英語でポン引き

昨日は「長屋で女史会」だった。
天気が不安定で、夕方にわか雨が降った。プランターの植物たちは
予期せぬ恵に感謝しているようだった。明日からどうやら関東も梅雨入りだしい。
梅雨がないと、田んぼも畑も梅も困る。いい塩梅、というのは、食べ物だけではない、
暮らしにもあてはまる。今年の梅雨は、能登にいって「梅仕事」の仕事はじめ。

2月の味噌にはじまり、梅林ガールズが活躍する。便利な暮らしもいいけど、少し
前の日本人にもどる、というのも、いろいろ発見があり、感動もいっぱいある。
来週は「松休み 梅休み」をとる。

今日は「英語でそば会」 スカイツリーとこに集まって、外人さんに声をかける。
「どこからきたの。日本の食べ物なにがおいしかった?」「え、そばを食べてないの?」
「近くに、奇人のやってる蕎麦屋があるけど、いっしょにいかない?」
そんなこんなで、臨機応変につたない英語でしゃべり、外人さんをポン引きする日。
場所がらもあるけど、恵比寿顔したおばちゃんの慈愛に満ちた笑顔がきめて?かもなんばん。
22勝5敗くらい。ボクシングなら世界ランカーくらいの成績。

明日明後日は「そったく焙煎塾」&「無茶しぃの会」(煎茶道のお稽古)
明日は「満つまめの会」もある。

長屋で女史会

昨日は、日曜日なので16時に閉店。その後は「蕎麦打ち教室」
10回目を少し過ぎた中堅のてっちゃんが師範代になって、新人さんの
目の前で打つ。人に見られたり、教えたりするのは、緊張もするけど、
「人を使うは、使われる」の名言があるように、自分の勉強になる。
やさしい指導で、2回目の新人さんも「そばらしい蕎麦」が打てた。

お茶もそうやけど、主人になったり、お客さんになったり、繰り返される中に
陶冶され、磨かれ、身についていけるものがある。てっちゃんには、「蕎麦豆腐」
の作り方を伝授。レシピを教えるのは簡単だけど、それを自分のものにする、
のは、やはり繰り返しの練習が必要だ。昔から卵焼きなら、毎日やって1年。
ドリップは2000回などといわれている。

今日は月曜日。月曜日の朝は「月」の洒落ではないけど、TKGこと「卵かけごはん」だ。
今朝は大根を梅酢につけた香のものがでるらしい。梅は昨年能登からおくられてきた梅。
いよいよ今月は「梅仕事」に蕎麦のお弟子様たちといっしょに能登までいってくる。
その前に「松の手入れ」。今年は不作で竹の子はあまり口にしなかったけど、
半年の中に、松竹梅をこなすことになる。

今日の夜は「長屋で女史会」
明日が「英語でそば会」  スカイツリーのへんで、うろうろしている外人さんに声をかけて
「この近くにイケメンのそばやの店があるんやけど、いかへん?」ってなことを英語で話しかけて
ポン引きしてくる日。23勝5敗  アバウトだけどそんな成績。

水曜日木曜日は「そったく焙煎塾」&煎茶のお稽古「無茶しぃの会」

卓球も格闘技??荘則棟って知ってるかな?

ひさしぶりに、偶然卓球をテレビで見た。「釣りバカ・・・」を録画した
つもり、が、再生したら卓球だったので、夢中で見た。若い日本の選手たちが
頑張っている。しかも昔とスピードも技もルールも違っていておもしろかった。

昔卓球に凝っていたことがある。近くに工務店の息子がいて、そこのおやじの自作の卓球台で
手ほどきを受けた。「ピンポン外交」なる言葉が流行った時代。そのころ中国に「荘則棟」という
卓球の神様みたいな人がいた。博多の九電体育館で試合があったとき、彼にサインをもらい、しばらく
宝ものにしていた。今日は天安門事件28歳の日らしい。彼も文化大革命などに翻弄され、波乱万丈の
人生だった。

中学は北九市立「引野中学校」。廃校になったが城山小学校ではソウフトボール部でピッチャーやった。
引野中学校は、八幡西区の高台にあり、野球部がなく、卓球部に入ろうと思ったらそれもなく、
自分で先生たちを説得して「卓球部」をつくった。指導者もなく、「卓球マガジン」を読みながら、体育館も
使えず、自分の教室の椅子机をかたずけて、練習をした。すぐにシード校になり、張り切って揃いのユニホーム
をつくった。襟があるのがダサく思い、襟なしのものをつくって試合に臨んだら、ルール違反らしく「失格」になった。
元衆議院議員の末松義規くんとは、卓球では永遠のライバル。そのころ弁はたたなかったけど、卓球はうまかった。

