黄檗

おうばく、と読む。
煎茶の世界では、黄檗山のお坊さんが書いた書を「おうばくもの」なんていう。
隠元・木庵・即非の書はその中でも最高峰で「黄檗三筆」なんていわれている。
向島にある黄檗の弘福寺の秘宝を公開している。「すみだ郷土文化資料館」

昨日仕込みをしていたら、おかまのMくんが「タルトのおすそわけ」といって
愛媛のタルトをもって入ってきた。さっそくそれをお茶うけにして、珈琲を
飲みながら四方山話。
「もちろん、行ったでしょうけど、おうばくどうだったの?」というので
「いってへんで」と答え、「これからいこか」と誘うと「え~こんな暑い日に・・」
と躊躇した様子だったが、向島まで歩きながら珍道中。

思ったよりも狭い会場だったけど、隠元さんの師匠の書や、木庵の書が所せまし、と飾ってあった。

帰り際に「わたし 立ち食いソバに はまってるの」
というので、スカイツリーの近くにできた新しい店にいく。
立ち食いといっても一部で、たいがいがカウンターに座るスタイル。
ざるそばを頼んで(Mがおごるというので、ヤツが自動販売機でチケットを買う)、
でてきたそばを手繰って、「ごちそうさま」といって外へでると、Mが中の人と話している。

「まだか?」という顔して中をのぞくと、ぼくの分までかたずけながら「ここはセルフなのよ」
と笑っている。おごってもらったうえに、かたずけまでさせてしまった。
古本屋カフェを開く準備中が10年。これからしばらくのヒズ(ハー?)ブームは「立ち食いそば」になりそうだ。
何をやるにも時間がかかる。それに比べると、人生はあっという間だ。命短し はよせよ おとめ 

猛暑に勝つには・・・

昨日の夕方、近くのKという誰でも知っている会社の研究員をやっている常連さんが、
彼が主催する「健康な食品」の説明会のパンフをもってこられた。
その会社のほかにも、カネボーが鐘ヶ淵(かねがふち まんまそこから会社名にした)
下町にガラス工場などがあまたたったのは、日本が
豊かになるにつれ、化粧品も高級になり、それを入れる瓶もより高度に発達したものによる。

昨年に続き、「発酵食品」などがいろいろ紹介されるみたい。「でも、体にいいものでも
バランスよくとらないと意味ありません」と、優等生ぶってビールを美味そうにグビグビ飲んで言った。
「そのビールは体にいいのですか?」と矛先をかえて質問したら、吹き出しそうになり、「よくありません」
と笑った。アルコール類は利尿作用が強く、水分不足になるそうだ。わかっちゃいるけど、やめられない・・
♪ア ホレ スイスイ スーダララッタスラスラ スイスイスイスイーラ

今朝の朝食は、もち麦入りごはんに、梅酢でつくった魚の干物、納豆、具だくさんの味噌汁、香のもの(ぬか漬け)。
ごはんを焚く時にも、梅酢を少し入れる。

糠床の糠一グラム中に、発酵菌が1億個くらい入っていることが最近わかったみたい。
昔からいわれている、「毎日かきまぜる」とより元気な発酵菌ができるし、野菜をつけて
食べると、胃酸などによって死ぬ確率が減るらしい。
「おばあちゃんの智慧袋」には、いろいろすごいものが入っている。

今回は、宮崎、福岡、能登をまわり、近所のおばあちゃんたちに、「とれたて野菜」をいっぱい
いただいてきたので、トマトは生で能登の塩つけて食べ、キュウリはぬか漬けや、ラーユをかけて食べたり、
ナスもぬか漬けが一番やし、ぼくはピーマンのぬか漬けを食べると、お酒2合くらいグビグビ パパパヤ ♪ヤメテケレ ヤメテケレ ヤメテケーレ状態。

あさごはんの後は、梅シロップをつくった果肉をブレンダーにしたものに、「はったいこ」を入れ、水でうすめて飲む。
おじやを朝ごはんにする時は、梅干しをかかさない。
休みの日はクーラーをかけずに、焙煎したり、仕込みをするけど、昨年からビールをやめて(時々は黒ラベルを飲むけど)、
やかんで沸かした麦茶の冷えたん、を飲むようにしている。

あまり原理原則にこだわると息がつまるので、ときどき外食してビールを飲む。
昨日は近くの燕京亭で、餃子とビール、五目麺、紹興酒・・・
孫カメが生まれたらしい!
ばあちゃんがめは「つる」という名の亀だった。
つるの子供が「ハ メ マラ」・・・みたいなハワイ語からとった三匹のこぶた、いや子亀。
孫は、なんと命名されるんやろ?

