マー君が故障

大リーグのマー君が肘の手術をする、というネットのニュース。
火曜日、つまり東京を出発する日、久しぶりにマー君が珈琲を飲みにきた。
6月まで二階で「満つ豆の会」という「気孔整体」をしてくれてた方のマー君。
生まれつき目が悪く、若干の光を頼りに向島から天真庵まで、歩いて整体に
きてくれていた。5月に手術をしたら、まったく光を失ったので、自宅で施術を
やっていた。幸いにも光を取り戻し、11月から新しいところで仕事をする、という報告やった。

この子は、腕はいいのだが、気持ちにむらがある。遅刻などしたら、立っていららないくらい、
ぼくにどなられた。なんども凹んでは、「このヤロー」と歯をくいしばって頑張って3年続いた。
ときどき「ウソ」もつく。「お酒は?」と先日聞いた。「夜はときどき飲む程度です!」
というので、「バカヤロー 昼まら缶チューハイ飲んで歩いてる姿を見られとるぜ」という
と罰の悪い顔をしているので、「目の目、ひとが見ている、という目は大事にせなアカン」と
諭す。なんでここまでいうんやろ、と後から少し反省することしきり。でも、才能ある人には
がんばってほしのである。

その前日、耳の聞こえない人がそばを手繰りにきた。最初にきた人は、カウンターに座ると緊張
する(しないひともいるけど・・)のでテーブルのほうへ誘導する。「ここでいいですか?」
といっても反応がないので、耳が聞こえないことがわかった。
メニューを見て「ざるそばセット」と小さな声で・・手で「OK牧場」をして、筆子さんがざるそばを持っていく。
それをイマドキの日本人みたいにスマホでカシャっと映す。筆子さんが小さな声で「ま、いいよね」と問う。
返事もせず、不機嫌になる。ぼくの中では、健常者もそうでない人の区別がない。
珈琲をぼくがもっていって、メニューの表紙を見せて、「写真はあかんねん」(人に注意する時には関西弁になる。手がでるとき
は九州弁だ。もっとも昔はまず手がでていたけど)

何年か前に、目の不自由な人が保護者(施設の人といっしょに珈琲を飲みにこられた)。今ごろの季節で「つるべ落とし」のように
陽が沈んで暗くなった時、「おれが目が悪いので、灯りを暗くしているのか」とその青年が立ち上がって叫んだ。
その後もグタグタと悪態をつく。張り倒したくなったが、じっとがまんをして、保護者の人に目配りをして、でていって
もらうことにした。玄関先で、いわなくていいものを「目が悪いくらいで、いじけて生きるんじゃないよ。」と愛情の喝。

発達障害とか、いろいろな病名というか、区別され、職場や学校で隔離されているような人が多くなった。
電車の中で無機質な顔してスマホの世界へ入り込んでいる人は「健常者」なんやろか?
一億みな「病気ちゃうの?」というような世界にいるように思う。大リーグで活躍する元気なマー君も
一歩間違えば、身障者になるし、ぼくらだって、明日交通事故でそうなったり、矢継ぎ早にくる天災や病気で
いつ不自由な体になるやもしれない。他人事ではないのだ。

今朝も起きたら、水を一杯飲み、静かに5分くらい正坐して、呼吸を整え、茶を飲み、
眼鏡をはずして、最近教えてもらった指を使う「気孔」をし、これから畑仕事。
「辛味大根」が、大根足までいけないけど、いい感じに成長してくれた。
その後は、東京から着物美人が飛んでくるので空港へ。能登里山空港は、午前と午後一便づつ
ANAが羽田と往復する。羽田から60分。ここ能登の家から空港までも60分。
便利な時代だ。明日明後日は珠洲で半澤鶴子さんの茶事がある。明日も東京からふたり飛んでくる。
15名の茶事に、「天真組」が5名参加。なんか不思議な「縁」が紡がれていくような気がする。感謝。