月曜の朝は卵かけごはん

先々日、古い蕎麦のお弟子様のりょうくんが仙台から遊びにこられた。
かれのかみさんが、まいかさんで、彼女はねんど教室の先生をながくやってくれた。
まいかさんがあるとき、関西弁で「味噌作り教えてくれへんのですか?」とかみさんにきいて、
「ええよ」と答えた時から、毎年2月の味噌作り、つまり「菌活の会」が始まった。

最初の年は、生徒はまいかさんだけだった。6・7年たって今年の2月は「93人」になった。
来年は100人を超えそうだが、「100匹目の猿」の原則でいうと、そこから爆発的に
なりそうなので、なんか考えておかねばなないけど、猿知恵ではどうしようもない感じもする。

2011年の正月明けから「卵かけごはん」が始まった。お米は福岡の妹がつくる「元気つくし」
というお米。「つくし」は「筑紫」のかけことば。福岡のブランド米ですばい。
味噌は手前味噌。味噌汁の実は、季節の野菜の「具だくさん」。香のものは、自家製でいろいろ
なものがでる。今日は、同じく筑紫でとれた「高菜漬け」。醤油は「天真庵のかえし」。
かえしには、二種類の「古式醤油」がつかわれている。卵は、「暮らしの実験室」という茨城の八郷(やさと)
のものや、休みの日に田舎にいったりするときに、「平飼いの卵」を調達する。
そんなことを味噌作りと並行してやってきた。

昨年は能登に移りすんだお弟子様夫婦から、がばっと梅がおくられてきて、それを梅干しや梅シロップ
にした。今年の6月は能登に「梅仕事」にいくことになった。梅仕事は天真庵のHPにリンクしてある「梅茶翁」
(ばいさおう)を読むと、幸せな梅歳時記がつづられている。このプロジェクトを「梅林ガールズ」という。
能登半島の食材のゆたかさなどは、筆舌が及ばないけど、縁ある人たちには、いっしょにお連れして体験して
いただきたい、と思う。ただしこのプロジェクトは、南島原同様、「参加型」が原則。ただきれいなベベ
きて「これオイシ~・・ボリボリ」というのではない。

秋は「柚子胡椒」をつくってみようと思う。これまで福岡の柚子農家さんにつくってもらっていたが、
高齢になられ、「来年からは秘伝の造り方をお教えしますので、よかったらつくってください」といわれ、
チャレンジすることになった。

11月は南島原で「新そばを打つ」予定で、12月は茨城の「暮らしの実験室」で「新そば祭り」がある。
6月と11月には福岡の実家の「松」の手入れの修行をしていて「松休み」をいただいている。
けっこうのんびり暮らしているつもりだけど、「寺子屋」とか「ライブ」なども加わると、
いろいろな行事が目白おしあげ。日々是好日に感謝。

肥後どこさ 熊本どこさ

熊本地震から一年たった。昨日の夜の寝しなひさしぶりにテレビをつけたら、
こころにダメージをうけた中学生らの一年を追った番組をやっていた。
日本列島、どこにいてもいつグラッと揺れて、今日という日常や生活が断絶されるか
わからない。いろいろ考えさせられる番組だった。くまもんも、ひごもっくすたちも、
みんながんばって、もとの暮らしができればよかね。

昨日は、北朝鮮が核実験をやって、それにトランプがミサイルを打つカードを
ひいて、ヤバイ一日になるのでは?とこころの片隅にあり、お昼のラジオのニュースを
きいていたら、お客さんがきた。熊本の被害が大きかった場所が故郷の女子で、昨年
地震の後に元気な女の子を出産した。雨にも地震にも負けず、母は元気で強い。

ぼくのHPをつくってくれてる会社も熊本にある。もともとIT時代にも、
熊本の会社とのつきあいが深く、自分の地元の福岡や北九州の繁華街よりも、
熊本の居酒屋のほうがなじみの店も多いし、9月の「ぼした祭り」は、日本の
祭りの中では、「一番おもしろい祭り」だと思っている。

今日は16時まで。満つまめの会があるので、予約されている人はどうぞお越しください。
明日は「卵かけごはん」

洗張り屋のみさちゃんが洗ってくれた着物きて

昨日、あだちくんが、テーブルをもってきてくれた。
洗張り屋さんからもらった洗張り用の板をつかって、「煎茶&普茶料理用」
につくってもらった。ちょうちょうもうまくはめ込んであって、いい感じだ。

