そこに愛はあるんか?・・・

今朝のラジオが「金沢が13日連続で熱帯夜」とのこと。
能登も日中は30度を超えるけど、夜は涼しくなり、タオルケット
とアイスノンで、エアコンは一度も使っていない。

なんやかんやで、毎日忙しくしていて、昨日は麹町のカフェから大量の
注文がきたので、朝から炭をおこして、珪藻土七輪でガラガラ焙煎をした。
今日は銀座のカフェの豆を焼く。

今朝、はじめてタコヤンをもって海へ・・・
先週、コロさんが「能登の徘徊散歩をしたい」というので、いつもの徘徊コースを
てくてく歩いた。海で「タコ釣りの師匠」が、もずくとズメ(あわびの従妹)をくれたので、
今朝は昨日つくった「UFO水出し珈琲」をもって海にいった。暑い朝だけど、「タコ釣りの師匠」
は、涼しい顔して海にいた。いつも恵比寿顔で、海も愛せば、飼い犬の豆柴のリキ(ひょっとしたら、力道山から命名?)
を可愛がっておられる。都会の犬は、家族というより、アクセサリーか玩具のようにあつかう人が多いけど、
本来の家族のように、同じ目線で飼っている。海までの軽トラの助手席の窓から顔をだして、潮風を浴びるのが大好きらしい。

愛といえば、「人類を愛することは簡単だけど、隣人を愛することは難しい」なる名言がある。
最近のSNSの「承認欲求するひとら」の中に、その言葉にぴったりの人が多くなってきているような気がする。
愛を口にするのは、簡単だけど、身近な家族や犬にたいしても、まったく「かけら」もない。
まったく、コミュニケーション能力も、微妙な人間関係を構築する能力もない人たち。

昔から、お店で「政治・宗教の話をするのはタブー」だといわれてきた。選挙が近くなったら、「〇〇党がいいですね」
などと、「にわか評論家」よろしく、薄っぺらい政治論なんかを語る輩。その実「50歳の今年まで選挙にいったことがない」
・・・今回の参院選で、一部と野党が躍進したけど、そんな若者たちが、はじめて選挙にいった、という浮動票が集まった、
ということか?。それだけでないんだろうけど、なんかまだまだ淀んでいるね。座屈感いっぱい。

テレビはみないけど、ボクシングをスマホで観るとき、よくアイフルCMが流れる。
女将役の大地真央が「そこに愛があるんか?」とおらびながら、リングにあがる。
そのCMが流れるたびに「人類を愛することは簡単だけど、隣人を愛することは難しい」を思い出す今日このごろ。感謝。

30日(水)に、3つの世界戦が予定されている。また「そこには愛があるんか?」が活躍する日。

墨田川花火大会を能登で見る!

昨日、かよちゃんから電話。「今日の花火大会、遊びにいっていい?」。
「今、能登やで・・・・こっちでも見えるけど・・・くる?」とぼく。

天真庵の前の路地から墨田川花火大会の花火が見える。近所の人が、自然と寄ってきて、酔って
花火を見る、が、ならわしになってきた。
コロナの前までは、「ゆかたでライブ」を10年以上やっていた。
「もにじん」さんというギターとハーモニカのユニットで、演奏者も
お客さんも「浴衣」で楽しむライブ。浴衣を着れない人は、はやめにきてもろうて、
二階で筆子さんが着付け。それを縁に、着付けを習って、「浴衣美人」になったおなごもいらっしゃる。

夕方になり、冷奴、さざえの梅酢づけ、さごち(さわらの子供)の焼いたん、で一杯やっていると、
「はじまったけど・・・見る」という筆子さんの声。スマホをテレビモードにして、「墨田川花火大会」を能登で見た。
どんなテレビ番組もそうだけど、解説がうるさい。スポンサー?のアサヒビールのCMも、
「洗脳させられるような映像」が、何度も繰り返される。さしておもろくない話に大げさに笑い、自分で手を
たたいたり・・・日本人の精神的文化力が、地に落ちる象徴みたいに感じるのは、ぼくだけ?

