おからだ おだいずに お足もおだいずに

金曜日に、能登の珠洲で買ってきた「大豆」で、筆子さんが味噌をしこんだ。
二三味(にざみ)さんの大豆。珠洲には「二三味珈琲」という全国区の珈琲屋さんがある。
そこの店主のおじいちゃん。このじいちゃんの大豆でつくる豆腐がまためっぽう美味い。
「おからだ お大豆に」・・・なんとなく東北ぽい発音になる?

細菌のおかげでがらっと、世の中がかわって、最近「足るを知る」ような風潮があちこち
に現れはじめた。「おれがおれが」や「モア モア」で、好きなことやって、世界中の人が
「ゆたかさ」を求めてきたけど、みんなとまって「今までの生き方はちょっと違うかも?」
と反省している。「ほんとうのゆたかさ」をみんなで模索している感じだ。いいこと。

「知足」に足をつかっているのも意味深い。昔からお金のことも「お足(あし)」といった。
入ってきても、すぐにでていく、まるで足がはえているみたい、そんな具合であてられた漢字だと思う。
モノも人もとまってしまったけど、個人、個人商店といわず、企業、銀行、国の「お足」は、
音速以上のスピードで、なくなっている。その先には「お金がいらない世界」が、きっと待っているに違いない。

どうなるにせよ、一番大事なのは「健康」。
いちに健康 にに健康 さんしがなくて ごに仲間

うちの常連さんの父親で、すぐ近くに住んでいるHさん91歳。
若いころは下戸だったらしい。40になってお酒を練習しよう、ということで、毎日浅草の神谷バーまで
散歩をかねて歩いていきはじめた。定休日の火曜日以外、それから☔の日も、風の日も通いつづけて50年、
という怪物のような健脚と健肝のおじいちゃんがいる。知り合いの新聞記者が「取材」を申し込んだ、ら、
「おれは、新聞にのるために、通っているわけではない」と断られた。かっこいい、江戸っ子だ!

昨日の2時ころ、徒歩5分のところに住んでいるMさんが「隕石ぐいのみちょうだい」と
いいながら蕎麦を手繰りにこられた。シャンソンのえりちゃんの応援団長。3月7日のシャンソンライブ
の時、その隕石ぐいのみで酒を飲んだら、7合のんでも平気だった(普通は5合。。。これでも酒豪やけど)
ので、買いにきたらしい。はたして、毎日それで7合飲むのが健康かどうか疑わしい数字ではあるが。
彼はぼくと同じ年で今年64になる。毎週木曜日は新宿歌舞伎町のいきつけのお店で飲む、を40年続けている。
コロナ騒ぎで、電車にのるのがこわいので、ときどきは片道を歩いていき、帰りがタクシーで、とのたまわれた。
押上から新宿まで歩く。このかたも、ななかなの健脚で健肝だ。

そんな話をしていたら、えりちゃんが「ボンジュール」といってカウンターに座った。
「運動不足になりそうなので、大塚から歩いてきた」という。はじめて天真庵に来た時もそうやったし、
その後も何度もそうだったので、さして驚かなかったけど、すばらしい。
ミュージシャンやアーティスト・・・体をはって生きるひとにとって、こんな時は「体」
を鍛えなおす、というのはとても大切なことだ。ひとごとではない。こどもたちも、お年寄りも、
家にいる時間が多いので、運動不足になっている。「歩こう」

今日の「真民さん」・・「足るを知る」を足にした先人たちの哲がにんじで見えてくる!

「尊いのは足の裏である」

尊いのは
頭ではなく
手ではなく
足の裏である

一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その努めを果たしていく
足の裏が教えるもの

しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ

30万支給・・・・

一世帯、30万円が支給されることがきまった。
東京に暮していて、仕事がなくなったり、なくなりそうな人は
まわりにもたくさんいる。飲食をやっている仲間たちは、みな青色吐息だ。
もちろん、宿泊や旅行業の人たちも大打撃を受けているし、金融機関の人も、
大企業の人も、公務員かて平穏無事で過ごすことはできなくなると思う。

詳しくはわからないけど、こないだおかまのMくんの話によると、ネットカフェで
暮らしている人も多いとか。「部屋に洗濯機などがおいてるとこもある」らしい。
「そこで感染者がでたら、住むとこがなくなる人が急増するのではないか」とのこと。
ひと昔は、隅田川沿いの河川敷にブルーシートで暮らす人たちがあまたいたけど、
またそのような光景がふえるのかしらん。