明日は「赤須翔」くんのギター&ウクレレ教室。ハワイの「ハ メ マラ」みたいなんを
正確に何というか聞いてみよう!

追伸
すぐに友達からメールがきて、「それは、ハワイヤンの「カイマナ・ヒラ」(ダイヤモンドヘッドの事らしい)じゃないの?」
とのこと。紹興酒を飲みすぎていたけど、そんな気がする。
そこから「カイ」「マナ」「ヒラ」か・・・「ハ メ マラ」とはちょっと違う!孫にその名を譲ろう!

月曜の朝は卵かけごはん

昨日は「春慶寺」の法事の前に、ご親戚が蕎麦を手繰りながら故人を忍ぶ、
そのような会があった。18人プラスⅠ人の蕎麦会を開店前の11時からやった。
母堂様のお葬式は音楽葬だったそうだ。

ももちゃんの会の時も、ももちゃんのおじいちゃんおばあちゃんのお友達たちが、
危険な猛暑をもろともせず、孫のような音楽家の琴の演奏に拍手と笑顔で答えてくれた。
じいちゃんばあちゃんが元気な国は、幸せな国だ、とあたらめて思う。

昨日も35度を超える猛暑の中、喪服を着たお年寄りたちが集い、古色蒼然とした「江戸時代のそばや」
(昨日のお客さんのひとりがそんな賛辞をくれた)のようなとこで、蕎麦を手繰る。
お酒を飲み、蕎麦を手繰り、〆のホボブラジル・・・天真庵の「文膳」のコースの終盤に、プラスⅠが
二階から降りてきて、ピアノを弾きながら3曲歌った。本日の主客の母堂様の葬儀の音楽葬は
「Stand」を流しながら執り行われたらしい。その「Stand」の生・国貞雅子が突然あらわれたので、
場が盛り上がった。もうひとりのおじいちゃんが最後に涙を浮かべながら「生はいいな~」と。

「帰ろう」にみんな涙した

母さんと二人で 帰ろう 帰ろう 帰ろう
夕暮れの道 手をつないで 帰ろう 帰ろう 帰ろう

雨が止んだら 帰ろう 帰ろう 帰ろう
涙は虹に変わっていく
帰ろう 帰ろう 帰ろう

あれからいくつ
時が過ぎただろう
今日は 母さんの手を引いて 帰ろう 帰ろう 帰ろう   ・・・・・・・

マンモス公園

近くにそんな公園がある。春になると桜が咲く。
その時、「マンモス」のように高い滑り台の上で告白すると、恋が叶う、という言い伝えがあった。
天真庵の改装を手伝ってくれた「はやしくん」が、「けいちゃん」と、そんな噂通り
のことをして結ばれた。「信じるものは救われる」である。
ふたりは、すぐに和歌山の海辺に移住し、「田並劇場」(天真庵のHPにリンク)を
クラウドファンディングで再興した。家族がふたり増えて今は4人家族。

マンモス公園のすぐ近くに、左隣が「魚屋」右隣が「豆腐屋」という長屋の真ん中に、
知り合いの陶芸家がアトリエをつくった。2006年かそこら。
その時は池袋に住んでいて、「押上」という駅があることも、知らなかった。
九州出身のその陶芸家が「遊びにこんね。よかとこばい」というので、一度酒をぶら下げて訪ねた。
隣の豆腐屋の「やまちゃん」の、「さ~いらっしゃい。今日はアジがうまいよ~」みたいな呼び声に
なつかしさを感じ、豆腐屋の看板が手書きであるのに衝撃をうけ、不整脈か?と思う
くらいドキドキした。まさかの縁で、その町に2007年天真庵を結び、十有余年。「なりゆき」
というか、人生のめぐりあわせの妙は、不思議なものだ。

最近この界隈では、長屋や古い家がいろんな理由で取り壊されている。来年の春に近くにコンピュータ学校と
千葉大の一部ができる。オリンピックイヤーでもあり、東京の不動産は、またバブルのようだ。
天真庵を結ぶきっかけになった、その三軒長屋も、取り壊しの憂き目にあう。
マンションや建売住宅にするほうが、「経済的効果」はあがるのだろうが、失ったものはかえってこない。
どこの町も旧資本主義的な発想で開拓が進行中であるが、何か「滅びに至る」途中みたいに思えてならない。

