能登ジェラトン

梅仕事も佳境を迎えている。香りに誘われて、「ドタサン」する人も多く、
能登梅を二回も追加で発送してもろうた。
今日、ゆみちゃんが梅干しをつくりにきたら、おしまい、になる。大雨もおしまい、になってほしい。

水曜日かすみちゃんが梅仕事をしていたら、久保さんから荷物がきて、
豆皿や茶碗の新作の中に、「能登ジェラトン」(能登ジェラートストーン、の略。梅茶翁の近くに
マルガージェラート、というお店があり、そこの能登塩ジェラートが大好きで、隕石粉とまぜた「うめ星」
や「わびすけ」やその他の焼き物が、肌ぐあいが似ているので、そう呼んでいる。そのうち世界に広がっていったら、
「NOTO JERATON」にする予定だ。)の「ふくべ」の新作が入っていた。

さっそく、浅草の桐生堂(組紐や)に・・・歩いていく。
シンコロの前は、浅草は朝から世界中の観光客でごったがえしていた。桐生堂というのは、創業者が
群馬の桐生の人。正絹をつかって、職人さんが組紐をつくり、根付などをつくっている。これまでは、
いついっても、三密で、「まがたま」用の根付組紐も品薄で、色の指定などができなかった。
でも今は、外国人がいなくなって、ゆっくり商談ができる。でも、なぜ、日本人が、日本の職人がつくるモノ
に関心がないの?と微妙な気持ちになる。
「ふくべ」といっても「?」なかんじじゃないだろうか?「ひさご、のこと」と正解を言っても通じない。
日本人は古来より、ひょうたんを生活の真ん中においてあった。掛花にように、水を入れて花を投げ入れると、
風水に頼ることなく、気持ちの良い空間ができるし、それに酒を入れると、長寿のお神酒ができ、根付に
すると、幸運に恵まれると信じていた。

昨年まで、桐生堂の近くに足利出身の人がつくった「骨董屋」があった。
一年前に、合羽橋のほうに引っ越しをした。久しぶりに顔を出す。
中国の明朝時代の煎茶碗を見つける。そこの窯のものは、唐子模様のものを5客もっている。
なかなかいい値段だけど、能登ジェラトンでいっぱい煎茶碗をつくってもらったし、3分ほど前に
近くの古本屋でおもしろいヒントをもらったので、足利の「味噌」と「味噌ネーズ」を買い、
その足でペリカンのロールパンを買い、夜はキョウリとハムとはさみ、味噌ネーズをかけて食べた。
ワインが「和韻」になった。そのお店の名前は「Miso & アンティーク」。味噌は「足利二条大麦味噌」
この味噌は、スカイツリーの中の栃木のアンテナショップでも買える。奇妙キテレツなお店だが、
足利学校のまわりに、骨董屋や懐石料理のお店をもっていて、骨董業界では、有名なお店だ。(足利伊萬里)

合羽橋も外国人観光客がいなくなったら、閑古鳥しか飛んでいない。包丁などは、外人のほうが買っていた。
(この包丁は錆びます。とか説明書が貼ってあったけど、日本人で錆びる包丁をつかっている人は稀有)
朝ごはんは、パンからごはんにもどし、足利二条大麦味噌や、各地の手前味噌で、ぐだくさんの味噌汁をつくり、
「日本人にもどる」ような、「ていねいな暮らし」を取り戻す、いいチャンスが来ているように思う。
今年の新茶を飲みましたか?家に急須はありますか?箸置きは?