東京は全国で一番家賃が高い。自分で家をもっている人も、ローンを払っているし、
高い賃貸よりましだ、という計算で組んでいるので、やはり高い家賃をはらっていることになる。
不動産価格も落ちていくと思うけど、東京の「地代」は時代錯誤になるだろう。

この界隈のシエアハウスに住んでいる子たちも、4万から5万円くらいの家賃がかかる。
駐車場は2万5000円くらい。ひとり暮らしのマンションで7万から9万くらいか・・
家族3人を想定して30万、ということだが、「今の暮らしを東京で続ける」
という人にとっては、焼石に水、ジューと一瞬で消えていく。悲喜こもごもの
意見があるようだが、やはり「異常事態」ではある。

全国に空き家が700万戸から800万戸ある。「空き家バンク」などを検索すると、
全国津々浦々まで、いろいろな物件がのっている。
海付き、里山付き、畑付き・・・月に3万円もだせば、一軒屋に住める。ただし、都会を
離れる「勇気」があり、その決断をする必要があるが。
どこの自治体も、家屋の修理などは、かかった費用の半分を50万とかで助成してくれる。

過疎対策の一環で「移住した場所で、指定された企業で就職すると100万円」とかいう制度もある。
役所がきめた制度やけど、昨年一年で、この制度をつかった人が19人とか。
つまり、今移住している人は、「企業で働きたい」とは思っていないということだ。
自分で自給自足に挑戦したり、足りない分はアルナイトしながら、夢を実現しようとがんばっている。

「移住したいけど・・ちょっと」と二の足を踏んでいる人は、「今の暮らし(収入)を移住先で維持できるか?」
という不安と胸算用に悩んでいる人が多いきがする。でもこれから近い将来、国民の大半、とくに大都市に
住んでいる人は「今の暮らし」ができなくなると思う。「封鎖」されると、田舎の市役所や現地の人にも
合いにくくなる。はやい人は、もう動きはじめている。

都市の封鎖もまじかになってきた感がある。
今、空き家のオーナーたちは「名義変更だけしてくれたら、タダでもいい」という物件もある。
取り壊す費用でけでも300万とか500万とかかかる。空き家は火災保険にもはいれないし、
持っていても不安な要素が多い。たぶん、司法書士さんに頼んで、名義変更する費用は「30万」
あれば、OK牧場だろう。そんな選択も、ひとつではなかろうか?

座して死を待つ・・・・よりも、新しい一歩を踏み出すチャンスでもある。
「希望」を捨ててはいけない。「なんとかなる」と思う。

武者小路実篤が知り合いの本屋におくった色紙の言葉が昨日の新聞に紹介されていた。

「雨が降った それもいいだろう 本がよめる」 

いるもんといらんもん・・・

シンコロのおかげで家に巣ごもりする時間が多くなってきた。
本棚には、いる本といらん本がある。冷蔵庫の中には、賞味期限がきれたいらんもん
もいっぱいあるだろう。洋服ダンスの中にも・・・押し入れに中にも・・
この機会に「荷物を軽くする」のもいいことだ。

昨日は朝から煎(い)る仕事をした。「巣ごもり」が多くなってきたので、珈琲の豆を
買っていかれる人が増えた。ネットでも注文がくるし、知り合いのカフェなんかからも
注文を受ける。一昨日が雨だったので、昨日朝はやくから一気呵成に「焙煎」をした。
焙煎をする時には、いつも般若心境を唱えながらやる。昨日は10回以上やったので、
即身成仏にでもなった気分やった。

地方発送のため、クロネコまで持参した。平日だけど、3人のお客さんが並んでいる。
みんな「巣ごもり」の影響で、知り合いや別々に住む家族に、生活物資をおくっているのだろう。
クロネコは、荷物を持参すると、安くなる。そこでPCで宛名を書いたりすると、さらに
50円安くなる、らしい。本来「ポイントシステム」などがきらいなので、店員さんが
「カードのパスワードは?」などと親切に聞いてくるけど「知らない」の一点張り。
まるで、病院で痴呆の患者と看護婦さんみたいな問答になった。

その後はいつものように香取神社にお参りをし、また店にもどって、お店で使う珈琲豆を焙煎。
煎りあがった珈琲豆は、古いお櫃(ひつ)に入れ、表でチャフという皮を飛ばす作業がある。
できたてのいい香りがするので、通りかかりの人たちが、「いい香り!」なんていってくれる。
知り合いのママさんたちも、いつもはチャリンコに幼児をのせながら「おはようございます」
なんて挨拶をかわすのがこの時間。でも今は、車も人もチャリンコも少なくなってきた。
ときに挨拶されても、黒や青やいろんな形のマスクをしているので、その人を認証するのに
「間」があいて、これまた痴呆になった気分だ。

