とある道の駅に立ち寄った。妙高高原の近く。
長い冬が終わり、冬眠してた動物が目覚め、最初に
口にするのは、ふきのとう。その苦み・えぐみが、毒消しになって、
「生きるぞ」という元気の源になる。ここでは、朝、山菜とりの名人さんたちが、
里山でとれた、タラの芽、わらび、ぜんまい、こごみ、かたくり、のかんぞう・・・などが並ぶ。
なかでも「こしあぶら」は、山菜の王様。てんぷらにしてもいい。でも山登りをしていたころ
山男たちが、とってきたこしあぶらを、バターでいため、しあげにちょろっと醤油をいれて、
飯ごうで炊いたごはんにまぜて食べた、その味がわすれなれなくて、いつも「こしあぶらごはん」
にして食べる。やまのエネルギーをまるごといただく気分になる。
先月に、叔父と叔母の訃報が入った。叔父さんは93歳、叔母さんは102歳。
その叔母は、父方の長女。酒がめっぽう強く、「もうひとが一生飲む量の10倍は飲んだ」といって、
90のころに酒を断った。叔父も大酒飲みだったが、やはり米寿のころ、延岡の先祖の墓参り
にいった日、先祖の声が聞こえた(と本人はいった)みたいで、その日に酒をたった。
仙人のようなふたりで、「いつまでも生きる」感じがしていたけど、やはり人は寿命というのがある。
でも、まわりの人たちのこころの中で未来永劫生き続ける。魂というのは、死なないようだ。
ぼくが小学校にいく前、あまりに暴れんぼうだったので、宮崎の美々津(みみつ)という海も
山も風光明媚で自然豊かなとこで養蜂をやっていたオジキのところにしばらく預けられたことがある。
そこで、山の中を歩いて、山菜や鳥の名前を覚えたり、川で泳ぎや釣りをたたきこまれた。
オジキは宮崎の養蜂組合の理事長をしていて、生涯、ハチとかかわった。そのおかげで、
親戚一同は、美々津の「天然のはちみつ」を食べていた。みんな長寿なのは、その「ハチミツ」のおかげ
ではないか、と思う。買うと高価なもんだけど、水あめが入っているような安価なものは、インチキな
健康飲料のようなものだ。「健康」というのは、お金では買えない。
はちの巣というのは、ひとつで、何千という蜂が共同で暮らしている。何千のはちの中で選ばれた「嬢王蜂」
だけ、ロイヤルゼリーを食べて、毎日自分の体重の何倍もの卵を産み続ける。その他大勢は「働き蜂」で
毎日野をかけ、花の蜜や、花粉をあつめてくる。古代エジプトのピラミッドの中からも、ハチミツがでてきたりしている
ので、古代から蜂は、ぼくたち人間のためにも、健康長寿の食を提供してくれた歴史がある。
何千匹の蜂の大半が♀で、♂はわずか5匹くらい。巣のまわりの用心棒として働く。たぶん、嬢王蜂やほかのメスの蜂
たちとは、エッチはしないのだろう。数のバランスからいって、いたしていたら、毎日腹上死?
そんな話をしていたら、「空中でエッチしたら気持ちよさそうね」と、某大会社の美人秘書が笑ったことがあった。
どうも、これから先、人間の世界も蜂の世界のように、男子の数が減ってくる、という予想がある。せめて、
用心棒くらいはやれる武装が、これからの男子には必要かもなんばん。
今日の12時からひさしぶりに営業。今朝元気に蕎麦を打った。感謝。