元祖角打ち・・

無事に東京にもどってきた。今回は、九州の不思議スポットみたいな神社を
お参りし、移住したいNO1の豊後高田で、素敵な女性に巡り合い、その家族に
あいに精霊のいそうな森の家にいき、帰りはその家族でつくった新しいCDを聴きながら
きた。彼女が

「自給自足とは、米や野菜を育て、安全で持続可能な生活をする、だけではない・・
自然によりそいながら自然の恵みや神に感謝し、生きていく術を伝えたり、私ごとではありますが、音楽の原点
みたいなものを、母から子へ紡ぐ、これも自給自足なんだと、ここで生活してわかりました」

といった言葉がCDを聴いているうちに、蘇ってきた。世界中、東京やパリやロンドン・・・
音楽をやるなら「なんやらメソッド」というものを、お金を払えば受けられるし、それなりのスキルはその対価
みたいに身につく。でも「こころに響く」というものは、お金で買えるもんやないし、メソッドやスキルではない。
その音を奏でる人の足の裏についた根粒のなかのひとかけらの「魂」みたいなもんがないとあかん。

門司港から阪九フェリーで和泉大津までの船旅。うまくいけば船上ライブがあるし、満天星を見上げながら露天風呂
につかれる。旅の疲れがとれる。

少し時間に余裕があったのでぼくの生まれた街にある小倉城とその隣にある松本清張記念館に立ち寄った。
豊後高田は、総合的にナンバーワンの「移住したい街」なら、小倉はシニアが移住したい街のナンバーワン。
1902年、八幡製鉄ができて、「鉄の街」として一世を風靡した。そのおかげで最近まで100万都市(今は80万)
として、博多につぐ第二の都会。気骨は博多とは比べもんにならない。病院や美術館など施設は充実してるし、自然も豊っちゃ。
なにせ「パンチパーマ」と「競輪」の発症の場所。あと「皿うどん」と「角打ち」ちゃ。(博多弁とちごうて、ちゃをつける。茶やね。風流ちゃ)

門司港にいく前に手前の「門司駅」に車をおいて近くを散策。北九州名物の「さばの糠味噌煮」を発見。小倉城ゆかりの
小笠原藩は、茶道や華道などの「道」を大切にしてきたのと、糠味噌の文化をこと地にかもした。糠味噌の店の
並びに「立ち飲み さつき」を発見。角打ちのことや。
最近は東京でも「角打ち」がちょっと「おしゃれ」で流行ってきたけど、もともとは、製鉄所の「鉄の街」が、
三交代で四六時中、溶鉱炉の火をけさないような労働体系やったんで、「酒屋さんの一角で酒を飲む」
というスタイルがこの地で生まれたっちゃ。門司には、まだ東京にはでてきてないけど「チャンラー」
というフードがある。風土ではない。麺がラーメン、その具にキャベツやネギやタマネギ、かまぼこ、ぶた・・・
つまりラーメンとチャンポンがチャンポンになっとる。なかなかうまいっちゃ。旅はいいね。「鉄」と「哲」に浸れる北九州。

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