生そばの注文も多くなった。年越しそばの要領で、年がら年中、つゆ付きで販売しているけど、
これも「巣ごもり」の影響だろう。近くのspice cafeも、持ち帰り(あちらは、おしゃれに「テイクアウト」とかいってた)
のカレーをやっている。やったことないけど、それと、うちのそばを持ち帰ったら「スパイスカフェそば」
になるかもなんばん。うーん・・・・やっぱり、別々のほうがいいかも(笑)

煎る、とえいば、冷蔵庫や茶箪笥(そんなのないか、いまどき)に、賞味期限のきれそうな、もしくは
切れた「お茶」などが、どの家にもあると思う。それを「ほうろく」(なければ、フライパン)で
煎る。部屋中が茶の芳香に包まれ、コロナにまけない活力が満ちてくる。これを熱め(沸騰したて)のお湯で
いれ、飲むと、血圧の調和にも最高の「ほうじ茶」ができあがる。できたら、朝おきたてに、梅干しをいれて
飲む。昔の日本人の日常茶飯の養生茶。

「いる(もしくは、煎る)もん」と「いらんもん」をわかる。断捨離の基本だ。

今日の真民さん。シンコロも本気で地球人にメッセージをおくっている。われわれも本気で答えよう!

「本気」

本気になると
世界が変わってくる
自分が変わってくる

変わってこなかったら
まだ本気になってない証拠だ

本気な恋
本気な仕事

ああ
人間一度
こいつを
つかまんことには

「14歳の原点」

「春まだ遠し」の感がある今年の春・・新年度が始まる。
今朝、☂の中をマスクしてヨーカ堂の前を通り、ブックオフにいく。
松原泰道先生の「般若心境」の本を見つけ、喫茶店にでもいって読もうか、
などと思っていたらメール。「天真庵誕生日おめでとうございます」とかわいいお弟子様。
そうだ、今日は定休日だけど記念日(天真庵14歳の誕生日)。池袋で打ち合わせがあったけど、コロナ騒ぎで中止。明日の「ダメ中」
も中止になった。世界中が「とまっている」。でもぼくたちの心臓はとまるわかにいかないので、
なんとかこれから先も死ぬまでは、ひと様のお役にたてるよう生きていきたいものだ、なんて思う。

先日、近くの「酔香」の主人の「すがちゃん」と女将さんの「ともちゃん」が、
珈琲を飲みにきてくれた。すがちゃんは、立命館大学の後輩にあたる。
ぼくが入学したのは昭和51年の春。すがちゃんは3つ下。
そのころ「二十歳の原点」という立命館文学部の先輩・高野悦子さんが著した日記がベストセラーになって
いて、その本を読んだのが縁で、大学を立命館にした、という人もまわりにあまたいた。
ぼくは、私立大学で授業料が一番安く(198000円やった)、総長の末川博(のちの京都名誉市民)
を尊敬していたので、第一候補が「法学部」で、奇跡的に合格通知が九州の実家にきた日を、昨日のことの
ように覚えている。

はたして、上洛して、右京区の鳴滝本町に下宿をし、59番のバスにのって、御所の横にあった
キャンパスに通いはじめたけど、学校の近くにあった「シャンクレール」(ジャズ喫茶)にいりびたり、
そこから100Mほど「下った」ところにあった安兵衛というおでん屋で、名誉冠をぬる燗にしてもらって
おでんをつまむ、ということのほうが学校に通うよりも忙しくなった。
そんな体たらくな生活を辞めさせようと、熊本出身の同級生・稲野くんが「
明日、勤労会館で末川先生の講演があるばってん、いっしょにいかんか」と誘ってくれた、のでいっしょにいった。

結果的に「末川先生・最後の講演」になった。「人生三分割論」ではないが、
最初の二十年は「親の面倒になった」(君たちの今だ、と)これからの二十年は「自分を生きなさい」
と言われた。残りの20年があったら「人のために生きなさい」という、いたってシンプルな人生論を
語られた。先生の名著「権利の濫用」からいったら、拍子抜けする感じだったけど、こころに染みた。
なんだか勝手に「卒業証書」をもらったつもりで、会場近く、烏丸丸太町の「からふねや」
に入り、珈琲を飲んだ。「なんやこれ!」と、そのうまさに感動して、カウンターの中にいる
「マスター」らしき人に、「ぼくを弟子にしてください」といったら、ふたつ返事で「OK牧場」
ぼくの珈琲道の「二十歳(正確には19歳)の原点」だ。