さっそく、あだちくんと煎茶会。「お手前なんてわかりません」というので「無手勝手流でかまわぬ」
といって、自作の机の正面に正座してもらい、長崎は雲仙の煎茶を、久保さんの斑唐津の煎茶椀に
いれ、石川の「愛香菓」をお茶うけにして、一服。あだちくんの産地は、佐世保。白井晟一さん
の設計した親和銀合があるところ。木工家のあだちくんはもちろん白井さんのファンで帰郷すると
親和銀行にいくらしい。彼がてがける下町の古民家の再生カフェなどは、どこもみな煎茶を飲みたく
なるような空間が多い。

午後に煎茶の先輩の南甫さんが蕎麦を手繰りにやってきた。ちょうどお店がごったがえしていたので「
二階に新しい煎茶机があるので見てみて」といって、見ていただく。
しばらくして降りてこられ、「酒が飲みたくなる机」とのたまった。彼は5月9日から始まる「漢詩を詠むかい」の先生。杜甫が大好きで、そんなお茶名になった。楽しみな新講座。

一段落してポストを見ると、筆文字で丁寧に書かれた書簡が入っている。先日煎茶に入門してきた建築家のF氏。
中に二枚の和紙に彼の筆で書いた「茶会図」と「道具」のことがみごとに描かれていた。お抹茶の「裏」でだいぶ研鑽
をされているので、煎茶はすぐに横に卒業するだろうと踏んでいたけど、「来月からもよろしく」と結ばれていた。
彼も白井晟一さんの後輩にあたり、佐世保の親和銀行には何度も足を運び、毎年2回、天真庵で「白井晟一さんをしのぶ会」
のような蕎麦会をやってくれる不思議な人だ。

そんなわけで、昨日も「よき煎茶日和な好日」だった。今日の夜は「インヨガ」。

モカを平和を祈りながら焙煎する 

2007年に天真庵が押上に結ばれたころ、「モカ」が農薬残留かなんかで輸入されて
いなかった。珈琲の需要が増すなかで珈琲豆の代表選手みたいなものが欠場になっても、
あまり業界もお客さまも騒がなかったのが不思議だったけど、そんな時期があった。

最近、ISの問題でまたモカが入手しにくくなった。トランプが、中国の習近平とデザート
を食べている時、シリア攻撃をした。トランプやおいちょかぶをしながら北朝鮮にミサイルを
打ちこむなんてことも、朝飯前の時代。あっという間に、いまの日常が断ち切られる、という
ことも日常茶飯な時代である。珈琲もお茶もごはんも、平和であってこそ、のものだね。

昨日の「卒啄珈琲塾」は、貴重なモカを焙煎した。二階では「満つまめの会」を
やっていたけど、お香の香りが、びゃくだんよりも、モカの香りがしたに違いない。
まーくんの気功技や、お客さんの精進で、整体も上級者レベルに達している人が増えた。
姿勢もそうやけど、笑顔がいいし、なんかみんなイキイキ、ワクワクしてきた感じ。
無呼吸なんやら、とか、ついつい仕事中に肩肘張って、息をとめたりするのを、
意識しながらやっていける人が増えていきた。

人は、心臓や脈拍や血圧、体温を自分の意識でコントロールできない。呼吸だけは
自分の意思で自由にできる。そんな当たり前の天地自然の法則をうまく活用できていない人が多い。

夜は「無茶そぃの会」だった。
あだちくんに、煎茶用のテーブルを頼んでいる。お茶もできれば、酒も飲める、
理想のお茶机。昨日のお茶会で披露したかったけど、あだち君が歯の治療に時間が
かかってしまって、本日天真庵にやってくる。これからの「無茶しぃ」が無茶苦茶
おもしろくなってくる。今月には若いアーティストくんたちが二階で「結婚式」をやる。
いろいろ人生の「はれ」の席に、活躍するに違いない。感謝。

今日はお茶日和

昨日と今日は、「卒啄珈琲塾」と「無茶しぃの会」
昨日は、井じゅんさんが南島原から土産にもってきてくれた「島原の玉緑茶」
というのを煎茶の教室で使った。お茶うけは、金沢の「愛香菓」。
アーモンドとシナモンの香りがする和洋折衷なお菓子だ。菓子名といい、味といい
不思議な世界を醸し出している。

