元気で長生きできる呼吸法 ぱーと2

かっぽれの相方にもらった「自在力」(塩谷信男著 サンマーク文庫)を、読んだ。
このような本は、あまたあって、どれも大切なことが書かれてあるけど、「そうか」と
いうだけでは、身につかない。実践哲学、というか、日常の中にいれて、継続していって
こそ、のものだ。今の教育とおんなじや。知識だけ詰め込んでも、「いざ」という時に屁の
つっぱりにもならへん。自分で病気になったときや、家族が病気になった時に、「なんとかせにゃ」
ともがいて身につけてこそ、「自分のもの」になる。

なんども読み返す本に、宇野千代先生の「天風先生座談」という本がある。彼女がスランプに
なって文がかけなくなった時、昭和の哲人の心身統一法を実践し、スランプを脱し、健康に
なった話が綴られている。天風先生の本はあまたでているけど、この本が一番わかりやすい。
90歳を超えてエージーシュートを3度やれれた塩谷先生。90歳を超えて「中井貴一に恋してる」
とのたまった宇野千代先生。素敵なふたりの「実践哲学」
アマゾンで買うと、塩谷先生の「自在力」と合わせても3000円でおつりがくる。
「あまり気のりしない忘年会」をひとつ仮病で断って、この二冊を読み、実践すると、
仮病どころか、ガンや重病にかかっている人も、健康を取り戻すのではなかろうか?

今朝は朝散歩しようと外にでたら、強い北風が吹いていたので、家にもどって、
「瞑想」を30分。曹洞宗の丸い坐蒲(ざぶ・禅の時に使う)におしりを置き(ない場合は座布団を半分におってもいい)、
背筋をのばす。(ただし、張り切りすぎると、息が肺のおくまで届かないので、あくまで肩の力を抜いて自然体)
印(手を組む のは無手勝手 ぼくは総持寺の禅で習ったやりかた)をし、息を静かに大きく吸い込む(天風式は、まず息をだす)。
その息がいっぱいになったら、丹田に気をこめ、息をしばらくとめる。この時に肛門をキューと閉める(天風先生はクンバハカといった 塩谷先生
もここが肝要といっている)。その息を静かに口から吹き出す(塩谷先生は鼻  どちらでもいい?)
その後、普通の呼吸を一回。その繰り返し。「きつい」と思えば、10分くらいでOK牧場。20分もやると汗がでてくる。
その間に「自分の首の痛みはよくなった」(過去完了形で想念すると願いがかなう これは先哲たち共有のコツ)とか願いながらやる。
能登半島は、UFOで町おこしをしたり、総持寺には、世界中から坐禅にきたりするとこ。「宇宙無限力」の聖地の
ようなとこかも。「まゆつば」と思う人が大半だと思うけど、UFOもいるし、見えないところに宇宙の力が偏在している。

「ばずる」といって、ネットやSNSで一気に広がっていく現象がいろいろな分野で顕著になって、マーケティング
でも大切な要素になっている。いい意味でも悪い意味でも、それをひろげる人のことを「インフルエンサー」
といっているらしい。天真庵の「隕石陶器グッズ」も、なんやらそんな流れで、「ばずって」きた感がある。
でもほんとうは、そんなモノに頼りすぎず、自分の呼吸を整えたりすることで、
健康で持続可能な人生をおくるコツが、優美に広がっていくことを望んでいる。
「うめ星」もいいけど、自分で梅干しをつくって毎日食べるほうが、この星の健全な暮らしではなかろうか。
「うめ星」は「夢」をみるお手伝いには大いに役立つとは思う。夢も昔から神(宇宙無限力)の意志であるが・・感謝。

元気で長生きできる呼吸法

月曜日は「論語の会」(順受の会)の忘年会だった。
25年続いて続いている。ぼくの学歴にはないけど、
幼稚園(3年)小学校6年・中学3年・高校3年・大学4年・・・一浪しても
20年。大学院にいったり、ちょっと留学しても25年にならない。

