十牛図(じゅうぎゅうず) 自分も牛も開放する旅か?

多治見に青山翁をはじめて訪ねた日。
かれこれ四半世紀前になる。焼き物に興味がわき始めたころで、
やはり染付をやっている知人のコンシェルジュで「草の頭窯」
という不思議な名前の工房の主、青山禮三翁と邂逅。

当時どの家にもあった象印?の「押すだけ」のポットが工房にあって、翁ご自身がウェルカムドリンクよろしく、
自作の抹茶碗に、棗(なつめ)から無造作に入れ、ポットを押しお湯を直接入れ、使い古した茶筅で
シャカシャカと抹茶をつくり、相伴させてもろうた。談論風発がはずみ、3杯も飲んで、抹茶で少し酩酊したころ
・・(でもぼくもそれと似た無手勝手流のお茶を毎日楽しんでいる。)

その時、「ずぼん脱いで!」といわれた。「?」と思っていたら、「ろくろを教えてやる」というので、
スラックスを脱いで、翁の作業ズボンにはきかえ、生まれてはじめて陶芸体験をした。
ろくろの脇に、「十牛図」の本が一冊。中国から日本に伝わった禅の本で、日本の禅林たちが
好んで読んで大流行した。かの鈴木大拙じじぃの英訳により、「禅」と「十牛図」はシンコロよろしく
世界に広がったものだ。

その本をパラパラと、めくってみた。挿絵がなんと、青山翁であった・・・質問する前に、
「コケイザンの坊様が本を書いて、わしが挿絵をしたんじゃ」とこと。さっそく帰りに、
友達の運転で「コケイザン」にいく。お寺の案内のところに、その「十牛図」が売られていたので、
さっそく買って読んだ。
読んで字のごとく、十枚の絵が「段階ごと」にかかれている。失われた牛を求めて、
世界中を放浪し、捕まえ家に連れてかえる・・という禅の悟りの道しるべ。
しかしその実わかったことは、「探していた牛」というのは「おのれの心」であった、みたいな話。

ちょっと「壷中天」の故事にも通じる。結局、天(「悟り」)は、自分の心の中にある。
また話が脱線するけど、「壷中天」の壷が「壺」
の字になると、女性器の意味になる。「おまん壺」(口に出すと下品やけど、こう書くと高尚?)。
どちらも天国のような気もするけど、男女の陰陽というのは奥深いな~。

コケイザン・・
虎渓山と書く。夢窓国師がつくった禅寺。彼は美濃出身だった。
その後、南禅寺の庭とか天竜寺の池を配した庭、極楽浄土みたいな西芳寺(苔寺とかいう)の庭も、
夢窓国師が作庭した。京都も空いてきたらしいので、巣ごもり生活をやめ、名庭をめぐる旅
にでるもよし。カバンに「十牛図」を入れ、電車の中で読みながら、京都と美濃を旅する・・なんて「悟りの旅」
みたいで、いいね。
美濃にいったら、美濃焼をぜひ購入して、日常茶飯の友にしていただきたい。
シンコロの後の日常が、輝いてくるに違いない。日々是好日。