24歳の時に骨肉腫になって、「自分を生きる時間」に点滅信号がともったので、ギブスをしたまま
上京し、ソフトバンクの創業期の「日本ソフトバンク」に、無理くり入りこみ、東京生活を
始めたのが25歳の時。もう40年近く前の話だ。孫さんもそのころは「毛」がふさふさやったな~。

今日は本来だったら、「入学式」とか「入社式」とか門出の日。
シンコロさんのおかげで、世の中が渾沌としているけど、地球にいっしょに棲む仲間たちちにとって、なんかとてつもなく
大きな「分岐点」であり、「原点」にあるのだと思う。

今春、近くに専門学校ができる。すがちゃんと談論風発している時、その学校の新入生が蕎麦を手繰りにきた。
みんなそれぞれに春夏秋冬があり「二十歳の原点」がある。
すがちゃんに「いつか寮歌を歌おう」と約束。

立命館大学寮歌

作詞/作曲:不詳

1.夕月淡く梨花白く 春宵(しゅんしょう)花の香をこめて
都塵治(とじんおさ)まる一時や 眉(まゆ)若き子等相集(らあいつど)い
希望の光を一(いつ)にして
厚き四年(よとせ)を契りたり 厚き四年を契りたり

2.柴扉(さいひ)を排せば暁に 君は川流(せんりゅう)我は薪(まき)
他郷憂(たきょうう)しと云うなかれ 椎(しい)の葉蔭(かげ)に相倚りて
手をとり友と語らえば
春は四年に尽きぬべし 春は四年に尽きぬべし

3.秋陽落ちて野は寒く たどる帰り路(じ)暗くとも
我待つ寮の灯(ひ)は赤く 朔風(さくふう)天にどよむとも
来(きた)る日思えばあかあかと
希望は燃ゆる胸の灯(ひ)や 希望は燃ゆる胸の灯(ひ)や

4.学びの道は遠けれど 暮るるに早き春の日や
春風秋雨巡(めぐ)り来て 今此の丘を去らんとす
ああ我が友よ我が丘よ
いつかえりみん想い出ぞ いつかえりみん想い出ぞ

今日で押上天真庵13年。明日から14年目・・

2007年の4月1日に押上の天真庵を結んだ。
今日でまるまる13年。明日から14年目を迎える。

昨日のお昼、近くで警備員の仕事をしている方が制服をきて、そばを手繰りにこられた。
「志村けんさんが亡くなったね」を教えてもらう。津軽なまりで警備員の仕事について
あれこれ教えてもろうた。今月はじめまでは浅草の場外馬券所で警備をやっていた。
コロナで競馬場が閉鎖され、馬は走るけど、観客はなし、馬券はスマホで買うことだけOK牧場になり、
場外馬券場も閉鎖になり、そこで警備の仕事をしていた22人がお役目ごめんになった、ということだ。
コロナにかかったという人は、まだまわりにいないけど、仕事を失った人や、収入がOに近づいたひとは
いっぱいいる。このまま長引けば、中小零細企業や個人事業主のみならず、大手企業も苦戦を強いられる。

外出自粛の影響で、どこの飲食店の経営も青色吐息になってきた。もともとうらぶれたシャッター通り
の「十間橋商店街」。3月は人の通りも、車の通りも、ますます少なくなってきた。
界隈にはお年寄りが多いので、救急車の数だけ、増えてきた感じはあるけど。。
うちは、月に何度かライブをやっている。大阪のライブハウスで感染があったあたりから、
「ライブハウス」というのは聞こえがよくない。君子危うきに近づかず・・で集客が
危ぶまれ、3月も4月のライブも中止になった。
「夜の外出も自粛」ムードがあるので、いろいろな寺子屋(勉強会)も3月4月はお休みになった。
そろそろ霞を喰って生きていこうか、なんてこと思っている。うちは蕎麦粉があるので、それを毎日喰って
いくと即身成仏になる、というのも悪くない(昔の坊様はそうやって仏様になった)。
死を恐れても仕方ない。こうゆう有事の時は、テレビやスマホの電源を切って「情報断食」
をするのもいいかもなんばん。