先週書いたブログにかっぽれのあいかたが全国行脚して伝授している「なんやら呼吸法」
というのを紹介した。そのブログを読んだあいかたが、「ちゃんと、伝えて」と、一冊本をもってこられた。
「自在力」(塩谷信男 サンワーク文庫) 1902年生まれ、東京大学医学部卒、2008年に106歳で昇華。
85歳まで現役のお医者で、晩年は「正心調息法」(しょうしんちょうそくほう)を伝授するような活動をされた。
あいかたは、それを受け継いで全国を寅さんよろしく行脚することをライフワークにしている。

ぼくは、京都時代から、中村天風先生(昭和の哲人・日本のはじめてヨガを伝えたひと)の心身統一法という呼吸法の道場に通った。
東京は護国寺に会があったので、よく通った。今の会長は、元衆議院議員の先生。
親友で衆議院議員のすえくん(末松義規)も、よくその会であった。

塩谷先生と中村天風先生の呼吸法は、90%くらいが相似している。天地自然の理、宇宙の原則に沿った
ものだからだろう。「正心」というのは、普段の「こころのありよう」の大切さを説いている。

塩谷先生の本に、日常において正しい心の使い方のコツとして
1 物事をすべて前向きに考える
2 感謝の心を忘れない
3 愚痴をこぼさない

ヨガが流行していて、天真庵でも「ゆるゆるヨガ」の教室がある。呼吸法は、座禅もそうやけど
どれも、同じようなもの。毎日の「こころひとつのおきどころ」を加えると、「宇宙の呼吸」
に波動があうようになる。口でいうのは単純だけど、ようは、自分の人生の毎日毎日、体調が悪い時も、
仕事や人間関係に悩む時も、いろいろなことがある毎日のなかで「継続」できるやいなや、のこと。
元気な時はみんな元気。元気のない時も元気か?どうか・・・が大事やな。

塩谷先生の本の中に「宇宙の三相原理」というのもある。
1 宇宙には無限の力が存在している。宇宙力である。
2 宇宙には無限の叡智が存在している。宇宙知である。
3 宇宙には万物の形成要素である超微粒子が満ちている。幽子である。

そして人の体の中の宇宙も、フラクタルで縮図のようなもんや。これからそのあたりの
ことが、誰でも「そんなの常識じゃん ボリボリ」の世界になってくるのではと思う。

今朝、銀座の「隕石直売所」の王子からメールがきた。
新しい「隕石アーツ いっぱいありがとうございます」とのこと。
グリップのついた珈琲カップは、これからの地球のカフェの標準になるかもなんばん?

能登はやさしや 土までも
昨日の海に沈む夕陽は極楽浄土そのものだった。海は凪いでいて港では、豆鯵が
いっぱい遊んでいる。
冬の間に、畑の土を掘り返す、と、来年もまた豊作になる。これから畑に鍬もっていく。感謝。

ホノルルマラソン ぱーと2

一度社員旅行を「ホノルルマラソン」にした年があった。
バブルのころは、年に二回海外に社員旅行というころもあった。
今は昔。景気も違うし、そもそも社員旅行など死語に近い。

「今年は、九州の温泉にみんなでいこうか?」と、当時の女性スタッフたちに聞いたら、
「一度社長のマラソンを応援したい」とかわいいことをいう。
単純な性格なので「じゃ、みんなでホノルルマラソンへいこう。ただし、君らも走るんだよ」
と条件をつけたら、「スタートとゴールをしっかり写真にとって、私たちの宝ものにします」
と目を輝かせていうので、付帯条件を取り消して、みんなでハワイにいった。

スタートは朝5時か5時半。ホテルから3kくらいウォーミングアップをかねて歩いていく。
約束の女性スタッフたちは、いない。「ま、いいか。みんな興奮して眠れなかったのだろう
」と勝手なこと思ってスタート。4時間後に
ゴールをする。その時も女性スタッフは誰もいない。「おまえら、詐欺師か」とこころの中で思ったけど、
飲みこんで、「許せない人がいる自分」を許して、ランナーズハイに近い幸福感に浸る。(そんな大袈裟なことではなかったけど・笑)
それから、「気に入らぬ風もあろうに柳かな」よろしく、いろいろなことを「堪忍」してきた。

