究極のタコ焼き

先日の「タコ焼きのパジャマパーティー」に、奈良生まれの女子指導で「究極のタコ焼き」のコツを
教えてもらった。粉は、「そばかす」(そば切りの切り落とし)を水で溶く。
その柔らかさがひとつのポイント。小麦粉でやる場合は、鰹節粉などを入れて、出汁にするらしい。
タコは、東京ではアフリカ産あたりが幅をきかせているけど、地元のタコは、冬の日本海の波に
もまれて、えもいわれる「うまさ」がある。もうひとつ、「大地宅配」で注文した生ウインナー(冷凍)
をクーラーボックスの底に忍ばせていた。それを細かくして、とろけるチーズといっしょに焼くと、
タコに負けないくらいうまい「タコ焼き風」ができる。それがうますぎて、「竹葉」と「亀泉」という
能登の地酒の一升瓶が、二本空になった。普通のタコ焼きにはハイボール。もすこし上には、ポンシュ(日本酒)!

今日は土曜日なので、この界隈は、「すべての漁」の禁止デー。鍬を担いで、畑の大根の様子を見にいこうとしてたら、
近所の漁師さんが「港にタコがいるよ」とのこと。「今日は禁止デーでしょ」と答えたら、「10月までやで」
とのこと。さっそく鍬を、釣り竿にチェンジして、♪港前浜(まえはま〜)に・・徒歩3分。
5分くらいすると、大きなタコが、タコヤンを抱え込んだ。それを見ていた漁師さんたちが、「お〜」
と声をあげて、拍手してくれた。筆子さんの「インスタ」とかいうやつの材料になった。
ぼく的には、今夜の晩酌の酒肴であるけれども・・・・釣れても、ダメだっても「今ここ」の醍醐味。

画家の中川一政さんのエッセーに「つり落とした魚の寸法」というのがある。

鯛を釣り落とした男が「ああ、残念。3尺(一尺は、約30cm)もあった」と言った。
かたわらで釣っていた男が「三尺はおおげさだ。一尺もあるもんか」と笑う。
そうかもしれない。釣り落とした男は「感動」で言っているのだ。
傍らで見てた男は「物差し」で言っているのだ・・・・で始まる。

今の世の中は、なんでも「感動」よりも「ものさし」のほうが、優先の世界。
画家は、しかし「しかし物差しでははかれないものがある」という。
いいかえれば、釣り落とした鯛の感動は、三尺もあった。
そして、芸術というのもは、人を感動させるものだと、李白の詩などを引用
しながら書かれている。そのとおり!
中川翁の代表作に「腹の虫」というエッセー本がある。それもおもしろいけど、ぼくの頭の中には「釣り落とした・・」が
残っていて、ときどき読み返してみる。

釣り落としたわけではないけど、「タコヤン」という疑似餌に、タコがおおいかぶさった瞬間に、チョコンと
棹をあげる瞬間の「感動」も、三尺くらいの竿を通して体いっぱい、宇宙一杯に広がっていく。
近くの漁師さんたちは、沖にでて、アオリイカやぶりの子の「ふくらぎ」を釣る秋だけど、ぼくは
相変わらず「タコヤン」ぶらさげて、朝の釣り散歩三昧の日々だ。太公望の能登の攻防ものがたり・・・感謝!