テレビの声を消してもらって、森山直太朗のCDをかけながら、花火の映像を見た。100倍雰囲気がでる。

ちょうど、夕方まで読んでいた世阿弥の本の一文を思い出した。

美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない。(世阿弥)

「花」を「花火」に置き換えるとよくわかる。浴衣を着たチンピラみたいなタレントが、余計な説明をしなくとも、
美しい「花火」が、墨田川の上空に、ただ咲くのである。ホンモノは、あいまいなものはなく、黙っていても、ホンモノ。感謝。

能登の公費解体がどんどんすすむ・・・

昨日は、街に買い出し・・・・・といっても、ネコの牛乳。
先月、車庫の横の倉庫で、子猫が二匹産まれた。その倉庫も解体されることになった。
母親はガリガリになったキジトラ猫の「ガリ」(筆子さんが命名)。
その子供たちが、昨日天真庵デビュー。黒くて、まあるい目をしたほうは、ガリの子で黒いので「ガク」、
もう一匹は母親そっくりのキジトラ猫で「ガキ」と名付けられた。

筆子さんがいつものように、ポーカーフェイスで「蚊にさされて、ウナがなくなったので、ゲンキ(街の薬屋さん)にいこう」
ということになった。(主目的はネコの牛乳)
せっかく街にでるのだから、10月に解体される「橋本食堂」で、昼ごはんを食べることにした。
富来(とぎ)の元中心街にある橋本食堂。一軒だけ残った宿・湖月館もおなじく10月に解体される。ここは
ゲンキの近くに、新しい宿を再建する準備をしておられる。
奥能登に比べたら、被害がすくなかった志賀町。でも10月までに公費解体するのは4000戸以上。
建築費が坪200万円となった昨今、更地にもう一度家を建てられる人は、稀有である。
風呂・台所・トイレ・居間・・・・終の住み家で20坪の平屋を建てるのに4000万円。
少ない年金をやりくりしながら、「たまかな暮らし」をしているひとたちにとっては、「無理な話」だ。
地震から1年半過ぎた。仮設住宅に居られるのも「二年」と期限が迫っている。

飛ばなくなったオスプレイなどの武器、農薬漬け、遺伝子組み換えの穀物を無理くり買うお金があれば、
「同胞」たちの生活のことを、もっとまじめに考えんとあかんばい。この日本列島の火山活動も活発になっていて、
地震も頻発しているし、異常気象で作物の生育もままならない。この機にオスプレイ?・・・変態コスプレくらいで我慢せーや。

今日は、この集落の集会所で「総会」がある。地震で壊れた公道などのインフラの整備に、県や町の予算が少ないので、
どうやってやりくりするか、などが議題になる予定。なんもかんも「ひとごと」では済まされない。あすは、あなたの問題かもなんばん。
どこの街で生きていくのも「やおない」(たいへん、という九州弁)時代である。感謝。

さいはての「絶品食堂」でいかさまランチ。

天真庵の常連さまで、東武動物公園で美容院をやっているコロさんと、
さいはての絶品食堂・「つばき茶屋」で、いかさまランチをした。(「いかさま定食」・・いかの姿煮、あじの南蛮、小鉢数種・・・1500円也。)
彼は昨年の正月の地震からこっち、時間を見つけては、珠洲の避難所にいって、
おばあちゃん(まだその途上のひと)たちの髪を切るボランティアを「自腹」でやっておられる。

地震で全壊して、近くのタクシー会社の社屋をDYIで改装し、臨時のお店をやっておられる「いろは書店」(おかげさまで75年)(珠洲市飯田町)で、待ち合わせた。真っ黒く日焼けした主人・八木淳成さんと「はじめまして」で、店内にあるカフェスペースで、談論風発。
「街の本屋さん」が、絶滅危惧種になった時代に、「さいはての本屋さん」の再建をめざし、奮闘中のナイスガイ。
自宅が全壊になった次の日、彼の親父さん(85)が「新しい店の見取り図を描いていた」というから、すごい家族だ。
「あえのこと」という能登の伝統行事(田んぼの神様に感謝の意をしめす神事)の絵本を買って、つばき茶屋を
めざして車を走らす。

お店に着くと「貸し切り」の看板。先月、コロさんが埼玉でやった「能登応援フェス」に協力してくれた女子
たちと、「プチ打ち上げ」のようないかさまランチ。
はじめてきた時、椿の苗をくれた大女将・さつきさんは留守で、若女将のさとみさんとハグ。
今年の3月に「自然食品と器のお店」を輪島ではじめた女子、横浜から移住してきてキャンピングカーを
改装して、「いつでもどこでも鍼灸」を目指す鍼灸師の女子と名刺を交換して、「これからの能登暮らし」
などを熱く語る。「女時(めどき)」が続くけど、ほんとうに女子は元気だ。

