自然農という生き方

川口由一さんの名著に「自然農という生き方」という本がある。
能登の羽咋(はくい)といういうところは、「UFO」と「自然農」で
町おこしをした。氷見の神代(こうじろ)温泉につかり、能登の入り口あたりに神子原村(みこはらむら)
という集落があり、そこの集落の人たちで経営している「直売所」は、自然農でつくったお米や野菜や
野でとれた山菜などが並んでいて、いつも立ち寄ってから、能登の天真庵にいく。

能登で知り合ったご夫婦で自然農という生き方そのもののご夫婦がいる。「自然農ガットポンポコ」
で検索すると、彼らの生き方が紹介されている。梅茶翁のペチカプリジェクトの力強いスケットでもある。

その直売所には、コロッケが都会のコンビニのような感じで売られている。オミヤにできないけど、
都会の人に食べてもらいたい味だ。「土を喰らう」そのものの滋味。
自然農というのは、基本的に、「耕さない、農薬・肥料を使わない。虫や草を敵としない」で、最近
都会から移住する人たちにが関心をよせている。彼らと縁のある人たちのカフェとかにいくと、本箱の中に
「自然農という生き方」が置いてあったり、「誰でも簡単にできる!川口由一の自然農教室」という雑誌が
必ずといっていいほど、置いてある。だから、サラダがでてきても、カレーを注文しても、野菜の味が、野生の味なのだ。
これまでは「効率」とか「お金」とかが優先するような世の中だったけど、これからは、「手間暇かけても・・」
のものつくりや食に注目が集まっていくのではなかろうかしらん。似て非なる筆舌を超えた領域の世界に
ぜひみんなでいってみたいものだ。日本の「今」は、いろいろ危機的だけど、このあたりに「チャンス」
があるように思う。

能登の畑には、辛味大根と、大豆、九条ネギなどを育てている。
辛味大根は、昨年は8月くらいから二度連作して成功した。今年は暑いので、先月に種を
蒔いたら、今月大根の花が咲き、蝶々が乱舞していた。でも大根はできていない。
畑のまわりには、柿の木と栗の木が2本づつある。二年前からその周りの草を秋に刈り、土の上にねかせ、
「土」をつくりながら、その上に、土を耕さずに、辛味大根の種を先月蒔いた。なんと、不耕の土地に
蒔いた種が同じように、花を咲かせた。もちろん、大根はできていないけど、「自然農という生き方」
に一歩近づいてきた喜びがあった。

その畑は、里山に続く畑で、30年近く耕作放棄地だった。こんな場所に畑を作るのは、いっけん大変
なように思えるけど、自然農という観点からいうと、ほったらかしの年月が長いほどいい土地らしい。
昨年は、いのししくんが、畑を耕すのを手伝ってくれた。農薬をまかない土には、みみずが多くいて、
それを目当てに、畑仕事を手伝ってくれた。
ときどき天真庵にくるヨガのじいちゃんの話によると、「ちゃんと動物たちと、共存する気持ちが
あると、被害にあわない」らしい。そこには「祈り」があり、「豊かな実り」があるそうだ。

柿の木も、鳥が食べるぶんを残してあげると、収穫時に鳥の被害を受けない。
「また、そんなスピライフ的な・・・」と都会の人は疑い深いけど、ほんとうに、それが「天地自然の理」
というもんだ。
たった10坪くらいの畑に、そんな宇宙レベルの真理を教わっている。
月に10日しか畑仕事をしないし、雑草もそのまま、肥料も水もあげないけど、今のところ
うまくいっている。畑の端っこに、甕(かめ)をおいてあり、雨水をためている。その中には
「うめ星」を一個いれている。それと今月から「パラダイス酵母」を薄めて、畑にかけた。
来月は「梅仕事」が忙しく、畑はほったらかし(いつもだけど)・・・いろいろ新しいチャレンジと
プログラムを用意していて、内心はワクワクしている。

青山翁の「福」ではないけど、「田圃でとれた収穫物を神棚に供える」というのが「福」だ。
それを、生きとし生ける仲間たちと、いっしょになってこの星で共存する、という「祈り」
が加わると、天下無敵、鬼に金棒、田んぼの収穫祭の時に男のモチモノも金棒になり「寿」になる。感謝。