予定を書いたホワイトボードの余白の白が目立ってきた。「4月は能登で暮らすか?」
と筆子さんにいったら、「12日の満まめがいっぱい予約が入っているので、それまでは休めない」
とのこと。気功整体で、気を整え、免疫力を高める・・・すごく大事なことだ。
人生、いいときもあれば悪いときもある。だからおもしろい。
「天真庵も苦戦してるに違いない」と思ってくれるファンの人が、いつもよりはやいペースで
珈琲豆を買いにきてくれたり、そばを手繰りにきてくれたりするおかげで、リーマンショックの時も、
大震災の時も、シンコロの今も、なんとか「持続可能」で13年間が経過した。感謝。

今日の「真民さまのことば」  元気が自噴してきそうな詩。

「わたしの詩」

わたしの詩は
生きるために苦しみ
生きるために泣き
生きるためにさげすまれ
はずかしめられても
なお生きようとする
そういう人たちに
ささげる
わたしの願いの
かたまりであり
湧き水である

ひきこもりライフ

いつもは、うらぶれた十間橋通り。いつも以上にうらぶれた週末で、「終末?」
を彷彿させるような人気(ひとけ)のなさだった。
満まめ(気功整体)と「ゆるゆるヨガ」は、元気な人、これから元気を伝えていきたいと思って
いる人たちが予定どおりきて、にぎやかな感じになった。
どんな職業であれ、子供からおとなまで、「これから」が不安で予測もつかない明日におびえている。
でもみんな「死ぬまでいきられる」から大丈夫。なるようにしかならない、この世界。

スカイツリーも閉鎖され、銀座や渋谷などいつもはにぎやかな街も、ガラガラだったみたい。
そろそろニューヨークや欧米の主要都市のように、東京でも「ロックダウン」が近づいてきた気配。
みんなとまって、「ひきこもりライフ」を経験しそうだ。
食料は、生のものは冷蔵庫の収納具合によるので、「買いだめ」をしても無駄になることがありそうだ。
コンビニやスーパーは営業するだろうから、3日ぶんもあれば大丈夫じゃない。
水は東京水が蛇口をひねるとでてくるので、買いだめする必要なし。
お米が近くのスーパーからなくなっている。二年くらい前からお米よりパンの消費が多くなったのに
不思議な現象。「日本人にもどれ」と神様の声がした・・?

昨日はヨガをやったけど、「ヨガマット」があるといろいろ便利。時間がたっぷりある子供
たちと、ヨガや深い呼吸法をやったりできる。煎茶では「茶具敷」(ちゃぐしき)といって、
古布に煎茶道具を並べて茶を楽しむ。その変わりになりそうだ。
ロックダウンの先に、もし「明日で地球がロックダウン」みたいな日がきたとしても、
家族で一期一会のお茶を飲み、「ありがとうございました」といって、実相の世界に旅立つのに
役に立ちどうだ。急須のない家、が多いらしいけど、「日本人にもどれ」という声が聞こえたら、
ひとつ用意しておくといい。京都や金沢なんかに暮した人は詳しいけど、全国には素敵な「和菓子」
がいっぱいある。アマゾンでカップ麺などを注文するついでに、京都の「おひがし」とか「金平糖」
などを頼むのも一考だ。

ぼくは休みの日は、都内の古本屋を徘徊する。「いずれ暇になったら読もう」と思って、たまった本が
いっぱいあるけど、テレワークだけでは運動不足になるので、近くの古本屋まで、徒歩もしくは
ジョギイングでいくのもいいだろう。この際、中止になった東京マラソンや東京オリンピックの選手に
なった気持ちで、一万円くらいはたいて、ジョギングシューズを新調するのもいい。
ママチャリからスポーツタイプの自転車に変えたくらい「走り」が違ってくる。

東京では大手に努めるサラリーマンが多くいらっしゃる。派遣から解雇されていくけど、このまま
世界がとまってしまうと、大手といえど安穏としていられない。公務員もしかり。
「百姓入門」の準備も必要になってくる。「ものはかたちから」という輩は、ゴルフ道具をメルカリで
売って、郊外のコメリかなんかで鍬に変えるのも「いい手」だ。
通販はしていないかもしれないけど、能登の「ふくべ鍛冶」にいくと、男女別にセミオーダのような鍬や鋤
が買える。まさに「日本人にかえる」

