回転寿司と太公望

石川県は回転鮨やが多い。回転鮨の機会の2大メーカーが石川にある、らしい。
それを最初に発明したのは中国人で、中華の「まわるテーブル」を鮨に応用したとか、
「ぼーっと」生きていると気が付かないけど、聞くと「なるほど」だと納得するようなお話。

昨日の夕方、近所で「ひとりで住むおばあちゃん」が珈琲を飲みにきた。(ぼくのブログには
近所のおばあちゃん、というのがよくでてくる。)
5年くらい前に近所のアパートに引っ越してきた。足が悪く、いつも松葉杖をつきながら買い物にいったり、
ゴミ出しをしたりしている。ある日、重そうなゴミ袋を運んでいるので手伝ってあげると、
「ありがとう。助かったわ」と喜んでくれた。10分くらい後に、「これ、お店で使えたらどうぞ」
といって、笊をふたつと、木のまな板皿(よく刺身の盛り合わせに使う)をくれた。

ちょうど「気骨のすし会」(末期ガンのおじいちゃんが、月に一度きてくれて、死ぬまで3年間天真庵
のカウンターで8人限定の会をやってくれた。最後まで満席やった)を始めたころで、気骨のじいちゃんも
愛用し、今はぼくがときどきすし会をやるときの仕込みに使わせてもらっている。昔の道具は、よくできている。
たかが笊、されど笊、なのだ。

そのおばあちゃんのつれあいは、新潟から上京して修行し、すしやを19歳でつくった人だ。
最初は、この界隈の長屋ではじめ、平成のはじめには、3階建てのビルをたてた。
6年前に脳梗塞で旅立たれ、少し借金が残っていたので、ビルを売って、近くに越してこられた。

すしやをやっているころ、「太公望で、休みに海にいくのが趣味でした」と、
初恋の人の思い出を話すようにイキイキと話すおばあちゃんの目にキラリと輝くものが見えた。
カウンターにいた若い料理人が「タイコウボーって何ですか?」と小さな声で質問した。
「そんなむずかしいこと、おぼえなくてもいい」と答えた。

今日は「論語の会」
2か月前くらいに、太公望が講義にでてきた。

周代の政治家であった呂尚の別名。 呂尚は大変な釣り好きで、ある日、川で釣りをしていたところ、周の文王に「我が太公(周の祖)が望んでいた賢人だ」と見いだされたという話が有名で、以来、日本でも釣り師のことをあだ名のように「太公望」というようになった。
回転すしも、釣り師の名前もルーツは中国らしい。感謝感謝(シェーシェー)

木曜日は「おとこかっぽれ」
金曜日は「ダメから始める中国語」