ゴールデン街の店主で散歩の達人

新宿のゴールデン街に、「洗濯船」というバーがある。
1976年からやっているので、かれこれ半世紀になる。
店主の「ゆっこさん」も、バケモノといわれるくらい、いつまでも若いけど、
もう古希を迎えられた。
彼女は昔から日本舞踊などをやられていたが、最近は「ぎじょ」こと「女義太夫」のお稽古
に、押上まできている、という近況が賀状に書いてあった。

ときどき、ゆっこさんと同じ年?くらいの、やはりゴールデン街の老舗のバー
の店主が、蕎麦を手繰りにやってくる。いつもは、そば前(酒)をやるのがならわしだけど、
緊急事態宣言中なので、昨日は「煎茶」を所望された。彼は自称「足の病人」といって笑う。
「歩きはじめたら、勘をたよりに、どこまでも歩く。止まらないのが病気。とくに押上界隈、木密(もくみつ)地帯、
といわれる裏路地の迷路みたいなところにある長屋道を歩くのが大好きなのだ。」
いつも、錦糸町で降り、横十間川の川べりを、哲学の道よろしく思索しながら歩いてくる。

自宅は、北区なので、おばあちゃんの原宿である巣鴨や、三業地の残り香ただよう大塚などを、徘徊するように
散歩しているみたいだ。押上にくる前は、「上池袋」という、大塚からでも板橋からでも池袋からでも歩いて
いける場所にいたので、彼の徘徊コースは、ぼくの散歩道でもあった。

「徘徊散歩」を楽しくするコツは、「絶対に地図をもって歩かない」ことらしい。
地図をもっていると、地図を頼りすぎるので、「新しい発見」がないのだそうだ。
人間も動物にもどって勘をたよりに歩くのが大切らしい。
出発する時には、地図はチラミして、また帰ってみる、という反省会をすると、
どこの街も「自分の住む街」になるということみたい。なんとなくわかる気がする。

こんな川柳みたいになったら、寂しいので、ぼくも最近はよく歩くようになった。
昨日、「自転車がほしい」という娘みたいな女子が金継ぎ教室にきた。ほとんど使わないので
チャリンコをプレゼントした。歩くしかない!

シルバー川柳

万歩計 半分以上は さがしもの

若い時は、自分を探しに旅したり酒を飲んだりする。年をとると、さっきのことも
忘れてしまい、何を探しているのかも忘れてしまう。でも「忘却」はどこかやさしさを含んでいる。感謝。