草の頭窯 チンポが立つような話

「福」の話をしていたら、青山禮三翁のことを思い出した。
岐阜の多治見というところで、陶芸一筋の人生を99歳(平成29年没)まで
やられた仙人みたいな人だ。「草の頭窯」で検索すると、翁の生前の写真が見れる。少し気骨がありすぎて、若いころは「ひとこと」
がいろいろ世間を騒がしたり、それがおかげで、しばらく仕事を干されたりすることが
たびたびあったことを、仙人のような笑顔で話された。たぶん、普通にしていたら(芸術家が普通。。はないか)
人間国宝になったのではないかと思う。

今月のはじめに、釣り具を買いにいく帰りに、錦糸町のラブホ街を散策した。世間では自粛中だが、
自粛できないエレルギーをもったカップルがマスクをして、お店に入ったり出たり、していた。
本能、というエレルギーは、すごいなあ、と思うた。その出口あたりに、亀戸餃子がある。
昔、その店の近くに「美濃」というギャラリーがあった。
美濃出身で、焼き物好きな女性が、古い一軒家を買ってやっておられた。青山翁は、年に一度
新宿伊勢丹で陶展をやっていたが、美濃でも毎年やっておられた。池袋から新宿にも錦糸町にも
通ったものだ。

晩年(最後の東京での陶展の時)、先生の蕎麦猪口と湯冷ましを買って、談論風発。こんな会話。

「皿に『福』」と書くじゃろ。この字は、田んぼで収穫したものを、神棚に供える、という象形文字や。
人間はどんな暮らしになっても、田んぼや畑はやるべきだ」というような話をされた。
その流れで「この皿は『寿』書いてあるじゃろ。これはな、田んぼの中でチンポが立っている象形文字や・・」
という。「先生、どう見てもチンポが立ってるように見えませんが・・」というと、伊勢丹の女子の定員さん
に紙をもってこさせ、筆ペンで、それらしき達筆の寿を書き、女子の定員さんに、「どや、チンポに見えるやろ」
とかいって笑っておられ、定員さんも少しハニカミながらうなずいていた。なるほど、こんな下ネタをお茶を飲みながら
飄々と語れる境地になられるのは、「悟り」でもあり、「寿」だなと思った。
田圃の稲刈りが終わり収穫祭。「福」であるし、お祭りの夜は昔から、男と女が結ばれる日。寿の日。

ちょうどその時、池袋のギャラリーが引っ越しをする時で、寒山拾得のギャラリーをやめようか、
などと思っていて、そんな話をしたら、
「君は若いのに、寒山拾得の絵を飾るような風流人かと感心していたが、まだまだ勉強が足らないな。
寒山の有名な言葉に『白雲は幽石を抱く』があるじゃろ。宇宙が一体となった姿じゃないか。
場所がかわる、とか時代がかわる、くらいでへこたれたらあかんで・・」ときた。
その人言で、ギャラリーを続け、寒山拾得の絵や、青山さんの器などが、能登の「寒山拾得美術館」
に飾ってある。もちろん久保さんの器をいっぱい。

昨日久保さんから荷物がきた。新作の「小福茶碗」だ。
袱紗(ふくさ)も使わず、手前勝手に自分流の茶を入れ、「ひとり茶」にぴったりのお茶碗。
「寿」の若さは遠くなりにけりだが、自然に寄り添いながら、できる範囲の自給自足で
足るを知る生活の中の「一服」は、なによりの「福」がある。
朝おきて目覚めに飲む梅干し茶、でもよし、珈琲の一盌もよろし、「一服は一福」やね。

今日からひさしぶりに営業。元気に蕎麦を打った。この10日の間に、近くのスーパー
の棚から「クリームチーズ」が消えた?みたいなので、しばらくチーズケーキはなしで営業。
甘いもんが食べたくなったら、「そばがきぜんざい」にしてください。
自粛期間中につき、18時閉店。