今日は常連さまの母堂さまの法事が押上の名刹「春慶寺」である。昨年は元気に蕎麦を手繰りにこられた。
その前に「天国への引っ越しそばを手繰る会」のような蕎麦会を承った。ので、
今日の開店は30分おくれの「12時半」とさせてください。「そばや」(そばやの二階)というのは、
いろいろな「歴史」を育んできた場所である。感謝。

ももちゃん会 大盛況

昨日は、ももちゃんの薩摩琵琶の会。
彼女が天真庵デビューしたのは、10数年前、押上にきたばりのころ。
織田流煎茶道の家元のお嬢様りんちゃんとももちゃんが、東京音大の同級生で、
煎茶道の仲間とともに、二階で煎茶会をやり、一階でライブ・・・という
「煎茶事」のような会をやった時だ。ふたりはまだ大学を卒業したてだった。

もも、の前に、ぶどう人もやってきた。
真っ黒い顔したんが、昼過ぎに「ちわっす」とやってきた。
「来年のオリンピックの下見にきたアフリカのランナー」かと思ったら、
ぼくのそばのお弟子様。2年前に山梨に移住して、ぶどうをつくっている。
この秋に、古民家を買い、本格的な「田舎暮らし」をやるらしい。
相方はピアニストなので、なかなかおもしろいことが、山梨でも誕生する。
彼はぼくと同じ九州産。

九州産、といえば、先日ギタリストの「吉良 剛」くん(大分)が、
蕎麦を手繰りにこられた。お父様の還暦の祝いをきっかけにギターライブを
やりはじめ、藤沢を拠点にライブをやっている。9月21日(土曜日)が天真庵
初ライブ。楽しみだ。

9月1日にやるシャンソンの上原英里さんも藤沢界隈のカフェで
よくライブをやっておられる。なんかみんな根っこがつながっている感じがする。

そして昨日お客さんとしてやってこられた津軽三味線の「山本竹勇」さんも、
10月19日(土曜日)に、天真庵で「津軽三味線のライブ」が決定した。
高橋竹山先生のレコードを聴いたのがきっかけで、はじめたらしい。
ぼくも冬の能登で聴こう、と思い竹山先生のCDを能登に運んだばかりだ。すごく楽しみ。

一ケ月の10日間は能登で暮らしているわりには、いろんな縁が紡がれていて、
不思議な日々是好日。

薩摩琵琶は、壇ノ浦で滅んだ平家の英霊たちを鎮魂するために琵琶法師たちが奏でた、のが原点。
その後、義経は「勧進帳」で有名な北陸の安宅の関から、能登のわらび姫に会いにいき、奥州
にいく。半官贔屓の日本人は、各地に義経の伝説を残し、今も語り継がれる。
能登の天真庵のすぐ近くに「義経の舟隠し」という名所もある。間違いなく義経が歩いたとこだ。
能登でももちゃんに「義経」を奏でてほしいものだ。
「能登の和もの酒場」でもやってみるか・・

今日のライブは18時開場です。サマータイム?

今日は、ももちゃんの薩摩琵琶ライブ。
いつもより一時間はやく始まる。ファンの方が少し年齢層が高いので、
おそくなることを少し危惧してのことだ。危険的な猛暑が続きそうそうなので
いろいろな意味で、いい試みかもしれない。それにしても、異常なくらい暑い。

なにげなく、自分のHPの「ライブ情報」を見てみたら、昔のライブ情報まで
見れるようになっていた。IT時代の友人がいろいろ工夫しながらつくってくれている。
あまり過去を振り向かない性格だけど、パラパラ見ていたら、懐かしいのもあった。
ももちゃんの若いころの写真を見つめて、にんまりしたりする・・

鈴木大拙先生は、70代のころ(95歳まで生きた)、20代前半のカノジョがいた。
彼が世界に広げた「SATORI」の中には、「そうゆうこと」も含めた「哲」が内包している。
まさに「生きていくことが芸術」なのだ。

「人生は、どう論じようとも、結局苦しい闘争である。
だが、苦しめば苦しむほど、あなたの人格は深くなり、
そして人格の深まりとともに、あなたはより深く人生の秘密を 読み取るようになる」(鈴木大拙)

「試練は 鞭ではない
愛なのだ 慈悲なのだ」(真民)

昨日の「北国新聞」に、能登の天真庵が紹介された、らしい。

2日(金) 『百びわ庵』コンサート(満席御免)

演奏:榎本百香(薩摩琵琶)

18時開場 19時開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

鉄は熱いうちに打て!