*「気にいらぬ風もあろうに柳かな  堪忍」とは、仙厓和尚の代表的な作品。出光美術館にある。

今日は「順受の会」(論語の会)の忘年会だ。四半世紀続いている勉強会。25回目の忘年会。

月に一度しか顔をあわさない人が大半。「あの人の過去(仕事)を聞いてはいけない」がルールで、
何を「たつき」(生計)にしているかもあまりわからない。でもみんなぞれぞれの道を歩いている。

やっぱり

幸せになりたかったら、「自分らしく生きる」ことだと思う。

昨日の夕方、静岡から「〇ゆり」さんが遊びにきた。ときどき、生き方に迷うと酒を飲みにくる。

タンポポ゚はタンポポの花を咲かせればいい
さつきはさつきの花を咲かせればいい
ゆりはゆりの花を咲かせればいい         天恩感謝。

20日(金) バロックコンサート

演奏:渡辺佳代子・ラスト恵子(オーボエ)・長久真美子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

21日(土) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

28日(土) 堀 まゆみ&大石 学 ジャズLIVE

演奏:堀 まゆみ(ヴォーカル)・大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

明日から能登休み。

ホノルルマラソン

昨日のギタリスト、仲内拓磨くんは山梨大学の駅伝の選手だった。
足を故障して、ギタリストになった。アスリートのマインドと魂がほとばしる
ような「音」が素晴らしい。そのまま「RUN!」というオリジナル曲もあるし、
小さいころから放課後に夢みる少年だったので「放課後」という「ある少年の夢」
のような名曲もある。「走っている。燃えている。生きている」を伝えるようなアーティスト。

今日の現地時間の5時から「ホノルルマラソン」がスタート。
24年ほど前の夏、新宿のバーで飲んでいたら、取引先の専務が突然
「今年のホノルルマラソンに参加しませんか?」と言い出した。
まだ40になる前の年だったし、若気のいたり、と、ままよきんたまおとこのこ
、ののりで、いくことが決まった。
そのお店の和紙の折敷(おしき)に、同席した4人が、醤油を指につけて血判所(
軟弱)を作成。

そのまま若さにまかせて、ホノルルに飛んだ。ストイックなランナーたちが、あちこちで
練習していた。われわれはゴルフに興じていた。メンバーは毎週のようにゴルフをやって
いたので、そこそこ自信はあった?けど、国内のハーフどころか10Kマラソンも経験せずに
「いきなりフルマラソン」。少し不安はあったけど、なんとかなるさ、でスタート。
あの風光明媚なダイヤモンドヘッドまでが、上りも多くて、地獄やった。結局
ランナーズハイと、ビギナーズラックに助けられ、6時間ちょっとで完走。

なんか不完全燃焼だったので、知り合いがトレーニングコーチをしていた「ヨネクラボクシングジム」
に入門。当時75kあった体重を一年で11k減量して64kまで絞った。40代はマラソンとボクシング
にあけくれていた。もちろん仕事もバリバリしていた。

ほかのメンバーもみんなランナーズになって、国内のマラソンに参加し、ホノルルも合計4回走った。
4回目は、ワカこと天真庵のライブの応援団長のBCNの専務だった吉若徹さんと走った。
もう四十路も後半になっていたけど、4時間を切ってゴール。
いいだしっぺの専務も、ワカも今は天国に召された。「還暦までにもう一度走る」が目標だったけど・・

昨日のアンコールで、こころの炎がゆらゆら燃えるような新曲を披露してくれた。
「冬にペレットストーブのある部屋で、ゆっくり聴くような曲」を、前のライブの時にリクエストして
いたものにこたえてくれた曲。「日向(ひなた)」
曲が終わるとペレットストーブの上にかかっている古時計が10回鳴った。サムシンググレート
がご褒美をくれたような奇跡の瞬間。ライブはいいね。「いまここ」を、仲間たちと共有しながら共に楽しむ。

