり散歩。
シンコロの季節はお店を閉めていて、中でかたずけをやっていたらしい。
一度、「顔が見たくなった」といって、蕎麦を手繰りにこられたが・・
銀座の骨董街もしばらく閉まっていたり、骨董の市場やイベントも自粛ムードの中、
みんな元気がない。飲食や旅行関係だけでなく、いろんなところの人が「とまって」、
いくすえのことを考えている。

この骨董屋は料理が趣味で、愛用の包丁は、日本刀を短くして、柄をつけたものを使っている。
最近、実家の千葉の古民家を改装し、改装や引っ越しの手伝いをする人に、自慢の料理をふるまって
いるようだ。庭には、梅の木が10本ほどあり、毎年梅の花が咲き、かわいい青梅がなるらしい。
「だれもとならないので、いつでもきて、とっていって」といわれながら、3年になる。
「かたずけをしていたら、でてきた」という正本の菜切り包丁を買ってかえる。茶道具、三味線、刀・・・
珍品堂商会のような不思議なお店。

能登の梅も今年は元気になりそうだ。シンコロの影響で、飛行機が飛んでいないので、今年の
「梅林ガールズ」の遠征はむずかしくなった。金沢あたりから知り合いがくるかもしらないけど、
ま、なりゆきにまかせるとしよう。自然のものは、自然にまかせるのがよろしい。
金沢、といえば、今朝の天声人語に、室生犀星の詩が紹介されていた。浅野川のほとりに、記念館がある。

青梅のしり美しくそろひけり

うめを尻と見立てるのは、さすがだ。

梅仕事をしに能登にいくようになり、自分たちも能登に家をもち、月10日は能登で暮らす。
梅は剪定をしたり、雑草をとったり、けっこう手間という愛情を必要とする。これを「仕事」
だと思うと、重たくなるけど、自然学校で学んでいる、と思えば苦にならない。楽しいものだ。

梅干しをつくってみて、「能登の梅はうまい」と思った。海に近いので、ミネラル分が多いのと、
しばらく放置していたので、「自然農」に近く、農薬も肥料もやらない。何も足さない農法。
効率優先の今と真逆だけど、「質」(味)は、似て非なるものだ。
梅シロップをつくった時はびっくりした。東京のスーパーで買った梅でやると、きれいに消毒されて
いるので、梅の表面に雑菌が残っていない。ゆえに、発酵に時間がかかる。
能登の梅でやると、次の日くらいからシューという発酵が始まる。一物一体、ではないけど、梅そのもの
の中に、梅由来の酵素群や微生物があふれているようだ。シンコロもそうやけど、目に見えない細菌の世界は、
用い方によっては素晴らしい活性をし、「用いる人」によっても、その効能が千差万別である。天地自然の理なり。
「農業」とか「食育」にスポットライトがあたる時代がきた。農業をやるということは、この自然の理に従い、
大地にしっかり根をおろすことだ、と最近つくづく思う。感謝。

今日は日曜日なので16時閉店。

明日の朝は「卵かけごはん」

十牛図 ぱあと2

昨日は東京も30度を超した。夏も近づく・・どころか、真っ只中のような暑さ。
能登の神子原村(みこはらむら)の蕎麦茶を沸かし、冷蔵庫で冷やした。一気呵成に飲む。

水曜日に、能登の家にもっていく茶箱のものを整理していたら、青山禮三と共箱に揮毫された急須
がでてきた。茶箱の隅には、作品集があり、青山翁が古希(70歳)の記念の時に新宿伊勢丹で
やった陶展の時のものだ。平成2年と記せられてあるので、30年前のことだ。

推薦の言葉を、虎渓山永保寺住職だった中村文峰和尚が書いている。十牛図の本を書いた和尚だ。

推薦の言葉

古希を迎えた青山禮三氏が聞いた。
「禅録の中に土に関する禅問答がありますか」と。
「あります。木平善道禅師は新しい修行僧が来ると、相見する前に土を三度運ばしたという話頭(わとう)が
禅書に載っています」

青山陶匠は無言であった。
青山陶匠は三度ならず数度東京に土を運んで東京の人々に作品を展覧して木平禅師の話頭に答えようとしている。
透得とすべきであろうか。
泥過とすべきであろうか。
木平禅師に代わっていう。
「東山水上行」(とうざんすいじょうこう)

急須を出して、福岡からおくってきた星野村の新茶を久保さんの斑唐津の茶碗についだ。
床の間に飾った猿田彦の掛け軸を眺めながら、禅問答を読み解く・・・東山(ひがしやま)が水辺(賀茂川)を歩行す・・???
凡夫の頭には、微風ひとつ吹く様子もないが、のどもとを嚥下した茶にかすかな清風の味がした。感謝。