まだまだ再建の途上だけど、みんな遠慮せずに、能登のさいはての「つばき茶屋」にいき、
青い海を見ながらいかさま定食を食べ、能登人の素朴で無欲な生きざまにふれていると、
これまでの自分の「いかさま人生」が、あぶりだされることだろう。同時に、同胞として、
まだまだ「こころの発展途上国」のこの国の「懐かしい未来」を発見するチャンスでもあるかもなんばん。

ランチが終わって、コロさんが、海が見えるベンチで、さとみさんの髪を切る。
その間、中前製塩さんまで車を走らす。主人の中前さんは地震の時、自宅が全壊になり召された。
社屋は地震と9月の豪雨で被災したけど、残ったお弟子さんと、山形に嫁いだ娘さんが力をあわせて、
中前さんの塩を復活させた。事務所には、中前さんが砂浜に海水をまく古式な作業の雄姿の写真が
かかっていて、一礼。お弟子さんに聞いた中前さんの自宅があった場所まで車を走らせ、手をあわせる。
中前さんの塩は、ぼくの「かえし」や、筆子さんがつくる梅干し、味噌に不可欠な「神の塩」だ。
歳月の紆余曲折を超えて、一生を賭して「塩つくり」にかけた巨人にあえてよかった、とつくづく思う。

それから「つばき茶屋」にもどったら、さとみさんがモデルみたいにピカピカ女子に変身していた。もともとチャーミングだけど・・
珈琲をいただきながら、海をながめていると、「この海からUFO焙煎器がうまれ、うめ星も生まれた」
という声が聞こえた。そのタイミングで携帯がブルり、銀座の王子から「うめ星」の注文がきて、さつきさんがもどってきて再会のハグ。
椿のお礼と近況を伝え、「またきます」と挨拶をして、コロさんを羽咋の駅までおくる。
途中、日本海に沈む夕陽がきれいで、このまま時間がとまってほしい、と思えるような極楽浄土の様相を見せてくれた。
「明日、かえったら?」ということになり、我が家に一泊していただき、夜中まで酒を汲み交わした。
ひとだけだはなく、景色まで「一期一会」の能登をいっしょに味わった。感謝。

能登くらし いちにちめ

日曜日の夕方、片づけを終えて、能登へ・・・
危険な暑さだっだけど、「昼のみ」のお客さんや、夏バテ防止にぴったりな「梅おろしそば」
を手繰りにこられるお客さんでにぎわい、朝からバンバン打ったそばが売り切れになった。

高速道路を走っていると、埼玉あたりは東京より熱く、日が沈んでも33度くらいあった。
長野に入ると、さすがに30度を下回り、佐久平で23度になったので、そこで車中泊。
3連休で夏休みに入ったこともあり、車中泊の車がいつもより多かった。
夏の暑さだけを考えると、長野あたりに住むのもいいけど、冬の寒さは、九州産の体には耐えられそうにない。

そんなことを思いながら、高速で「金沢」まで走る。いつもは、富山で高速を降りて、下道で能登路まで走る
のだが、夕方に「解体やさん」と打ち合わせがあるので、時短コースを選択。
能登で暮らすようになって7年。金沢が近くなったけど、たったの2度しかいったことがない。
木工の般若くん、金工の角居くんあたりが、毎年浅野川画廊(今は、閉店)で個展をやっていたころは、
毎年金沢にいっていたのに・・・・・今はふたりとも、「全国区」になって、活躍している。
年をとると、「生きたい場所」も「行きたい場所」もかわってくるものだなあ、と思う。

金沢から能登路を走り、近くの志賀町町営温泉の「増穂の湯」に入り、能登の家に無事到着。
「解体やさん」とも無事打ち合わせが終わり、大きな釣り用クーラーに入れてきた食材をアテに、
ビールで乾杯。能登の家も30度を超えているけど、風遠しがいいので、クロキリのロックを2杯飲み
ほすころには、28度になっていた。コンクリートも少ない、やさしい土が多い、緑も多い、車が少ない・・・
いろんな要素が重なって、都会の30度と田舎の30度は、ぜんぜん違うように思う。

エアコンもつけず(7年間、一度も使ったことがない。)、朝起きると、部屋の温度計は23度になっていた。
7月、8月は、お店を休業にして、田舎で生活したほうが、経済的にも、健康的にも、いいかもなんばん。感謝。

