秋の能登 一日め・・

いつものように、月曜日の仕事がおわり、残った蕎麦を食べ、
掃除かたづけが終わり、車で能登に出発。台風の影響で、いつも仮眠する佐久平も
23度あったけど、虫はすだき、秋の気配がした。かろうじて、四季が残っている。
新井の道の駅で、妙高高原のトマトやナスなどを調達。ここは春は、山菜、秋はキノコ
など、地産地消の季節のものが豊富で、行きも帰りも必ず、立ち寄る。おすすめスポット。

いつものように「神代(こうじろ)温泉」に立ち寄り、氷見の「すしのや」にいってすしを
つまみながら、ノンアルコールビールを飲むと、「かえってきた」という感じがする。
そこから下道を一時間半走ると、能登の家に到着。窓をあけはなし、神棚の酒と水を交換し、
車の荷物を運びこんだら、その日は「即飲み」と決めている。FMの電波も入らず、テレビはもってきてないので、
鈴虫やコオロギのすだきを聴きながら、昨日は「竹葉」(ちくは)を飲む。おかまのMくんが、月曜日にもって
きてくれた「関頑亭」(山口瞳のエッセーにドスト氏、としてでてくる)の本を読んでいたら、彼
の親父さんは俳人で、号が「竹葉」だと知る。不思議な偶然(シンクロニシティー)。この数の多さが、人生をおもしろくする。

今朝は5時に目が覚め、虫よけがわりに、誕生日にもろうたオイルをシューとかけ、テクテク歩きながら、蛸釣りにでかける。
不思議なオイルで、香りにつつまれると、一気に6次元か7次元世界に誘われる。「香り」は、とても大事なファクター。
長靴をはいて、麦わら帽子をかぶり、ゆっくり歩くリズムが、自分のちょうどいいかげんのリズム。右足がでるタイミングで、「みぎ、みぎ・・」
とこころで唱えながら、呼吸を整えていくのが、無手勝手流の朝の瞑想歩き。途中、朝日に向かって、
カタカムナ深呼吸をする。東京にいても、朝、香取神社にいく途中、同じようなことするけど、すれ違う
人たちが、「?」(変人を見るような目線を感じる)を感じるけど、馬耳東風へのかっぱになってきた。

港につくと台風のため、停泊してる舟がみな丘に避難していた。波もたかく、釣りにならないので、
漁師さんたちと四方山話。「これから、アオリイカ。イカの王様」といった目が輝いていた。
今日みたいに風のある日は、港にもアオリイカが入ってくる、という話。
刈り取られた稲を干してある畦道をテクテク歩きながら、家路をもどっていくと、おばあちゃんたちが
野良仕事をしている。「タコ釣れたかね?」ときかれ、「今日は釣れなかった」と答え、またしばらく四方山話。
ひとりのおばあちゃんが「このあたりは、松茸の宝庫や」とのたまう。「わたしは松茸狩りの名人・・」
という話から脱線、またいつものように朝の「エロバタ会議」になった。放送コードにひっかからるので、詳しく書けないばってん(笑)
おじいちゃんになっても、おばあちゃんになっても、「色気」は大切やね。生きていくエネルギーだ。
都会はエログロな話に満ちているけど、どことなくみんな「閉じこめられている」ような陰湿さがある。田舎の人は
自然によりそいながら、無為自然に生きていて開放的だと思う。

北陸はここのところ雨が降っていないらしい。歌舞伎十八番の「鳴滝」ではないが、色っぽいおっばちゃんが、
鳴滝大神に艶冶にせまったりすると、すぐに大雨になるのではないだろうか・・・・何事も、しばったらあかん。
そんなたわいのないことを思いながら、家にもどってきた。
これから、妙高高原で調達した夏野菜をつかって、「そばピザ」の朝ごはん。パラダイス酵母の無限シードルと
あわせると、「最高の朝ごはん」。感謝。