一月に大分であった家族が奏でる「カナタ」というアルバムをずっとお店で流している。
満まめの時、ヨガの時もBGMとして聴いている。音楽もダウンロードして「ただ」で聴ける
ものになったけど、ほんとうにいい音楽は、お金をだしてCDで聴いたり、ライブにいって
応援してほしいと思う。「お互いが楽しむ」「共生」という世界は、これからもっと大事になってくるよね。
4月から、世界がガラッと変わる。もう変わってしまった。「モノやお金」から「目に見えないゆたかさ」に
シフトするんじゃない。ずっと「こころの時代がくる」といわれて久しいけど、やっとそうなるかもなんばん。

家で珈琲やお茶を飲むことも多くなりそうだ。自販機で♪昔アラブの国の王様が・・・ちゃちゃんちゃんちゃん・・
みたいに、スイッチを入れたら、豆を挽き、ポタポタと自動で入れてくれる珈琲メーカーみたいなんで入れてる
人が多い思うけど、ここは「マスター」になったつもりで、手動のミルで豆を挽き、一杯一杯家族のぶんまで入れる
スタイルに変えるチャンス。男子厨房に入り、「男料理を磨く」という時間もたっぷりできそうだ。
かっぱ橋が閉まる前に一度、包丁やをのぞいてみるもよし。こないだまでは包丁やのお客の9割が外人さんやった。
ステンレスで研ぐ必要のない包丁や文化包丁はやめて、手作りの包丁と砥石を買う。それだけでも「料理人」に
なった気分になる。近くのスーパーで、まるごと一尾の魚を調達し、台所で捌いて、家族に「今日は鯛をさしみにした」
なんてことになると、持っている株よりも、株があがるに違いない。

これから「卵かけごはん」
日本人にもどるの原点は「一汁一菜」
ごはん・味噌汁・お漬物・・・・・お米と味噌と梅干し(お漬物)があれば、当分なんとななるよ。心配ご無用!

今日は日曜なので16時閉店 満まめ ゆるゆるヨガ 蕎麦打ち教室

昨日の東京は戒厳令のごとく、だった。
朝いつものように香取神社にお参りした後、オリンピックに・・長蛇の列だったので、
一瞬で「やめた」。
天真庵でも「もち麦」とか「能登の棚田米(今・売り切れ」とか「黒豆茶」や「麦茶」
能登ジャム、媛もち麦の甘酒、梅干し、能登揚げ浜式の塩、もちろん珈琲豆やそばを
テイクアウトできるので、昨日は、そんな商品もいっぱいでた。
なんだか知らないけど、「うめ星」(隕石入り玉)や「勾玉」(これも隕石グッズ)や久保さんの新作の「隕石粉でつくったおちょこ」
なども売れた。へんな店だ、とお客さんがいう前に自分でいう(笑)

基本的に「そば」を千葉の農家さんに頼んでいるし、薬味の大根や柚子胡椒も自分らでつくっているし、
醤油は松本の醤油やさんに頼み、珈琲豆も商社に「生豆」を
頼んで、自家焙煎しているので、オリンピックで買うものは、リンゴジュースとかちょっとしたものだ。
お米は、能登の棚田米を玄米のまま買って、そのまま東京にもってきて、その都度精米機で精米し、
できた糠は、店の前に遊びにくる雀にあげたり、ぬか床にしたり、能登にもっていって、畑に蒔いたり
、コンポストトイレに入れたりして、大活躍している。

最近IT時代の友達に不思議な酵母をいただき、それをリンゴジュースで培養して「無限シードル」
をつくって、飲んでいる。どぶろくのようなもんだ。ガレットにシードルというのは、めちゃくちゃ相性が
いいコンビだけど、お店でだすと、すこし法に抵触しかねないので、自分たちで飲んだり、気のおけない
仲間におすそわけしたりしている。昔から、菌のことを「悪玉」とか「善玉」とかにわけるのが
人間の性みたいなところがあるけど、人も同じで「使いよう」やと思う。

最近よくあべちゃんが「コロナに打ち勝ったあかしの完全なオリンピック」なんていうアジテーションを
する。「菌に打ち勝つ?」・・・どうもピンとこない。勝ったり負けたりする次元ではないと思う。
この星で、生きとし生けるもの、動物・鳥・虫・魚・鉱物・石・草木・もろもろの菌・・・
みんな同じ「命」と「波動」をもって、共生して共存して生かされているのだ。
そして、それぞれが固有の波動をもっていて、そのバランスが壊れた時に、いろいろな病気になる。
病気かて、「悪い」と勝手に決めつけるようなもんではない。そこで体を休めたり、こころみつめてみると、
いろいろな「気づき」があったりする。今は、地球そのものの「生命体」に、何かメッセージが降りいるようなとき。