つばき茶屋の「いかさま定食」

昨年の正月の地震の前は、毎月のように奥能登に通った。
珪藻土七輪の「丸和工業」は、再建の途上にあり、「大谷塩」も中前社長は地震の時、
自宅が崩壊して亡くなられたけど、山形に嫁いだ娘さんが、社長になり、残った社員と
いっしょに、奇跡の塩を復活させてくれた。どちらも「天真庵」にとってはなくてはならないものだ。

その奥能登に「つばき茶屋」という食堂があり、いつもそこにいくと「いかさま定食」か
「ぶりっこ定食」を食べた。はじめていった時、女将さんに「藪椿」を、もらって能登の家の
庭に植えた。毎年赤い花を咲かせてくれて、玄関脇と床の間の久保作の「掛け花」に投げ入れて、
能登の花鳥風月を楽しませてもらっている。

先日、うちの常連さまで、能登にボランティアに自腹でいかれるコロさん(美容師)が、
「今月、つばき茶屋にいきます」といった。
ちょうど時間があるので、ひさしぶりに、奥能登にでかけけ、「いかさまランチ」の約束をした。
ユーチューブで「能登 つばき茶屋」で検索すると、地元テレビで放映された「つばき茶屋」の近況
が動画ででてくる。名前は「いかさま」だけど、ホンモノの能登の魚を食べさせてくれるお店だ。

さきほど、ぼくの携帯がなった。「解体屋さん」からだ。公費解体がきまった家に、ユンボを通す
道がないらしく、うちの車庫の横の「全壊」と判断された小屋を壊して、道を通したいとのこと。
全壊と診断されても、「母屋」じゃないので、解体は自費でやらなくてはならない。それを壊してくれる、
というのは、まさに「渡りに船」の話。
ただし、そのつばき茶屋さんにいただいた「椿」とか、「栗の木」「柿の木」を植え替える必要がありそうなので、
明日の夕方に打ち合わせすることになった。
家の横の畑は、9月の豪雨で土砂が流れた。家は間一髪で助かった。上の畑は、古い小屋が全壊になった
けど、どうにか、そんな話で片づけられそうな予感。

地震から1年半以上過ぎて、テレビやラジオでも、「能登」が忘れられかけている。
でも、能登の人たちは、相変わらず縄文時代からの「暮らし」に勤しんでおられる。
「能登はやさしや 土までも」である。感謝。

今日は16時まで営業。明日から「能登休み」。8月2日(土曜日)から、またやります。

さきほど、お店の前を歌舞伎俳優の中村梅乃(うめの)さんが通った。近くに住んでいて「選挙にいってきました」
とのこと。来月は彼がでる京都南座に、歌舞伎を観にいくことになった。
みなさま、今日は選挙にいきましょう。政治家やこの国のリーダーたちが「われわれ、ほんとうの日本人」とは、かなり乖離している
ことを、最近まざまざと知らされること多し。ちゃんとした日本にするためには、「まず、選挙」やね。

空気が読める人になるには?

昨日、東京も梅雨明け宣言がでて、いきなり夏日を堪能させられた。
漫画家のさちさんが、涼しい顔して、そばを手繰りにこられた。
HPの「TQ元気シール」をマンガにしてくれ、しかもAIを使って、元気(チワワ)に
声までつけてくれた。天真庵のHPが、今月末で閉じることになった。
TQ元気シールのマンガができたので、HPを閉じても、それを、筆子さんの「インスタ」に
残そう、ということになった。それもかねて、打ち合わせをしていたら、美しい常連さまが
カウンターに座った。

カウンターの左の壁に、白井晟一さん(世界的な建築家)が愛用していた柱時計がぶらさがっていて、
その下に通称「タキオン」という、滝のような、正確には滝つぼの2000倍のマイナスイオンを
発生させられる機械を置いている。天真庵のHPには、正式名称「滝風イオンメディック」で紹介されている。

常連さま「タキオンを使っていて、何か変化がありますか?」
ぼく「空気がかわったような気がします」
常連さま「確かに、ここは空気が違いますね」
ぼく「ありがとうございます。『空気が読めない』とよく言われますが、空気は大事にしています」
常連さま「具体的には?」
ぼく「能登と往復する時は、車に蓄電池を積んで、そこにタキオンをつないでます。とくに、今月は
梅を摘んでそのまま東京に運ぶのですが、タキオンのあるなしで、梅のイタミがぜんぜん違ってきます」