そんな諺がある。「今ですよ!」か?
でもこんな暑い日は、鉄を打つどころか、「飲む 打つ 買う」どれもやりたくない(買う・・は相手しだいか?)

一昨日は、書の会。昨日が「おんなかっぽれ」  
書、いうのは、誰でもできる芸術。美味い、下手など問題ではない。先生の手本を真似て
かいても、しょせんは「まねごと」。「その人」が字にでてくるようになれば、いい。

石川県が生んだ偉大な哲学者・鈴木大拙先生は曰く、

「自由はその字のごとく、「自」が主になっている。抑圧も牽制もなにもない、
「自(みずか)ら」もしくは「自(おのずか)」らでてくるので、他から手の出しよう
のないとの義である・・・・・・・・・さすが言い得ている。すごいジーちゃん。

こんな言葉も残しておられる。

「実際のところわれわれはみな、‘生きることの芸術家‘として生まれてきているわけである」

昨日は「おんなかっぽれ」
さすがに、クーラーを利かせても、汗が滝のようにでる。
浴衣を着て踊るかっぽれは、体いっぱいつかって、「自由」を謳歌しているごとく舞踊だ。
先生は77歳。生徒は「ごじゅうから」前後。人生の目標になる。

今日は「おとこかっぽれ」 今年古希を迎える相方と汗を流す日。彼も「哲学者」の風貌になってきた。

「哲」は暑いうちに打て?猛暑を乗り切るもう一つの智慧?

明日は「ももちゃんの琵琶ライブ」(おかげさまで満席ごめん) 16時まで営業。

夏本番

昨日はぼくの田舎、正確には両親の故郷・延岡について書いた。

天真庵に、夏休みを迎えた小さな子供たちが、真っ黒に日焼けしてやってくる。
「じいちゃんばあちゃんが育てたナス・キュウリ・トマト・・・・食べて」と昨日は
閉店前に近くの幼稚園に通うSちゃん一家が、とれたて野菜をくれた。
この界隈は、都会ではめずらしく、そんな「原始的ぶつぶつ交換」が自然にのこっている。

けさはSちゃんのじいちゃんが犬の散歩をしていて、孫に負けないくらい色が黒い。
彼はぼくのそばのお弟子さま一号で、ゴルフは還暦を超えたけど片手シングルをキープ
している。「調子は?」と聞くと、「一昨日29ラウンドしたけど暑かった」とのこと。
クラチャン(自分が所属しているゴルフクラブのチャンピオン)になったとのこと。
押上のタイガーウッズだ。元気なじいちゃんばあちゃんがいる町は、元気である。
どの町も「限界集落」みたいになってきたけど、それはあくまで「年齢」の分布図。
年に負けないくらい「健康で生きがいをもって、はつらつと生きる」人が増えれば、問題ない。

昨日の昼に八ヶ岳にいったふーちゃん(4歳)も真っ黒な顔をしてやってきた。
高原で「乗馬」と「乳搾り」を初体験した話を、「えいちゃん、あのね、ふーちゃんね、乳搾りと
馬にのってきたの。お馬さんのおしりあったかかったし、お乳しぼりもあったたかかった・・」
子供が発する言葉は、まんま「詩」である。師などいらない。天真そのもの。

ぼくはテレビを見ないけど、本日の「プロフェッショナル」に、能登の「マルガジェラート」
がでる。梅茶翁の近くにあるジェラートやさん。
「これからどう生きる」のヒントになると思う。ぜひご覧あそばせ。

今日は「書の会」

明日は「おんなかっぽれ」
木曜日が「おとこかっぽれ」
金曜日が薩摩琵琶のライブ

8月のライブ

2日(金) 『百びわ庵』コンサート

演奏:榎本百香(薩摩琵琶)

18時開場 19時開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き

延岡慕情

父の墓参りに延岡にいった。
先祖代々の墓が、川べりのお寺にある。
幼きころは、鉄の街・北九州で生まれ育っていたので、
片道5時間くらいの電車の旅は、旅愁というより冒険心
が優先していて、大人になった今でも「ワクワク」した高揚感が
体に残っているような気がする。

日豊本線で「佐伯駅」(さいき 大分県)につくと、「次は延岡」
とにアナウンス。大分と宮崎の県をまたがるこの期間は、当時の電車で
一時間くらいかかり、子供の感じる時間としては、一時間千秋くらい、果てしなく遠く感じ、
着いた時は眠りの中にいた、というのが常だった。