いろんな病気があるけど、医者ちゃうけど、いえることは・・
生命力とか気力が低下する、一般的に免疫力が低下した時に、罹病するのだと思う。
だから反対に、それらが向上するように、「食育」とか「住育」とかをまじめに考えていけばいいのとちゃうかいな。
今日やる「満まめ」(気功整体)とか「ゆるゆるヨガ」なんかに、そのあたりのヒントがいっぱいつまっている。
今月はじめで今年のぶんは終わったけど、「味噌作り」は最高の食育。
お米を買い占める、のも勝手やけど、自分で味噌をつくり、梅干しをつくり、梅酢で野菜をつけもんにする・・
そんな昔から日本人がしてきた暮らしにもどすことも必要なんじゃないかしらん。

そんなわけで、今日は日曜なので16時まで、二階は「満まめ」16時から「蕎麦打ち教室」19時から「ゆるゆるヨガ」

明日の朝は「卵かけごはん」

アクの強いフキで、毒を消す

♪もうすでに 春ですね~

のはずだが、今日から首都圏は外出自粛になるし、
卒業式や入学式や入社式・・・門出の春のイベントものきなみ中止で、
「別れの3月」も「出会いの4月」も、季語がなくなった感がある。
近くにこの春コンピュータの専門学校ができる。先日、そこの先生3人
が蕎麦を手繰りにこられた。

その一人(常連さん)が「ここはこれから学生たちのアジトになりますよ」
といって笑った。なんとなく大学紛争時代のレトロな言葉。
今NHKFMからボブデュランの曲が流れている。シンコロで来日が中止になったけど、用意されていた
ようだ。まるで「トリビュート」な感じ。ピーターバルカンさんの番組。

♪君とよくこの店にきたもんだ・・・片隅で聴いていたボブデュラン・・
ガロの「学生街の喫茶店」。お金もないのに、とりあえず知り合いの顔を見かけると
「お茶飲もうか?」といって、わけもなく、たわいのない話をしながら、シケモクしながら
だべっていた。でもみんな楽しそうにしてたね。「夢」を語れる時代やったんやろね・・・

シンコロさんのおかげで、世界中がとまって瞑想している。
オリンピックも延期。冷静によく考えてみると、「アマチュアスポーツの祭典」
なんていう大義名分とは、程遠いモノで、利権や企業のオカネの臭いがプンプンと
あぶりだされるような今日このごろ。原発といっしょで、みんな「やめる」方向にしたら・・と思う。
令和になったけど、その前の「平成」というのは、いろいろなものや旧態依然も体性が壊れて、
大掃除されて「平たく成る」という時代であったはずだけど、「令和」になって、そんなことが
顕著になるみたい。「ガラガラポンになる」というのが、はじまったような気がする。

「ゆずり葉」。新しい命が発芽するときには、古いモノは自ら「ゆずって」
若き命にエールをおくる植物。そんな縁起で、正月の鏡餅にみかんの下に飾られてきた・・・ゾンビみたいな森
が、はばをきかせるオリンピックの森では大輪の花が咲きそうにない。どうゆずっても花さか爺さんには見えへん。やっぱゾンビや。

昨日は福岡の妹から「フキ」と「お米」がおくられてきた。
さっそくフキの皮をはぎ、3センチくらいに切って、水でさらし、
そばのかえしで煮て「ふき煮」をつくってみた。春の香りに包まれた。
冬眠をおえて眠りからさめた熊が、最初に口にするのが、フキノトウなどの春の山菜。
「毒消し」になるらしい。

明日は「満まめ」と「蕎麦打ち」と「ヨガ」をやる。
全部予約が入っているけど、「自粛」される方は、遠慮なくどうぞ。
おひとりおひとりが、大きな試練の時。右にいくか左にいくか、決める春だ。

今日の「真民さま」

「試練」

試練は
鞭ではない
愛なのだ
慈悲なのだ

常識というは堪忍 春眠し

まだまわりにシンコロに感染した人はいないけど、首都圏も
不急不要な外出は自粛しなさい、という事態になってきた。
昨日は近くのオリンピックにいったら、買い物客でごったがえしていて、
無限シードルのリンゴジュースを買い物かごにいれた段階で、「や~めた」
と思い、棚にもどして帰って仕込みをしていた。