実は、コロナ禍の時、長崎の島原で「そば会」をやったことがある。ちょうど知り合いが東京から移住し、小浜温泉で
「彩雲(さいうん)」という料理屋をつくった。窓から、頼山陽先生が「青一髪」と、島原の海をうたったように、
海の青と空の青の境に、一本の髪の毛がおかれてあるような風光明媚な景色。その海に泳いでいる魚を、神楽坂で鍛えた
包丁さばきで、みごとに調理してくれる。原種を大事にする島原の農家さんから仕入れる野菜も美味い。
そんな空気がきれいなところにできた料理屋の部屋に「タキオン」が置いてあった。主人に尋ねると「これからのお店の常備品になるのではないですか」といって、笑った。
それからこっち、天真庵でもタキオンを常備している。一台30万近い高価なものだが、価値がわかる人にとっては、リーズナブル
な値段。

そんな話をしたら、美しい常連さまが「これ、買います」と、丸い目を輝かせた。
きっと今ごろHPで「彩雲」を検索して、九州旅行を計画しているかもなんばん(笑)
美しいひとの家の空気が美しくなる。暑い日だったけど、涼やかな風が吹いた。感謝。

映画「国宝」を100倍おもしろく観るコツ?

水曜日、池袋の歯医者にいった。毎月、歯の掃除をお願いしている。
医院長とは、「ホノルルマラソン」をいっしょに走ったことがある。今は昔・・30年になる。
大塚駅まで歩いて、錦糸町までバスでかえる。オリナスの中にある映画館で「国宝」を観る。

いきなり、長崎の料亭のシーン。「うすあかり」の映像がとてもきれいで、
「まるで、谷崎の『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』の世界だと思った。
料亭(あとで、京都の茶屋がでてくるけど、まさに「翳」がいい)・歌舞伎・文楽・能・茶室・・・
日本人の根っこにある美意識には、この「陰翳」が息づいているように思う。

主演の歌舞伎俳優の女形を演じるひたりの「現代の役」は見たことがないけど、金襴に彩られた歌舞伎の衣装
と、化粧や踊りが、とてもよかった。
谷崎が生きていても、きっと賞賛したに違いない。「陰翳礼賛」にこんなくだりがある。

「早い話が、映画を観ても、アメリカのものと、フランスやドイツのものとは、陰翳や、色調の具合が違っている。
演技とか脚色とかは別にして、写真面だけで、何処かに国民性の差異がでている。
同一の機械や薬品やフィルムを使っても なおかつそうなのであるから、われわれに固有の写真術があったら、
どんなにわれわれの皮膚や容貌や気候風土に適したものであったかと思う」

この文章の前に「そう云うことを考えるのは、小説家の空想であって・・・」と前置きがあった。
でも、この映画は、小説家の空想をはるかに凌駕していると思う。
「国宝」を観る前に「陰翳礼賛」を読むと、映画が100倍おもしろくなるかもなんばん。感謝。

田舎芸者の厚化粧

ときどき、自称「デザイナー」という若者がそばを手繰りにくる。
まだ三十路を歩き始めたばかりの若者だ。同じ九州人。
どうしても、「おれがおれが」の、がってる(威張っている)ところが、初々しい。
最初にきてお会計のとき、「領収書をください」と言った。
「自分が食うものは、自腹にしないと、だめだ。とくにデザインなどを仕事にするなら、絵とか器とか・・・みんな自腹を切らないと上達せんばい」と諭した。むっとしてしばらくこなかった(笑)・・・だいたい、こんな対応をしていたら、二度とこない。ま、こちらも「見込み」
のある人にしか、「自腹」の話はしないばってん。

同じタイミングで、病院の医院長がそばを手繰りにこられた。ときどき、いっしょにボクシングを観戦にいく。
応援する選手がでる時は、リングサイドを6枚くらい買って、「応援お願い」と頭を下げて、ボクシング好きの仲間に配る。
なんどか、後輩のバイオリニストが天真庵でライブをやってくれた。18席の半分は、医院長が自腹で買って、仲間に配る。
終わった後は、銀座の行きつけの寿司屋などにいって打ち上げ。「いっしょにどうぞ」といって、お流れを頂戴することしきり。
格闘家・音楽家・芸人・・・・縁のある人を、いつも自腹で応援しているのがいい。先日は、ステンドグラスの作家を連れて
そばを手繰りにこられた。かわいいネコのステンドグラス。名にし追う動物病院のガラスに、かわいらしいネコが笑っている。
終始一貫、そんな感じで生きておられる。この7月で73歳になったといって、可かっと、笑った。どうみても60代前半にしか
見えないナイスガイだ。

