世界に羽ばたく人は「囲炉裏」が大事!かもなんばん?

別にコレクターではないけど、能登の家には囲炉裏がいろいろある。
玄関には、伊万里の火鉢にあわせて、能登ひばで、テーブルを合わせ、その中に
能登珪藻土七輪(花切り 焼き肉用)がいれてあり、小さなイスがふたつ。
つまり、雨の日など玄関で焙煎した後に、あまった炭をそこにいれると、バーベキュウが
いつでもOK牧場の「サービスキッチン」みたいなもの。ただし、普段あまり肉を食べないので、
足立くんにテーブルを特注したのが4年前になるけど、一度も使っていない(笑)
使わない時は、蓋ができるので、近所の人がきたり焙煎塾の時に、「珈琲テーブル」として使っている。

居間には、陶芸家の久保さんの家にあった「大きな木の根っこをくりぬいて、銅板を入れ、木灰を入れ、
そこに五徳を埋め、上に鉄瓶を置いて使う「置き囲炉裏」がある。大きな木なので、縁の幅も8cmくらい
あって、鉄瓶に錫のチロリを入れて熱燗を飲(や)る時に、お気に入りのお猪口がおけ、なんともいえない雰囲気を醸し出してくれる。
昨日は、そこに南部鉄の鍋をおき、そーめんを湯がいて、そのまま東京からもってきた蕎麦の汁にいれ、
「釜揚げそーめん」が夕食。近所のおばあちゃんたちに、さざえを40匹もいただいたので。それを湯がいて
梅酢につけたものが酒の酒肴。自分で釣ったタコをキュウリとあえて、酢の物いっぴん。海から到来ものの鯵を自家製の味噌、
畑の大葉などといっしょに「なめろう」も作った。食後は、囲炉裏酒を・・・
この囲炉裏は重宝している。久保さん、ありがとう。いつも「タダ」同然で、料亭以上の料理を堪能している。

隣の部屋には、長火鉢がふたつ。これも、移動式の「囲炉裏」みたいなものだ。アウトドアは、日本が原点かもなんばん。
ひとつは、大塚の骨董屋が福島の古民家が解体された時に見つけたもので20年くらい前に買った。(ほんとうは、その日カメラを買う
予定のお金を使った)
もうひとつは、5年くらい前、お店の常連さまの親せきが、八広にあったお屋敷を建て替える時に、
頂戴したもの。抽斗もしっかり作られていて、そこには愛用の酒器、煎茶椀、珈琲椀などが入って
いる。銀座や青山あたりの老舗の骨董屋とかでよく見かけたような立派なものだ。ちょといばっている感じだけど、使いように
よってはいいもんだ。

火の始末(灰をととのえたり、炭を加えたり)をしながら、お客と値段の交渉をやったりするのに、いい小道具に
なる。「もう少し、安くしてくれませんか?」などと値切る客に対して、黙って灰ならしなどで、京都の禅寺の庭にある
箒の後みたいな文様をつくったりすると、微妙な心理戦がもっと面白くなる。
反対に、「この茶わん買ってくれませんか?」などと持ち込んだお客さんに「ちょっと・・」なんていいながら、囲炉裏仕事
をすると、「価値はない」みたいな主人の気持ちを読み取る必要がある。「ちょっと、てなんですか?」などと質問するのは野暮だ。
「華岡青洲の妻」という有吉佐和子さんの書いた天才外科医を主人公にして嫁と姑の争いを描いた小説がある。
主人公が母親に、「女性というのは、性欲がいつまであるものですか?」と、質問する場面がある。答えにくい母は、下を向き囲炉裏の炭を
黙っていじっている。その姿を見て主人公の医者が「なるほど、一生消えないのですね」と悟った・・・いいね。情感を育てる、というのは、こんなことだと思う。

そして、先月亀戸の木材屋さんで、欅(けやき)の銘木を買った。炉縁(ろぶち)にして、畳に埋め込み型の
囲炉裏を作ろうと思っている。あまり立派な木なので、そのまま作ったら、「ロハス・・・」
みたいに、一時流行った「成金のバブリーな老後の田舎くらし~」みたいで、炉縁にワイングラスおいて、小指を
立ててワインを飲んでいる自分の姿なんかを想像したら悪酔いをしたような気分になった。残り時間のほうが少ない老人になって
から、「ものを育てていく」という時間などないことを痛感した。陶器や家具・・・育てるものは、40代あたりに買うのよろし。
一生もの・・・の時間が違う。
結論・・・・囲炉裏が合う場所は、鴨長明あたりが暮らした方丈庵みたいな草庵が一番似合う。方丈とは「五畳」。茶室もそうだけど、
質素の中にある「文化的精神力」みたいなものが、これから世界に広がっていくのではないかと、つくづく思う。
地産地消、というのも、「ゆっくり」とした気分で、自然とよりそってこそ、のものだ、と能登に半分暮らしてみて、そう思う。
そんな質素で狭い空間に、囲炉裏があり、床の間があり、季節の掛け軸や、花を生け、琴と遊び、方丈記を書いた。

座して半畳 寝て一畳 どんなに飲んでも二合半

今日は、能登のお店から珈琲の注文がいっぱいきたので、それを配達しながら、帰りに「じんのびの湯」
にいく予定。じんのび・・・アフリカ語で「ゆっくり」という意味。
明日は梅茶翁にもらった注文のUFOをもっていく。一日、梅林の雑草とりと掃除。来月は「梅仕事」だ。
「梅林ガールズ」たちと、ともに汗をかき、田舎暮らしを楽しむ月である。日々是好日に感謝。