はったいこ ぱあと2

昨日は「もち麦はったいこ」が四国から届いた。
お昼に孫のお世話で、愛媛からこられた常連さまに「はったいこ」
の話をした。年齢はぼくと同じくらいで、「はったいこ」を日常に食べた世代だ。
3時前に愛媛生まれのあだ名が「みかん」くんが、きた。
「はったいこ知ってるよね」と問うと、「なんですかそれ・・・」だった。
まだ30代なので、知らない。「真民さんは知っとるよね?」というと
「すいません、学がないもんで・・」となった。土地にもよるけど、年代にも
よるな、と痛感。

そもそも和菓子の起源は、垂仁天皇の命で、「田道間守」(たじまのもり)が中国に渡り、
みかんの原種の柑橘をもってきたのが始まりで、それ以来「菓子の祖師」として神社にもなった。
奈良時代になり、遣唐使があちらのめずらしい菓子を仏教のいっしょに運んでこられた。
建仁寺の栄西禅師が鎌倉時代に「茶」を持ち帰り、九州の背振山(せぶりやま)に植えた
ころから「茶の文化」が始まる。禅林で、点心(茶菓子)が工夫されていき、まんじゅう、めん類、
ようかん、おひがしなどが広まっていく。中国の禅僧「林浄因」が奈良でつくった饅頭が有名になり
その後まんじゅうといっしょに「茶の湯」が京都奈良から全国に広がっていった。

「かすてら」「ボーロ」という、和洋折衷のお菓子は、桃山時代に長崎にきたポルトガル人
が伝えたお菓子。長崎から小倉までの砂糖の道は今でも「砂糖街道」と呼ばれている。
東京の菓子の顔してるけど、「ひよこ」とか「とらや」などは、九州が発症なのであ~る。
江戸時代になり、庶民にもお茶やお菓子が日常となり、文明開化と波長をあわせて、
きんつば、桜もち、わらびもち、くずもちなどがうまれた。

明治時代になって、バターや牛乳が生活の中に入ってきて、「ごちゃまぜ」のお菓子
ができて、いまにいたる。でも「渾沌」とした時代に、一服の幸せを求めようとすると、
「煎茶に和菓子」がいい、と思う。
今日は朝飯の後に、「はったいこ」を食べようと思っている。今どき風に
「ヨーグルト」に「はちみつ」と「はったいこ」にする予定。
昨日の夜、料理教室の先生「私はヨーグルトに大根をすって、それにはったいこを
入れてたべます」とショートメールがきた。スムージーに入れたり、きなこを混ぜたり・・・
「粉もの」のはったいこは令和に花咲くかもなんばん。

今日は日曜日なので16時閉店。それから「蕎麦打ち教室」
二階は「満つまめの会」
明日の朝は「卵かけごはん」