最初の晩酌

スティーブ・ジョブスではないけど、「今晩の晩酌が最後の晩酌」と思い、「今ここ Here Now」の精神で血の一滴のお酒を
大事に飲むようにしたい。昼飲む酒も晩酌?
休肝日は酒を飲み始めた高校生のころから、一日ももうけていない。
正確にいうと、24の時に骨肉腫で入院した時は、飲まなかった。
4年前(5年?)にベトナムでそば打ちをやった後、場所を借りた寿司屋で
「皮つきの魚の刺身?」をを食べ(食べた瞬間にヤバイと思ったけど)た後、
ホテルで気持ち悪くなり、救急車で運ばれたことがあった。その時は酒が飲めず、帰る飛行機
の中でも、アップルジュースを飲んだ。(ちなみに、ベトナムで病院に運ばれ、一泊入院すると10万かかる。
カードの保険で払えたけど、やはり海外いく時は保険を・・)それ以外は、毎日酒を百薬の長と信じて飲んでいる。

休みの日は、昼めしの時から酒を飲むようにしている。朝起きたら「まずビール」という酒のみ仲間もいるけど、
もともとがビールはあまり好まない。もっぱら日本酒(ときどき焼酎)がいい。
できたら、傍らに女の人がいたほうが酒は美味い。幸い、毎日のようにいろいろな勉強会やライブがあり、
四十路で美しい女子たちと、バカいいながら、時々エッチな話題で酒を飲む機会に恵まれている。ライブの後盛りがる時は、みんなでハグをするのが恒例になった。高齢になっても、同衾(どうきん ハグな寝具にいっしょに寝る)というのは
陰陽の関係からいっても体にいいようだ。セロトニンの分泌も高まり「ボケ防止」にもなるらしい。だから夫婦でセックスレスになっても、
同じ布団(ベッド)で寝る、というのはいいらしい。顔も見たくない、いっしょに洗濯物をするのも、空気を吸うのもイヤになったら、
違い方法を考えてみる必要がある。

「接して漏らさず」の養生訓を著した貝原益軒先生も、「年よりバ、
接して漏らさぬほがよかばってん(彼は福岡出身)、ハグするのはよかよか」と言ってたらしい。(江戸時代に「ハグっていう言葉あった?)
ようは、男も女も「ときめく」ことがなくなったら「おしまい」ということだ。できたら、ときめくような人
とするほうがいい。ほんとうに好きな人とは、不養生で漏らして早死にしても、いい、と思う(笑)

昨日はかっぽれのあいかたが王子から蕎麦を手繰りにきてくれた。
今年「古希」だが、元気。王子の自宅から神田明神まで2時間かけて歩き、そこから電車で
きたらしい。昨年末のブログに塩谷先生の「正心調息法」のことを書いた。あいかたは、それを
全国行脚しながら伝道師のように広めている人だ。(30日には、古河(茨木)から60kを7時間かけて走って
年越しそばをとりにくる青年あり  毎年恒例)

かっぽれに「深川」というのがある。おんなかっぽれではやらないが、「ふたり坊さん」
というのがあって、坊さんが手をつないで「♪ヨシチョー通い」というところがあり、あいかた
と手をつないで「女」(でもどうやら芳町というところは男娼の館があったらしい)を求めて歩く。
最初は「吉原」だと思っていたが、芳町を含む日本橋の人形町周辺はかつて「元吉原」と呼ばれる遊里があり繁栄を極めていたらしい。
その後「江戸の中心に遊郭、は、やばいんじゃない」ということで今の地に移った。この界隈も、向島、亀戸、鳩の街、玉ノ井・・・花街のなごりを残し、かっぽれなんかが盛んなのもその地縛霊のわるさかもなんばん。

いつも、手をつなぐときに「冷たい」と感じていたのが、昨年あたりから「あたたかく」なってきた。
聞いたら「まじめに正心調息法をやるようになった」とのことで、最近わたくしもまじめに呼吸するようになった。
自分の呼吸と一体になる。吐く息、吸う息になりきる。そんな境地を体得したいと思う。
今日まで正月気分で、朝から「竹葉」を一献。
今日も通常営業(12-19)
明日は「お休み」           感謝

今日・明日は年越したそばで通常営業

あけましておめでとうございます!

ランナーズハイのように、昨日も朝はやくからバンバン蕎麦を打った。
なんとなく、通りがかりの人たちが「年越しそばありかすか?ボリボリ・・」みたいな感じでくるような気がして・・
大晦日は、ベテランのそばもんたちが蕎麦打ちをやるので、挨拶にきた人や、年越しそばを受け渡しをしながら、
あっという間に一日が終わってしもうた。60を過ぎてから(ひょっとしたら、39歳くらいから、「目標をきめない」
「いやなことはしない」「数字とか結果にこだわらない」・・そんな風に生きてきたけど、たぶん、お店を始めて一番年越しそば
がでたんじゃなかろうか?さきほど、蕎麦農家に注文のファックスを流す(笑)

3人分くらい蕎麦が残ったので、筆子さんと「ざるそば」を手繰りながら、「竹葉」のぬる燗を飲む。
かえし、は、松本の「大久保さん」ちの醤油。まじめに自然農でつくった大豆で醤油をつくっている。
今年は、その「かえし」で、数の子をつけた。(もうひとつは、大久保さんちの白みそで西京ずけ風に数の子をつけた)
今朝もそばをバンバン元気に打って、これから、それら「天真庵風おせち」で、一献の予定。
(12時から19時まで通常営業をするので二合でやめとくけど)

昨年のそばには、能登で自作の「辛味大根」をつけることができた。里山の畑を二年かけて耕し、
無農薬・無肥料・無除草で、限りなく「ほったらかし」で、自然農に挑戦してみた。
「かけがいのない命」と、ただ漠然使ってきたけど、自分で畑をやってみて、「命をいただく」
という意味が、体でわかった。これまでは、不耕な人生やった。
それと同時に「自給自足が目標」とかいうけど、結局大自然の恩恵のおけげで、作物も育つし、
自分たちも「生かされている」ということがよくわかる。ほぼぶらじるよろしく、ほぼ9割が自然のおかげだ。
人間の力なんて、シレテル!

田畑を耕すというのは 自分の人生 自分の命を 耕すということでもあります。

都会で暮らしていると、始終幕無しで、働き続けている人ばかり。便利なハズのスマホも中毒のように
なって、ごはんを食べる時も、トイレでもカシャカシャ動かしている。ねずみが、かごの中で、くるくる回る
ような「ラットレース」・・・今年はねずみ年やけど、ラットレースには参加せぬようにしたい。スマホの生みの親、ジョブスは2011年56歳で召されたけど
「その日その日が自分の人生の最後の日のつもりで生きよう」(今ここ Here Now)がモットーやった。
ちゃんと禅をやっていたらしい。Stay hugury! Stay foolish!(貪欲であれ、愚直であれ)。アホにならんとアカン。

せっかく斜陽のように、日本が高齢化や少子化の社会にスローダウンしている。これも自然なので
今年はみんなでスマホなんか捨てて、自然に寄り添うような生活をめざすのはどうやろか?
へんに「がんばりすぎの日本人」ばかり増えてきてる感じがする。
スマホやSNSに使われ、会社に使われ・・・使われっぱなしで、「自分」を発揮せずに人生が終わってしまわない?

人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり
一度生を享け 滅せぬもののあるべきか    (幸若舞(能や歌舞伎の原型)・「敦盛」の一節)

15歳の人もあと35年。20歳の人もあと30年しかないよ。今年43の人はあと7年しかないよ。感謝。