いつもは、星野村のお茶を使っているのが、同じ九州産なので共通の味もあり、さわやかな
南国の風味がした。じゅんさんも来月から「無茶しぃ」に参加されるということ。九州や石川
あたりからわざわざお茶を習いにこられる熱心なお弟子様の期待を裏切らぬよう、こちらも精進
していかねばならない、なんてこと思う今日このごろ。

昨日は、裏千家をかなり勉強しているくんが、無茶しぃに参加した。彼は建築家で海外でも
活躍し、昨年はヨーロッパでもお茶会を催した。絵もうまく、多士済々な青年(中年か?)である。
建築家であり、絵描きであり、茶をこころえているので、一服のお茶を飲むのに話が多岐にわたる。
こんなことも、お茶の楽しみのひとつだ。

今日も午前中は、焙煎女子たちが元気にやってくる。
「満つまめの会」も10時から。

夜は「無茶しぃの会」
木曜日は表千家の達人たちがやってきて、煎茶を楽しむ日である。感謝。

京都の秋の夕暮れはコートなしでは寒いくらいで丘の上の下宿屋はいつもふるえていました。

今月5日に旅立たれた加川良さんの「下宿屋」。最近よくゆーちゅーぶで、「下宿屋」
を聴きながら酒を飲む。不思議なことに、この歌を聴くと、京都御所の近くの「安兵衛」というおでんや
で飲んでいたころのことを思い出す。加川さんは学生運動まっさかりのころの団塊の世代の人だし、
知ってる人しか知らない人だけど、これからますますこの歌や、「教訓Ⅰ」なんかは、バイブル
になるのではなかろうか。昨日はコートなしでは寒いくらいの日だったけど、閉店まじかに
ふたりの常連女子がカウンターに座って蕎麦を手繰りながら飲んでいたので、「下宿屋」
や♪命はひとつ・・・(教訓Ⅰ)を聴きながら談論風発をした。

♪命はひとつ 人生は一回 だから命を捨てないようにね
慌てると つい ふらふらと お国の為などと 言われるとね

青くなって 尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい

お国はおれたち死んだって づっとあとまで 残りますよ・・・

今日明日は「卒啄焙煎塾」&「無茶しぃの会」

恵那の仙人さんが、「人生は短いのに、準備とか練習にあけくれ、半端でおわる人が多い」
と先日いわれた。なかなか奥深い言葉だ。
お茶やお花など和のお稽古にもあてはまる言葉。

お花の恩師である原田先生も生前、「お稽古は本番と思って真剣にやりなさい。本番はお稽古
と思って自然にやりなさい」というようなことをおっしゃっていた。共通の「哲」がある。

珈琲ドリポットは縄文土器

時々、恵那の仙人さんが蕎麦を手繰りにこられる。
昨日は、円錐形の器(ビールを飲むくらいの大きさ)をもってこられた。
九州あたりには昔から、円錐形の杯がある。酒席で「ま・どうぞ」といわれ、
下のおけないようになっている。そんどん飲ませる器。それのビールとか焼酎用。
置くための台も、ひとつは竹筒、もうひとつは、煎茶でいう茶巾筒みたいなもの。
「ピラミッドは四角。東洋では盛り塩型でしょ。この形が大事なんです」と仙人。

そして、珈琲ドリポットを見て、「これも縄文土器と同じ原理。ドリッパーが円錐でしょ。
ここで天と地のエネルギーが繋がっているんですね。」とのこと。

縄文時代は、お米がないので、人々は毎日狩猟をしたりして暮らしていた。男が中心で
狩をやるので、縄文土器は女性が作った、というのが定説。天の恵み、地の恵みがないと
生きていけないので、土器には「どうか神様お恵みください」という祈りの意味が含まれている。

縄文後期から弥生になり「米」を手にいれた先祖さま。「蓄える」という概念ができ、貧富の差
がうまれ、土器もさっぱりした形になった。蓄えがなくなる、という恐怖があり、器の中が空っぽになることを
きらった。「人間の器」も相似形で、空っぽになるのをおそれ、知識とか既成観念みたいなものを
積め込み、がちがちになった。ほんとうは、毎日毎日、頭の中、器を空っぽにすることのほうが大切なようだ。

最近、満つまめのマーくんが、器をよくいじる。うちにある器は9割以上久保さんの器。
「形とか、無釉、とかで、気がぜんぜん違います。」とのこと。やはりカウンターに坐ると、
珈琲ドリポットをしげしげ眺め、「このドリッパーのエネルギーがすごい」とのこと。