「こころの炎を着火する。ほとばしるような感動を忘れない」

明日は「卵かけごはん」夜は「論語の会」
それから19日まで能登休み。

20日(金) バロックコンサート

演奏:渡辺佳代子・ラスト恵子(オーボエ)・長久真美子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

21日(土) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

28日(土) 堀 まゆみ&大石 学 ジャズLIVE

演奏:堀 まゆみ(ヴォーカル)・大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

今日はライブなんで、16時閉店

ひょっとしたら、初雪になるか?という寒い朝。
今週は、ペレットストーブが大活躍した。「火が見える」というのが断然いい。縄文人の「ゆたかさ」を再現できる。
夏は暑いと、薄着にしたりすればしのげる。裸になるまでがんばれる。でもそれ以上になると、文明の利器
に頼らないといけない。頼りすぎると、動物的な機能が喪失し、五感もにぶり、体調もおかしくなる。クーラー
で乾いて、入らず、クラクラになる。
潜水艦の中にいると、温度などが一定に制御されているけど、自然から隔離された生活を余儀なくされるので、
陸にあがってくると、みんな調子をくずすらしい。でも今の暮らしは家も会社も、途中の電車の中も「潜水艦」
とかわらない環境かも。これから、仕事や生活の周辺がAIに占領されていく。大事なことは、とり残された
我々が「人間らしく生きる」ことではないかしらん。

その点冬は、厚着にすればいいし、寝る時は布団を重ね重ね寝ればいい。それでも寒いと、ストーブの上に薬缶をおいて、チロリか
燗鍋、なければ徳利を入れ、お気にいりのお酒をお燗にして飲めば、こころから「ほっこりする」。それでも寒かったら、抱き合って眠ればいい。
来週は冬の能登で暮らす。三度目の冬である。「寒いんじゃない?」とよく聞かれる。当然寒い。
でも、その寒い中で泳ぐ魚たちは、脂がのってきて美味い。朝起き掛けに飲む茶や珈琲の一杯も
また格別な味がする。春夏秋冬、自然の呼吸に波動をあわせて暮らすと、「人間性」が磨かれる。
志賀町の特産に「ころ柿」がある。家から車でしばらく走ると道の駅「ころ柿の里」
というのがある。普段は野菜や魚を売る「特売所」みたいなところだが、この季節は、銀座の千疋屋に負け
ないくらいの立派な「ころ柿」が、出番とばかりに並んでいる。人も柿も「居場所と出番」が大事。
そして渡鳥たちが、怒涛の冬の海を渡ってくる。みんな一生懸命生きている。一寸先は光、だと信じて。
ぼくたちの明日も「一寸先は闇」のような時代。でも「希望」を失ってはいけんっちゃ。感謝。

今日の日めくりカレンダー

鳥は飛ばなくてはならぬ
人は生きねばならぬ   真民

7日(土) 仲内拓磨ギターライブ

演奏:仲内拓磨(ギター)

19時開場 19時半開演 ¥3,500(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

20日(金) バロックコンサート

演奏:渡辺佳代子・ラスト恵子(オーボエ)・長久真美子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

21日(土) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

28日(土) 堀 まゆみ&大石 学 ジャズLIVE

演奏:堀 まゆみ(ヴォーカル)・大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

宇宙的な焙煎

一昨日は、新宿で会社をやっている友達に誘われたので、夕方に御苑の近くの会社を訪ねた。
この界隈には、いわゆる「ソフトハウス」と呼ばれたIT企業がたくさんあった。
わが社も創業は秋葉原だったけど、昭和が終わるころは代々木に会社があった。
新宿で寄席を見にいったり、ゴルフの練習は神宮でやっていたし、新宿の取引先には歩いて
いったものだ。ひさしぶりに御苑を歩いた。秋ですっかり紅葉していて、月が真上にでていた。
「月を見る君を思う」という三線の名曲がある(タケシーがつくった)。まるで「月に心が、映っているような冬の夜空」

