能登丼 

昨日、東京のカフェから珈琲豆の注文がきたので、
朝から焙煎をし、レターパックに入れて近くの郵便局まで、歩いていった。
520円のレターパックに600gまで入る。能登から投函しても、あくる日には
東京でも、下関でも青森でも(本州であれば)届く。便利だ。九州や四国、北海道でもプラス
一日。

東京だと、郵便ポストまで徒歩3分。能登では、徒歩45分。
となりのおばあちゃん(今はスクールバスがある)たちはは、その郵便局の近くの小学校まで、毎日徒歩で通っていたそうだ。
能登人たちは、身体能力も学力も全国でトップクラス。「自然との融合力」が都会の人たちとは、ダンチなような気がする。
今の子供たちは「おばあちゃんの時代はたいへんだったね」というらしいが、おばあちゃんにしたら、友達と棚田の四季の移り変わりや、
小鳥たちのさえずり、山野草を愛でたり、とにかく天地いっぱいの空気を吸える幸せ感がいいのである。

先月は、まだ練習中で「ほーほーけきょけきょ・・」みたいにおぼつかなかったウグイスも「ほー法華経」と元気に歌い、
高い木のてっぺんでは、ホオジロが「一筆啓上つかまつり候」と春を謳歌している。

今日は長崎から来客がある。どうも日本海側を車でトコトコ走っているみたい。「今、永平寺・・」と先日メールがきた。
ぼくらも、九州から関門海峡で下関にわたり、山陰側をトコトコ走ってくる旅が好きだ。高速道路も整備されていないので、
その土地土地の風俗を肌で感じながら旅ができる。旅の途中の温泉津温泉(ゆのつおんせん)なんかに浸かると、「旅の途中に死んでもいいや」
くらいの境地になる。

冷蔵庫の中には、ザザエ、かさご、はちめなどが、三密状態で入っている。妙高高原で調達した山菜もいっぱい。
「あとはタコ・・・」とばかりに、今朝は6時前に起きて、海へ・・・
タコ釣りの名人(タコすかしという伝統漁法)が、対岸のテトラポットでワカメをとっている。「まだ、タコはおらんよ」と笑っている。
目立つような銀色のタコヤン(エビの形をした疑似餌)をゆっくり海面に沈めて、ずるびきする。第三投目(10分くらい経過)
に、大きなタコがタコヤンを抱き抱える。
名人が仙人みたいに竹のつえ(足元が海藻ですべる。釣り人がテトラで転んで死ぬ事故はかなり多い)つきながら、やってきた。
「タコやね・・・すごいね」とお褒めの言葉をいただき、「これ食べなっし」と、とれたてのワカメもいただいた。

アジアでは、「友の遠方より来る」時は、ブタをつぶして料理を振る舞う、という伝統があちこちにある。
東坡肉(トンポーロウ)はその最高峰で、日本にきて長崎の卓袱料理になり、ラーメン屋で角煮になった。北宋の詩人蘇軾(そしょく)が考案したとされ、料理の名前は彼の号である「蘇東坡」(そとうば)に由来する 。粗食ではなく、大ごちそう!
今日はブタがタコになった。感謝。

「晴好雨奇」(せいこううき)

この処 これ道場
道窮り
出逢いは 人生の宝
雨も奇なり 
晴れも好し     蘇東坡