芸術の秋  酒もうまい

今日は「書をしようかい」
貞本先生が、大塚からやってきてみなと書に興じる。

一階のピアノの前に黒い毛氈(もうせん  これからするのに もうせん?)
を敷いて、そこに全紙(半紙は全紙の半分)をおき、ぶんちんをおいて、ウォーミングアップ。
仙厓和尚のように、〇◇▽を呼吸を整えながら始める。
書を習うは、「まねる」というより、自分の呼吸を波だたないところまでもってきて、
無我無心になったところで、筆をあるがままに運んでいく、そんな芸術である。
黒い墨をおくことにより、白がより白く、黒がより黒く、曼荼羅世界を描く。

昔の寺子屋では、めいめいが、その人の個性を発揮するように揮毫させた。先生は
「自分のハウツーの押し売り」ではなく、めいめいの「個の花を咲かせる」お手伝いを
する。それがどうゆうわけか、画一的というか、門下生が先生と同じフンをするような
ものばかりで辟易していますこと多い。茶も花もしかり。大学の教育も、大企業の社員教育
もそれらに準じている。

石川に鈴木大拙(だいせつ)という世界的な哲学者がいた。西田幾多郎先生ともポンユウで
お互いに影響しあいながら、「哲」する人生をおくられた。こんな言葉がある。
師のたまわく、というと固い。誰がいってもいい。そこに「真実」らしきものがある、とぼくが
感じる。感じない人もまたよろい。「答え」はそれぞれの人の胸の中にある。

「われわれは、ひもじい時には食べる。眠い時には横になる。したい時にいたす。
どこに無限や有限が入ってこようか。
わたしはわたし自身で完全であり、かれはかれ自身で完全ではないか。
人生はこの生きているままで満ち足りている。
そこに人騒がせな知性が入ってきて、人生を破壊しようとする。
その時はじめて、われわれは生きることをやめて、何か欠けている、何か足りない、と思い始める。」

彼の禅の哲学は英語圏で一世を風靡した。こんな有名な言葉もある。

実際のところわれわれは皆、「生きることの芸術家」としてこの世に生まれてきている。

芸術の秋・・・自分のこころを見つめる秋・・・書や音楽にふれる季節

明後日26日(木) 赤須バーライブin天真庵

演奏:赤須翔(ギター・蕎麦打ち)・バロン(ウクレレ他)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

10月も素敵なライブがふたつ。

10月12日(土) 成川正憲ギターライブ

演奏:成川正憲(ギター)

19時開場 19時半開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

19日(土) 山本竹勇 津軽三味線の世界

演奏:山本竹勇(ギター)

18時開場 19時開演  ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

今日は日曜日なので営業は16時まで それから「蕎麦打ち教室」