銀座のデパートに、開花堂の銅の茶入れを買いにいった時、同じ売り場に素敵な
銅の珈琲ポットがあった。燕産。新潟の燕では、燕鎚起銅器(つばめついきどうき)といって、一枚の銅の板を
鎚 (つち) で、トンテンカンテンと打って、伸ばして形成し、薬缶や茶入れや酒器などをつくってきた。
ぼくが使っているポット(ミルクパン)は、20年くらい前に、池袋の天真庵で個展をやってくれた「はらみか」
がつくったものだ。20年の古色がついた。やはり鎚起銅器だが、彼女は長野出身だったので、信濃鎚起銅器になる?
はらみかは、モデルなどもやっていて、スレンダーでとても美人だったので、英国のカメラマンに熱烈に求婚されて、その地に嫁いだ。
最近、ふたりで四国の古民家を見つけて、仲良く田舎暮らしをしているようだ。2年ほど前に帰国した時、天真庵にたちよってくれて
そんな近況を語ってくれた。
燕の職人さんと話をしていて、その珈琲ポットを愛用している若者を知る。
阿佐ヶ谷で小さな珈琲屋をやっているらしい。さっそく昨日、阿佐ヶ谷のお店を訪ねた。
東京にきて、はじめて住んだのが荻窪で、阿佐ヶ谷や高円寺や中野界隈はよく徘徊したもんだ。
(夜の飲み歩き専門だったけど)。でも先天的に方向音痴なもので、その店が見つからず、
近くのカフェのおねえさんと目があって、「すいません・・・・そんな珈琲屋へいきたいのですが」
と尋ねると、気持ちよく教えてくれて、2分後にそこについたけど、シャッターが閉まっていて、
「盛岡の珈琲フェス」に出展中とのこと。
踵を返して、2分もどり、親切カフェにもどり、「ビール」を飲みながら、女将と談論風発。
そのお店は、今時流行りの「シェアカフェ」だそうで、ちょうど阿佐ヶ谷でジャズフェスをやる二日間(今日まで)
を借りて、オムライスとか、JAZZ珈琲(ジャズが似合う珈琲らしい 頼まなかった(笑))とかを
供している。「普段はなにしようと?」と質問したら、名刺をくれて、「もう一か所、日替わり店長みたいなことをやっています」
とのこと。お客さんがちょうど途絶えたので、もう少し突っ込んで「一日いくらくらいで借りれるの?」と質問したら、
「この界隈は、安いところで8000円、高いところは2万円とか」とのこと。ふむふむ!
珈琲豆、オムライス、サラダの材料、抹茶のスイーツなどを持ち込み、ビールは、近所の酒屋さんで
調達するそうだ。おかわりビールを注文したら、「キリンはおわって、サッポロ黒ビールしかないのですが・・」
というので「ぼくは、キリンよりサッポロ黒ビールのほうが、よかです」と返事したら、おまけにサラダを
アテにだしてくれた。そうやって、お店を持たずに、いろんなお店を間借りしながら修行する若者があまたいるらしい。
彼女の名刺には、源氏名のようなひらがな三文字に、メールアドレスとQRコードが記載されている。
「ぼくが能登にいっている間、オムライスと珈琲が供されるお店が押上にあってもOK牧場かもなんばん」と言おうと
思ったら、男性客が「オムライス」を食べにきたので、おあずけ。阿佐ヶ谷駅から総武線で錦糸町にもどって「すみだ珈琲」
にいき、阿佐ヶ谷放浪記を語った。もうすぐ、近くの錦糸公園で、界隈の珈琲屋さんが集まって「珈琲フェス」
があるらしい。パンフを見ると、「すみだ珈琲」「しげの珈琲」以外は、横文字で、しかも字が小さくて読めない。
カフェなど飲食店は、3年以内に7割は消えていく。横文字のお店だと、覚えるのに三年以上かかる。
それもひとつのリスクヘッジなんだろうか?などと、時代おくれびとの独り言をつぶやきながら、押上まで徘徊散歩。
能登から東京にきたその日に、阿佐ヶ谷とか歩きなれていない街を徘徊するのも、なんか冒険しているようで楽しい、
の発見があった。
夜は、能登で買ってきた亀泉を飲みながら、「我、食に本気なり」(ねじめ正一)を読む。
彼は阿佐ヶ谷の乾物屋で産まれ、阿佐ヶ谷で民芸店を最近まで営みながら、詩や小説を書いていた人。
「高円寺純情商店街」で直木賞。彼の本を読んでみると、わが街押上に足りない「文化的なにおい」がする。
今日は12時から16時。
それから、「そば打ち教室」 今日くる「そばもん」は、佐渡島の古民家を買って、二股暮らしを
はじめた。来年あたりは、とびっきり美味いそばが、佐渡で食べれることになる。
黄瀬戸が好きで、久保さんの蕎麦猪口を使う予定らしい。「そばを盛る器は、織部の四方皿(よほうざら)にします」
などといったら、免許皆伝をしたいと思う。文化のあるやなしや、は、器にでる。「あの人はそんな器ではない」では、
見込み違いだ。ちなみに、「見込み」とは、器などの中側全体か、中央部分の事で、空っぽの空間だけど、器の良し悪し
を左右するところだ。老子さまは、その「空」なるところを、大宇宙としてとらえられた。
天真庵のそばを盛る器は「久保さんの絵志野(えしの)の四方皿」だ。開店時に30枚頼んでつくって
もらった。それからこっち一枚も割れていない。「無事これ名馬」は、馬や人だけでなく、器にもあてはまる。感謝。