父の父は「植木屋」で、徒歩5分ちょっとの岡富小学校までは、ぜんぶ自分の土地だった、ことを自慢
していた。旭化成の城下町みたいなところで、その会社の偉い人の庭を、やっていたらしい。
大酒飲みで、気にいらぬ仕事は絶対にしない職人気質で、いろいろな逸話が残っている。
親戚が集う席で「あいつは、じいさんにそっくりだ」と、ぼくのことをいう人がいた。
(本人は、仕事を択ばず、どんな仕事も身を粉にしてやってきた自負があるが・・前世は「みお子」だったと信じているのだが)

母親の実家は、植木屋から徒歩5分くらいで「魚屋」をやっていた。もともと四国の宇和島で
「魚の加工業」をやっていて、誰かの保証人になり、破産して延岡に移住していた。
こちらはおだやかなじいちゃんで、魚を酒肴に静かに晩酌をする姿が脳裏に残っている。
最近能登で暮らすようになり、魚をさばく機会が多い。どうゆうわけか、その時に自分の体のDNA
が魚屋の血の中で泳いでいるような錯覚をおぼえることがままある。人、というのは不思議だ。
「自分の人生」に、長い歴史小説のような「ものがたり」がかくされているようだ。そんな意味でも、先祖の墓参り
というのは、気のいい神社にいるような凛をいただく気分にもなる。

そんなわけで、延岡というのは「夏休みの思い出」そのものだ。父が暑い夏に逝ったので、
墓参りも夏が多くなりそうだ。ヘベスのおいしい季節でもある。
父側のお墓の近くに「バー 神戸」がある。そこで飲むウオッカベースの「ヘベスペシャル」は、延岡の歴の味がする。

今日は「順受の会」 松田先生は鹿児島産。「よかにせどん」という種である。
明日は「書の会」 貞本先生は広島産。北九州とどこか似ていてヤクザ気質な街。
水曜日は「おんなかっぽれ」 高口先生は東京下町産。サマーズの三村くんのおばさん。

墨田花火大会・・無事におわる

昨年の花火大会は、土曜日が悪天候で次の日に順延になった。
今年も台風の影響で、「二年連続か?」と心配したけど、無事に
夏の夜空に花火が咲いた。日本の夏、きんちょうの夏だ。
余談だけど、キンチョールは、創業当時は「きんちょう香」といっていた。
その時代に生きていたわけではないけど、京都の骨董屋にあった「昔看板」
にそう書いてあった。お店の棚の中かどこかに、しまってある。

昨日は16時まで店をやり、16時半から「もにじんさんたちのリハ」で、
17時くらいから、そばをだし、ライブがはじまった。
花火がはじまる19時まで、ボサノバやサンバで盛り上がる。

閉店前に若いカップルが入ってきた。間違いなく平成生まれの若いふたり・・・
4時に閉店なのでお会計をする時、「花火大会はどこで見ればいいですか?」と質問される。
カウンターに座っていた還暦酒飲み組の組長が「駅のほうにいかないほうがいい。この界隈だと・・・」
と、下町おせっかいおじいちゃんよろしく説明を始めた。界隈の地名に明るくない若者は目を白黒させている。
「若いふたりは、迷いないがらぶらぶら、あっちこっちを歩いているだけで幸せなんだから、恋路を
邪魔したらヤボだよ」とたしなめた。。。
おっちゃんは、4合目のお酒が入った徳利を振りながら、「若いっていいな・・」とポツリ。
それにつられてぼくが♪あのころ君は・・・と歌い始めたら、「♪わかかった」とはもっていた。
老兵は過ぎ去るべき、「令和」の花火大会・・

今日は日曜日なので16時閉店。それから「蕎麦打ち教室」
夏休みの自由研究に「蕎麦打ち」を選んだ小学生が、見学にくる。将来の「そばもん」だ。

明日の朝は「卵かけごはん」 夜が「順受の会」
火曜日が「書の会」
水曜日が「おんなかっぽれ」

8月はももちゃんの薩摩琵琶。今話題の希林さんの本に書いてあったけど、彼女の
親父さんは、晩年に薩摩琵琶を爪弾いていたらしい。薩摩隼人の「嗜み」だった。

8月のライブ

2日(金) 『百びわ庵』コンサート

演奏:榎本百香(薩摩琵琶)

18時開場 19時開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き