キリマンジャロを焙煎していたら、「包丁かしてください」といって、おかま
のMくんが入ってきた。台湾の知り合いからパイナップルのケーキをもらったらしい。
「ときどきもらうけど、ちゃんと一個一個にわかれているよ」といったら、
Mくんが封をあけ「あ~らほんと。な~んだ。じゃ二個あげるわ」というので、珈琲を飲みながら
談論風発・・

カウンターの「うめ星の実験」を見ながら・・・
「もうこの部屋全体がいい気につつまれているので、うめ星が入ったのと、
入ってないのとあまり差がなくなったわね。」といった。そして
「これ、波動共鳴というのよ。コロナから人類を救うのも、この波動共鳴しかないわね」という。
といって、病気と波動の話を音楽の「音叉(おんさ)」の共鳴を例にだして説明をした。
相変わらず、ただのおかまではない。

この星に住む、虫や鳥や魚や人間、石や草木や鉱物もそれぞれ特有の波動をもっていて、
わたくしたちの内臓もまた特有の波動をもっているらしい。そして、体力や免疫力が低下すると
その部分の波動に異常がでる。だから東洋医学では、気のルートの「経絡」にいい気を波動共鳴
させて、治癒するのだ・・・簡単にいうとそんなことらしい話を理路整然として、帰っていった。

シンコロのおかげで世界中の人やモノがとまった。みんな「こしかた いくすえ」をまじめに考え
始めた。恐怖や不安でいっぱいだおうけど、こんな時こそ、「ウキウキ」するようなことをしよう。
ここんところ、ぼくも朝の瞑想の時間をちゃんととって、トイレの真民さんの言葉を
縁ある愛すべき人をイメージして、こころで「おもい」をおくっている。これも波動共鳴か。
そんな小さな「あい」が、少しづつ波紋のように広がると、あっという間に世界は「あい」で
包まれるような気がする。

今日の「真民さん」

「六魚庵箴言」

貧しくとも
心はつねに
高貴であれ

一輪の花にも
季節の心を知り

一片の雲にも
無辺の詩を抱き

一椀の米にも
苦労の恩を思い

一塊の土にも
大地の愛を感じよう

本日は書の会 明日はおんなかっぽれ

シンコロさんのおかげで世界中で、渡航が禁止になったり、外出が禁止になったり、ライブハウスや
飲食店が営業自粛になったり、在宅勤務や在宅を余儀なくされたりするような毎日。
世界が「とまっている」状態。

昨日はヨガの聖者が、チャリンコにのって元気にそばを手繰りにこられた。
森鴎外の「寒山拾得」の短編の中に、🐯虎にのって街を歩く老僧の話がでてくる。
豊干禅師(ぶかん)。今話題の武漢と、おなじことだま。
昔から禅林は「寒山拾得」の絵を好んで描いた。それに豊干禅師と虎を入れて
4人(3人と一頭)が寄り添って寝ている構図もよく描かれた。「四睡図」という。
「世の中で一番幸せな家族」を現わしている。
先週のある日の朝、いつものように香取神社にお参りし、オリンピック(中止や延期で騒いでいるのではなく、スーパー)
にいく途中、常連さんが犬と、子供ふたりと散歩しているところに遭遇した。
「これも四睡図みたいなもんやな」と思わず笑顔になった。学校にいけなくなって家にいる。みんなストレス
だろうが、あらためて「家族のありかた」などを見直すいい機会でもある。

豊干禅師(彼のことを、これから勝手にそう呼ぼう)いわく、
「瞑想の最高の姿は、とまる、ことです」といって長い顎ひげに手をかけ笑った。
サムシンググレートや神のはからいで、シンコロさんがこの星にやってきて、
わらわれ地球の人間たちに「瞑想」という反省を促しているんだ。
個人といわず、家族といわず、政党といわず、国家といわず・・
みんな「おれが、おれが」で現生の利益を得ようとがりがり亡者のような生き方に警鐘を鳴らして
くれたのかもしれない。
悟り、というか「空」にいたる前に、人は恐れと不安でいっぱいになる。今まさに世界中の人が、「悟りの前」
で瞑想(ある人は迷走)しているのかもなんばん。

今日の「真民さま」 そんなぼくたちに強いメッセージの言葉だ。

「あとから来る者のために」

あとから来る者のために
田畑を耕し
種を用意しておくのだ
山を 川を 海を
きれいにしておくのだ

ああ
あとから来る者のために
苦労をし
我慢をし
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
みなそれぞれ自分にできる
なにかをしてゆくのだ