近くに長崎があるばい!

昨年、年賀状に庭師の「ながさき」くんから、「今年も長崎の庭をつくります」
とのメッセージをもらった。彼は芸大の版画をでて、版画の作品をつくりながら、庭師も
やっている。池袋時代に庭をつくってもらった。和楽をはじめ、海外の雑誌などにも英訳
されたりして紹介された。「自分らしい庭」のことを「長崎の庭」といっているのだと思っていたが、
長崎の諫早神社の庭をつくっていることがわかった。長崎や諫早、島原というのは、普通ではない
不思議な縁があるところだ。

昨日の夕方、やっと雨があがったので、タコヤンをもって近くの海にいった。陶芸家の久保さん
と、ショートメールでやりとりしながら、「今、タコを釣っていますが、釣果なしです(笑)」
とおくったとたんに、大きなタコがタコヤンを抱いた。フリーにしているリールをロックして、
そのままエーッイと、ゆっくり深呼吸するようにあわせると、タコが石ころをかかえてあがってきた。
それをビニールの袋に入れ、こんどは電話で打ち合わせをしていたら風が強くなったので、
藤懸神社の表参道を歩きながら話をしていると、そのタコがビニール袋から逃亡して、イチョウの葉
が散りばめられた参道の上で、動きだした。「ではまた」と打ち合わせを終え、しばらく凛とする神社の
神域で、タコといっしょに「世界平和」などを祈る。タコはそんな心境ではないかもなんばん。
ぼくはタコは宇宙人ではなかろうか、といつも思う。

今朝もてくてくと散歩しながら海へ・・・
棹をだして5分でタコがタコヤンを抱く。昨日の同じリズムで、エイイッチ(ぼくの名前)で
上げた。その時、そのタコのヨコにもう一匹タコがいた。
昔から労働下宿のことを「タコ部屋」といった。生まれ故郷の北九州は「鉄の街」であり、各地から
「タコ部屋」に住みながら、肉体労働をする人たちがあまたいた。一匹、一匹が狭い部屋にこもる、
そんな風袋を「タコ」に見立てたのだと思う。3年くらいタコ釣りをしていて、二匹同じところに
いるのは始めてだ。一匹連れたら終わり、にしているけど、隣のタコの近くにタコヤンを投げたら、
「わたしもつれてって」とばかりに、大きなタコが立て続けに釣れた。

二匹のタコと海岸沿いに歩いていたら、漁師さんが声をかけてくれた。
「先週、そこの岩場で釣り人がおぼれて死んだ。」とのこと。
家から徒歩5分で能登一の釣り場がある。なぜだか「長崎鼻」という。
何をやるのも「命がけ」なのだ。生きるも死ぬも同意語だと思う。感謝。

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