昨日は「そったく焙煎塾」
近くでアパレルをやっている「おっさ」が入門してきた。最初は「ほうろく」をつかって焙煎をする。
豆の変化がよくわかるのと、五感を使って珈琲豆と対話するおもしろさ、がわからないと、次の段階に
いきにくい。自然に寄り添いながら、自分自身の感性とか能力、未見の我(新しい自分の発見)に感動できる
ような人間であってほしいと思う。すこし天然だけど、おっさとかぬすみぐい君たちと、いっしょに遊んで(この人らは
仕事と遊びの差がない)いると、あらためてそんなことを思う。

毎日毎日が一生。毎日生まれかわり、普通に平凡に自分らしく生き、当たり前に「いまここ」に感謝しながら
通っていける人は、みな輝いて見える。

昼からは、焙煎歴10年のベテラン女子。新兵器の焙煎機をつかってブラジルを焙煎。
見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたり、五感を研ぎ澄ますとそんな世界にふれることができる。
とても繊細なところで、幽霊や蜃気楼が見えたり、神も声を具体的に聞くようなものではない。今回の
新しい焙煎機も、原理は簡単で「ふーん、そうなん」くらいなもんや。でもその簡素な部分に、大いなる夢
みたいなものがつまっている。できあがった豆を石臼でひき、久保さんがつくってくれた「白い恋人」
みたいな隕石入りのカップで試飲。宇宙的な珈琲の味がした。銀座4丁目にある「隕石直売所」でその珈琲カップ
が売っている。

夜は「おとこかっぽれ」
かっぽれのあいかたは、「なんやら法?」とかいう、呼吸法を全国まわって伝授しながら旅をしている。
早稲田の政経をでて、亀戸の精工舎に入社・・・世間でいうエリート街道を歩いていたのだが、途中で
「こころを衣替え」させ、そんな道を歩いている。いっしょに篠笛を学んだこともあり、30年近く
つきあっている。「ナンバ歩き」(これもうるおぼえ)とかいう歩き方をし、とても深い呼吸をする人だ。
古希を迎えたけど、どうみても50代に見える。

今日も足の裏が大地をつかみ 精妙に鼻から宇宙と深呼吸

そんな「いわじー」だ。感謝。

年末の「自分で年越しそばを打つ」のスケジュールがポチポチうまってきた。
明日は初雪?があるかもなんばん。すっかり年末。

7日(土) 仲内拓磨ギターライブ

演奏:仲内拓磨(ギター)

19時開場 19時半開演 ¥3,500(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

20日(金) バロックコンサート

演奏:渡辺佳代子・ラスト恵子(オーボエ)・長久真美子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

21日(土) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

28日(土) 堀 まゆみ&大石 学 ジャズLIVE

演奏:堀 まゆみ(ヴォーカル)・大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

一年一組せんせいあのね・・・

昨日紹介した「一年一組せんせい あのね」(理論社)は、1981年に初版。
発達障害の子や在日の子や、経済的に恵まれない子や、今では隔離されているような子
たちが、同じクラスに混在している。先生たちの、その子たちを見る目線が「家族」の
ように暖かい分、意に沿えず、転校していく子どもたちを見るにつけ、無力感にひしがれて
いるこころが伝わってくる。今は、もっと「家庭」や「社会」が崩壊しているので、この本は
子育て中の人や、その親たちの「バイブル」になるんとちゃうかな。そう思う・・

ぼくらが小学校一年生の時は、昭和37年。北九州市立天神小学校やった。「天神庵」?
八幡製鉄(今の新日鉄)の溶鉱炉や本事務所(本社みたいなもん)があったとこで、
「鉄の街」の最盛期。11月になると、「起業祭」(きぎょうさい)といって、街が祭り一色になった。