天真庵を押上に結んだころ、中学校の同級生でフジテレビに努めるMくんから電話があった。
「卓球の岸川くん、ノンチン(ぼくのあだ名)がつくった卓球部の後輩って知ってる?」
ロンドンオリンピックで活躍した岸川聖也選手。ネットで検索してみると、「北九州市立引野中学校卒」
になっていた。

今日は日曜日なので16時閉店。その後は「卓球」。ウソ。「蕎麦打ち教室」です。
明日の朝は「卵かけごはん」  夜は「長屋で女史会」
火曜日が「英語でそば会」

水曜日木曜日が「そったく珈琲塾」&「無茶しぃの会」

♪夏も近づく八十八夜 今年の新茶を飲んだかな?

夏も近づく・・・というより夏本番みたいな天気で、春も梅雨
も飛び越えて・・といった今日このごろ。

新茶の季節だ。昨日は、英語の岩本先生が「遠山郷の新茶」をもってやってきた。
彼が所属しているシンクタンクは、最初は渋谷の駅前にあった。「これからは田舎で農業」
ということで小田原に本社を移し、今は頻繁に静岡の遠山郷いって、自然にふれあいながら
「これからの日本人のありかた」などを模索している。会社名前は「藤原事務所」。

スカイツリーができた5年前に、藤原事務所の藤原さんから、全国からお客さんをよんで、
講演を頼まれたことがある。そのお礼に「スカイツリーに上る」ことにあいなった。
それから一度ものぼっていない・笑 いけるとき、できるときになんでもやっとくのがいい。

一昨年に、界隈でシャアハウスをやっている大樹くんといっしょに、岐阜の春日村にお茶をつみに
いき、蕎麦会をやった。そこの新茶も届いた。
そして、我がふるさと、福岡の新茶も昨日届いた。さっそく3種類を、岩本先生と
飲み比べた。お茶の銘柄をあてたりするのを「闘茶」という。煎茶でもときどきやる。
「人と比べる」とかいうのは、性にあわないので「闘茶」は一度もやったことがない。
でも毎年、この3種は飲むので、目隠しされていても、「これ」だとわかる。

おいしいものを食べる(飲む)。というのより「おいしく食べる」(飲む)ほうが100倍楽しい。
今年になって「煎茶を習いたい」という人が増えている。「無茶しぃの会」は月に一度
しかないし、平日の昼間だし、普通の堅気の人では受けにくい。
秋くらいになったら、「無茶しぃの夜咄し」という講座をやってみたいと思う。

そんなわけで、二週間ほど在庫切れだった煎茶が入荷。これから新茶の商品つくり。
今日は「満つまめの会」 整体とお茶も切っても切れない関係になってきた。
夜は「インヨガ」 ヨガの人たちも「お茶」の効能を体で知っている。

ぼたん風 とりすきで暑気払い

昨日は「おとこかっぽれ」
当たり前だけど、かっぽれは春夏秋冬、「浴衣」一枚で踊る。
昨日は汗だくになった。

前日は暑気払いの第一弾で「おでん」をつつきながら蕎麦会をする。
ぼく以外は女子で、まるで女子風呂で混浴?みたいな飲み会になる。
かっぽれの高口先生は、垣根のとれた家族のようなこの会が気に入っているみたい。
じたばたしていても、あっという間に人生は終わってします。バカになって踊ったり、
裸になって人とふれあう、というのは大事なことやと思う。骨になってしまってからでは、
鼻くそもほじくれない、よ。

昨日は南部鉄の鍋を使った「とりすき」。神田須田町に「ぼたん」という老舗がある。
空襲を免れて、古色蒼然とした建物が残り、下足番がいて、炭番もいて、さながら
「お茶会」みたいな雰囲気で「とりすき」を食べることができる。
秋葉原でITの会社を創業したので、田舎から商談にきた人たちとそこにいって
昼から、ぬる燗を飲みながら、喧々諤々やった場所だ。

天真庵では「わりした」は使わないけど、「かえし」が3種類あるので、それを使って
「とりすき」をやる。昨日は「甕の滴」を飲みながら談論風発。
かっぽれで汗をかき、とりすきで汗をかく。エアコンで涼をとるよりも、健康で
地球のためにもなる。トランプが地球の温暖化より経済を優先だと叫んだ。
「今だけ、金だけ、自分だけ」の3だけ主義がいつまでもつのかしらん。

茶の湯展を見に・・

昨日は「おんなかっぽれ」やった。先生も生徒も女子ばっかり・・
上で♪あ かっぽれ かっぽれ とやっている間、下でそば会の仕込みを
しながら飲む。昨日はかすみちゃんがおくれてきたので、ふたりで飲みながら談論風発。

