素敵なピアノ発表会

昨日は、かよちゃんの教室の生徒さんたちの発表会だった。
もう10回目になる。かよちゃんが天真庵が押上に結ばれた2007年にベルギーの音楽武者修行から帰国し、近所に越してきたタイミングで
、珈琲を飲みにきた。その時に大阪弁で、「ここでコンサートやれへんかな?」
と聞かれ、「ええで」と答えた。
「チーズケーキセットつき、バロック音楽会」をやったのが、天真庵の音楽部門のはじまりはじまり、だ。
まだピアノがなかったので、チャエンバロの持ち込みでやった。

2008年4月に、親友のワカこと当時BCNの専務だった吉若徹さん
が「1年もったら、ジャズライブをプレゼントする」
という約束を履行するがごとく、ジャズピアニストの荒武くんが、電子ピアノを持ち込みで演奏してくれた。
そんなことをしていたら、近所に住む常連さんが「母が使っていたピアノがあるのですが、使ってくれませんか?」
ということになり、昭和35年生まれのカイザーがやってきた。それからこっち、ジャズやクラシック、邦楽・・・
いろんなジャンルのミュージシャンたちが集まってきて、いろんな舞台として七変化してきた。
ワカもずっとライブを聴きにきてくれていたが、10年ほど前に56歳で旅立った。
「還暦になったら熊本にもどってログハウスで蕎麦屋をやる」と口癖で、亡くなる直前まで体調がいい時
は、蕎麦打ちにきていた。

昨日の発表会の人の半分が、小学校一年生。ピカピカの一年生が、おめかしをして、ちゃんとお客さん(みんなの家族)
に頭を下げて、ひごろの成果を発表した。リハーサルでは、すこしおぼつかぬところがあったものの、本番では
みなみごとに、もち曲を上手に演奏して、拍手喝さいをうけていた。
大人みたいに「うまくきさせたい」とかいう邪心がないのが、いい。

ピアノは、土間に直接おいてある。そこには311の時にできた(その前から少しはあった)ヒビがあり、
ひとりのこが「天真庵はあと7年こわれませんか?」と、これまた邪心もなく大きな声で質問した。
お母さんが「〇ちゃん・・なんてこというの」と狼狽したが、筆子さんがすかさず「建物も人生も、おわりがあるのよ・・7年後は
建物は残っていてもおばちゃんたちが続けられるかはちょっと微妙かもね」と答えたら、小学校4年になるRちゃんが
「え・・じゃ私たちの発表会はどこでするの?」と泣きそうな顔で質問された。
その時は、押上文庫が発表会の会場になるような気がする。でも文庫ちゃんも青山の骨董屋で出会ったころは音大生だったが、
今はいいおっさんになり、どちらがどうだか?というくらい骨董をいじる姿そのものが骨董になりつつある今日このごろ。感謝。

今日は16時まで。それから蕎麦打ち教室。その後は「ゆるゆるヨガ」
昨年7月に雲仙で蕎麦会をやった。その時、なつき君の弟子、ということは、孫弟子にあたる
ジュンペイ君が熱心にぼくの蕎麦打ちを見ていたのが印象的やった。その彼が店舗はもたないけど、
プロのそばもんデビューをはたした。名前が「ボヘミ庵」。大化けしそうな予感がする。感謝。