料理が楽しくなる「しいたけ」

先週の土曜日、蕎麦会の日の午前中、じゅんちゃんの「南島原ボールドハウス」にも紹介されている南島原の古民家を3件
見せてもらった。蕎麦会のお礼に「もう一軒、南島原に家をもって、トリプルライフをしてください」との約束の履行、
ということらしい。古い家を見るのは、きらいじゃないので、じゅんちゃんコンシェルジュについて、まわった。
2件目の家が、昔栄えた商店街から徒歩5分くらいの坂道をのぼっていくところにあった。石畳や石垣の苔むした感じ
がいい。玄関には蹲(つくばい)があり、庭に葉蘭や木賊(とくさ)が今を忍んでるように生きていて、家のあがり口には、沓脱石がおかれ、
家びとはいなくなったけど、「魂」が残っておられる。なんだか茶会によばれたような気持ちになって、靴をぬいだ。

床の間には、「御玄猪・・おげんちょ」(池坊専明が、立花という華道に使うために考案した花入れがおいてある。古銅のしっかりしたものだ。)
庭の葉蘭や木賊を生けたりしたのだろう。芦屋釜?と思うような立派な釜もそのまま置いてある。
お茶とお花を嗜まれていたのだろう。軸は、寒山拾得。お元気な時に、蘇州の寒山寺を旅し、買ってこられたものに違いない。

その部屋にある仏壇に頭を下げて、開帳させてもろうた。道元禅師の木彫りの像が置いてあり、傍らに
「典座教訓」が置いてあった。すぐ近くに曹洞宗のお寺があり、そこの若い雲水さんたちは、ときどき、
なつきくんの「くちのつ巷珈琲焙煎所」の二階で坐禅をやっている。茶禅一味が、現代風になり珈琲禅一味だ。

その前日、延岡のお寺にお参り。野村家先祖代々を祀ってある。
親父の実家があったとこと、おふくろの実家があったとこの真ん中あたりに、100年以上続く「しいたけや」がある。
親父の父は、界隈では名にしおう庭師で、おふくろの家はその近くで魚屋を営んでいて、
植木屋のせがれと魚屋の娘がお見合い結婚して、ぼくが生まれた、ということだ。
今は、しいたけやだけが残り、マンションをたて、一階がお店になっている。いつも延岡にいくと、そのしいたけやにいって、しいたけを買ってくる。
そのたびに、典座教訓であまりに有名な話を思い出す。

道元さんが中国に仏教の修行に行った時、船である港についたら、齢60を超えた僧が、
日本製のしいたけを買っていた。話をしていたら、お寺のまかない(典座・・てんぞ)だと
いう。片道三十四里あるいてきた話を聞いて、若い道元は「あなたのようなお寺には、若くて修行中の雲水
がたくさんいるでしょうに、わざわざどうしてこられたのですか」と聞いた。
典座が「わたくしの修行です。」と答えた。
道元さんが「台所仕事は若いものにまかせて、座禅したり、弘案のことを考えたり、いろいろあるでしょうに・・」というと、
典座は大笑いし、「あなたは、まだ何もおわかりになっていないですね」といって、踵をかえし、また三十四里をかえっていった。

禅の「居」、というか、台所でも「今ここ」になりきった老典座の生きざまを見て、若い道元さんが悟ったお話。

今日は日曜日なので16時。それから「蕎麦打ち道場」。明日の朝は卵かけごはん。
今朝は、延岡の「しいたけ」をつかって蕎麦汁をつくる。ぼくもまだまだ雲水のようなものだが、歳だけは
老典座に近づいてきた。感謝。