昼間は「満つまめの会」。ぼくは午前中は板橋の「歯医者」に。
毎月歯の掃除にいく。一番長く住んだ町なので、いろいろ懐かしい。
古本屋のおやじが「こんなのは入った」と、すすめてくれる。アマゾンよりすごい。
昨日は「茶の本」とそばの師匠の「蕎麦大全?」

今朝は少し寝坊し、顔を洗ってから、近くのバス停で「上野松坂屋行」にのり、
上野でやっている「茶の湯」を見にいく。すごい人だ。
図録を買って、精養軒でビールを飲みながら読む。とてもじゃないけど、ゆっくり見れた
ものではない。
昨日久保さんから「やんぽ」が届いた。昔から茶人が、金平糖なんぞを入れ、懐に忍ばせ
て旅の友なんかにしたもの。織部、黄瀬戸、志野に黒柿のふたがされていて、いかにも風流な
茶人好み。煎茶道具を入れる茶櫃にお仕覆を着させて入れてみたいと思う。

今月は能登に「梅仕事」にいく。能登で生まれた器で「合鹿碗」(ごうろくわん)というのがある。
おれを小さくして、京都サイズにして煎茶碗にするのもいいか?とか、いろいろ毎日、どこから
なく降りてくる声に耳をかたむけている。
コンピュータ業界でも「ダウンサイジング」ということが流行ったことがある。
料理も器も、少しサイズがかわるだけで融通無碍な曼荼羅宇宙が無限に広がっていく。

これから「おとこかっぽれ」

玉露を飲む健康法

今年の新茶がでまわってきた。近所に住む「だいきくん」が、毎年岐阜
のお茶を自分でつんで、もってきてくれる。少し野趣のある感じだがいいお茶だ。
毎年この界隈でお茶好きが手伝いにいって、新茶をはこんでくれる。

お昼にハリーポッターくんがそばを手繰りにきた。めがねがおしゃれであの映画の主人公みたいなので
勝手にそうよんでいる。最近お茶にはまっているらしい。先週の休みの日に、なんやらゆう陶芸作家の個展を
表参道のギャラリーにいったらしい。初日の開店30分後にいったら、急須が全部売り切れていた、とのこと。
若い人たちや、中国人や韓国の人らの中でも、「お茶」、しかもお抹茶ではなく、煎茶に興味がある人が
増えてきているように思う。

夕方、若いファッション関係の若者がそばを手繰りにきた。近所の香取神社の近くにアトリエとお店を
構えている。先月お邪魔したら、久保さんの「白い小さないがんだ器」にハーブティーを入れてウェルカムドリンク
をだしてくれた。昨日も久保さんの「白い小さないがんだ器」をじっと見ている。「そばちゃこに使うんだったら、
ぼくのお弟子様価格にしてあげるよ」というと、少し考えていた。たぶん10分以内に書の会にくる女子がそれを
見つけると、「これ」といってもってかえる。ので、「今買わないと、すぐ買われるで」といって、押し売りをした。
あんのじょう、その女子がやってきて、その話をすると、悔しがっていた。お茶も一期一会。お茶碗も一期一会なのだ。

今日は10時から「満つまめの会」。最近まーくんも「玉露」と久保さんの「白い小さないがんだ器」にはまって
いる。今日最初のお客さまは、浅草で器のギャラリーをやっている女子。
いろいろおもしろい人が「満つまめの会」に集まってきた。夜は「おんなかっぽれ」
おんなかっぽれの女子はみんな「満つまめの会」のメンバー。なんやらしらん人が聞いたら、「あやしい宗教団体」
みたいに思えるかもなんばん。「天真庵」は健全な寺子屋なのでありまする。感謝。

なんとなく蕎麦を食う会

天真庵のHPの表紙にそんな部屋がある。
日曜日に「そば打ち」と「食う会」をやっている。
最初は普茶料理もいっしょに覚えようと思い、そんな会にした。
最近は、「なんとなく鮨をくう会」になってきた。蕎麦のお弟子さま
たちが、南島原とか能登に移住しはじめ、庭付きならず、「海付き」の家に
住むようになり、蕎麦もいいけど、「これからは鮨もやろう」
ということにあいなったしだい。そこの部屋に、「不思議な茶会図」
みたいなものを張り付けてみた。一番新しいお弟子さまが、初日の「お稽古」をして、
記憶にあるものを描写したものを書簡にしておくってくれたもの。「時代物」のようで
おもしろい。

