昨日は、開店そうそうに、みしらぬ人たちが、ぞくぞくと蕎麦を
手繰りにきてくれた。そろそろうちも「ミシラヌ?」の星がつくかもなんばん。
最初の女子ふたりは、「先日新潟の人たちを歓待してくれてありがとう」とのこと。
昔のことを覚えていても、最近のことや、人の名前などはすぐにわすれるようなお年ごろになったけど、
「新潟の人たち」とは、3人組の男子で、十間橋通りの新しくできたゲストハウスにチェクイン?した後に
カウンターに座って、四方山話(新潟も今回の地震で被害をうけた。そんな話)をしながら、
「夕飯は、燕京亭(えんきょうてい)にします」と、紹介したばかりの下町中華屋にいった男たちのことは、
鮮明に覚えていたので、「おぼえとるばい」といって、談論風発した。
次の老夫婦は、一番奥の二人掛けのテーブルに座ってもらった。どうも初めてこられたみたい。
カウンターには、長崎からきた常連さんが、「カステラ」を土産にくれたり、大分に帰ってきたばい娘さん
が「西の関」を持参してくれたり、九州弁の真空パック土産みたいな様相だった。
その老夫婦が、お会計の時に、ビニール袋に入ったお菓子をくれて、「なつかしいやろ」といって笑った。
「くろがね 堅パン」だ。北九州の人口は100万人を少し切ったけど、この「堅パン」はみな食べるし、
家に保存食としてもっている。くろがね・・・鉄。鉄の町が、新日鉄マンと共同で開発したパンだ。
災害の多き時代には、どこに住んでいても、必需品かも?「くろがね 堅パン」で検索するとネットでも買える。
瞬間に男の顔を見直して「OH!のーじ」とおらんだ村。
東京に「NOZY COFFEE」という有名なカフェがあるが、それと同じことだま。「のーじ」。
北九州の慶応幼稚園?みたいな幼稚園の同窓生だった。「所さんが美味そうに食べていたんで、そばを
食べに来たっちゃ」とのこと。表で肩組んで記念撮影をした(笑)
ちなみに、ぼくの渾名は「ノンチン」。昔は、もっと直情的なあだ名で、今ではクレーム
になりそうなんがいっぱいあった。「チンポ」というあだ名の友達は、その言霊の赴くまま産婦人科の医者
になった。もうひとり「ピーロン」というあだ名の男がいた。ブリーフなどない時代、体操の時間に、いちもつ
が、半ズボンから「ピーロン」とのぞけてしまって、瞬間的にその名がついた。命名者のセンスに拍手をおくりたいけど、
つけられた本人は、迷惑な思いで思春期を過ごしたに違いない。感謝。
今日も12時から16時まで営業。それから「味噌つくり」「そば打ち教室」「UFO焙煎塾」
明日の朝は「玉子かけごはん」(8時ー10時)