ぼくは、きっと今だと典型的な「発達障害者」に認定されていて、主席で違う学校にいっていただろうと思う。
小学校の前に普通「保育園」とか「幼稚園」とかいく。ま、就職したことがないので、履歴書を
書いたことがないけど(もちろん、幼稚園までは書かないか)、「いきなりステーキ」みたいに
「いきなり小学一年生」だった。

幼稚園は、近くのお寺がやってるところへ一応は入園した。スモッグ?スモック・・そんな制服があった。
近所のおばちゃんに「似合うわね」といわれ、なんだかそれがイヤで、次の日から制服を着るのをやめた。まだ自由な雰囲気が
あったので、それは許された?寺子屋の時間に「書道」があった。畳の部屋でやるので、お寺の片隅の部屋で
やっていた。壁が白い漆喰やった。墨をすっていた時、「この白い壁に字を書いたらおもしろいな」と思った。
何秒か後にすった墨に筆を入れ、それを思い切り壁にかけた・・・・・
その始末を母親がどのように解決したのかはわからないけど、ぼくはその日を境に、無職?の身になった。
その一件だけでなく、日ごろから先生の手を焼いていたようだ。

それからしばらくオジキが養蜂をやっている宮崎の日向で暮らした。美々津という風光明媚なところで、川で
泳いだり、養蜂を手伝ったり、オバはそばの製麺工場をやっていたので、毎日そばを食べて過ごした。
「発達障害者」というのは、普通の人より、直感とか、見えないもの、とか、自然の中にあるものを感じる力があるようにも思う。
ぼくは、鳥と会話したり、蜂などと対話する能力をそのころなんとなく身につけたように思う。半世紀たっても、その時
に身につけたものが生きているように思う。
昨年、親父の納骨に延岡にいった足で、40年ぶりにそのオジキの家を訪ねた。従弟のかずさんが「君の小学校一年生ときの
詩がとってあった」といって見せてくれた。八幡製鉄の社内報みたいな新聞で、小学校部門で金賞をもらったものだ。

これにも裏話がある。その詩は、自分が書いたものだが、罰?で「書かされたもの」だった。
11月の「企業祭」に「木下大サーカスがくる」というウワサがあった。
ぼくは、どうしてもそれが見たくて、学校をさぼって、サーカスの準備中の会場へ遊びにいった。
ひとりでいけばよかったのだが、ゴロク人を連れていったのがあかんかったみたい。
そのリーダーいうことで、職員室(ひょっとしたら校長室)で、事情聴取?を受けた。
ダルマストーブがその部屋にあって、校長が紙と鉛筆をくれた。今思うと「始末書」でも
かかせるつもりだったのだろうか?と思うけど、そこにつたない「詩」を書いた。それが金賞になった。
でもそれを見るたびに「たくらみ」のある詩で、始末書以上に始末がわるいので、記憶から消したい詩でもあるのだ。

昨日紹介した在日の自分と折り合いのつかない「よしむら せいてつ」くんの詩が、ぼくの詩とすごく似ていた。
素直な一年生に違いないけど、どこか屈折したもの(作為)が内包されたいる。だからこの子と飲んでみたいな。

「かい」

耳にかいをあてるとうみの音がきこえた
かいにはうみがはいっとるんやな
うみにずっとすんどったから
うみの音がしみこんでいる
うみはかいにいのちをあげたんかな

こんなのもあった。いのうえ あきえさん。素直な小学一年生。

「おかあさん」

おるがんで
ねこふんじゃったをひいとったら
おかあさんが
おしりふりふり
おりていった

今日は「英語でそば会」
二階は「普茶料理の会」  なんか年末らしくなってきた。

木曜日が「そったく焙煎塾」夜が「おとこかっぽれ」

小学一年生・・・あのね

昨日は日曜日なので16時に閉店。それから「蕎麦打ち教室」だったけど、生徒が
風邪をひいたので、お休みになった。毎週のように、「昼そば」と「そば前」を飲みに
くる常連さんと四方山話をしていたら、筆子さんがたっくん(押上小 一年生)を、近くの児童館
から連れてきた。音楽家の両親をもつので、ときどきふたりが仕事の時は、幼稚園の時はお迎えにいったり、
卒園式は、地方にいるじいちゃんばあちゃんの代理でお招きを受けたり・・・さながら「押上のじじばば」であ~る。