カウンターには、「梅林ガールズ」がふたり、昼酒をやっている。
能登で地震があった昨年の秋、彼女たちは、自腹で能登まで車できて、家の片づけをしてくれた。
家族でもやらないことを、平気の平左の顔してやってくれる。「スゴイおなご」やと尊敬している。
この秋も能登の家にきて、ぼくの本の整理、というか本棚をつくってくれる予定だ。
彼女たちが泊まる部屋の床の間には、狩野探幽の「寒山拾得」の軸がかかっている。江戸城・名古屋城・大阪城
あたりの襖絵を描いた絵師。京都の祇園の骨董屋から口説いて買ったもの。もちろん「自腹」(笑)
被災して、床の間の壁もヒビが入り、畳もしみがついているけど、気持ち的には「私の天守閣」
な気分。能登の家は「寒山拾得美術館」と、勝手に呼んでいる。税金に頼らず、身の丈にあった「小さな美術館」を
自腹で運営している。会社の経営をしている間、なんども「腹を切るか」という場面もあったばってん、
捨てたり、破いたり、の後に残ったものは、「たからもの」のような気がする今日このごろ。感謝。

UFOが飛んでいる

昨日は、UFOが二台売れた。一台は、開店前にSNSで。
昼間、常連さんたちが「そばや昼酒セット」で、「そば前」を楽しんでいる時、
「UFOを買いにきました」と、女優さん?みたいなきれいな女性がきた。
「HPがなくなったら、焙煎の指南役がいなくなりそうで・・・・」とのこと。
「ブログもやめられるのですか?」と問われたので、「気が向いたら書きます」
と答えた。わざわざ横浜から足を運んでくれたらしい。

確かに、天真庵のHPに、「UFO焙煎器」の動画がある。UFOをふっているのは、不肖・野村
の手だ。音楽は、三宅洋平さんといっしょにユニットを組んでいる、赤須翔くん。
ぼくのHPは、今月いっぱいで終わってしまうので、「UFOを使っている人」「今後使いたい人(在庫はすくなくまってきた)」
は、そこの「赤須翔」のインスタをフォローしておいてほしい。彼こそ「UFO焙煎器 友の会 会長」。
「手取り足取りチーパッパ」で、焙煎を教えてほしい人は、どうぞ、東京と能登で、まだ『焙煎教室』をやっている間にきてください。
地球の環境とか紛争とか、今のままだと2050年には、この星から珈琲がなくなるかもなんばん・・・だけど・・

珈琲の豆の値段が、どんどん値上がりしている。お米ほど「必需品」ではないので、あまり問題になってないけど、
「どの街の喫茶店」も青色吐息の気配がただよってきた。自家焙煎にするには、お金も場所もかかる。
「スペシャルコーヒー」を淹れるには、専門学校に通ったりしなくては・・・・

あまり複雑に考える必要はない!UFOを買って、赤須翔のインスタみながら、鼻歌でも歌っていればいい。
自分で言うのははずかしいけど、「天真庵の生豆は、みなスペシャル珈琲です」。

余談だけど、昔、村田英雄という演歌の大御所がおられた。あるひ、マスコミの人が新築したばかりの先生
の家を訪問し、インタビュウーした。
マスコミの人「先生、立派なご邸宅をお建てになりおめでとうございます」
村田先生「いや、たいしたことじゃなか。」
マスコミの人「この居間の隣は、なんですか?」
村田先生「チキンルームばい。よか匂いがするやろ。」
マスコミの人「???・・・ところで玄関にとまっていた新車はなんですか?」
村田先生「あれは、デラックスばい」
マスコミの人「どうりで、立派な車ですこと・・?」

今珈琲業界で流行りの「スペシャル」を聞くたび、この話を思い出す。日本人は昔から「横文字」が好きだ。

8時から「玉子かけごはん」
来週は「能登やすみ」なので、今月最後だ。
これから、水に浸しておいた土鍋を、珪藻土七輪の上において「おいしいごはんですよ」をつくる。
ここはチキンルームはないばってん、七輪と土鍋があれば、そこがキッチンになるし、チキンも焼ける。感謝。