梅花皮 福来魚    読めたら風雅人?

昨日は、福ちゃんこと、三輪福さんが遊びにこられた。
いつもなら、東京やいろんな神社で「奉納舞」などをする季節だが、
今回の騒ぎで、ほとんど能登の瑞穂(みずほ)という国始まりのような場所
の古民家で、田んぼをやったり、山水の道をつけてそこに流したり、藍染をやったり
、山菜をとったり・・・そばとお茶のお弟子様であることには変わりはないけど、
田舎暮らし、特にホフグリッドの世界では、ぼくの先生。梅茶翁のペチカもほぼ完成。
夏には太陽光でお風呂にはいれるように準備を始めたそうだ。水も、ボイラーも自前になりそうだ。

踊りも教えていて、そこの踊り場?も梅茶翁の横に自分たちでつくっておられ、
漆喰の壁が完成すれば、みんなの歓声をあびるくらい、素敵な空間ができる。
その部屋の横の部屋には、薪ストーブが設置され、一年分くらいの薪も斧にて、切って
乾燥している。二日分?くらいの薪割りを手伝った。昨日はその稽古場に飾る「絵」
を見にこられた。先日染めてもろうた風呂敷と「原始的ぶつぶつ交換」。
能登の天真庵の玄関に、大きな版画が飾ってある。長崎剛志くんが芸大を卒業する
時の作品。彼の作品で、まるで三輪福さんが神が憑依したような舞をしているようなんが
あったので、どう?、ときくと、すごく気に入ってもろうたので、もってかえってもらった。

ちょうど、海の見える「茶室」(この集落の人のお茶のみ場所)で待っていたら、そこに近所
の漁師さんが海を見ながら、ビールを飲んでいた。彼の先祖さんが、漁をしていて、台風に遭遇し、
命からがら、この前浜の港にたどりつき、海辺に小屋をたて、真垣(風よけのための竹であんだ垣)を
つくったのがきっかけで、この集落に人が集まってきた。そんな原点みたいな人。
生まれつき漁師さんみたいな人で、方言は少しわかりにくいけど、海をみながら、魚や漁の話を
していると、頭で半分、魂で半分、つまりだいたい理解できる。寒山と拾得の会話みたいに
「宇宙」とか「神」みたいな話になる。

「いまなにしよんがな・・」と聞くので「そばの弟子が遊びにくるので、まっているんですねん」
とかいう会話のタイミングで、三輪福さんが車でやってきた。運転手側の窓をあけ、「こんにちわ」
と微笑んだ。「じゃ、また」と漁師さんに挨拶したら、「あのべっぴんさんに、これ食べさせて」
といって、軽トラに積んだクーラーの中から50cmくらいの魚をだして、買い物ぶくろにいれてくらた。
「小さいけど、フクラギ」とのこと。出世魚のブリの子供。関西では「ハマチ」いいますねん。
北陸では「福が来る魚」という縁起から「福来魚(フクラギ)」と呼ばれている。
ちなみに、この界隈は「富来」といわれた地名。「富が来る」で「トギ」

さっそく台所で、フクラギをさばく。舟の上で生き締めをし、エラのところで血抜きをしていて、
見事な鮮度を保ったままの姿に感動した。いつか、この〆方を習ってみたい。

フクラギににた言葉に「カイラギ」というのがある。
高麗茶碗や、唐津の茶碗を裏返し、高台(こうだい)というところに、鮫肌のような縮緬(ちりめん)模様
がみることができる。それを昔から茶人たちは、カイラギと呼び、抹茶碗の最高峰のものとしている。
漢字にすると「梅花皮」。

来月は「梅仕事」・・・世界中がとまってしまったけど、大自然の運行は、神のはからいと、人々の思いで
滞るなく流れている。
これから経済や社会は大きく変わっていくけど、「お米」と「味噌」と「うめぼし」があれば、
なんとかなるんじゃないかと思う。お米は玄米で買って(もしくは自分でつくって)、もみ殻とかぬかは
畑にまいたり、ぬか床にしたり・・・ちょっと前まで、日本人が普通にしていた生活にもどせば、
なんということないんじゃない。そんなことを、この10日の能登暮らしでつくづく思った。
三輪福さんが、庭でとれた蓬(よもぎ)でつくったパンを食べ終えたら、東京へ出発。  感謝。