昔読んだ河合隼雄さんの本を能登の家で見つけた。日本を代表する臨床心理学者でユングなどにまつわる本や、子育て
の本などをたくさん著した人。学者とは思えないほど、慈悲深い顔をされていた。その本の中に「1年1組 せんせいあのね」(理論社)
が紹介されていたので、アマゾンで買って、読んでいる。正確にいうと、この3日の間に、三回読んだ。神戸の先生が、
子供たちに「あのね帳」というのを書かせて、子供たちの「いま」をお互いに見つめあうような日々が綴られている。今でいう「発達障害」
みたいな子がいれば、家庭で居場所がないような子、日韓問題の根本の民族問題・・・1981年初版の本だけど、教えられること多しだ。

いくつかあげてみる。

「どくしん」(よしむら せいてつ)・・・この子は韓国籍のため、学校にいかない、と泣いたりしてた。でも文が「おもろすぎ」。

おかあさんはよその人に
どくしんやゆわれてよろこんどう
としいっとう人かって
どくしんの人がおるのにな
けっこんしている人は
どくしんになりたくて
どくしんの人は
けっこんしたがる・・・・・・・・・・・・・・・感想・なかなか哲学的だ。たぶん50近いおっさんになっているだろうけど、神戸で飲んでみたい。

「男と女」(おかの まり)

せんせい
男と女とけっこんしたとき
あいしあっとうけど
1しゅうかんか2しゅうかん
たっていったら
なかがわるくなるな
どうしてやろ
にんげんがぼろぼろになってくるからかな・・・・・・感想・もうきっと結婚していると思うけど、「やっぱそやな」と悟ったんちゃう?

「けっこん」(せきぐち ひでひこ)

おとうさんとおかあさんは
れんあいけっこんしたそうや
おとうさんはまじめで
いままで げっきゅうぶくろも
いっかいもふうふうをあけずに
もってかえってくれるねんて
おかあさんがおとうさんをすきになったのは
おとうさんから
ぼくはあなたのじんせいこうろのとうだいや
というてがみがきました
それで けっこんしたそうな
だから ぼくはとうだいのこどもです・・・・・・・・・感想・あかりを灯して生きていることでしょう。

「おとうさん」(おおたに まさひろ)

おとうさんは
おこめややのに
あさ パンを食べる

これから「卵かけごはん」40年前から、だんだん朝ごはんにパンが当たり前になってきた。
今日は松本の「大久保醸造店」の田舎味噌を使うそうや。

天真庵は おそばやなのに あさ たまごかけごはんを 食べる

今日の夜は「長屋で女史会」
明日は「英語でそば会」
木曜日が「そったく焙煎塾」夜が「おとこかっぽれ」

命のスープ

先週、能登から松本経由でもどってきた。
蕎麦を打つようになって、ずっとお世話になっている「大久保醸造店」の名物会長の
大久保文靖会長にあいにいった。100冊の本よりも、ひとりの人物。まさにそんな邂逅やった。

もどってきて、水曜日に曳舟のブックオフにいった。2012年8月の「dancyu」(噂のカレー大図鑑)
があったので、パラパラとめくっていたら、カレー特集の前に「巻頭特別企画」というのがあって、
「命のスープ」の辰巳芳子さんの「いのちを養う大豆」があった。彼女の本は、天地自然の理(ことわり)の
ことが理路整然と書かれていて、古本屋で見つかると、大概買うようにしている。

