あまり、そばのことを書くことはないけど、2007年の4月1日に、
天真庵を押上に結んでからこっち、毎日そばを手打ちしている。
蕎麦粉は、千葉の酒々井(しすい)の農家&そばやの源さんにお願いしている。
バカがつくほどそば好きで、お店の前の畑に白い花が咲くころは、お客さんそっちのけで、
華憐な花を眺めていたりする。新そばの季節がやってきた。
一昨日、珈琲の焙煎をしていたら、銀座の隕石屋さんから「天真庵のそばでつくる蕎麦茶がほしい」
とメール。さっそく、酒々井の畑でとれる蕎麦の実の「丸ぬき」(そば殻をとったもの)を、焙烙(ほうろく)で
焙煎してみた。煎り番茶のように、部屋いっぱいに蕎麦茶の香りが充満する。
そばには御存知のように、ルチンといって、血管を若返らせる養分がいっぱい入っている。水溶性
なので、お湯でそばをゆでると、ルチンは釡のほうに流れ、それを「そば湯」でもどしてあげる。
でも、蕎麦茶はまるごとルチンが体に吸収されるし、出し殻を炊きたてのごはんに入れると、「そばめし」
ができる。「まるごと精進料理」みたいなごはんが家庭でも食べられる。
銀座の隕石屋さんでは、能登ジェラトン(隕石粉の陶器)の「ひさご」が大人気になってきた。
正絹(しょうけん)の組紐で根付にして、スマホやお財布などにつけると、金運や仕事運が上がる、
と、「銀座の隕石直売所」で検索すると、そんな不思議な部屋がでてくる。
その正絹のお店が浅草にあるので、注文が入ると、てくてく歩いて浅草まで散歩する。
先日は、幇間芸者「たまちゃん」こと悠玄亭玉さんのお弟子さんだったTちゃんと浅草で飲んだ。
15時半に神谷バーの前で待ち合わせ。ショーウィンドウを眺めながら「何にしようかな~」
などと👀をかがやせていた。
「せっかく浅草にきたのだから、もっとうまいものを喰おう」といって、観音裏まで歩いて、ときどき飲む有名な
「かまめしや」にいったら、休みだった。「すしでも喰うか」と、吉原大門近くの寿司屋に電話したら、そこも定休日。
水曜日というのは、飲食屋は定休日が多い。たまちゃんが大好きだったエビフライサンドが美味い喫茶店で、
エビフライサンドをシャアしながら、小瓶のキリンビールを飲み、合羽橋にある天ぷら屋を目指す。
途中に、言問通りに「一枚板」が並んだ木工屋を発見、吸い込まれるように入っていく。
Tちゃんが、「こんな楽しい気まぐれ散歩ははじめて」というので、「散歩ちゃうで、これ、徘徊ゆうんや」と
答えて、小一時間お店で一枚板を見た。50万から100万するけど、銘木いうか、素敵な一枚板がそろっている。
「東京でこんなもん売れるのですか?」とお店の人に問うと、「コロナのせいで、家で仕事をする時間が長くなったので、
マンションの人が、ほっとする木をテーブルにする、という理由で買っていかれる」とのこと。
ぼく的には、古民家の和室に、少し低めのコーヒーテーブルをおいて、煎茶や珈琲を飲む、というイメージ
が浮かんだけど、現代は95%が洋風のテーブルとイスにする、という。時代はシンコロのおかげで、あっという間にいろんな価値観や
生活スタイルが大きく変わっていく。
少しテンションがあがって、合羽橋に昔よくいった「ふぐや」があるので、そこをのぞいた。こんな時期だから予約しなくて大丈夫
やと思って入ったら、店員さんに「ご予約は・・」ときかれ、「徘徊中に見つけたんで、してないけど・・ふぐ食わしてくれない。ここの焼きふぐ
すっきゃねん」といったけど、断られた。いつものように、作務衣に、サンタクロースのようなうな帽、マスクのいで立ち・・・
しかも雨ふっていたから長靴。ドレスコードにひっかかった(笑)
天ぷら屋まで歩くと、ここも定休日。Tちゃんが「さっき右手にあった洋食屋はどうですか?」
というので、「ときどきいくけど、日本酒がうまいので、そうしょか」といって、その洋食屋で、
エビフライやチキンカツやアジフライなどを頼んで、日本酒を3合づつ飲んだ。
帰りは、新しい迷所?「東京みずまち」を通って押上まで歩いた。浅草駅〜とうきょうスカイツリー駅間の高架下に開業する複合施設だ。
今日は英里ちゃんのシャンソンライブがあるので16時閉店。ライブは一時間はやめて18時開場18時半開演。(こんな時期で、ドタキャンもでた
ので、ドタサンも歓迎)
変わらないもの、と、変わっていくものが混在する東京。ときどき「浅草散歩」するのも、定点観測のような楽しさがある。
飲食店は、昔から「水もの」といわれ、水曜日が休みのことが多い。でも水の流れは、いつもさらさらと悠久不変の自然を
遊び、東京の名所「水町」も年中無休で旅人をお待ちしている。感謝。