今日は雨。足元は悪くなるし、傘もいるけど、天の恵みの日でもある。

明日は「卒啄珈琲塾」&「無茶しぃの会」  京都生まれの茶人が入門してくる。

すし、てんぷら、そばを窮める

先週の「英語で蕎麦会」は、ロシアの3人の若者をポンビキして始まった。

「日本でなにを食べましたか?」とおばさまが若いイケメンで背の高いくんに声をかけたら「すし、てんぷら・・・ボリボリ」と答えたらしく、「では、今日はそばを食べるといいわね」みたいなことをいったら、「OK」になったということだった。三種の神器のように、世界に広がっているようだ。

昨日は「蕎麦打ち大学」と「鮨をにぎる会」だった。先月の南島原の蕎麦会にお手伝いで参加してくれたかすみちゃんが、たおやかな蕎麦を打ち、その後、鮨をにぎった。

白身はいきのいいイナダを出刃でおろし、柳包丁でそぎぎりをし、それをにぎる。すしやのたまごやきとそばやのたまごやきは、少し違うけど、そばやの卵焼き、まぐろ、みょうが、そして旬の菜の花のおひたしをにぎる。

この春のえぐみのあるものを、わさびとすめしで食べる、一瞬の旬の味は、日本人にお繊細な自然感があみだした味ではなかろうかしらん。

閉店まじかにこられた銀座のワインバーのママさんが、かすみちゃんの技にひとめぼれして、この秋に銀座で「新蕎麦とワインの会」をやることになった。

またおもしろい目標ができて、楽しみであーる。

今日はこれから「卵かけごはん」。今日の味噌汁には、旬の菜の花を入れるみたい。

卵は埼玉の平飼いの卵。香のものは大根をきのう、梅酢につけていた。菜の花、梅酢は能登からおくられてきた。

優秀なお弟子さまが、島原や能登に移りすみ、いろいろ新しい人や食や文化の交流が優美にひろがっている。

昨日まで代官山で個展をやっていた般若くんのねえちゃんも金沢から遊びにこられ、「ほぼぶらじる」を飲んでいかれた。

新幹線で金沢までいけるようになったので、ほんとうに近くなった。

夜は「福の会」

遠山記念館から不思議な青年がやってきた。

遠山の金さんの記念館ではない。日興証券の創立者の遠山元一翁の記念館が埼玉にある。

昨日はボストンから、桐谷さんが遊びにやってきた。先月読売新聞の「一期一会」というコラムに絵とコラムが紹介された。

14年も続いている人気コラムなのでファンも多い。あちらでは売っていないので、読売新聞を2部とっていてそれを渡すことができた。

昨年暑い夏の日に、何度も足を運んでいただき、お店のスケッチと煎茶教室の取材などをやっていただき、いい感じに紹介された。

「今日は花見にきました」という。

さすがに画家。お店の前に一本の桜の木があることを掌握されている。「花さくら」という酒で再会と桜を楽しんだ。

そのだれが植えたかわからない桜の枝を一本拝借して、小さな花器に投げ入れたら、「いや、ではこれを見ながらもう一本」ときた。

風流とか風興とかいう日本人が少なくなったなか、稀有な風狂な人である。

その後も知り合いの画家が花見をかねて、蕎麦を手繰りにきた。雨模様ではあったけど、桜はウキウキさせるものらしい。

その画家と談論風発していたら、若いボンがカウンターにとまった。そのボンが「遠山記念館」のパンフをもっていて、それにのっている京焼の「道八」の焼き物を喰いいるように見ていた。

「陶芸が好きなの?」と尋ねると、「大好きです」というので、道八の煎茶椀と急須をだしたら、30分くらい無言で見ていた。

ただものではない非凡なぼんだ。

名前は?と聞くと「ジョーです。20才です」という。「あしたのジョーやな」というと、「父がボクサーだったので・・・」という。

今月22日からパラオに移住して、あちらの伝統的な木工職人の家の庭にテントを張って住みこみ、弟子入りするという話をした。

その20才のジョーの木工と絵と陶芸の作品の写真をスマホで見た。

「あしたのジョーは世界チャンピオンになれなかったけど、君はこのままいくと、世界で活躍できるよ」といった。

ひさしぶりに才能豊かな若い芸術家に会えた。

今日は日曜日なので16時閉店。それから「蕎麦打ち大学」&「すしをにぎろう会」

日中は「満つまめの会」

明日の朝は「卵かけごはん」夜は「福の会」