更級日記 更科そば

今日は9月3日。
「9月(ながつき)の3日に旅立ちけん・・・」から始まる日記がある。
菅原孝標女の人生の回想を通して、1000年くらい前の平安時代に書かれたものだ。
中学か高校時代の教科書にあったけど、内容は詳しくわからない。自分の誕生日と重なったので、
おぼろげにそんなことを覚えているだけだ。

いっぽう、「更科そば」というそばもある。江戸の蕎麦屋の老舗のひとつでもある。
蕎麦の実の中心部を使って打つそばで、そうめんのように、白くてつやつやした麺が特徴。
野趣満点の田舎そばと対比され、「御膳そば」とか「江戸の粋なそば」とかいわれてきた。
田舎もんの小生には「そーめん、とおなじじゃん」という域を超えないけど・・・
そば打ちには「打ち粉」を使う。この打ち粉は、さらしな粉を使う。よって、それをお湯で
こねたら、更科そばができあがるハズだけど、そば打ちをはじめて20年、まだやったことがない。
お抹茶をまぜて打つと、「茶そば」になるので、一度死ぬまでに打ってみようか?と思ったりしている。

9月になると、毎年能登の畑に「からみ大根」の種を植える。そうすると、すぐに白い可憐な花が咲き、
11月には、「ねずみ大根」という、まさにねずみの風袋した辛み大根ができあがる。
自分で打つ蕎麦の理想形は、畑で薬味の辛み大根をつくることやった。
ささやかな老後の夢を、いつからかぼんやり抱き続けた。最後の2行は、「なくていいかな」
と最近思う。ということは、ほぼこの夢はかなっているかもなんばん。

小さな港のある海辺の街の掘っ建て小屋に住む。
朝まずめに、釣りをする。朝飯前に一回、15人分のそばを打ち、
売り切り終いの晴耕雨読型のそばや。
夕方になると、若い料理人がやってきて、夜の仕込み。
ぼくは、朝釣った魚をアテに、夕陽が沈む海をみながら、一献。

この話をするたびに「いいな~」とかいってうらまやしがられた。
「老後の貯金が2000万」「悠々自適のホスピスや施設に入るのに〇〇〇円」・・・・
あまり根拠がない政府やマスコミの呪文みたいなものに縛られていると、いつまでたっても老後も、林住期(最後の10年の黄金期)
もやってこない。お金はなくても「ゆたかな暮らし」は実現できる。
「お金で買えるモノ」を捨て、お金より健康や人とのうれあいを大事にし、「今ここ」に感謝しながら毎日をにこやかに
すごしている人は、ほぼみな「成功者」といっていいんじゃなかろうか?感謝。

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