青森県で自然農法で大豆をつくっている福士武造さんの大豆を、小学生たちがいっしょに育てている写真と、
その大豆を使って醤油をつくっている大久保会長がいっしょにでていた。不思議な縁を感じて買ってきた。
辰巳さんの言葉に「大久保さんは、たぶん職場を離れても味噌・大豆の状態と心を離して生きたことのない人です・・・」
とある。続いて「その人を血がたぎるような思いにさせたのが福士さんの大豆なのね・・」と続く。

そして〆に辰巳さんが、大久保醤油を使って炊いた「大豆ごはん」の🍙おにぎり。
まじめに大豆をつくる人、その大豆をつかってまじめに醤油をつくる人、命の根源の料理をつくる人・・
どれも「ひとつごと」をこつこつやってきた人のコラボ。足すことも、引くこともない「ホンモノ」にふれた。

昨日は「ゆるゆるよが」だった。かすみちゃんの髪型が少し変わった。会社を辞し、
新しい道を歩んでいこうという証だろう。なにをやってもヨカヨカ。ヨガも続けるがいい。

今日は日曜日なので16時まで。それから蕎麦打ち教室。
明日の朝は「卵かけごはん」  夜は「長屋で女史会」
火曜日が「英語でそば会」
木曜日が「そったく焙煎塾」と「おとこかっぽれ」
新しい焙煎機で焼く「ほぼブラジル」の味を堪能する会。言葉で尽くせない感動がある。感謝。

今日はゆるゆるヨガでよがる日

こないだまで暑い暑いいうとったのに、急に寒くなった。
近くのマンションから蕎麦を手繰りにきた社長が開口一番「寒いですね」
といって、震えた声でいった。炭はおきているし、昨日から石油ストーブを
使っているけど、会社もマンションの中も、エアコンで調整されているので、
自然と呼吸を整えたりする動物的能力が少し、いやだいぶ落ちてきてるのだと思う。

横浜の助平セラピストが、
「マンションなんかでヨー、おばさんといたしたりすると、エアコンの風があそこに
あたっただけで、乾いちゃってよ、はいらないんだよ。」なんていいながら、スケベ顔をして笑う。

今年の夏にペレットストーブを購入した。北原白秋のペチカではないけど、♪雪の降る夜は 楽しいペーチカ
で、寒い日が一転して楽しくなる。この星で人間は反省をかさね、火を発見した。
一昨日は友とストーブの火に薬缶をかけ、久保さんの志野の燗鍋に竹葉(ちくは)をいれ、ぬる燗を飲んだ。
酒肴は風呂吹き大根。冬の酒肴の王様だ。自家製の梅味噌に青唐辛子を隠し味にすると、風呂吹き大根の味
がさえ、飲むほどにまるで美人と混浴をしているような錯覚に落ちる。

中国の詩人「陶淵明」は酒がこよなく好きだった。高級官僚をすぐにやめ、「帰去来辞」を書いた。
「飲酒詩」の中では酒のことを「忘憂物」といった。その字のごとく、憂いを忘れ去ってくれる物。
能登の家にも、南條先生が書いた陶淵明の詩が軸にして飾ってある。
その中に「山海経を読む」と題した詩があり、最後の二行がいい。
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俯仰終宇宙  ふぎょうして宇宙を終(つ)くし
不落復何如  楽しまずして復(ま)た如何(いかん)せん

「魂を宇宙に逍遥して「いまここ」を楽しんでいる。
この広大無辺な宇宙には、UFOも宇宙人👽もいるだろう。そんな不思議な縁を楽しまない手はない」・・  そんな意味か*かなり拡大解釈?

今日は久保さんの隕石入りの器がいっぱい飛んでくる。銀座の「隕石直売所」から注文をもらったものだ。
そんな器に「遊穂(御祖酒造・UFOで町おこしをした羽咋(はくい)の地酒)」でもなみなみ注いで、宇宙や人生や
艶っぽい話しながら飲む。まさに「忘憂物」である。
陶淵明の有名な言葉に「歳月人を待たず」というのもある。命短し恋せよ乙女みたいなもんや。短い人生を楽しも。感謝。