昨日は「論語の会」。先月「河合寛次郎」さんの本を貸してあげた子が、お礼に
お酒をもってきてくれた。昨日は「京の風」が吹いた。
スカッチの会のW先生が「京都にいってきました」と、「京の土」というお菓子を
もってきてくれて、京都の話で盛り上がった。姉小路(あねのこうじ、という)の亀末廣のお菓子。
そして、「河合寛次郎館の近くの珈琲屋」の話をしてくれた。
夕方にはマーくんが、「阿闍梨餅」を、もってきてくれた。京都の友人に「上京するときは、
阿闍梨餅をよろしく」と頼んでくれたらしい。そんなわけで、昨日は根っこから京都の風を
愛でた。清風、というか風雅な気持ちになった。

今日は東京も30度を体感する夏日になるらしい。涼しいうちに買い物をして、
アイスコーヒーをいっぱいしかけてみるとしよう。
今日の夜は「書そしよう会」

明日は「満つまめの会」  マーくんが気合を入れて、元気を広げる日。
夜は「おんなかっぽれ」 木曜日は「おとこかっぽれ」明後日は6月やね。はやいはやい。

TKG 月曜の朝は・・

TKG、つまり「卵かけごはん」。月曜日の8時から10時はTKG。
昨日は「日曜そば打ち道場」やった。
かっぽれをいっしょにやっているくんが、初めてそばを打った。

かっぽれとか音楽みたいなものは、残らない、というか、
その場限りで終わり、というのがいい。一期一会でいい。
その最たるものが「茶」。

料理というのも、食べてしまえばおわり、というのがいい。
そば切り、というのは、「かんそ」という意味では、頂点にあるやもしれない。
そば粉に水を入れ、水回しをして、それを丸くのばし、それをまた◇にして、
たたんで、切る、それだけのことだ。でも簡素の中にこそ「ホンモノ」がある。

昨日の夜、ボクシングの村田の試合の録画を見た。微妙な判定だったけど、挑戦者としたら
今ひとつ手数が足らない、という気もした。それが終わってチャンネルをまわすと、
ゲームの「高橋名人」がでていた。30年前のファミコン時代の英雄だ。
ソウトバンク時代、ゲームといえばハドソンで、彼はそこの社員でぼくは商品部の
バイヤーをやっていたので、彼とはよく仕事をした。58歳になり、すっかり髪の毛も
なくなった姿に、時間の経過と、彼の人生を垣間見た気がした。でも「名人」なんていわれた
時代よりも、いい顔になった。

今日の夜は「論語の会」(順受の会)
明日は「書の会」  ふつか続けて文人墨客たちがやってくる。
なんやら、煎茶のブームなしきものがきていて、「なんちゃって茶人」ボリボリ・・
みたいなもんがいろいろでてきているけど、やっぱり「茶」というものは、仏教とか禅
とかとかかわりが深いので、ドリッパー男子よろしく、みたいなものとは違うベクトルで
すすんでいけばいい、と思う。     

すーさんがやってきた。

釣りバカ日記の新しいシリーズがテレビでやっている。
テレビはまりみないけど、最近ボクシングがいっぱいあたったので
いっしょに見た。西田敏行がすーさんに格上げ?された。

花街では、鈴木さんはすーさん、田中さんはターザン(うそ、たーさん)、
とかいった呼び方をするのがならわし。ぼくは「のーさん」。でも大塚では
「ノムちゃん」と呼ばれていた。

昨日、すーさんがひさしぶりにそばを手繰りにこられた。85歳になったらしいが、
ベンツを運転し、気のきいたリネンの帽子をかぶっている。
その時、偶然に元・浅草芸者のたまちゃんもやってきた。88歳?
浅草のお座敷では、何度もあっているらしいが、天真庵では初の顔見世。
「あらお元気そうね」「いやもう棺桶に片足だよ」なんていいながら四方山話が始まった。

最後に「sさんはまだ元気でやっているよ」とすーさん。「そうね、たっしゃな人だからね」とたまちゃん。
でも実際はsさんは昨年暮れに、旅立たれた。
粋な会話に足をつっこむ無粋なことはやめ、そのままふたりの話を楽しんだ。

年をとると、少しボケるくらいがちょうどいい。たまちゃんも、さる事件があって
天真庵の敷居は高くなって、しばらくこれなかったけど、最近また勇気をしぼって
敷居をまたいでくるようになった。「忘却」というのも、自然がくれたやさしさかもなんばん。

おかげでsさんも生きている。死んであの世にいったって、生きている人のこころに、
みんな生きていく。死、というのがあるから「生」というのが生きてくる。感謝。

今日は「満つまめの会」16時閉店の後は「日曜そば打ち道場」
明日は「卵かけごはん」 夜は「順受の会」
明後日が「書の会」