金のように輝く時間

「金継ぎ」がブームらしい!
あまり知られていないが、天真庵では時々「金継ぎ教室」をやっている。
カンタン金継ぎと、漆を使った本格的な金継ぎと、両方やっているけど、後者は
「かぶれる」人があまたいるので、「シンコロにもうるしにも負けない」ような元気な
人だけがときどききて、筆子先生のもとで、楽しそうにやっている。

昨日は、連休最終日。毎日けっこう忙しく、そばも2時くらいに売り切れたりしていて、
昨日も早朝からばんばん元気に蕎麦を打ったけど、昨日は暇やった。
最初にこられたのは、お弟子様で、手土産にガーベラをもってきてくれた。それを
ピアノの上の升たかさんの花器に投げ入れた。昨日は桔梗の花が一輪しかなく、それも少し
しおれていたので、ガーベラを投げ入れたとたんに、天真庵の中がぱーっと明るくなった。
ガーベラの花言葉は「希望」。そん子は、シンコロで余裕のできた時間を有効に使い、千葉に畑を借りて
「百姓」の入門をはたしたらしい。そんな話をする目に「希望」の光を感じた。
「自分らしく生きる」を見つけた人は、みな美しい。

すこしおくれて、マスクした女子が入ってきた。久しぶりで、誰だかわからんかったけど、
マスクをとったら、お茶のお弟子様M、で、「なんだ、おまえか」と、ご無沙汰の挨拶をした。
そん子は、ぼくがお茶を教えていた時の最後のお弟子様。能登に半分移住をきめた時、
教室の緞帳を下げた。それからあとになっても「煎茶を学びたい」と熱心に、のたまうので、
織田流煎茶道の後輩の先生に頼んで、弟子入りさせてもろうた。ときどき、天真庵の二階で
その先生と稽古をやり、昨年は星野村の新茶の玉露を相伴させていただいた。
なかな見事で美味しいお茶やった。

最近、そのかごんまのよかおごじょ(鹿児島のいい女)が、金継ぎを始めた、らしい。
父上自慢の白薩摩のぐい飲みを金継ぎした写真をみせてもらった。
金継ぎは、金繕いともいう。欠けたり、割れたりした器を、漆でつないで、そこに銀やら金
やらをぬる。「古いものを大切にする」というもったいない精神と、割れたところに、金や銀を
ぬり、新しい「けしき」として愛でる、という日本人のわびた精神も内包している。

ちょうど、「隕石粉入りのぐいのみ」が、お客様の粗相で壊れたのが一客あったので、
「これ継いでみるや」というと、目を丸くして「いいんですか?」という。
時々、木祖の漆やに金継ぎを頼む。だいたい、ぐいのみを直してもらって、一万から一万五千円かかる。(手間からいって安いと思う)

金を磨くのに、先人たちは、「鯛の歯」を使って道具をつくり、金をピカピカにしてきた。
「どうしてる?」と聞いたら、「オリンピック(近くのスーパー)で、鯛の頭を買ってきて、あら煮にして、
歯をとったら、だめでした」という。養殖の鯛の歯は、小さくもろい、らしい。それで、錦糸町の駅前の
なんやらいう老舗の魚屋で、天然の鯛の頭を買ってきて、またあら煮にして、歯をとったら、
うまくいった、らしい。

「えびで鯛をつった」ような気分になった。でもおごじょの目も同じように、キラキラ星だ。
「できたら、もってきます」とかえっていった。さて、どんな具合のものができるのか楽しみだ。
シンコロのおかげで、素敵な「私の時間」を過ごす人も増えてきた。そんな人たちと新しい「共に楽しむ」
という幸せ時間を共有する。至福の時だ。

蕎麦打ち教室をやっている時、おかまのMが「ポリカリせんべい?」を持参してやってきた。
「九州の雨が心配で、Sさんに電話したら、元気だったわ。Sさんが言ってたけど、わたしのこと、おかまのM
でブログにちょくちょくでてくるんでしすって・・・?わたし、おかまじゃなく、おんな好きのホモ、よ」とのこと。
Sがいたり、Mがいたり、男や女や女好きのホモ?がいたり・・・いろんな人がいるから、人生おもしろい!感謝。